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復讐の重さはみかん1個分

作者: 時田翔

 キシ……


 キシ……


 草木も眠る丑三つ時。

 足音を忍ばせ、慎重に歩を進める。

 フローリングの床が鳴らすわずかな軋み音。

 普段であれば、こんなもの気にもならないのだが、物音ひとつ聞こえない深夜には妙に耳につく。


 慎重に……慎重に……。

 隣の部屋で寝ている妻を起こさないように最大限の気を払いつつ、俺は目的の場所へと進んでいく。

 しばらく前から別室で寝るようになっていたのだが、まさかこんな時に役に立つとは思わなかった。


 一歩、一歩……。


 気の遠くなるような時間をかけて、ようやくそこへたどり着いた。

 目の前に鎮座している大きな冷蔵庫。

 その扉に手をかけ、ゆっくりと力を込めていく。


 ……がちゃり!


 冷蔵庫の扉が開く大きな音に、俺の心臓が飛び跳ねる。

 ここまで来てバレたら、言い訳のしようもない。


 ゆっくりと流れてくる冷気が頬を撫でる。

 息を潜め、隣の部屋の様子を伺うが、物音は聞こえて来ない。


 大丈夫そうだ。


 にんまりと笑みを浮かべて、冷蔵庫からガラスの小さな皿を取り出す。

 俺が楽しみにしていたミカンを勝手に食べやがって……


 こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か


 おもむろにフォークを構える俺の目には、綺麗なイチゴの載ったショートケーキが写っていた。



 ……


 …………


 ………………


 明くる朝、ベッドで寝ていた俺は、妻の悲鳴で飛び起きた。

 リビングの方か。

 緩慢な動作で身体を起こすと、若干の胃もたれと寝不足を抱えてリビングへと顔を出す。


「おはよう、朝っぱらからどうしたんだ?」

「ケーキが無いの! 今日はお休みだから楽しみにしてたのに!」

「ああ、あれか」


 俺の事も無げな一言で、妻はぴんと来たようだ。


「あなた、まさか食べちゃったの?」

「ああ、夜中に腹が減ってな」

「あ~、ふわふわのクリーム、真っ赤なイチゴちゃん……」


 がっくりとテーブルに手をつく妻を尻目に、俺は悠々と寝室へと戻る。

 二度寝するためじゃないぞ、勘違いしてもらっては困る。

 俺は妻の物を勝手に盗って、アフターケアを怠るほど非情な人間では無いつもりだ。


 昨日のうちに机の下に隠しておいた箱を取り出す。

 ドライアイスは、とうに無くなっているが、一晩くらいなら常温でも大丈夫のはずだ。

 俺は、それを持ってリビングに戻ると、妻の前に無言で置いた。


「え?」


 おそるおそる箱を開けた妻は中に入ってるショートケーキを見て目を輝かせた。


「あ~、なんだ……勝手に食って、すまなかったな」


 バツが悪そうな俺を見て、妻が吹き出した。

 どうもこういう正面きって謝るっていうのは苦手だな。


 と、妻が席を立つと、冷蔵庫にある野菜室をごそごそやり始めた。


「あたしこそごめんなさい、それで……これ」


 妻が取り出して来たのは、網に入ったミカンだった。


「これ、どうしたんだ?」

「食べちゃって、悪いと思ったから夜中にコンビニ行って来たのよ」

「……全然気づかなかった」

「二時ころだったかな? あなた大イビキかいて寝てたわよ」


 そういえば昨晩、俺がケーキを食べてたのも、そのくらいの時間だった気がする。

 どうりで妻の寝室から物音ひとつしないはずだ。

 俺が泥棒まがいの忍び足をしてた頃、妻はコンビニに居たらしい。


 なんてこった!

 あまりのバカバカしさに思わず笑いが出る。

 妻も釣られて笑う。

 もうお互いの好物食べてしまった事などどうでも良くなっていた。


「じゃあコーヒーでも淹れましょうか」

「ありがとう、その間にちょっと着替えてくる」


 その後、着替えた俺は妻の淹れてくれたコーヒーを片手に向かい側に座る。

 俺の斜め前の席に妻が座っている。いつもの定位置だ。


 ま、ミカン一個分の復讐なんて、最後は笑い話くらいが相場だな。


 ショートケーキに舌鼓をうつ妻を見ながら、そんな事を考えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんて微笑ましい作品!
[良い点] とても癒されました。
[良い点] 夫婦仲が良さそうで何よりです^ - ^ ……誰とは申し上げませんが、プリン一個の恨みが恐ろしい( ; ; )
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