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翌朝、美空はいつもより早く学校に着いた。
昨夜のことがあったにも関わらず、身体は妙にスッキリしている。
まだ誰も登校していないような時間にも関わらず、教室にはすでに芽夢の姿があった。芽夢は美空に気づくとすぐに席を立って近づいてきた。そして、黙ったまま美空に向けてクリアファイルに入れられた資料を差し出した。
「これは?」
「川北集人に関する報告書です。内容を確認して署名してください」
「報告書? 署名?」
ポカンとした顔で美空はその書類と芽夢の顔を見比べる。
「事務局へ提出することになっています」
「こんなもの提出するの? 聞いてないよ」
「あなたのことは知りません。あなたが私の仕事の確認をしてくれることで私に報酬が支払われます」
「報酬? え? それってお金もらうってこと?」
「そうですよ」
当たり前のように芽夢が言う。
「花守さんってお金もらうの?」
「当然じゃありませんか。私は仕事としてここに来ているのです。あなたは違うのですか?」
「私は別に」
「そうでしたか。では、あなたは何のためにここに?」
そう聞かれて美空はドキリとした。事務局長である楠木が父であることは誰にも話していない。
「私は……良い経験になるかと思って」
「物好きですね」
芽夢は冷めた言い方をした。
「そ、そんなことないよ」
「確かに将来、陰陽師となるあなたにとっては良い勉強になるのかもしれませんね。それでも私には無給でこんなことをしているのは物好きなように思えますが」
「花守さんはお金目当てで仕事を受けたってこと?」
「もちろんです」
芽夢は当然のことのようにはっきりと言い切った。「私たちのやっているのは、それほど重要なことなのです。むしろ私は昨夜、その考えを強くしました」
美空はふと気になってパラパラと書類を捲ると最後のページに視線を落とした。そこを流すように読んでからーー
「あの……昨夜のことは?」
それは昨夜のことが書かれたページだった。だが、そこには川北集人に起きた異変については書かれているものの、それをどのようにして元に戻したかについては書かれていない。
「それについては細かくは書いていません」
「どうして?」
「それについては明確にわかっていません。そのようなことは報告すべきではないと判断しました。あなたにとっては不本意かもしれませんが」
美空は慌てて首を振った。
「ぜんぜん不本意じゃないよ。むしろ書かずにいてくれて良かった」
「あなたがあの時のことを説明してくれれば改めて報告書に追加します。思い出したら話してください」
「……うん」
美空は渋々頷いた。だが、思い出せる自信はない。「あの……花守さんは何を見たの?」
「は?」
「私、あの時のことってあまり思い出せないから、花守さんが見たことを教えてもらえないかなって」
「それは……私にはよくわかりません」
芽夢はわずかに美空から視線をそらした。いつも正面からハッキリ物を言う芽夢には珍しい。
「わからない?」
「あなたがわからないものを私がわかるはずがないでしょう」
そう言った芽夢の顔はわずかに怒っているようにも見えた。
「そ、そうだね」
美空はこれ以上それについて聞かないほうがいいような気がした。
「あなたにはいろいろ期待しているのですよ」
芽夢のその言葉を素直に受け止めることが出来ず、美空は曖昧に微笑んだ。




