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異端の月  作者: 出し巻き玉子
1/1

第1夜 逃亡


―その夜も、月が、綺麗だった。


目の前に立ちふさがる女性の姿。

男達の怒声。

銃声。


火薬の臭いと、

覆いかぶさった重たい身体。


テーブルの上にはいちごの乗った大きなケーキ。

蝋燭の火が、消えた。


月が、綺麗だった―



1


―1人の青年が倒れている。

人が2人入れるかどうかの狭いビルとビルの狭間である。そこに、青年は、うつぶせに倒れていた。

服はあちこちが破れ汚れている。傷だらけの裸足。髪は伸びてボサボサだ。

「……また、夢を……。」

徐に青年が起き上がる。立ち上がり、壁によっかかる。虚ろな瞳で、天を仰ぐ。


今日は満月だ。蒼白い光が、眩しいほどである。


「死にたい……。」

ぽつり、と呟く。大きな溜息をついた。

青年は、とある施設の出である。この言い方にはいささか語弊がある。青年は、施設から逃亡している身である。

「あいつは……、無事、かな……。」

瞼を閉じる。彼の脳裏に浮かぶのは、最後に施設で別れた、親友の姿である。青年に一緒に逃亡しようと持ちかけた彼は、もう少しのところで追手に捕まってしまった。『行け!』という彼の言葉に押され、ただひたすらにここまで来てしまった。

「自分で言ったくせに……また、僕を、ひとりにして……。」

青年は、施設でも能力のない者として邪険に扱われていた。どれだけ体術を磨き、銃や戦闘で人一倍努力しても、他の者と比べられ、毎日理不尽な仕打ちを受けてきた。その中、ただ1人声をかけてくれたのが彼だった。


自分は本当にいらない人間なのかもな。ここで死ぬしかないようだ。


青年は、静かに瞼を閉じる。



その、刹那。

銃声が鳴り響いた。



静寂。



青年は、先ほどと変わらぬ姿勢ではあるがその指には銃弾がつままれていた。その黄色い瞳は猛禽類の如くビルの屋上を睨みつけている。そこには、小柄な影があった。

「面白いね君、銃弾つまむとかすごくない?私、確実にこめかみを狙ったんだけど!」

あっははは、と高い笑い声が響く。

「さすが、収容所の人間はちがうよね。気に入ってしまったよ!」

先ほど打ったのであろう小型の銃をくるくる回しながら大げさに首を傾げる。青年は小さく舌打ちして銃弾を捨てた。

「おっと怒らないでおくれよ。私は君を迎えに来たんだ。君は迷子の子猫ちゃんなのだろう?さっき、死にたいと言っていたね?それはダメだ。私が許さない。」

ビルの屋上の影が消える。青年の目の前に、少女が現れた。ブロンドのツインテール、目が見えないほどの厚くて長い前髪、黒いセーラー服に寒くもないのにピンクのマフラーをまいている。

「もう一度言うが私は君を迎えに来た。私は君の事情を知っている。君はかの異端者収容所から逃亡中の身だ。」

青年が1歩後ずさる。

「もちろん収容所は君を追っている。さっき私が3人ほど追っ手を潰してきた。だがあれは国の機関だ。大事な財を無下にはしないさ……だから私たちは君を匿う。」


「もちろん、ついてくるよね。『594番』くん。」


青年の顔がひきつった。

その直後、鈍い音と共に凄まじい勢いで蹴りが飛ぶ。同時に少女が吹っ飛ぶ。

青年は咄嗟に駆け出し、その場から逃げ出そうとする。

「逃がさないよ。君を捕まえて帰るのが私のお仕事だからね。」

無傷の少女が頭上から飛んできた。前髪の隙間から透き通るような美しい青い瞳がいたずらに覗いた。

「私は君と同じだからね、逃げられると思われちゃ困るな。ふふ。」

「……!」

青年は後ろへ飛びまた少女へ蹴りを飛ばす。

拳と蹴りが飛び交う。

攻撃の合間に青年が叫ぶ。

「僕はもうあそこには帰らない!」

少女は宙で拳をかわして負けじと叫ぶ。

「さっき説明したろう、匿うと!」

「お前は僕の番号(なまえ)を知っている!」

―お前らの番号(なまえ)を知るのは、管理者たる私たちだけである!他は敵である!生きるために戦え!敵はお前達を確実に殺しにくるぞ!

脳裏に教官たちの言葉が蘇る。もう、彼らの言葉なんて思い出す必要はないのに。

少女がああ、という顔をする。

「なるほどね、君は番号(なまえ)に囚われているわけか。分かった。」

ニヤリと笑う。

「私は、君の名前(なまえ)を知っているんだがな。」

「は?」

青年の動きが一瞬にぶる。

「隙あり。」

背後に回った少女の手刀が青年の延髄に叩き込まれる。

「!?」

「運ぶの大変だから寝てていただこうかな。」

倒れ込む青年を軽々と脇腹に抱える。

「ふん、手のかかる新人だな。」

少女がきょろきょろ周りを見渡す。

陽彩(ひいろ)ほら、ちゃんと捕まえたからな。私の好きにしていいだろう?」

路地にひょろりと背の高い男性が入ってきた。顔の半分を狐の面で覆っている。陽彩と呼ばれたその男は優しく少女をたしなめた。

逸花(いつか)ちゃん、ダメじゃない気絶させちゃ。お話出来ないでしょ。」

「いいだろ別に。ちゃんと10分後には起きるようにしといてやったよ。」

「すごいなぁ。気絶の時間も調節できるのかい?」

「まぁ、【天才】だからな。」

2人は青年を連れて夜の闇に消えていく。



月はただ美しく空に佇んでいた。


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