冬の嵐 side R
その日は、冬の終わりの嵐が吹き荒れていた。
朝から吹雪と雷が止まず、誰もが室内に閉じこもってじっとしている、そんな日だった。
午前中の執務を最低限終えて、俺は昼過ぎに宝物庫に入った。
ある宝物について調べ物をするために、父の持っている宝物庫の鍵を失敬してきていたので、宝物庫前の衛兵以外に、俺が中にいることを知る者はいなかった。
宝物庫の中は、重く冷え込んで、生きているモノの気配はない。
目当ての資料はなかなか見つからず、無為に時間だけが過ぎた。
しばらく集中して調べていたのだが、先の見えない作業に嫌気が差し、少し休みをとろうと近くにあった年代物のカウチソファに座った。
ソファには掛け布がしてあったが、ホコリを纏い、燻んだ匂いがした。
それでも気にせず、体を預けて頭を傾け、どこからか聞こえてくる時計の針の音を聞くともなしに、目をつむってウトウトしていた。
その時、それは起こった。
突然の出来事だった。
体中が得体の知れない冷たさに覆われ、空気が重くのしかかり、全ての音が消え失せる、それが一瞬間のうちに起こった。
まるで体の中を稲妻が駆け抜けていくような、強く激しい衝撃。
俺は飛び起きた。
自分の両手を見る。
異常はない。
薄暗い足もとを見る。
こちらも大丈夫。
顔をあげる。
部屋の中央。
明かり取りの天窓の下。
うずくまっているナニモノかがある。
さっきまでは無かった。
足音を立てずに、そっと近寄る。
1、2、3、4、と近づく。
短い木の枝や、小さな葉が散らばっている。
濡れていた。
乱れた漆黒の髪。
破れた服。
白い肌に、赤い血。痣。
女、だと思う。
首筋に手を添える。
女の肌は冷たかった。
でも、微かに脈はある。
そこで、知らぬ間に止めていた息を吐き出した。
縮こまっている女を仰向けにすると、微かに黒い眉が動いた。
かなり危険な状態だが、生きている。
そう認識した後、すぐに女を抱き抱えて歩き出した。
「ロルフ殿下、これは、いかがなさいましたか?」
馴染みの医務官の元に女を運び込むと、探るような目を向けられる。
「庭に倒れていたのを見つけた」
「庭に?この嵐の中で?」
「助けて、事情を聞き出したい」
訝しみつつも、医務官は既に診察を始めていた。
「肺に傷がついて、心臓が弱っている。かなり危険な状態です」
「死ぬか?」
「私どもの処置だけでは、今夜までです」
「私が魔力を流し込めば?」
「あるいは…。ですが…」
強い魔力を他者の体内に流し込むと、魔力が傷を覆い、延命することがある。
「どうせ死ぬなら、生き残る方も試しておきたい。この女の運命に賭けよう」
女の白い顎に手をかけ、青ざめた唇を撫で、口を開かせる。
俺はそこに唇を合わせ、吐息と共に魔力を喉の奥に流し込んだ。
女は何度も咳き込んだが、くちづけを繰り返し、魔力を送り込み続けると、女の呼吸が落ち着いてきた。
そこから、女が目を覚ましたのは、二週間後のことだった。