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第93話 一日の終わり

前回までのライブ配信。


皇妃の実家で、皇子アーネスと親衛隊は暗殺集団『蜂』に襲撃される。アイリスは親衛隊を庇うために単身『蜂』に立ち向かう。そこにマリカとカクギスが彼女を助けに現れる。


アイリスたちは『蜂』の大半を倒すが、すぐに増援がやってくる。増援の彼らは1人1人がアイリスよりも強い。しかし戦いの中でアイリスは肩の力みを魔術でコントロールし彼らを上回る。


戦いの最中、マリカが『蜂』にとって重要な人物かも知れないことが判明する。更なる増援が現れアイリスたちは不利になり、無茶をしたマリカが相手を激昂させてしまい痛めつけられる。そこに颯爽とルキヴィスが現れマリカを救うのだった。

 ルキヴィス先生が月明かりに照らされていた。

 そのシルエットが頼もしい。

 『蜂』の痩せた男を殴り飛ばしたばかりというのに、場の空気が止まっているかのように感じる。


「怪我をしているか診てやってくれ」


 先生は半分振り向いて、たぶん私に向けて言った。

 私はすぐ後ろに居たマリカの足下にしゃがみ込む。


「痛いところない?」


 声を掛けてみたけど、彼女は先生をただぼーっと見ていた。


「マリカ?」


 小声で呼びかける。


「あ、えと、うん。な、なに?」


「怪我とかしてないかと思って。痛いところとかある?」


「うん。いろいろ痛いけど、怪我は……たぶん、してないと思う」


「分かった。念のため出血がないか見てみる。痛いんだったら痛みも止めようか?」


「――それは大丈夫。この痛みはちゃんと覚えておきたいから」


 一瞬、何を言われたのか分からなかったけど、「痛みをちゃんと覚えておく」というのは彼女らしい言葉だと思った。


「うん」


 ≫マリカちゃん男前すぎる……≫

 ≫どういう意味?≫

 ≫痛みや悔しさをバネに強くなりたいってこと≫


 そのとき、さっきまで私の相手にしていた『蜂』の男が剣を構えようとした。

 僅かな動きだ。


 その動くか動かないというところで、バチッと地面が鳴った。

 音がしたのは先生が居た場所だ。

 でも、意識を向けたときには先生はいなかった。


 探す。

 いつの間にか『蜂』の男の傍にルキヴィス先生が居た。

 5メートルは離れていたのに。


 『蜂』の男は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 な、何が起きたんだろう。


 先生の左手が眩しいくらいに魔術の光を宿らせている。


「相手はこれで全部か?」


 えーと。

 空間把握をカクギスさんの方に向けた。

 彼も戦っていた相手を倒している。


 あとは――。

 あ、1人居たか。


「敵かどうか分かりませんけど、もう1人長身の人が居ますね」


 私はマリカの体内を確認しながら言った。

 今更なので地声で話す。


「これは困りましたね。見とれていて逃げるのを忘れていました」


 その長身の男が言った。

 相変わらず声に余裕が感じられる。


「月にでも見とれていたか? 確かに月を見るには悪くない夜だが」


 ルキヴィス先生も緊張感なく返す。


「月か。道理で夜の女神(ノクス)も騒がしい訳だな」


 カクギスさんが2人のやり取りに乗っかった。

 いつの間にか長身の男を囲んでいる。

 ルキヴィス先生とカクギスさん、そして私の3人で囲むように三角形になっている。


「ノクスですか?」


 私も話に加わってみた。


 ≫ノクスは夜の女神らしいぞ≫

 ≫ギリシア神話のニュクスらしいな≫

 ≫最初の神カオスの娘で子供はヤバいのが多い≫

 ≫すごそう(語彙力)≫


「ああ。奴らがそう言っておっただろう。のぅ? 子守よ」


「みたいですね」


 長身の男が(あき)れるように言った。


 ≫他人事(ひとごと)だなw≫

 ≫エーテルの魔術とかも言ってたな≫

 ≫神統記ではエーテルはノクスの子供ですね≫

 ≫エーテルも神なのか? 光の媒質じゃなくて≫

 ≫ギリシア神話から名前を取っただけだから≫

 ≫アリストテレスの第五元素のやつは?≫

 ≫第五元素も名前の由来になってるだけですね≫


 長身の男に意識を向けているのでコメントの内容は理解しきれてない。

 あれ? でも。


「この女の子が『エーテルの魔術を使うからノクスだ』みたいに言われてましたよね? どういうことですか?」


 念のため、マリカの名前は伏せた。

 『蜂』の会話から考えると、エーテルは恐らく酸素のことを指している。


 ≫言ってたっけ?≫

 ≫会話してたな。ノクスだから絶対殺すなとか≫

 ≫ああ≫

 ≫ノクスって夜の女神だろ? どういうこと?≫

 ≫組織の中の何かの称号ではないでしょうか?≫


「その問いにどう答えるかは難しいところですね」


「あ、じゃあいいです」


 ≫いいのかよw≫

 ≫流されない女、アイリスw≫


 『我々、ノクスの子』とも言っていた。

 ノクスは彼らにとって母ということになる。

 つまり、マリカがお母さんだ。


 ――どういうことだろう?

 マリカなんてどう考えても彼らより年下なのに。

 年下の女の子に母になって貰いたい人たち?

 バブみの暗殺集団?


 そこまで考えて彼らが『蜂』と呼ばれていることに気づいた。

 働き蜂の母親は決まってる。

 女王蜂だ。


「あなた方が『蜂』と呼ばれているのを知ってますか?」


「初耳ですね」


「蜂の生態を知ってますか? 巣には1匹の女王蜂が居て働き蜂は全てその子供です」


 ≫蜂の生態なんて分かったの最近じゃねーの?≫

 ≫古代ローマは巣箱を使って養蜂(ようほう)してます≫

 ≫マジか。2000年前だろ? はっや≫

 ≫砂糖の代わりに蜂蜜使ってたんだっけ?≫

 ≫アイリスはなんでそんなこと言うんだ?≫


「蜂の生態ですか。興味深い話ですね」


 長身の彼の話しぶりからは何も読めない。

 面白がってるようには思える。


「あなたたちの女王蜂と呼べる存在がノクスなんじゃないでしょうか? つまり、この女の子があなたたちの女王蜂になるかもしれない存在だと」


 ≫この少女ってマリカちゃんだよな?≫

 ≫なんで『少女』? そんな他人行儀な?≫

 ≫名前を知られるのを嫌がったんだろ≫

 ≫マリカ女王様……。いけるな!≫


「ふふふふふ。貴女は想像以上に楽しい存在ですね」


「ふむ。その反応からすると娘が女王蜂というのは当たりか」


「さあ、どうなんでしょう。ただ」


「ただ? なんですか?」


「その貴女のお友達の存在が『蜂』に知られてしまったら、ローマ中の『蜂』に今後狙われるでしょうね」


 ――それってどういう。


 意味を理解するのに時間が掛かった。

 その思考の隙を狙って、長身の彼は私の傍をすり抜けて行く。


 でも、それを遙かに超える速度でルキヴィス先生が一瞬で彼の元に移動する。


 彼らが交差した。


 先生が長身の男に拳を繰り出していた。

 でも、長身の男に顎を上げられただけで避けられる。


 先生は長身の男からアッパーのような攻撃をされた。

 それを首を捻りながら避ける。


 長身の男の手にはナイフがあった。

 いつの間に。

 先生はナイフを避けながら、長身の男の横腹にフックのようなパンチを撃っていた。


 先生のフックは男が今まさにアッパーをしている腕なので避けられないはずだった。


 でも、そのフックは長身の男が回転するだけで逸らされる。

 更に長身の男は回転しながら左手に持った剣で横薙ぎに斬ってきた。


 先生は斬る刃と同じ速度で横に動いて当たらない。


 凄まじく速い攻防だった。

 でも互いに攻撃が当たらない。

 というか今気づいたけど先生は武器を持っていない。


 そのとき、長身の男の膝がカクンと力を失った。

 体勢が崩れる。

 同時に、先生と長身の男の間の空気が圧縮された。

 長身の男の魔術だろう。


 先生は空気が圧縮されたと同時に前に出ていた。


 圧縮が解放される勢いすら利用して、先生は崩れた長身の顔にパンチを放つ。

 パンチは長身の男の腕で防がれた。

 腕をクロスにした防御だ。


 それでもパンチは長身の男を吹き飛ばした。

 パンチが当たったと同時に自分から跳んだのかも知れない。

 

 2人の間合いがかなり離れた。


「最初のパンチを避け切れませんでしたか。膝にきました」


「出会い頭に事故はつきものさ」


「確かに。来たばかりで事故に遭われた不運な方々もいましたね」


 不運な方々というのは、彼以外の『蜂』の増援だろう。

 ただ、彼らよりもこの長身の男の方が遙かに強い。


 そんなとき蜂と思われる2人が門を通り抜けた。


「更に2人来ます!」


「また蜂が|アイリス≪はな≫に誘われてきたのか」


 呆れたようにルキヴィス先生が言った。


「門側からやってきてる2人か?」


「はい」


 カクギスさんは高度な空間把握が使えるので、それで分かるのだろう。


「子守。お主はどうする?」


「おっしゃる通り僕は子守でここに居るだけです。それ以外は余興(よきょう)ですね。アイリスさんやマリカさんのことは言わないので安心してください。では」


 長身の男は去っていった。

 マリカのことも知っていたのか。

 『蜂』であることは間違いないとしても、いったい何者なんだろう?


 ゆっくりと考える暇もなく、『蜂』の2人がやってくる。

 そのためかルキヴィス先生も長身の男を追いかけない。


「なんだこれは」


 彼らは来るなり、状況を見て惨状に気づいたようだった。


「1人は私に任せて貰っていいですか。力を試してみたいので」


「ほう。ならばどちらが早く倒せるか勝負といくか」


 カクギスさんが私の隣に来る。


「いいですね。負けた方は魔術を1つ教える感じで」


「面白い。いいだろう。魔術無効(アンチマジック)を使うぞ」


 彼がそう言うと同時に何かが広がっていくのが分かった。


「先生は彼女のことお願いします」


「貴様! ()(ごと)を!」


 私とカクギスさんは互いに近い方の相手に向かっていった。


 私の相手は声を荒げていた人だ。

 力任せかと思いきや慎重だった。

 力も強いし速い。

 それにこの彼も今までの『蜂』と同じく二刀流だった。


 私は彼の左手だけを相手するように移動しながら迫っていく。

 2人以上の相手の場合は1人にくっつく。

 その方が1人を壁として使えるからだ。


 二刀流相手の場合なら、相手の片側にくっついてしまえばもう片方は自分の身体そのものが壁になり邪魔になるはず。

 それが利き手と逆なら更に良い。

 だから相手の左手側に付いた。


 間合いは一歩踏み込めば剣が届く距離で動く。

 肩が力まないように体内に魔術を使う。

 受けるたびに角度を変える。

 こうして相手を追い込んでいった。


 焦る相手。

 その焦りが大振りを生み隙になる。

 大振りの瞬間に吸い込まれるように、相手の右脇に向かって剣を振るった。


 想像した通りに綺麗に当たる。

 右手の剣が落ちた。


 続けて太股に向けて剣を振り下ろした。

 相手が右脇の痛みで身体を縮めた頃にちょうど当たる。

 肉を切り裂く手応え。


 離れる頃に血が吹き出た。

 思った通りに戦いが進んでいる。


「貴様……! 何者、だ!」


 彼は痛みに耐えながら話しかけてくる。

 同時に相手が無事な方の足に力をためているのが分かった。

 左手の剣も後ろに構えている。


 身体を縮め、ルキヴィス先生が言っていた攻撃前の『溜めの支点』になっている。


 私は相手が兜を被ってることを確認した。


「ふっ!」


 彼が全力で飛びかかってきた。

 防御を考えていない捨て身の攻撃だ。


 私に近づいてくると剣を振りかぶる。

 神経を繰り返し流れる電子。

 私は2歩下がった。

 相手の剣が空を切る。


 私は更に下がりながら両手で横に剣を振るう。

 ちょうどテニスのバックハンドみたいな感じだ。

 完璧な手応え。


 彼は空中で意識を失ったのか、力なく地面に落ちた。


 しばらく彼の様子をみる。

 地面に落ちたまま全く動かない。


 ――勝ったか。

 ん、勝ち?

 そういえばカクギスさんと勝負してたんだった。


「こっちは今、終わりました」


「くっく。僅かに遅かったな」


 私が宣言すると、すぐにカクギスさんの返事があった。


「こっちから見てても宣言通りだったな」


 ルキヴィス先生の声もした。

 そっか、負けたか。

 残念。


 それでも、かなり余裕を持って勝てたのでよかったとしよう。

 戦いを支配してるような万能感もあったし。


「これで終わりか? 他の増援はどうだ?」


 カクギスさんが私に聞いていた。


「いえ、他の反応はありません。連絡係と思われる2人組がいますが彼らにも特に動きはありません」


 相変わらず門の近くの建物の上に彼らは居る。

 空に魔術も展開していない。

 ただ、彼らもこっちの状況は把握していそうな気はする。


「気に掛けるのも面倒だな。捕らえに()くか?」


「そうですね。マリカはルキヴィス先生に任せておけますし」


「ちょ、待っ……ぐ……」


 マリカが慌てて声を掛けてきた。

 でも、どこかが痛むのか苦しそうな声をあげる。


「だ、大丈夫?」


「い、行かないで」


「分かったから。どこか痛いの?」


「――い、やっぱいい。行ってきて」


 ≫どっちだよw≫

 ≫負けず嫌いっぽいからなあw≫


「行っても行かなくても変わらないと思うし。気を遣わなくてもいいよ」


 (さと)すようにマリカに話しかける。


「まあ深追いする必要はないんじゃないか? それよりも倒れてる連中を捕らえた方が何かといいと思うぞ」


 ルキヴィス先生がそんな提案をしてきた。


「ふむ。俺はいずれでも構わない。お主が決めよ」


 確かに連絡役の2人を捕らえるよりも、偉そうにしてた増援の何人かを捕らえた方が情報は得やすい気がする。


 そう考えていたとき、連絡役の1人が空に大きな魔術を展開した。


「あ、また空にサンソを使ってる。逆向きの三角?」


 マリカも気づいたようだ。

 しかも彼女は形まで認識できている。


 ≫形で何らかの連絡をしてるんでしょうね≫

 ≫魔術を応用した狼煙(のろし)みたいなものか≫

 ≫酸素は『蜂』にしか見えないし合理的だな≫


「連絡役の1人が何かの連絡をしたみたいです。状況も見えませんし、まずは倒した『蜂』を捕らえましょう」


 私は皆にそう呼び掛けた。


 集中すると、マリカの低酸素の魔術で倒した『蜂』の何人かは逃げるように動いている。

 少年は既にいない。

 たぶん、長身の男が連れ去ったのだろう。


「少しの間、倒した『蜂』の監視をお願いできますか? 今から親衛隊を呼んできます」


 私はその場を離れて、親衛隊が集まってる場所に向かった。


「戻りました」


 私は低い声で言って親衛隊に近づいていく。

 静かだったので声が響いた。


「止まれ」


 親衛隊の兵士に剣を向けられてしまった。

 よく考えたら私が親衛隊の味方だと証明する方法を持ってない。

 エレディアスさんは怪我してるし、まさかアーネス皇子を呼びつけるなんてことは出来ないし。


 どうしたものか。


「――なに? 無事だったか!」


 親衛隊の奥から声が響く。


「恐れながら危険がございます」


「良い。武器を預かるなど危険を排除する方法はあるだろう?」


 やりとりのあと、すぐに兵士がやってきた。

 武器を差しだすように言われたので、預かって貰う。

 魔術無効(アンチマジック)もたぶん使われている。

 でも、カクギスさんのと違って何も感じない。


 そのままアーネス皇子の前に連れて行かれた。


「よく無事だったな。心配していたぞ」


 私の両側に兵士が配置された状態でアーネス皇子が話しかけてくる。


「ご心配ありがとうございます。こちらも被害はありませんか?」


「ああ。あれから賊は現れていない」


「安心しました。ところでエレディアス隊長は?」


邸宅(ドムス)で治療中だ」


「怪我がひどくなったのですか?」


「いや、念のためだ。本人は嫌がっていたのだがな」


 この暗闇での戦闘中、命の別状のない怪我人を運ぶのはどうだろうと思った。

 襲われたら危ないだろうに。

 私が想像できない安全な方法もあるのかも知れないけど。


「賊は片づいたのか? 大きな音が聞こえたが」


「はい。全ての賊を退けました」


「何? 全てだと? 100人は居ると話してなかったか?」


「はい。その数を全てです。私だけではなく、増援の何人かと協力しています」


「それはまた――」


 一瞬、周りがざわつく。


「それで増援の者たちは今、どうしている?」


「待機――というか倒した賊の監視をお願いしています」


「敵の監視? ああ、そういうことか。副隊長。すぐに賊を捕縛する準備をしてくれ」


「はっ!」


 ≫皇子頑張ってるなw≫

 ≫皇子ってなんか権限あるんだっけ?≫

 ≫あるんじゃないの?≫


 権限についてはよく分からないけど、親衛隊はすぐに動いてくれた。


 私はまずルキヴィス先生やカクギスさん、それにマリカを親衛隊の副隊長に引き合わせた。

 3人がそれぞれ持っている証書で、親衛隊に協力しても問題ないと確認される。


 その後、親衛隊は倒れてる『蜂』たちを拘束していった。

 真っ暗闇な上に拘束する人数が多いので苦戦していたようだった。


「改めて確認してみると凄まじいものだな。これをたった4人で行ったというのか」


 アーネス皇子は私の隣にいた。

 理由をつけて離れようと思ったんだけど、引き留められてしまいずっと話をしていた。


「彼らは剣闘士の関係者のようです。1人は第六席のようですよ」


「剣闘士というのは恐ろしく強いものなのだな。そういえば、君はアイリスという女性の剣闘士を知っているか?」


「――はい」


 私の名前が出てきてドキッとしたけど、なんとか平静を(よそお)う。


「見るたびに強くなっている彼女には舌を巻く。初め姿を見たときは戦いとは縁のない女性だと思ったものだが」


 もしかして探られてる?

 ――下手に先走っても仕方がないので素直に返事だけしておこう。


「そうだったんですね」


「ああ。もちろん君も強いとは思っているよ。まだ若いのだろう?」


「左も右も分かりません」


「そうだろうな。んん。良いことを思いついたぞ。君が私の専属護衛となるのはどうだろうか」


 ――はい?


「君も知っての通り、今はエレディアスが私専属の護衛だ。しかし、彼も隊長となり忙しい身でな。無理をさせているようで心苦しい」


「そうなのですね」


 エレディアスさんの変わりはいないのだろうか?


「何人かの護衛候補と面接したのだが、残念ながらエレディアスほど信頼できなくてな。私は兄を殺されていてね。信頼できるものでないと、この身を預けることが出来ない」


「それは――、お悔やみ申し上げます」


「昔のことだ。そう(かしこ)まらなくてもよい。しかし、そういうことをちゃんと言葉にするところが私が君を気に入ってる理由なのかも知れぬな」


「今日、会ったばかりなのに恐縮です」


「出会いというものは時間ではない。それに強さでいえばエレディアス以上であろう? 当人に聞かれたら不機嫌になるやも知れぬがな」


 アーネス皇子は正面を向いたまま笑った。


「いえ、そんな」


「私が気に入らないのであれば遠慮なく言ってくれて良いぞ」


「私のようなものにまで気を遣ってくれてありがとうございます」


 ≫これって実質断れないやつ?≫

 ≫兜外せばアイリスってバレるからw≫

 ≫親衛隊長官とやらがなんとかしてくれるだろ≫


 そ、そうか。

 正式な親衛隊ではないし私が皇子の護衛になるのは無理だろう。

 でも、カトー議員が関わってしまうと面白がって皇子の護衛をする羽目になりそうな気もする。


 皇子と話したりしている内に、『蜂』たちの拘束も終わった。

 総勢で61人。


 マリカが低酸素の魔術で倒した『蜂』はほとんど全て逃げてしまっていたらしい。

 意識が回復すれば無傷だしそうなるか。


 これに加えて、カクギスさんと戦った最初の1人は亡くなっている。

 思ってたよりも全くショックを受けていない。

 心のどこかに、人としてもっとショックを受けないといけないという嫌な考えがあった。


 こういうときは考えても自分を正当化してしまうだけだ。

 事実を受け止めるだけに留めよう。


 顔を上げてみる。

 門の外に居た連絡役の2人もいつの間にかいなくなっていた。

 それを知って、今日は終わったんだと感じる。


 長い1日だった。

 マクシミリアスさんと特別試合を行ったことすら昔に感じる。


 でも、私の知っている人たちはなんとか無事だった。

 そのことだけでも喜びたい。


 親衛隊は残りの片づけをすることになったが、私は休めと言われた。

 まだ大丈夫なのにな、と思いながら通された一室の床に座る。

 兜や鎧は着けたままだけど、不思議と暖かい。


 そのまま今日起きたことを考えていた。

 いくつか気になることもある。


 マリカが『蜂』の女王かも知れないこと。

 あの長身の男が何を考えているのか?

 彼の動き次第ではマリカが危険になる。


 それに、マクシミリアスさんとルキヴィス先生が兄弟なのかどうかも気になる。

 これは本人に聞いてみよう。

 先生といえば、あの魔術の光で輝いていた左手のこともあるのか。


 部屋の中で揺れる灯りを兜越しに見つめる。


 ここの門とか庭を壊してしまったことも謝らないといけないな。

 弁償とかあまり考えたくはないけど覚悟はしておこう。


 揺れる灯りを見つめていたからか、目蓋(まぶた)が重くなってきた。

 手足も重い。

 暖かさと疲れと安心感で無性に眠くなってきた。


 せめて兜くらいは脱がないと。

 でもアイリスということがバレるとマズい――。


 そう考えたことを最後に、私はいつの間にか眠ってしまっていた。

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