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昨夜、川北集人の時と同じように、新堀智は一条家を通して市立病院に運び込まれた。
そこで美空たちは、川北隼人がその少し前に意識を取り戻したことを聞かされた。まだ、自分に何が起きたのかわかっていないらしいが、少しならば話をすることも出来るかもしれないそうだ。
そこで美空たちは川北集人に会うために翌朝、病院を訪ねることにした。
「具合はどう?」
美空が声をかけると、集人は露骨に嫌な顔をしてみせた。
「また、あんたたちか」
「私達を憶えているのですか?」
芽夢が見下ろしながら言う。
「一応ね」
「では、自分が何をしていたのかもわかっているのですね」
「……なんとなく」
集人は居心地が悪そうに視線を外しながら答えた。
「なんとなく? それはどの程度ですか?」
「夢を見ていた……ような気がするんだ」
「夢?」
「やっぱりあれは夢じゃなかったんだな」
「そうです」
「僕はモノノ怪となっていたのか?」
「そのようです」
「じゃあ、母さんたちは?」
「ご両親こそ夢を見ていたと感じているでしょう。いや、すでにその夢のことは忘れてしまったかもしれませんね」
「そう……そのほうが良かったのかもしれないな」
その集人の顔はやはり辛そうに見えた。
「なぜ、こんなことになったのですか?」
「それは……わからない」
「わからない? それは何についてですか?」
「何にって……」
集人は困ったような顔をした。
「では順番に訊いていきます。他のメンバーについて教えてもらえますか?」
「他? 僕は知らない」
「知らない?」
「あ……違うな。思い出せないんだ」
「思い出せない?」
「僕が百花というグループにいたことはなんとなく憶えてる。でも、そこで何をしてたのか、他にどんな人達がいたのか。そういうことが思い出せないんだ」
「記憶障害ってやつですか」
「よくわからない」
「あなたは新堀智を知っていますか?」
「誰?」
「あなたのお友達じゃないんですか?」
「いや、知らないけど」
「百花の一人です。本当に知らないんですか?」
「新堀? そんな奴、百花にいたのかな?」
隼人は困ったようにこめかみを押さえた。
「では、どうしてあなたたちは百花などという組織を作ったのですか?」
「僕が作ったわけじゃない」
「では誰が作ったのですか?」
「知らない」
「知らない?」
「知らないっていうか……よく憶えてないんだ。百花のこともみんなのことも、思い出そうとすると頭のなかに靄がかかる」
隼人は少し辛そうな顔をした。
「では、質問を変えます。あなたはそこで何をしていたのですか?」
「……覚えていないんだ」
「本当ですか?」
「本当だよ。僕だって知りたいんだ」
花守は諦めたようにため息をついた。
「では、あなたは百花について何を覚えているんですか?」
「それは……」
隼人は申し訳無さそうに小さく頭を下げた。「迷惑をかけたんだな」
「謝る必要などありません。むしろあなたの夢を覚ますようなことをしてしまい申し訳ないと思っています」
「夢……か」
隼人は遠くを見つめるような目をした。
「あなたにとっては幸せな時間だったのでしょうね」
「どうかな。夢は必ず覚めるしね」
「意外なことを言いますね」
「僕だってわかっていたよ。そんな長続きするわけないって。夢だとわかっていながら夢を見ているのは少し辛い。でも、無駄な夢だとしても見ていたかったんだ」
「あれがあなたの夢だったの?」
思わず美空は口を出した。
「何?」
「親と暮らしたいなんていうのは子供なら当然のことでしょ。それが無駄な夢だなんて……そんなのおかしい。ちゃんと一緒に暮らしたいって言ったの?」
「言えるわけないだろ。親には親の都合っていうのがあるんだ」
「だから離婚するときにも何も言わずに受け入れたの? バカみたい」
「バカってーー」
「ちゃんと言わなきゃ伝わるわけないじゃない」
「言ってどうなるんだよ」
「どうならないかもしれないけど、ちゃんと自分の気持ちは伝えたほうがいい。それをしなかったからこんなことになったのよ」
その強い口調に、隼人は驚いたように美空の顔を見つめた。
「……何でおまえがムキになってんだよ」
「ムキになんてなってない」
それを見て、芽夢が割って入るように声をかける。
「まあまあ、あなたも被害者なのかもしれませんね」
「いや、僕は加害者だよ。でも、何かわかったら僕にも教えてくれないかな」
「いいでしょう。あなたも何か思い出したらちゃんと教えてください」
「……うん」
集人はコクリと頷いた。
「ところで一条家の人間には会いましたか?」
「一条家?」
「知りませんか? この街を統率している一族ですよ」
「さあ……」
「それも覚えていないのですか?」
「……ごめん」
「記憶を取り戻すような術なんて無いのですか?」
芽夢が美空へ顔を向けて訊く。
「そんなものないよ」
その答えに芽夢はもう一度ため息をついた。




