拘置所生活 初日10
「てんけぇぇーーーーん!!」
刑務官の声が響く。
「1室ぅーー5名!ばんごぉーーーー!」
「○○○番」
「○○○番」
「○○○番」
遠くで声が聞こえてくる。
中の囚人が称呼番号を言う声もそれに続く。
「2室ぅーー6名!ばんごぉーーーー!」
刑務官の声が近付いてくるにつれ、俺は緊張し始めた。囚人の声も意外と大きい。皆ちゃんと声を出している。
部屋の皆も無言だった。
さすがに点検中は私語を慎むようだ。
そして9室まで刑務官がきた。
「9室ぅーー6名!ばんごぉーーーー!!」
「560番」
「463番」
「312番」
「266番」
「458番」
「390番」
刑務官は二人いた。
一人が声を出しながら部屋を覗き込み、もう一人が大きいノートのような物を見ている。後で知ったが、そのノートには囚人がいる部屋番号とともに各囚人の写真、名前、称呼番号、罪状が記載されており、刑務官はそれを見ながら点検していたのだ。
9室を通り過ぎた刑務官は、14室まで点検を終えると、再び大声を出す。
「点検終わりぃーーー!!」
刑務官の合図を聞き、部屋に弛緩した空気が流れた。
「これで今日は終わりだよ。
就寝までゆっくりしてて」
村山さんが座布団の下から雑誌を取り出しながら明るく言う。朝と夕方の点検は、一日のうちで最も気合いの入る瞬間らしい。
「この後は何かあります?」
「何にもないよ。
消灯が21時で、それまでは自由」
今の時間は17時頃。
消灯までこれから4時間近くある訳だ。
何をして過ごそう。
また漫画でも借りて読むか。
皆はたたんだ机を自分の席に置き始めていた。
俺も同じように自分の机を置くことにする。
「伊達さんは将棋できる?」
村山さんが机を準備しながら唐突に聞いてきた。
将棋は小学生時代に親に習って、兄弟でしばらくハマった時期があった。だからできると言えばできる。でも20年以上、将棋とは無縁だ。
「できますけど、ルールが分かるくらいですよ」
小学生とはいえ、2〜3年くらいは将棋に夢中になった。だから、決して弱くはないはずだ。
だが特に言わない。無駄に自信を見せつけないのは、世の中をうまく生きるコツだ。
「お、できる?良かった。
ルールが分かれば十分だよ。
早速しよう!」
村山さんのテンションが明らかに上がった。
そして彼は10番目の棚から将棋盤を持ってくる。
10番目の棚は共用スペースとなっており、官本や娯楽用の将棋盤、オセロ、囲碁が置かれていた。
村山さんが自分の机に将棋盤を置き、駒を並べ始める。俺も村山さんの向かいに座り、自陣の駒を並べた。
「僕はここで将棋覚えたんだよ。
面白いよね。結構頭使うし」
気付けば吉富さんと相田さんも近くに来ていた。
吉富さんが言うには、将棋はこの部屋だけでなく各部屋で流行っているのだという。
将棋は知恵比べの側面がある。
自分は頭が良いと自信を持つ犯罪者にとって、腕試しのゲームとなっているのだ。
それに一勝負あたりの時間も一時間程度で時間潰しに手頃でもあった。
「吉富さんとは勝ったり負けたりで勝負つかないんよね。そこがまた楽しいけど」
「いやいや僕の方が負けてますよ。
村山さん強いですから」
「村山さんも吉富さんも強いですよ。
俺は全く勝てないです」
吉富さんが謙遜し、相田さんは一番弱いという。
なんとなく、村山さん、吉富さん、相田さんの順位付けがあるような気がした。
ちなみに林さんと松山さんは全く会話に入ろうとしない。おそらく全く将棋をしないのだろう。