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戦場の休息(ヤシの木の下で)

作者: 倉本保志

戦地における精神状況などは、はっきり言って平凡な人生を謳歌する私には到底はかり知るものではございません。それを敢えて自覚した上で、今回のモチーフは、戦地での一人の人間の恐怖、郷愁というものを、ほんの少しでも、表現できればよいのかと考えました。わたくし倉本保志の作品の中心テーマのひとつでもある、不条理性というものも、ちょっとだけ、感じていただければと思いますですよ・・はい。

あ、すいません忘れていました。三島由紀夫云々・・倉本保志の新作短編小説、ここに投稿でございますですよ・・・はい。(ふざけてすみません) 

戦場の休息(ヤシの木の下で)


パパパパパパン・・・パパパパパパン・・・

機銃掃射きじゅうそうしゃの乾いた音が、周囲に鳴り響いた。

辺りは欝蒼うっそうとしたジャングルで、木々の青黒い緑と、そこへ

差し込む木漏れ日の、まばゆいばかりの白が、美しいモノトーンの

世界を創りだしていた。

Kは、無意識のうちに地面に伏せた。昨夜の雨で、ドロドロになっていた

地面が、容赦なくKの顔に跳ね上がる。

・・・・・・・

日本語、そして、良く分からない、他国の言葉が、前方で、僅かに錯綜さくそう

する。

右腕のまだ濡れていない僅かな部分で、泥だらけになった顔を拭くと、Kは

持っていた剣銃で、前方に射撃を開始した。

パーン・・・パーン・・・

鳥よけの空砲を撃っているかのような虚しさが、一気に彼に襲いかかる。

・・・・・・

パパパパパパン・・・

斜め前方すぐの草の茂みで、再び、一斉掃射の音がした。

Kは、慌てて、身をひるがえし、左脇にあった岩陰にもたれかかる

ようにして隠れた。

はあ、はあ、はあ、はあ・・・

それ程の運動量ではないにも関わらず、息が上がり、心臓が張り裂けそうなくらい

に、強い鼓動を繰り返している。

ドクン、ドクンドクン・・・

まるで身体全部が、心臓となって、鼓動しているような感じた。

・・・・・・・・・・・・

 

時間の感覚は、すでに麻痺してしまっていた。いったいどれ位、経ったのだろうか?

機関銃による、掃射の音が止み、辺りはしいんと静まり返った。

Kは、静かに、ゆっくりと、隠れていた岩陰から前を覗いた。

大きな芭蕉の葉が折れ、細い蔦や木々が、無残にへし折られている。

確かに、そこには、人為的な・・・、殺戮を意図した、破壊の跡が見受けられた。

・・・・・・

どうやら、既に敵はいない。

・・・・・・・・・  

(助かったのか、・・・・)

Kは立ち上がり、右横の険しい崖を降りて、沢谷のほうへ進んでいった。


Kは、まだ、茫然とした感覚で、沢谷つたいを、只ただ、歩いていた。

・・・・・・・

突然の、余りに突然の急襲で、あった。

無論、戦地にいる以上、敵からの襲撃は、想定するのが当然である。

南太平洋に位置するここ、G島に到着した当初、Kをはじめ、大抵のものが、

ガチガチに緊張しながらも、時に武者ぶるいをし、敵の到来を、いまか、い

まか、と待ち構えていた。(・・・はずである。)

しかし、その状態が長く続くと、悲しいことに、非常は、日常にとって代わ

られる。

緊張の持続に人は耐えられず、敵襲への警戒、想定の訓練、それらは、いわ

ば、銃後での、防災訓練を行うような感覚を模してくる。

参加している本人は、当然それが、いつか来るだろうと、漠然と、思っては

いるのだが、まさか、自分が襲撃の犠牲者、戦闘の当事者になるなど、微塵

も感じない、そんな、精神的な、錯覚に誰しも陥ってしまうのだ・・・

もともと、わずか225名でのこの地(最前線)の死守を命じられていた、

大N帝国 陸軍 第5師団、第2中隊、通称S部隊は、いつ戦闘により、全滅

してもおかしくはなかった。否、もし仮に,この敵襲が、なかったとしても、

食料の供給が途絶えていた為に、部隊は、自滅の道を、辿る他なかったのである。

行くも地獄・・・残るも地獄・・・

この、敵襲は、まさにそんな状況の中に、突然、起こった。

・・・・・・・・・・・・

(おそらく、部隊は全滅だろうな・・・?)

Kは、自分の所属する部隊のことを、ただ、歩きながら懐古していた。


しばらく沢谷を歩いたことと、生死の分岐をギリギリで切り抜けた、そんな

安心感からか、Kは、急に腹が減ってきた

2メートル程の川幅の、この小川の水深は、かなり浅かった。

Kは、水の中に入ると、ゴロンとした石を動かし、水中を覗く・・・

何度か繰り返すうち、一匹のサワガニを見つけた。

Kはそれを鷲づかみにすると、大きく口を開けて、齧りついた。

栗の実を皮ごと食べるような、そんな違和感が口の中にあった。

ププッ・・・蟹のからを吐き出して、Kは、大きく顔をしかめた。

「まずっ」

まさか、美味だとは予測せずとも、それ以上のサワガニの不味さに、Kは、

少し驚いた。

・・・・・・・・

「川モノ、しかも、生はダメだ・・・」(寄生虫にヤラれてしまう・・・)

Kには、食いもの対する、選り好みの余裕が、この時には、多少なりとも

まだ残っていた。

(よし、せき止めて、魚を取ろう・・・)

Kは、先ほどまで、剥ぐっていた、、少し大きな石を使い、小川をせき止め、

弧を描くように横に並べ、ワナを作った。

それから、急いで川上まで岸伝いに歩いて行き・・・勢いよく・・・・

バシャン・・・・

1メートルほどの水深のところに、大きな音を立てて飛び込んだ。

そして、元いた、石のワナを作った場所まで、摺り足でザブザブと波を立て

ながら戻ってきた。

Kに追われるようにして、川魚、ヤマメのような魚が、この石の堰堤ワナ

に、やむ無く逃げ込んでくる。

Kは、逃げ場のなくなった魚を、両手ですっとつかみ取ると、ポーンと勢い

よく岸辺に放り投げた。

・・・・・・・・・・・・・

灼熱の太陽の日差しが、沢谷に、川辺の石に、赤い土に、そしてずぶ濡れの

Kに、容赦なく、直下に降り注いだ。

Kは、斥候時に使っていた双眼鏡で、光を集め、枯草に火をつけた。

あっという間に火はおこり、近くの木の枝を集めてくべると、焚き火は、

いよいよ盛んに燃えだした。

先ほどとれた魚を、串刺しにして火に炙る。

ころ合いを見てKは、その焼き魚を口にした。

僅かに魚の味がする・・・・

「醤油があれば最高なんだけど・・・んふふふ・・・」

・・・・・・・・・・・

そう言ってKは、無理に、陽気に笑って見せた。

・・・・・・・・・・・・

次第に日が陰り、あっというまに、夜になった。

フォフォフォオオオ・・・・

フォフォフォフォオ・・・

ジャングルの奥から、ホエザルの大きな鳴き声が、暗闇にこだまする。

ジリイイイイイイ・・・・

ジリイイイイ・・・

まるで、キリギリスの極大おばけが鳴いているような、大きな虫の声も

周囲から聞こえてくる。

周囲に広がる深海を思わせるような漆黒の闇・・・

そして、ジャングルの、その暗渠あんきょから聞こえてくる、不気味な

鳴き声・・・

・・・・・・・・・・・・・・

Kは、このジャングルの闇に二つの恐怖を感じていた。

一つは、敵の機銃掃射が、この闇の中から一斉に、自分を、急襲してくるの

ではないか・・・という現実の恐怖

もう一つは、自分でも、よくは分からないのだが、・・なにやら、得体の知れ

ない魔物(森のぬし)が、この闇に潜んでいて、同じように、襲撃のチャンスを

虎視眈々と狙っている・・・

そんな、ドラッグ患者の持つ、被害妄想的な、非現実的な恐怖をも、この状況下

において、Kは、はっきりと感じてしまっていた。

・・・・・・・

それから、暫くの間、緊張をしながら、じっとジャングルの暗闇を覗き込んでいた

が、朝方の戦闘の疲れのためか、 Kは、ここ沢谷の岸辺の岩場で、ぐっすりと

眠り込んでしまった。

・・・・・・・・・


どれ位が経ったのだろう・・・?

プーン という蚊の鳴き声で、Kは、目を覚ました。

左手に感じた痒みに、思わず、ぴしゃりと手を打つ・・・

なにやら、ねっとりとした感触に驚いて、Kは、飛び起きた。

慌てて、サーチライトを照らす、その手には、4,5匹の蚊の圧死体と

おびただしい量の赤い血が、皮膚に纏わりついていた。

部隊にいた時にも、確かに蚊はいた。

しかし、営舎はもちろん、野営のテントの中でさえ、これ程までに、彼ら

の直撃、総攻撃を受けることはなかった。

暫くすると、体が完全に覚醒し、さきほどまであまり感じなかった激しい痒み

にKは襲われた。Kは、全身を搔き毟り、いくつもの掻き傷ができた。

否、むしろ、掻き傷の痛さで、痒みをなんとかしたい、そんな願望が

この自傷行為に彼を掻き立てたのかも知れない。

(こんな小さな虫までが敵・・・すべてのものが自分の敵に思えてくる)

ワアアアアアア・・アアアアアア・・・・

Kは、狂わんばかりの大声をあげ続けた。 

・・・・・・・・・

この、小さな敵からの襲撃に降伏し、為すがままに身を委ねていたKの

頬を、ひんやりと撫でる風、先ほどまで、殆どなかった、涼しい風が沢谷

の上流から、川を伝って吹いてきた。

Kにとってこの風は、まさに神風であった。

先ほどまでの、大量の蚊の群れは、人間にとって程よく心地よい、この

そよ風に、敢え無く戦意を削がれ、一匹残らずジャングルの奥へと消え

ていった。

Kは、再び、深い眠りへと堕ちていった。

・・・・・・・・

Kは、この場所で2日を過ごした。

そして3日目の朝がきた。

敵の襲撃の恐怖を、払拭することは、到底、不可能であったが、それでも、

この沢谷は、故郷での懐かしい日々を思い出すには、十分であった。

Kは、ジャングルの上にそそり立つ、積乱雲に、幼少期に、故郷の縁日で

父が買ってくれた、あの、柔らかく、ふんわりと暖かい、綿あめを思い出して

いた。

人はなぜ、一秒たりとも同じ形を留めない、この流れゆく雲に、永遠の不朽を

思い描いてしまうのであろうか・・・?

今に自分の置かれた境遇とは、似ても似つかない、平常、平穏の恒久を、この

雲に見出してしまうのであろうか・・・?

・・・・・・・・

Kは、このまま、意識を失って、楽に死んでしまったならば、どんなにいいこと

だろうかと本気で考えた。

後になって、敵に、自分の亡骸を見つけられたところで、自分はもう、死んで

しまっているのだから、どうということはない。

(煮るなり、焼くなり、好きにしろ・・・)

そんな感じに思えてくる。

・・・・・・・・・・・・・

暫く、空想に耽った後、Kは朝飯の獲物をどう捕まえるか、現実の課題に目を向

けようとしていた。

そんなときに事件は起こった。

ルック・・・? カモン・・ゴウズ・・ヒア・・

なにやらわからない言葉が、川上から、聞こえてきた。

拡声器の、あのガガ、ピーというノイズを混ぜて、その音はKの耳に届いた

バシャバシャと、水を蹴る音が聞こえる・・・・

(・・・・敵だ・・・)

Kは、一瞬でそれを察知すると、一目散に川下に逃げ出した。

「捕まる・・・逃げろ、・・・」

「逃げろ、・・・逃げろ・・・逃げろ・・・」

Kは、走った。

大したものは食べていなかったが、自分でもびっくりするくらい速かった。

身体のすべてが、足になったような感じで、不思議と心臓の鼓動は、それ程

感じなかった。

機銃掃射を受けたあの時とは、明らかに違う、つまり、死と直面していない

という安心感が、なぜだか、無意識に、身体を通じて直に感じられる

Kは、走りながら、子供のころよくやった鬼ごっこ、それも、鬼に捕まり

そうになる瞬間に似た、あの感覚を思いだし、知らないうちに、けらけら

と笑い声を発していた。

・・・・・・・・・・・

どれくらい走っただろうか・・・・

Kは、この島の海岸、浜辺にいつのまにか出ていた。

元来た道を見ても、追いかけてくるような形跡は、見られない。

「ふう、またもや生き延びたか・・・」

「もしかして、持ってるのかな・・・・強運・・・」

そう言ってKは、ヤシの木に、靠れかかるように座ると、そのまま、静か

に眠ってしまった。

・・・・・・・・

ボクッ・・・ゴロゴロ・・・

なんだか鈍い音がした。

・・・・・

暫くして先ほどの、敵兵が数人、このヤシの木にやってきた。

ワラワラワラ・・・

Kを取り囲み、何やら話している。

そのうちの一人が、Kの顔にそっとヤシの葉を被せ、胸で十字を切った。

ヤシの木の上では、ヤシガニが,ごそごそと、木の実の裏に隠れてしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・

空にはあの積乱雲が、島の上にぽっかりと浮かんでいた

                   

                   おわり




こんな私のつたない小説でも、読んでくださる方がいることに、常々感謝いたしております。しかも徐々に増えてきている・・・そんな気がしているのは、私だけでしょうか・・・?どうか私めの小説を世に広めてくださいまし、そしてあなたは数年後、倉本保志がまだ無名だったころの初期の作品から知っているのだと、(つまり、自分には見る目があるのだ、)ということを自負して生きてほしいと思います。

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