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川北集人は一条家の手配によって陸奥中里市立病院へと入院することになった。
芽夢からの連絡を受けて栢野綾女が手配してくれたのだ。病院までは美空たちも付き添ったが、担当医から帰るように伝えられた。命には別状がない、いつ意識が戻るかもわからない、というのが担当医の説明だった。
病院を出る頃には、すでに陽が落ち、すっかり辺りを闇が包んでいた。
「これからどうするんだろう?」
「誰のことを心配しているんですか?」
「川北君たちに決まっているでしょ」
「彼らは本当の生活に戻るだけでしょう」
「本当の?」
「これまでは川北集人の夢のなかで暮らしていたのです。その力が切れたのですからね。現実に戻るだけです」
「……現実。また家族がバラバラになっちゃうんだね」
複雑な思いがした。自分は隼人の理想の家庭を壊してしまったのではないだろうか。
「仕方ないでしょう。川北隼人がどう思っているかはともかく、彼の両親は別れると決めたのですから」
その言葉に美空は一つの疑問が湧いた。
「どうしました?」
「あれって本当に隼人君の力だけのせいなのかな?」
「他に何か理由があるというのですか? まさか彼の力ではないと?」
「そういうことじゃないの。でも、彼の力ってそんなに強いものじゃなかったような気がして」
「それほどの霊力がなくても人の心を操ることは出来るということですか?」
「集人君の力でご両親を操っていたのは事実だと思う。でも、もしご両親が本気で抗おうとすれば、出来たんじゃないかな」
「実際に操られていたじゃありませんか」
「そうなんだけど。でも、ご両親も実はそれを望んでいたんじゃないかな。だから隼人君の力に抗おうとはしなかった。皆、心の中じゃ一緒に暮らすことを望んでいたんじゃないかな」
一瞬、間を置いてから芽夢が答える。
「それはあなたの願望ではないのですか?」
「……そうかもしれないけど」
確かにそれは芽夢の言うとおりだ。しかし、隼人の両親たちがモノノ怪のような力で操られていただけというのはあまりにも悲しい気がする。
「それにしても見直しましたよ」
「何が?」
「霊符を使わずに彼の力を止めるとは驚きました」
「あれは……たまたま」
「たまたま? 何か思い出したのですか?」
美空はすぐに首を振った。
「違うけど」
「それでもあなたの力によって彼を止めたのでしょう?」
「――だと思う」
「ずいぶん曖昧ですね。何をしたのですか?」
「……よくわからない」
「わからない?」
「だって、こんなこと初めてだし」
「初めて? あなた、陰陽師のタマゴですよね? 魔を払うような術とか教えてもらっているのではないのですか?」
「そんなの教えられたことなんてないよ」
「は?」
芽夢は一瞬、何を言われたのかわからないというような顔をした。
「専門課程って言っても、一週間に一度だけ講義を受けるだけだし」
「あなたたちは霊力があるのではないのですか?」
「ある……って言われてる。それも入学する時に一度だけ先生からチェックされただけだし。自分じゃよくわからない」
「じゃあ、普段は?」
「普通の高校生」
「なら、陰陽師のタマゴどころか産まれてもいないってことじゃないですか」
その芽夢の表現に美空は思わず笑った。
「そんな感じだね」
「面白がらないでください。じゃ、あの霊符は? あれは霊力を持つ陰陽師だけが使えるのではないのですか?」
「そんなことない……と思う」
「しかし、あなたは霊符を使わずに川北集人をもとに戻したではありませんか。改めて聞きます。あなた、何をしたのですか? あれは陰陽師の使う術ではないのですか? よく考えてください?」
美空は首をひねった。
「それは……違うような気がする。ただ……」
「なんです?」
「なんか彼の声が聞こえた気がした」
「声?」
「川北君の心の声……っていうのかな……頭のなかに飛び込んできたような……ごめんなさい……うまく説明出来ない」
「ふむ」
芽夢は考えこむようにして俯いた。
「嘘だと思うかもしれないけどーー」
「いいえ。嘘だとは思いません」
芽夢は顔をあげてキッパリと言い切った。「きっとあなたが言っていることは事実なのでしょう」
「どうして?」
「実は疑問に思っていたのです。なぜあなたがこの仕事に選ばれたのだろうと。あなたは宮家陰陽寮での経験があるわけでもなく、妖かしについての豊富に知識があるようにも見えません。よほど強い霊力を持っているのだろうと思っていたのですが、それも違うようだ。それでもあなたが選ばれた。何か理由があるはずなのです」
「私が選ばれた理由? ……そんな特別なものなんてないよ」
美空は慌てて誤魔化そうとした。
父である事務局長との関係は誰にも話してはいけないことになっている。芽夢にそれを知られるわけにはいかない。
「いいえ、もしあなたが本気でそう思っているのなら、あなたがそれを知らないだけです」
「私が知らない理由?」
「これは一つの可能性ですが、あなたはモノノ怪と化した者たちと同調することが出来るのではありませんか?」
「同調?」
「多くの陰陽師たちはその霊力によって妖かしたちに対抗し、制御する力があると聞いています。しかし、妖かしの感情などというものを感じ取る者など滅多にいない。あなたはそれが出来る。いや、あなたにしか出来ないことかもしれません」
「私が? でも、どうして私が?」
「そんなこと私が知るはずがないでしょう。一条家なら何か知っているのかもしれませんが」
そう言って、芽夢は小さく舌打ちをした。
「そういえば、どうして一条家に連絡を?」
「あのまま放置しておくわけにはいかなかったからです。あの状態の川北集人を街から連れ出すわけにもいきませんからね。一条家を利用すれば詳しい事情を説明する必要もない」
確かに連絡を受けて現れた医者たちは何も聞こうとはしなかった。
「川北君、大丈夫なのかな」
「大丈夫でしょう。身体的な問題は特に無いと医者は言っていましたからね。いずれ意識が戻るでしょう。その時はまた連絡をもらえるはずです」
「……そう」
少し複雑な気持ちだった。目覚めた川北集人にいったいどのように話せばいいのだろう。だが、芽夢はそのようなことは気にしていないようだ。
「しかし、これでハッキリしましたね」
「何が?」
「陸奥中里高校は一条家にとって特別な学校です。つまり、一条家は川北集人のことを知っていたはずです。それなのに桔梗学園へは何の報告もしていません。我々に対してもです。彼らは百花について知っていながら黙っているのです」
「どうしてそんなことを?」
「その理由はわかりません。しかし、彼らが敵であることだけはわかりました」
「敵?」
「面白くなってきたじゃありませんか」
芽夢は不敵に笑ってみせた。




