入所4
俺が連れていかれたのはB2の舎房だった。
B2は雑居房しかない。一部屋に4~5人程いて、部屋数が14部屋だったから、常時60人近く収監されている大きい舎房だ。
舎房の廊下を歩きながら、横目で雑居房の中を覗く。囚人達は将棋を指したり、本を読んでいるようだった。
驚きなのは格好だ。ほぼ全員が上半身裸。暑いからなのだろうが、留置所ではちょっと考えられない。
そのとき、前を歩く刑務官から「おい」と声がかかる。
「お前なによそ見しよるんや」
ドスの聞いたトーンの低い声。ドキリとする。
刑務官はずっと前を向いていて、俺の目線など見えるはずがないのに。背中に目がついているのか?
よそ見はダメらしい。俺は「すいません」と謝った。怒られるのだろうと思って心臓はバクバクしていた。
「お前こういうところ初めてか?」
そう聞く刑務官に「はい」と恐る恐る頷く。すると、刑務官は溜息をつきながら理由を教えてくれた。
拘置所や刑務所では、目が合っただけで難癖をつけてくる輩がいる。本当にどうでもいいことでトラブルが起きるらしいのだ。
だから自分の身を守るためにも、不用意に雑居房の中を覗く行為はやめとけ、ということだった。
なるほど。外の世界では目が合って難癖をつけてくる輩はチンピラくらいだと思っていたが、ここにはそういう奴らがうようよいることを認識する。
刑務官は扉の上に9というプレートがはまった部屋まで俺を連れてくると、「よし、壁を向いとけ」と言った。
この「壁を向く」というのは留置所や拘置所ではよくやるが、娑婆ではちょっと考えられないだろう。
俺たちは移動後に待機しているとき、指示を待つとき、刑務官が前を通るときなどあらゆる場面で壁を向くんだ。目的としては、囚人同士の対面を避ける、刑務官の顔を見ない、反抗しにくくするなど色々あるらしい。拘置所に入る可能性がある奴は覚えとくといい。
あと娑婆という言葉。
ほとんどの人が小説や漫画でしか見聞きしたことないだろうが、囚人はこの娑婆という言葉を結構使う。
「シャバに帰りてー」「シャバは良いよなぁ」「シャバでは・・・」というように。
最初は違和感しかなかったが、みんな使うもんだから俺もすぐに慣れて使うようになった。
俺は壁を向いたまま、拘置所生活における注意事項の説明を受けた。
お前の番号は390番だ。
用事があるときは報知器を下ろせ。
願い事があるときは願せんを出せ。
節度ある行動をしろ。
中に入ったら、先輩の言うことをきちんと守れ。
分からないことは、まず中の奴に聞け。
そんなところか。一通りの説明を終えると、刑務官は部屋の扉の鍵を開け、ガラガラと引いた。どうやら引き戸タイプらしい。
「よし!では、まわれーー右!!!」
刑務官の元気のよい声に驚きながらも、回れ右で振り向く。回れ右なんて小学校か中学校以来か?
挙動不審な動きで回ると、またもや刑務官が溜息をついた。
「違う違う。こう回るんだよ」と言いながら、刑務官が実演してみせる。口調は荒っぽいが、この刑務官はいい人だ。間違いない。
彼の言う通り、もう一回やると彼は無言で頷いた。