拘置所生活 初日11
「ではやりましょう。先攻とかどうします?」
「先にどうぞ」
将棋は先攻が若干有利である。
俺は村山さんのお言葉に甘えて先攻でスタートした。
将棋の詳しい流れは割愛する。
聞いてても面白くないだろ?
結局、俺は負けた。
久しぶりだったからな。まぁ言い訳だ。
しかし、俺は村山さんの次くらいに強いようだ。
長い拘置所生活で、俺は色々な人と将棋楽しむことになった。それなりに強くて良かったと思う。
将棋はできなくても構わない。
いや、できない囚人の方が多いだろう。
でも、将棋ができるとゲームを通して人と交流できるし地頭も良くなる。
知ってて損はないはずだ。
その日は将棋を2回指してお開きになった。
時間を忘れる程、夢中になれるゲームだからあっという間だった。
20時頃になると皆が机を片付けて布団を敷き始めたので、俺も同じようにする。
ここでは、食事の時間や点検中、就寝時間等を除き、FMラジオがずっと流れている。だから時計がなくても大体の時間をラジオ放送で確認することができる。
ラジオは区切りの時間で必ず「〜が○○時をお知らせします」と伝えてくれるから、俺たちはそれを参考にしていたんだ。
皆で布団を敷き、ごろ寝しながら会話する。
布団は机があった位置に等間隔に配置していた。
布団のスペースを考えると、やはり俺のいた部屋は6人が限度に思えた。あと一人増えた場合、机は置けても布団はちょっと無理だろう。
部活の合宿や修学旅行のような雰囲気が漂い、俺は不思議な気持ちになった。俺含め、皆が犯罪者。警察に逮捕され、裁判での裁きを待つ立場だ。
それにも関わらず、馬鹿話で盛り上がる。
一番の話題は「ここを出たら何をしたいか」だったな。つまりここで「娑婆では…」という話が出る訳だ。
懲役に行くことがほぼ確定していても、「何年後にはあれがしたい」と明るく話す。
自分の境遇がどうであれ、悲観せずにそこでは会話を楽しむ。皆そうしていた。
歯磨きは20時過ぎた頃から順番に皆していた。
留置所での歯磨きは全部屋同時だった。
留置所では起床後と就寝前にタオルと歯ブラシを準備し、警察官の監視のもと、部屋を出て外にある洗面所で歯磨きをした。留置所には部屋内にトイレと水が出る設備はあっても、洗面所はなかったからな。
水が出る設備とは、公園の水飲み場にあるような小さなもので手を洗うのが精一杯だった。
留置所では自殺防止に気を遣っているからだろう。
首吊り防止の為、紐が付いた衣類やベルトは持ち込み禁止。水を飲みまくって死ぬのを防止する為、洗面所はない。トイレは中が見えるようにアクリル板が設置されている。
拘置所は自殺防止というより、脱獄防止に重きが置かれている気がする。拘置所は行動の自由さが留置所と比べて大きいからな。その分、鍵がかかった扉が何重もあり、塀が高く規律は厳しい。
昔、留置所から脱獄した奴がニュースになったが、拘置所では無理だろう。刑務所も無理だろうが、民間刑務所は自由度が大きいとの噂だから、もしかしたら可能かもしれない。
まぁ脱獄なんて無意味だ。
どうせ捕まるんだから。
脱獄は単独犯で単純逃走なら懲役1年、複数犯だったり、鍵を壊したり、人を脅したりして加重逃走に該当したら懲役5年以下の刑が加算される。
加えて全国ニュースで晒し者、笑い者になる。
やめておいた方が良いだろう。
会話がひと段落した頃、ラジオから音楽が流れ始めた。20時55分になったのだ。同時に部屋の電気が消え、薄暗くなる。
流れる曲は加藤登紀子の「ひとり寝の子守唄」。
これが流れると就寝となる。
一部分なので30秒ほどの短い間だが、この曲を聞くと悲しい気持ちになったものだ。
俺たちは拘置所にいる間、毎晩この曲を聞いた。
この曲は加藤登紀子が、獄中結婚した夫にあてた曲だという。一体どういう考えで拘置所が就寝時の曲にこれを選んでいるのか。
今でも謎だ。
こうして俺の拘置所初日は終わった。