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仙果記  作者: 藤 細雨
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2-1 皇子の帰還



『鴉』はあの世から舞い降りる。


よく用いる者には福を、そうでない者には禍を。


その死をもってもたらす。




――黎国、とある農村に伝わる逸話









 どおん、と宮城中の銅鑼が鳴る。

「『鴉軍』が帰ってきた!」

「仙果皇子の帰還である!」

 先頭を行くのは将を務める皇太子の仙果である。成人から三年、北方征伐を任された仙果は、今まさに、数ヶ月ぶりの王都への帰還を果たしたのだった。

 仙果の率いる軍隊は、乾いた泥や血の痕で回廊が汚れることを気にも留めず闊歩する。

『鴉軍』と呼ばれる彼らを見て、官吏や宮女は素早く身を引き、頭を垂れた。

 それは、目覚ましい戦果を挙げたことへの敬意――という意味だけではない。

 証拠に、『鴉軍』が通り過ぎた後の回廊には小さなざわめきが広がった。

「まったく恐ろしい……鴉は奇妙な術を使うというではないか。あのような者を側に置くなど、皇子は恐れを知らぬ豪気なお方だ」

 どこか皮肉めいた響きでそう言った官吏の視線の先には、仙果の後ろに付き従う、敵将の生首を手に下げた男――深い深い漆黒の髪の男がいた。

 耳に入ったのか、男は小さく振り返ると温度を感じないガラス細工のような金の眼で官吏を睨めつけた。

「おい葉瑆、横に並ぶな。お前は一歩でも三歩でも五百歩でも下がっていろ」

 仙果のすぐ後ろに控える子昊がそう言い放つと、葉瑆と呼ばれた男は、睨むのをやめて舌打ちを返した。

「どこを歩こうが関係ないだろうが。首も取れないポンコツが」

「うるさい、俺は軍師だ。首を取れたのは俺の作戦のおかげだろうが。とにかくお前と俺が肩を並べるのが気に入らん。下がれ、奴隷風情が!」

「はいはい、下がりますよ。……俺の能力ありきの作戦だったくせに」

「減らない口だな」

 喧々とののしりあう子昊と葉瑆に視線を遣って、仙果は満足げに口角を上げた。

 北方征伐の戦果は、軍師である子昊、一人で一個軍隊を凌ぐほどの戦力を持つ『鴉』の葉瑆あってこそのものであった。そうして、その二人は仙果の手の内にある。それが仙果にとっては愉快で仕方がない。

『おかえりなさいませ、我が君』

 気分よく歩を進める仙果のまえに、金眼の姫姿の少女が現れた。一つの光も通さない黒に、白い肌、そこに浮かぶ金眼がぽっかりと存在を主張していた。

 駆け寄る金眼の少女を、仙果は上機嫌で抱き上げてくるりと回った。

「元気にしていたか、私の桃花」

 仙果は汚れた頬をそのまま桃花と呼ばれた少女の真白な頬に擦り付けた。

 見つめ合う二人は、それは美しく、まるで絵画に描かれた恋人同士のようであった。……ただ一点、顔が瓜二つであることを除いては、である。

『鴉』の少女である桃花はその髪色や瞳を除いて、顔の造形は皇子である仙果と見分けがつかないほどによく似ていた。

 成人してしばらく経つというのに、仙果は一向に妃を迎える様子はない。そんな仙果が自分と同じ顔をした蛮族の少女を姫のように扱うのを、人々は寛容だと称え――粋狂だと影で囁いた。

『仙果さま、擦り傷がたくさん……。あとで薬を煎じますわ』

 桃花は労わるように仙果の頬に触れ、《《口を開かずに》》そう語った。

「ああ。それより、北方できれいな石を見つけて簪を作らせたんだ。後で髪を結わせよう」

 仙果は眼を細め、桃花を床に降ろす。

 では、行きましょうか。子昊はそのまま桃花を抱え上げた。

「おい、俺は駄目で桃花はいいのか」

「桃花は身の程をわきまえているからな。お前と違って品もある」

 批難する葉瑆にそんなことを言って、ね、と子昊が柔らかく笑いかけると、桃花は困ったように眉を下げて小さく笑った。




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