イチハ王国なる国で
私の名前は篠崎 赤音。
極東全国評議会の監査員です。
年は24。監査員になって3年目です。
極東全国評議会というのは、“大発現”以降出来た大小様々な国。
それらの調和を保ち、人類全体の進歩へと共に歩んでいくための機関であり、旧日本圏内の国全てに参加をお願いしている、昔で言う所の国連のようなものです。
勿論、戦の絶えない世の中なので、所属してもらっている国同士で争いが起こることも少なくありませんが、人道に反した事が起きぬ様監視し、再び人類全体のために共に歩んでいけるよう終戦の際には必ず仲裁に入り補償なども行う、この極東の人々を守る人道的機関なのです。
私はその一員であり、様々な国を訪問し国の運営や状況を調査するのが仕事です。
そして今現在、私が何をしているかというと、とある国の調査に来ています。
イチハ王国。
“大発現”前の千葉市付近に位置する小さな国です。
北をジュウジョウ共和国、東をキタミ房総王国といずれも大国に囲まれていますが、以前までの県庁所在地に首都を置き、関東圏屈指の大国であるジュウジョウ共和国とも友好的な関係を築いているようです。
しかし、私にはそれがどうにも分からないのです。
栄えていた場所には当然多くの文明が残っています。
なので当然、殆どの国はそういった土地を求めて、時に争う事もあります。
そんな競争率の高い場所を小国が支配している。
しかもその王は、この極東の偉大なる十の王、“十王”にも数えられているのです。
評議会に全く顔も出さないのに。
そして極めつけは、“覇王”などと名乗っているところです。
武力によって覇を成す、それが出来るほどの力があれば、イチハ王国の領土はもう少し大きいはずです。
自称“覇王”は今も昔も少なからずいますが、その殆ど全ては身の程を知らないただの“王器使い”でしかありませんでした。
怪しい・・・。
決め付けは良くないですが、国として特に大きな動きも無く、この極東を守護する評議会にも全く接触が無いためとても情報が少なく、何かを隠しているのでは、と勘ぐってしまいます。
それを見極めるため、ジュウジョウ共和国に挨拶にいらした王一行に半ば無理矢理、同行することにしたのですが。
「どうしたのですか?」
「イチハ王一行が進路を変えました。どうやらトラブルの対処に出向くようです」
王自らトラブル対処?
先導する車を置き去りにして目の前を走っていたセダンが交差点で進路を変えました。
「監査員」
「私達も行きましょう」
「了解しました」
私達の乗るコンパクトカーも交差点を曲がり、それを追います。
怪しい。
家臣では対処できないトラブル?
何かをもみ消そうとしているのでは?
不信感からくる推測が、頭の中をぐるぐると回ります。
この国には何らかの秘密がある。
絶対それを暴いて見せます、監査員の名にかけて!
ゴトゴトと揺られる事30分ほど。
先頭を走っていたセダンが、村の前で停車しました。
車の中から人が出てきたのを確認し、私達も車を降りると。
「これは・・・」
「酷いな」
目の前にあったのは超常の力で荒らされ尽くした村でした。
切り裂かれたコンクリートの壁や民家にぽっかりと空いた大きな風穴。
「“王器使い”が暴れたようです」
「あなたは」
「イチハ王国宰相を務めております、周防 列と申します。どうぞ宜しくお願い致します、監査員殿。」
「篠崎 赤音と申します。この対処のためにイチハ王はこちらにいらしたのですか?」
「ええ。といっても実際に“王器使い”と戦うのは我々家臣の仕事ですが」
そう言いながら苦笑する、周防様。
宰相にしてはとてもお若く、しかし冷静沈着を思わせる知的な風貌、黒髪メガネのイケメンッッ!!有りッッ!!大いに有りッッッ!!!
・・・いや、冷静になりましょう。
散見される傷跡から察するに“王器使い”は複数人。
それも中々、強力な能力のよう。
見たところ、今ここにいるこちらの戦力は3,4人とそう多くなく、これだけの人数で対処しようとする、ないし出来るというのは確かに武力としては充実していると言えるでしょう。
家臣の強さには自信があるようです。
しかしその程度では“覇王”を名乗るにはまだまだ、と言わざるを得ないでしょう。
世の中にはとんでもない能力を持つ人間は沢山いるのですから。
それにここに来た事自体、私達監査員に対して少しでも印象を良くするためのアピールだとも考えられます。
穿った見方かもしれませんが、往々にしてあることですから。
いずれにしろ、村人の反応やこれからの家臣団の動きを観察していれば、真実が見えてくるはずです。
このイチハ王国の実態が。
「負傷者の手当てと行方不明者の確認を急げ。物資は全て降ろせ」
「よいっしょっと。おい、これどっちだ?」
「それは入り口の方です。物資はこちらのほうにお願いします!」
「ケン。それ終わったら俺と一緒に痕跡見に行くぞ」
「はい!」
忙しなく、だがテキパキと動いている家臣団。
統率された働きをみせるそれは、中々に評価が高いです。
流石は王の側近といった所でしょうか。
するとそこへ。
「こっちの家、もう倒れるぞ!」
「まだ中に人がいる!!」
切迫した声。
その方向を見ようと振り向くと、メキメキと音を立てている3階建ての大きな民家を、周りの人たちが不安そうに見つめている。
その中に一人、明らかに周りと違う、落ち着いた様子の大柄な男性が一人。
崩れそうな家を眺めながら進んでいく。
あれは確か、イチハ王国の武将、鈴宮 甘次様のはずだけど・・・。
「あ、え?」
今そこで荷物を運んでいたはずでは?
見回すと荷物は振り向く前のところに落ちていた。
今の一瞬で移動した!?
そして。
「“王鎧”灰銀の騎士―――!!」
鈴宮様が光に身を包まれ、濃い灰色の甲冑を纏った姿へと変わった。
“王鎧”。
超能力“王器”の種類の1つ!
大柄な身体を更に鋼で大きくした姿は、まさに鋼鉄の巨人。
その威圧感が、並みの使い手ではない事を証明しています。
そしてそのまま、今にも崩れそうな家の中へ、窓を突き破り突入していきました。
「ええ!?」
いくら“王鎧”を纏っていても、崩壊に巻き込まれたら危険です。
それに中に残っている人をどうやって助けるつもりなんでしょうか?
村人たちが固唾を飲んで見守っている中、遂にその重さに負け、家が大きな音を立てて崩れました。
罅割れていた壁や柱がボロボロと砕けて落ちていく。
硬い雨のように。
「・・・・」
その衝撃で埃や土が煙となって舞う中、鈴宮様とその中に取り残されていたというおばあさんはどうなったのかと、誰も何も発さない無言の時間が続きました。
もしかして・・・、今ので・・・。
「ふぅ」
パラパラと破片が落ちる音と共に気の抜けるような声が聞こえてきました。
土煙が治まるとそこには、丸まり縮こまっているおばあさんと、それを庇う様に両手を広げ立っている鈴宮様の姿がありました。
「「「おお!!!」」」
身を挺して民を守る、正しく騎士の鑑のような働きに見守っていた一同は歓声を挙げました。
凄い。
あの崩壊に巻き込まれても、その鎧に傷一つ見当たらないほどの“王鎧”。
「無事か?ばあさん」
「ありがとぅございます、ありがとうございます・・・」
鈴宮様に対し、手を合わせて拝み始めたおばあさん。
瓦礫の中から抱えて運び出された後も尚、ありがたや・・・と拝み続けていました。
“覇王”を名乗る王、その家臣も強さに自信があるだろうとは思っていましたが、これほどまでとは。
力の一端を見たに過ぎませんが、この国の武力には注視する必要がありそうです。
§
それから30分ほど経ち、作業や確認がひと段落したようです。
この機会に村人の方達にイチハ王やこの国の事について伺って見ましょう。
大変なところ申し訳ないですが、この非常時だからこそ本心が聞けるというものでしょう。
ちょっとよろしいでしょうか、と近くにいた健康そうな男性に声をかけてみました。
「極東全国評議会、監査員の篠崎と申します」
「はぁ、どうも」
「ちょっとお話を伺っても宜しいでしょうか」
「あ、はい。俺でよければ」
「大変なところ申し訳御座いません。この村に来たのは初めてですが、とても良い村だったようですね・・。皆さんの様子や、何より美味しそうな収穫物をみると分かります。」
「そうだな・・。採れる野菜は旨いし、文明だって安定していた。良い所だよ、ここは」
「それだけに惜しいですね、このような事態になってしまわれて・・・」
「まぁな・・・。村をこんなんにしてくれた奴らには腸煮えくり返ってるが・・・。それでも、覇王様なら何とかしてくれる!」
覇王様・・・、聞きたいことが聞けそうですね。
「その、覇王様はどのような方なのですか?」
「うん?ああ、他所から来たんだったな。覇王様はすごいお人だよ、世界で一番強い人だからな!でも、圧政も敷かず他国に侵略もしない。この国の人は皆、あのお方が大好きなんだ!」
「な、成る程・・・」
自国での人気は高いようですね・・・、それは評価に値します。
でも、世界で一番強いというのはどういうことなのでしょうか?
「おーーーい、そろそろやるぞーーー!!」
「今行くー!!じゃあこれで!」
「あ、はい。ありがとう御座いました」
男性は休憩中だったようで、作業へと戻っていきました。
聞きそびれてしまいましたね。
でも、国民に人気が高いと言うのは意外でした。
覇王、という言葉のイメージから傍若無人な振る舞いで嫌われているのかと思っていましたが。
でもあくまで国民一人の感想です。
もっと多くの人にお話を聞いてみようと気合を入れると、ふと一人の男性に目がとまりました。
フードを被った、中肉中背の若い男性。
(なんでしょうこの感じ。それにあの人、初めて見るような・・・)
私は先程まで各所の作業を見ていたので、初めて見る人が居るわけないのですが。
それに何だか目が離せないような、不思議な気になります・・・。
「篠崎監査員」
「あ、はい!」
気を抜いていたところに背後から呼びかけられ、大きな声を出してしまいました。
周りの目がこちらに向けられてしまい、これは、とても恥ずかしい・・・。
「どうしました?この後の予定を確認したかったのですが」
「いえ・・・、大丈夫です」
ふと男性の居たほうを見ると、もう姿はありませんでした。
何だったのでしょうか。
§
「あれ、ケンは?」
「ん?先程までいたんだが・・・。負傷者のほうへと行ったんじゃないか?」
「何だよ、終わったら行くぞって言っといたのによ」
「それより、監査員たちはどうだ?」
「別に。見たり聞いて回ったりしてる。あんなもんじゃねえの?」
「そうか、そのまま目を離すなよ」
「あいよ」
「王のご様子は?」
「さあ?不貞寝してんじゃねえの?」
「はぁ・・・。だがいつまでも大人しくしている訳が無い。そちらは私が見ておこう。」
「わかった。全く覇王様にも困ったもんだな!まさかご自分で戦う気でいたとは」
「焚きつけたのはお前だっただろう。私は忘れてないぞ。道中、お前がご機嫌取りをするんだな」
「へいへい・・・。あ、おいケンっ!!お前何処行ってたんだよ!」
§
それから少しすると、新しい情報が届きました。
どうやらすぐ先で容疑者らしき人物を確認したとの事。
「王一行はこのまま向かうそうです」
「私達も向かいましょう」
「危険です!これほどの被害を出せる“王器使い”との戦闘に巻き込まれたら!」
「この国を正しく評価するためには必要な事です。私一人でも行きます」
「3人一組での行動が義務付けられています!」
「であればリーダーである私の指示に従うべきでは?」
「で、ですが!」
「あー、ちょっといいか?」
私が部下と話している最中、後ろから声を掛けられた。
炎の思わせる深紅の髪、格好からしてここの村人だろう。
「何だ、お前は?」
「・・・どうかなさいましたか?」
「取り込み中悪いな。王様達に付いて行くかどうかで揉めてるんだろう?」
「それがどうした?お前に何の関係がある?」
「栗田、やめなさい。揉めているわけではないのです、ただ意見を交わしているだけですよ」
「まぁ何でもいいんだが。恐らく戦闘になる場所を見下ろせる場所がある。そこからなら安全に王様達を観察できるんじゃないか?」
「そんな場所があるのか!おい、案内しろ」
「栗田、決めるのは私です。そこへとあなたが案内してくださると?」
「話が早くて助かるよ。俺は地元のもんだからこの辺には詳しいんだ」
「ですが何のために?何か報酬がお望みですか?」
「いや、そういうのはいらない。ただ俺は王様達の素晴らしさをあんた達にも知って欲しいだけだ」
「当然だ。知っている土地を案内する程度で金銭を貰おうなどと図々しい」
「栗田」
部下の栗田を連れてきたのは間違いだったようです。
この男は成績こそ良いですが、評議会こそ至高、という選民意識に囚われてしまっている。
今回の視察は急遽決まった事なので、人選をしている時間は無かったので仕方ない事なのですが。
評議会は人々を、国々を導く立場。
より良き未来のため、手を差し伸べるのが我々の役目なのですから。
「で、どうする?」
「お願いします。えーと・・・」
「俺はジン、よろしく頼むよ」