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仙果記  作者: 藤 細雨
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1-3偽りの皇子は鴉を得る

 属国や同盟国の使者、国内の有力氏族たちが、次から次へと仙果のもとを訪れては祝辞を述べ、貢物を渡して立ち去っていく。元服の儀ののち、祝宴が始まってから数刻。仙果は解放されることなくこの状態が続いていた。

「仙果皇子、成人おめでとうございます。この度は皇子の成人を祝うため、特別なものをご用意させていただきました」

 なんという名前だったか。地方豪族の男が仙果のもとを訪れ、興奮気味にそう告げた。その男が声を掛けると、男の私兵が仙果や子昊と変わらない年頃であろう子ども二人を引きずるようにして連れて来るのが見えた。あまりの汚さに、周囲の目が集まる。仙果は男の真意を測りかね、顔をしかめた。

「あの小汚いものが私への祝儀というのか」

 仙果の苛立った声音に男は慌てて頭を振る。

「いえ、ええ。あれは小汚い見た目ではありますが皇子には気に入っていただけるかと存じます。あれは――かの『鴉』の生き残りにございます」

 男は引きずられて目の前まで連れてこられた二人の子どもの髪を掴み、顔を仙果に明らかにした。

 片割れ――少年が忌々しそうに仙果をにらみつけているのを気にも留めず、仙果はまじまじとその容姿を眺めた。

 すべての光を吸い込んでしまいそうな漆黒の髪、血が通っていないかのような白い肌、そして陽の光を閉じ込めたかのような黄金の瞳。噂に聞く『鴉の民』と呼ばれ忌み嫌われてきた、怪しげな呪術体系を持つ一族の姿、まさしくそのものであった。

「昔から『鴉』を贄にすると栄耀と盛運が約束されると言いますからね」

 これは大変良いものをいただきましたね、と側にいた子昊が嬉しそうに仙果の方を向いた。

 その瞬間だった。がしゃん、と大きな音が響き渡る。

 気がついた時には、どうやって縄を解いたのか、『鴉』の少年に子昊が引き倒されていた。その首元には、ほんの一瞬前まで卓の上で酒瓶の形をしていたはずの鋭い破片が当てられている。

「オオトリを離せ、逆らうと殺す」

 威嚇するような低い声が静かに響いた。

 男は何が起きたのか分からぬ、といった風に顔を青くさせた。

 何が起きているのか分からないのは仙果も同じであった。文字どおり、目にも止まらぬ速さで事が起きたのだ。

「オオトリは殺させない。オオトリを離せ」

 『鴉』の少年は低く唸った。

 すぐさま近衛兵が剣を構え、場を取り囲む。

 押さえつけられる子昊を目の前にしながらも、仙果は高揚していた。

(先程の動きはなんだ――)

 ほしい。彼を連れて狩りに出たら……戦場に出たら、どんなに愉しかろう。

「何をしている、早く殺せ! 子昊殿に何かあったらどうする!」

 そんな仙果の横で、氏族の男が喚きたてた。この国の重鎮の次男坊であり、皇太子のお気に入りである子昊に何かあれば、首が文字通り飛ぶのだと男は理解しているようだった。

 うるさく喚き続ける男の声に押されて、近衛兵がゆっくりと『鴉』ににじり寄る。

 『鴉』の少年は引く気はないというように、身じろぎ一つせずに仙果を睨みつけていた。

「待て、私は殺していいと言ってない。それは私宛の祝儀品だ」

 仙果はついに声を発した。男が叫ぶのをやめ、近衛兵は動きを止めた。『鴉』の少年だけが、冷静に仙果の様子をうかがっていた。

「これがオオトリか? お前の妹か何かか?」

 仙果は縄に繋がれている少女鴉の髪を掴み、引き上げた。少女はぎゅっと目を瞑ると静かになすがままにされていた。

「オオトリを離せ。さもなくばこいつを殺す」

 子昊の首に強く破片が押し当てられ、血がにじむのが見えた。子昊は声も発さず、顔をゆがめた。

 仙果は自分の頭にかっと血がのぼるのがわかった。乱暴に少女を引き寄せる。

「お前が子昊を殺すなら私がこの娘を殺す」

 オオトリ、と呼ばれた少女の首に、腰に佩いていた剣を突き付けた。

 互いににらみ合う。が、このままでは埒が明かないのは明らかだった。

「そもそもお前たちを贄にするかどうかはお前たちの主人である私が決めることだ。そいつの言葉は忘れて私に下れ。悪いようにはせん」

 苛立ちや怒りを抑えて子昊を開放するように促すも、少年は変わらず子昊の首から破片を離そうとしない。

「信用ならない。お前たちは俺たちをずっと贄にしてきた。そうだろう?」

 少年は譲らずにそう叫んだ。

 遠目に皇帝が室を出ていくのが見えた。同時に近衛兵が室の外にも集まり、中の様子を伺っている。各国の使者が連れて来た兵たちもそれぞれ獲物に手を掛けているのが分かった。

 仙果は小さく舌打ちした。

 仕方がない、卑族の小汚い子どもに子昊は換えられない。それに、これ以上駄犬に手を噛まれる醜態を晒すのは仙果にとっても望ましいことではなかった。思い通りにならない苛立ちを感じながら、仙果は無言で少女の髪を掴む手を離した。

 ――折角手に入れた珍品を失うのは惜しいが、仕方あるまい。

「オオトリ、こちらへ」

 少年が子昊を解放し、立ち上がってそう叫んだ。

 ――さあ、手を取りあえ。その時がお前たちの最期だ。恥をかかせた罪は重い。

 子昊が少年のそばから離れたのを確認すると、ちらりと室の外に控える近衛兵たちに目を向ける。

「……オオトリ?」

 少女は仙果から離れず、首を振って仙果の足元に跪いた。足を掴み、ただ無言で何度も頭を床に擦りつけ続ける。

『セイを殺さないでください。貴方に下ります』

 お願いします、とささやくような声が仙果の耳元に届いた。

「オオトリ、貴女が頭を下げるようなことはない。早くこちらへ」

 少年は急かすようにそう言った。

 子昊が室の外に目を向ける。室の外、開け放たれた扉の先で、弓を構える幾人もの兵がいた。

 ふふん、と仙果は鼻を鳴らした。思わぬ展開だが、床にへばりついた少女の姿も絶望顔の少年の顔も、気分がいい。

「この女の方がよく分かっているみたいだな」

 殺されたいか? この女と一緒に下るか?

 女の頭に足を乗せ、床に押し付ける。子昊が小剣を少年の首に付きつけた。

 セイと呼ばれた少年は、顔をゆがめた。膝を落とし、降伏を示す。

「殺さず捕らえろ。汚いなりを整えて連れてこい」

 近衛兵に引き立てられて鴉が連れられて行く。思い通りに事が進んだのがひどく愉快だった。

 仙果は隣に立つ鴉を持ちこんだ男を見やった。がたがたとひどく怯えた男を鼻で笑うと、仙果は剣を鞘へと納めた。

「お前は恩赦にしてやろう。私の成人の儀、よい余興になった」

「ご寛大な処置、ありがとうございます……!」

 氏族の男は平伏して礼を述べた。

 惨めったらしい男の髪を、剣を抜いて一閃した。はらはらと男の髪が床に散らばった。

「ただし、次から私の物に指図をすることは許さん。お前のせいで子昊が傷を負ったことは忘れるなよ」

「っはい!」

 床に頭をこすりつける男を見て、仙果は満足げに、再び剣を納めた。

 この程度で済んだことは、男にとっては非常に幸運なことだった。普段の仙果であれば、即刻打ち首にするところであっただろう。しかし、今日は成人を祝う席。仙果はすべてが意のままに進む全能感と愉悦に浸っていた。

 この祝宴で起きたすべてが仙果のこれから歩む道を暗示しているかのように感じられた。

 何人たりとも、仙果の前では頭をたらさずにはいられない。

 すべては仙果の望むままに。

「私がこの国に逆らうすべてを、私に逆らうすべてを滅ぼす」

 この国は私のものだ。自分が何者であろうと関係はない。

 高らかに宣言した仙果は、先程まで自分の父親が座っていた椅子に乱暴に腰を下ろした。


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