拘置所生活 初日9
「今日の晩ご飯は何ですかね?」
「今日は…チーズハンバーグと黒豆、野菜炒め、すまし汁ですよ」
吉富さんが紙を見ながら言う。
拘置所では一ヶ月の献立が決まっており、希望者はメニュー表を閲覧することができる。吉富さんはそれを閲覧して紙に記録していた。
吉富さんにお願いして献立表を見せてもらう。
なかなかのラインナップ。
祝日にはお菓子も出るようだ。
俺が熱心に眺めていると、雑役がお茶の配膳を終え、食器口からご飯やおかずを入れ始めた。
本日2回目のご飯。
やはり、温かさが留置所とは違う。
ハンバーグはパック製品だったが、有名な食品メーカーのもので質が良く非常に美味しい。
前回の教訓から、俺は時間を気にして食べた。俺だけ食事が遅いというのも嫌だからな。そのおかげで今回はそれほど皆を待たせることなく、食事を終えることができた。
村山さんが回りを見渡す。
「いただきました!」
やはり、いただきましたという掛け声に違和感がある。しかし、これにも慣れてしまうのだろう。
掛け声の後、皆が一斉に動き出す。
ご飯の後の行動が本当に早い。
皆はそれぞれ自分の机を畳んで部屋の隅に並べる。
その後、村山さんと相田さんは箒で床を掃除し始めた。
林さんは洗剤を持ってトイレに入る。
「伊達さんは来週からトイレ当番だよ。
今日、林さんに教わってね」
村山さんが俺に言う。
新入りはトイレ掃除をまず覚えろということか。
俺はトイレに向かう。
ここのトイレは和式の水洗便所。
床が板敷で、娑婆でも見かける普通のものだが換気扇がない。部屋側に開かないガラス窓があるだけで換気はできないようだ。
トイレに換気扇がないなんてあり得ないと今でも思う。俺がいた拘置所のトイレは独居房は戸板一枚で仕切られただけ、雑居房は個室だったがどの棟のトイレも換気扇がなかった。
林さんは手作り感のあるクレンザー容器から洗浄液を便器に垂らし、トイレ用モップでこする。
その後は雑巾で床、便器を拭く。
食事後にトイレ掃除はなかなかキツい。
「伊達さん。
まずはクレンザーを全体につけます。ここでは一番の洗剤です。つけた部分は力を入れてこすって下さい。次は…」
林さんは寡黙なイメージがあったが教え方は丁寧だった。便器掃除という嫌な仕事もしっかりとこなす。
新たな新人が来るまでずっと末席がトイレ掃除をしなくてはいけない部屋もあるが、この部屋はそうではないらしい。
全ての役割がローテーションになっており、毎週変わる。ただ、新入りは最初にトイレ当番というルールがあるそうだ。それも一週間で変わる。
番席に関係なく仕事を回すのは良い。
だから頑張れる、という林さんの言葉は重かった。
もしかしたら彼は以前、ハズレの部屋で辛い目に遭ったことがあるのかもしれない。
トイレ掃除が終わって外に出る。
机は片付けられたままだった。
その代わり、座布団が綺麗に並べられている。
扉側の前列に一番席、二番席、三番席、後列に四番席、五番席、六番席となっているようだ。
「これから点検です。
伊達さんも早く座って」
村山さんが雑誌を広げながら言う。
点検というのは、拘置所の点呼のことだ。
留置所でも行われていた。
「点検ですか?」
「そう。一番席の僕から順番に称呼番号を言うから伊達さんも言って。390番だったよね?」
俺はそうですと頷く。
「大きな声で言ってね。
最初は難しいかもしれないけど」
村山さんの持っていた雑誌はエロ本だった。
俺にアドバイスしながら、手元ではエロ本をパラパラめくっている。彼はここでの生活を楽しんでいるようにしか見えない。
点検前に座布団を敷いて並ぶと、良い座布団を使っている村山さんと吉富さんだけ格式高く見える。
俺も買おうか。いや、無駄な買い物になる。
そんな小さな葛藤を抱いていると遠くで刑務官の声が聞こえた。
「点検よぉぉーーい!!」
舎房の一番端から叫んでいるのだろう。
9室は真ん中なのに、刑務官の声はここまで通る。
「伊達さん、点検始まるよ!」
村山さんはそう言いながらエロ本を座布団の下に隠す。緊張感など全くない。