未決の囚人たち6
なぜ、俺が村山さんの後日談を知ってると思う?
吉富さんから聞いたんだ。
吉富さんの奥さんと村山さんは繋がっており、奥さんとの面会の場で村山さんの裁判の結果を教えてもらったらしい。本当、繋がりって怖いよな。
俺の初公判は村山さんの裁判の次の日だった。当然、拘置所に来たばかりで謝罪文や反省文などは準備していないし、スーツもない。でも初回は事前の準備などしていなくても問題なかった。
初回は人物と罪状の確認しかしないからだ。
ただ、これは罪状によって異なる。
即日結審といって、その日に審理が全て終わることもあるんだ。だから前もって弁護士に聞いておくと良い。
裁判所に行ったことはあるか?
基本的に裁判所は傍聴人用に開放され、手続きを踏めば誰でも中に入ることができるが、囚人用の入口も裏にあるんだ。
当日、俺は手錠をされたまま二人の刑務官に連れられて、9時過ぎ頃に裁判所の裏口から入った。そして、中にある1畳ほどの小さな部屋で手錠を外され、自分の裁判が始まるまで待たされた。
俺の裁判は10時開始だったから、1時間近く待ったな。部屋には野口英世の伝記漫画が1冊だけ置いてあった。仕方なく俺はそれを2回くらい読んだ。
暇で回りを見渡すと、俺が座っている木造の椅子に色々な文字が彫ってあることに気付く。
読めない文字がほとんどで、読めても意味のない文字ばかりだった。前任者たちが爪で彫ったのだろう。それを見て悲しい気持ちになった。
しばらく経ってようやく刑務官が呼びに来た。
両脇に刑務官を連れて法廷に入る。
傍聴人はほとんどいない。
ただ、俺の年老いた両親が来ていた。
二人とも涙を浮かべて俺を見ている。
この時ほど辛い瞬間はなかった。
両親は留置所や拘置所の面会にも来てくれていたが、遮蔽物のない状態で会うと、また違った感覚になる。
俺たちはこの感覚こそ忘れてはいけない。
犯罪は自分は当然だが、身近な家族も悲しませるからな。
初公判ではまず被告人に、氏名、住所、本籍、職業、年齢を尋ね、間違いないかを確認する。これを人定質問という。
続いて、起訴状が読み上げられ、その後は被告人に黙秘権があることが説明される。
最後に起訴状の内容を認めるのかどうかを被告人と弁護士に聞くんだ。俺は当然認めた。
否認する場合は、起訴状のどのあたりがどう違うのかを説明するらしい。
これで終わりだ。
時間にして10分くらいだったかな。
法廷を出るとき、両親の方を再度見ると涙を流しながら、こちらを見ていた。やりきれない気持ちになったな。
再び裁判所の狭い部屋に戻る。幾つか部屋はあるのに、またしても俺は野口英世の伝記が置いてある部屋に押し込められた。たまたまだろうが、軽い嫌がらせだ。
拘置所に戻ったのは12時過ぎだった。
何故こんなに待たされるのかというと、他の囚人と一緒だからだ。全員の裁判が終わってようやく帰れるんだ。
拘置所に着くと少しホッとした自分がいた。
裁判はどうしても緊張するし、感情が揺さぶられるからな。部屋に入ると俺の昼ご飯はサランラップをかけて置いてあった。裁判の時は皆そうするらしい。俺は帰って早々急いで食べる。
ちなみに村山さんが出所したことで9室の番席は繰り上がり、相田さんが一番席になっていた。
俺は相田さんが一番席になることに少し不安があった。人間的に悪い人ではないが、相田さんは少し我儘だし、ご飯にうるさい所がある。
例えば配食だ。
以前、食事の時間に雑役がおかずを部屋に入れる際、意図的に量が多い皿を自分の物にするのを俺は見たことがある。奥から順番に回していけば良いのに、変な回し方をするから気になって見ていたんだ。
吉富さんはこの違和感にすぐ気付いた。
そして村山さんに相談し、村山さんから「やめてね」と注意を受けて相田さんはやめていたんだ。
村山さんは兄貴肌な所があったし、怒ると怖そうな雰囲気があった。村山さんの言葉だから相田さんはおとなしくしていた気がする。
たかがご飯くらいで、と思うだろ?
でも囚人によっては食事に命かけてるのかと思うくらい必死な奴もいる。雑役も刑務官から配食時には量に気を付けろと指導を受けるしな。
結局、この懸念は杞憂に終わった。
一番席になった相田さんは村山さんのやり方を踏襲して自分勝手なことはしなかった。無難に過ごすことにしたのだろう。




