闖入者3
俺は人並みに空気が読める方だと思う。だから分かる。横尾さんは入所初日で同囚に嫌われた。
俺たちはダメ人間の集まりだが、それでも嫌いな奴を突然いじめたりしない。でも態度には出る。
横尾さんは頻繁に同囚から生活上の注意を受けるようになった。トイレの扉の開け閉めがうるさい、トイレの使い方が汚い、歯磨きの順番を守れ、布団を敷く時は間隔を空けろ、ちゃんと周りを見ろ、といった些細なことばかりだ。
他の同囚が同じことをしても、誰も厳しく言わないだろう。横尾さんだから皆言っていたと思う。
吉富さんは特に厳しく注意していた。初日のチャラい態度が本当に気に入らなかったのだろう。
横尾さんがトイレに入った時に「アイツやばいね。伊達さんもガツンと言ってよ」と手でトイレを指しながら言ったりしていた。
俺は「そうですねー」と苦笑いしながら言う。
いじめにありがちな傍観者の立場だった。
横尾さんはトイレの使い方が特に悪かった。
拘置所のトイレは和式だ。和式の場合、娑婆では小便は立ってする。
それが普通だが、実は立ってすると小便の飛沫が便器の回りに結構飛び散るんだ。
その都度、その飛沫を拭けば良いんだろうが、面倒でしなかったり、拭いても拭き残しが出たりするから、俺の居室では座ってするように取り決めていた。でも和式で座って小便をするのは正直面倒だ。
だから、たまにしない奴がいても黙認していた。
ちゃんと飛沫を拭けば問題ないからな。
拘置所のトイレはすりガラスだから、立って小便すると見て分かる。見なくても小便の音で気付く。
立ってすると音が大きくなるからだ。
横尾さんは立って小便して、飛沫を拭かないという行為をよくした。夜中にトイレに行く際も同じだった。それに夜中と朝方にトイレに行く回数が多かった。
静まり返った夜の拘置所は、わずかな音でも響く。本当に些細な事だが、普段から嫌われる行動をしていた横尾さんに対する不満を増幅させるには十分だったんだ。
「横尾さん、前から言おうと思ってたんですけど」
ある日の夕飯後の団欒の時間。
吉富さんが冷ややかに言った。
横尾さんはキョトンとして吉富さんの方を見る。
何のことか全く分かっていないようだ。
彼に悪気がないのは分かっていた。だからある程度は許していたが、ここ最近の夜の騒音は許容範囲を越えていた。
「トイレの使い方、最初に教えましたよね?
ちゃんと守ってます?」
低いトーンだ。吉富さんは怒ると怖いだろうと思っていたが、なかなか迫力があった。
「はい。守ってるつもりです…」
「いや!守ってないでしょ!何言ってんの?
あれで守ってるつもりですか?」
雰囲気に戸惑う横尾さんに吉富さんが声を荒げる。
居室内が張り詰めた空気になった。「今日彼に言いますから」と吉富さんから事前に聞いていた俺らも少しビビる。
「すいません…」
「謝るってことは自覚あるんですか?
それとも自覚がないんですか?どっちなん?」
横尾さんが押し黙った。
これほどキツい口調の吉富さんは初めて見る。
「横尾さん、トイレの使い方が悪すぎるんですよ。
いつも小便飛び散っているの分かります?」
「すいません…」
「そもそも就寝時間中にトイレ行き過ぎじゃないですか?朝方とかそれで起きたりするし。横尾さんのトイレの音で目覚めるとか最悪ですよ」
「そうなんですか?」
「そうですよ!今までそんなことなかったのに、横尾さんが来てからですよ!ねぇ?」
吉富さんが俺らに同意を求める。
確かにその通りなので、俺らも頷いた。
「トイレ行くなとは言いませんけど、皆と同じように静かに使ってもらえませんか?」
「はい…」
「あと、せっかくなんで思ってた事言っていいですか?」
吉富さんが俺らをちらりと見る。
吉富さんはこの機会に言いたいことを言おうと俺らにも話していた。




