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仙果記  作者: 藤 細雨
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2-3 黒き妾妃との邂逅

 刻は戻る――。北方征伐から帰還した仙果は、側近の子昊、護衛の葉瑆を引き連れて宮城を闊歩していた。

 女官も官吏も道を譲り、深々と頭を垂れる。数々の武功を上げた皇太子・仙果に対する人々の敬意のほどは、三年前の通り――否、それ以上のものであった。

「次期皇帝」という名をほしいままにし、宮城のすべては仙果の手中にあるもほぼ同然だった。

 その真ん中を上機嫌に進む仙果は、前方の人物を見て眉間に皺を寄せた。

「皇子、あの方が例の――」

 子昊の耳打ちに、小さく舌打ちを返す。

 悠然と女官を引き連れた女が、仙果の目の前に立ちふさがった。

「あら、お帰りなさいませ。皇子殿下」

「焉妃殿、そのような腹を抱えて歩くのは辛かろう」

 両者道を譲ることなく、真っ向から向き合う。

「お気遣いありがとう存じます。皇子もそのお小さいお体で戦場を駆け回られて、ご苦労ですわね」

 焉妃――父の妾妃がにっこりと笑顔を張り付ける。

 真白な陶器のような肌に、黒く艶めいた髪。まるで后妃であるかのような豪奢な衣装に、仙果は眉をひそめた。

 彼女が後宮に迎え入れられたのは、仙果が北方征伐に発った後のことだ。美しい妾妃に父帝が傾倒しているという噂は北方の最前線にまで届いていた。

 先ほど、「ほぼ同然」と言ったのはこの女の存在があったからだった。正確に言うならば、この女の腹、だろうか。

「素晴らしい兄皇子がいて、この子も誇らしいと思っているでしょうね」

 慈しみにあふれた表情で、ゆったりと腹を撫でる焉妃に、仙果はただ、ああ、と生返事をした。

 華奢な体躯に、腹だけが妙にでっぷりとせり出している。

 得体のしれぬ何かの宿るそれに、生理的な嫌悪が沸き上がった。

 腹の子は生まれない。父帝はそういう星のもとに生まれている。これまでの妾妃も流産や死産を繰り返し、無事に生まれたものはいなかった。

それがこの女はどうだ。

 今にも産まれ出でんと、そう主張するようなそれに、顔が引きつった。

「それでは御前を失礼いたしますわ」

 焉妃はゆったりと戦火の横を通り過ぎていく。

「……妾妃風情が」

 ついぞ彼女は、皇太子である仙果に膝を折らなかった。

 仙果は苛立ちのままに、腰に佩いた剣の鞘ごと、思い切り床を叩き下ろした。

「どうも焉妃様の動きが気になりますね。この頃は焉妃を支持する勢力も生まれていると聞きます」

「鼻につく女だ」

 子昊の言葉に、仙果は腹の虫がおさまらず、回廊の脇の庭木を斬りつけた。

「どうせ生まれぬに決まっている」

『……いけませんわ、そんなことを祈っては罰が当たります』

 木々も痛み叫んでおります、と桃花は剣を持つ仙果の腕を押さえた。

 肩で息をする仙果を、葉瑆が冷たく見下ろしていた。


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