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第91話 助け

前回までのライブ配信。


アイリスはフィリップス家に行き、貴族令嬢の姿から親衛隊の姿へと着替える。その後、彼女は護衛として皇宮に戻り、親衛隊長のエレディアスと合流する。


皇宮の門の前には暗殺集団が多数集まっている。その状態で皇子のアーネスが出かけることになった。護衛はエレディアスの隊が行うことになる。


皇子とアイリスを含むエレディアスの隊が皇宮から出ていく。2人組の『蜂』が着いてきていることをアイリスが発見する。それから10分後、2人組は魔術で何かの合図を空に浮かべていた。

 馬車と親衛隊が皇妃の実家に到着した。

 アーネス皇子の出迎えには数十人と並んでいる。

 コメントによると皇宮の正門を出てから25分らしい。


 ここまで来る途中で気になることもあった。

 『蜂』のことだ。

 皇宮と養成所の間で、魔術を使って連絡を取り合ってるように見えた。


 襲撃はどうなってるんだろうか。

 皇居も養成所も無事だといいけど。


 着いてすぐにアーネス皇子は邸宅に入っていった。

 私たち親衛隊は待機している。

 エレディアスさん以外の兵士も近くに居るので、おしゃべりすることは出来ない。


 それから1時間くらいが経っただろうか。


 馬車に着いてきた『蜂』らしき2人はまだ近くに居る。

 それどころか、現在魔術を空に展開中だった。

 彼らは連絡のためか空中に魔術を何度も展開している。


 連絡が多かったのは皇宮とのやり取りだろうか。

 着いてから5回も魔術を展開していた。

 都度エレディアスさんには伝えてある。


 考えていると、アーネス皇子が邸宅から見送られて出てきた。

 用事は終わったのかな?

 見送っている人たちの中心には、背筋のしっかりと伸びた老婦人がいた。


 皇子は彼女に手を上げながら馬車まで歩いてくる。

 彼女は皇子の祖母だろうか?

 身体が大きい訳じゃないけど威厳がある。


 そのとき、突然遠くの場所から魔術の光が近づいてくるのが分かった。


 離れているのに光がはっきりと見える。

 明らかにこっちに向かって来ていた。

 方角を確認すると、皇宮の方から来ている。


「エレ――エレディアスさん。何かが近づいてきてます」


 素の声で言ってしまって低い声に変える。

 あ、でも『隊長』と呼ぶのを忘れていた。


「複数か?」


「いえ、1人です。ただ、かなりのスピードです。建物の屋上を伝ってきてます」


「なに?」


「魔術の反応が強いので、敵ならかなり強敵かも知れません」


 言いながら、以前に不意打ちを受けた怪物の可能性もあることに思い当たる。


 いや、でもあの怪物が私がここに居る確証がないのにローマ市内で姿を見せるなんてリスクを犯すだろうか。

 討伐軍やカクギスさんの前にすら出てこなかったのに。


「警戒態勢!」


 エレディアスさんが大きな声で号令を掛ける。

 敷地内は騒然とし始めた。


「親衛隊以外の者は邸宅(ドムス)に入れ!」


「エレディアス、どうした?」


 馬車から皇子が顔を出す。


「襲撃の可能性がございます。念のため、馬車内でお待ちください」


「――分かった。頼む」


「はっ!」


 その間にも強い魔術の光は近づいてくる。

 近づいてきている強い光は空に展開している魔術を目指してきているように思えた。

 例の2人組が展開している魔術だ。


 光が2人組に接触したあと、明らかにこちらに方向を変え、直進してきた。


「来ます」


「全員、攻撃に備えろ! 来るぞ! 新人、お前は馬車の近くまで下がれ。皇子を頼む」


 新人というのは私のことだろう。

 すぐに馬車の位置まで下がる。

 距離は1.5メートルくらい。

 ちょうど1パッスス? 今はどうでもいいか。


 馬車まで下がったそのとき、周りが魔術に包まれた。

 まさか敷地内全てに広がってる?

 空気が一気に外に向けて排出されていく。


 なにを?

 いや、空気を薄くするつもりか。

 空気が薄ければすぐに息切れするから、それを狙っているのかも知れない。


 ボクは空気を留める魔術を使った。

 でもその魔術もすぐに使えなくなる。

 魔術無効(アンチマジック)に切り替えた?


 光が突っ込んでくる。

 人とは思えない速さだった。

 ただ、近づいてくると分かる。

 光の形も人型だ。


「うっ」


 光が隊列の左に達すると同時に誰かの苦しそうな声。

 光――襲撃者にやられた?


 (あか)りはランタンの光と僅かな月明かりだけ。

 星で埋め尽くされている空の方が明るい。

 足下以外何も見えない。


 一方、襲撃者は空間把握を使っているはずだ。

 単独の敵とはいえ、親衛隊側が圧倒的に不利になる。


「密集して盾で守れ」


 エレディアスさんの指示が飛ぶ。


 でも、襲撃者はとにかく速い。

 戦い方はヒットアンドアウェイというのだろうか。

 近づき攻撃してはすぐに離れる。


 しかも右手と左手にそれぞれ剣を持っている。

 暗闇の上に速いので対応するのは難しい。


「怪我した者は馬車まで下がれ」


 エレディアスさんの声に反応したのだろうか。

 襲撃者が彼に突っ込む。


「隊長! そっちに行きます! 左右に剣を持っています!」


 構えていたエレディアスさんが更に腰を落とした。


 襲撃者が迫り剣を振るってくる。

 エレディアスさんはそれを盾で受けようとした。

 でもその攻撃はフェイントだ。

 エレディアスさんは盾を出した状態で僅かに硬直する。


 硬直した隙を突かれ、襲撃者から盾側の脇腹に剣を突き立てられる


 ガキッ。


 エレディアスさんはそれをギリギリ肘で受けた。

 肘の防具と剣先がぶつかり金属音が鳴る。

 エレディアスさんの身体もくの字に曲がった。


「グッ」


 呻く声が闇に響く。


 ギッ!


 次の瞬間、逆の脇腹に剣が突き刺さっているように見えた。

 エレディアスさんが倒れる。


「――ッ!」


 声を出しそうになった。

 でも、寸前で思い留まる。


 エレディアスさんは襲撃者に蹴り飛ばされた。

 かなりの勢いで転がり、何人かの兵が倒れる。


 襲撃者はそのまま圧縮した風の魔術を使って、馬車の屋根まで飛び上がる。

彼の姿が星空と月明かりに照らされた。


 ――少年?


 彼は高く飛び上がり落下の勢いで屋根に剣を突き立てようとした。

 その剣の真下には皇子が居る。


 ――なっ!


 ボクは襲撃者を突風の魔術で吹き飛ばそうとしたけど使えなかった。

 飛ぶ瞬間だけ魔術無効(アンチマジック)を解除したのか?


 彼が屋根に剣を突き立てる直前。

 慌てて馬車の中にいる皇子を魔術で軽く吹き飛ばした。


 ゴンッ。


 馬車の中ですごい音がした。

 してしまった。

 しょ、しょうがないよね?


 襲撃者は自分の下にある馬車を見た。

 月明かりで照らされている顔の向きは、皇子の位置を正確に見ているように感じる。


 彼も馬車の中を空間把握で見ているのか?


「降りてこい!」


「逃げられないぞ」


「投降しろ!」


 周りの兵士たちが彼に剣を向け呼びかけ始める。


 キュイーン!

 ヒヒーン!


 怯える馬の鳴き声。

 それが切っ掛けなのか2頭の馬たちが暴れ出した。

 馬車が激しく揺れる。


 馬車の中では皇子が入り口までたどり着き、出てこようとしていた。

 襲撃者はそれを目で追っている。


「皇子! 出てきてはダメです!」


 馬の鳴き声や兵たちの喧噪に紛れて声は届かない。


 馬車の戸が開いた。

 襲撃者が剣を構える。

 皇子が出てくる。

 ボクは皇子に向かって飛びついていた。


 タックルするようにして皇子を飛ばす。

 皇子の居た場所に剣が通り過ぎる。


「ぐ、なんだ?」


 突風の魔術が使えないので、皇子の下に潜り込んでボク自身がクッションになる。

 胸が更に潰れて痛い。


「皇子。襲撃者が馬車の上に居ます」


 低い声で私の上のアーネス皇子に語りかけた。

 馬はいななき、場は騒然としている。


「エレディアスはどうした?」


 皇子は起きあがるとそう言った。


「襲撃者に倒されました」


「倒された――? 生きているのか!?」


 襲撃者は揺れる馬車から飛び上がり、風の魔術も併用して2頭の馬に切りかかった。


 馬たちが鳴き声になってない悲痛な声をあげ暴れる。

 馬車がガチャガチャと壊れるほどの音を立てながら揺れていた。


「おい! エレディアスは生きているのか?」


 大声で皇子が聞いてきた。


「――分かりません」


 絞り出すようにそれだけ応える。


 ドスン。


 重いものが落ちたような音がした。

 いつの間にか馬車が揺れてない。

 2頭の馬は既に地面に横たわり痙攣していた。


 襲撃者はすでに離れた場所に居る。


「エレディアス! 生きているか!」


 皇子が大きな声で周りに呼びかけた。


「エレディアス!」


「――はい」


 苦しそうな声がする。

 よかった。

 生きてた。


「大丈夫か?」


「――問題ございません」


 問題ないと言いながらも苦しげな声だった。

 まだ立てないみたいで、膝を着き脇腹を押さえている。

 赤血球に焦点を移すと出血が酷い。

 止血しないと。


「皇子。エレ、隊長の傍に参りましょう」


 襲撃者がエレディアスさんに向けて突っ込んできた。


「隊長の方に来ます!」


 私の声に反応して、エレディアスさんの前に居た何人かの親衛隊が盾を構える。

 でも、5秒もしない内に全員倒された。

 エレディアスさんが立ち上がり剣を構える。


「待て!」


 アーネス皇子が大きな声を上げる。


「賊よ、何が望みだ! 第一皇子たる私の命か?」


 襲撃者は攻撃の手を止め一旦離れる。

 真後ろに下がったと見せかけて、右に回り込むように移動している。


「アイリスという女を探している。どこだ?」


 襲撃者の声。

 若そうな男の声だった。

 声変わりしたばかりだろうか。

 彼の言葉を聞いて、皇子の手が震え始めたのが分かった。


 でも、短く息を吐くとその震えは止まる。


「――誰に頼まれた?」


 皇子はそう言ったが襲撃者が応えてくれるはずもない。

 無言の時間が続く。

 その隙に、私は皇子の傍を離れエレディアスさんの元にたどり着いた。


 彼の鎧の下に手を入れて赤血球の状態を見る。

 傷は鎧を貫通して到達しただけで、内蔵にまでは達してはいなさそうだった。

 ただ、傷口は大きい。


 小さな地声で「動くと傷口が開くのでじっとしていてください。盾を置いていくので皇子に渡してください」とだけ言っておく。


「アイリスはここには居ない。もちろん邸宅(ドムス)の中にもだ。だが、彼女に何かしてみろ。全力をあげて貴様らを牢獄送りにしてやる」


 皇子が絞り出すような声を出した。


「話にならないな」


 襲撃者が応える。


 私は更に移動して隊の先頭を抜けた。

 襲撃者が突っ込んできそうな位置に移動する。


「もういい」


 襲撃者が剣を一振りし突っ込んできた。

 私は片手剣を両手で握った。


「来ます」


 背後に低い声で言って、私は真正面からそれを迎え撃った。

 さすがに速い。


 ――胸の重さに意識を。


 鎧で胸が潰されてるので重さを感じられないことに気づいた。

 すぐに腕が肩甲骨まで繋がっていて、それが鎖骨からぶら下がってるイメージに切り替える。


 私の前に来ると、襲撃者は勢いのまま右の剣を斜め下から振ってくる。

 ただ、これは電子の動きからみてフェイントだ。


 彼はフェイントの右の剣を止めつつ、真正面に左の剣で突いてきた。

 電子の流れが神経の中で繰り返されている。

 強い力の攻撃だ。


 私は剣を重心の前に置いて身体を剣の後ろに移動させた。


 ジャーという金属音と共に突きを弾く。

 かなり強烈だ。

 身体の割に力が強い。

 少なくともカエソーさんの力よりは強いな。

 あと、やっぱり私自身が力んでしまっている。


 女の子女の子。

 唱えながら力で対抗しないように心がけた。


 次の彼の攻撃は、右下から顔への突きだ。

 剣を置いて身体を移動させるだけでその突きも弾く。


 力んではしまっているけど、相手の技量のせいかマクシミリアスさんと戦っているときほど問題にはならない。


 彼の攻撃自体はフェイントも交えてるし、相当な速さと力なんだけど、攻撃の兆しが分かりやすいので防ぐのは簡単だった。


 剣を重心の前に置いて、それに合わせて最小限身体を動かすだけでほとんどの攻撃は弾けるし、隙にもならない。


 受けながら力で支えずに骨格と足の動きで攻撃を吸収するイメージを持って、筋肉のなさを更に意識していく。


 ただ、それほど時間も掛けてられない。

 私は襲撃者の動きにも慣れてきたので攻勢に出ることにした。


 まず彼の右手首を攻撃して剣を落とさせる。

 続いて斜め後ろに半歩下がり攻撃を見切って彼の左手首を握った。


 彼の左手首の神経に電流を流す。


 狙い通り彼は剣を落とす。

 手首を少し引いて彼の重心線が身体の外に出るように導く。

 お腹の前に重心線が出てくる。


 ――よし、崩れた。


「女の子!」


 その上で力を使わないように地面に叩きつける。


 叩きつけられた彼は、風の魔術で周りの空気を急激に追い出そうとしたので、それにも対抗して魔術で空気を集める。


 身体の割に力がかなり強いので、首元に手を当てて力を使おうとした瞬間に電流を流して力を使えないようにした。


 人が強い力を使うとき、電子は何度も何度も同じ神経を通る。

 弱い力の場合はその頻度が少ないように思う。

 つまり、力の強弱は電子が神経を通る回数で決まる、というのが私なりの考えだ。


 よって、神経を電子が通った直後に電流の魔術で邪魔するだけで強い力は使えない。


「襲撃者を捕らえました」


 私はなるべく低い声でそう言った。

 近くにランタンの光が近づいてくる。

 その光が彼の顔を照らした。

 兵士がナイフで襲撃者の兜の紐を切り、脱がす。

 

 白髪?

 それにやっぱり幼い顔つきだった。

 少年と青年の境目くらいだ。


「捕縛を確認いたしました!」


 ランタンを持った兵士が背後に呼びかけた。


 それから、私は襲撃者を親衛隊の人たちに引き渡して、怪我人の止血を行った。

 出血が酷かった人には少しずつ水を飲むように伝えてある。


 襲撃者の少年は6人の兵士が取り押さえていた。

 ロープで縛り上げた上でこの人数が必要みたいだ。

 そのくらい力が強いということなんだろう。


 親衛隊の兵士の何人かは既に亡くなっている。

 人の死、それも今ここで殺されたという事実は胸を(えぐ)られるような息苦しさがある。

 考えると感情に飲み込まれるので、現状を整理することにした。


 今、動ける兵士は60人程度だ。

 その内、6人には襲撃者を取り押さえて貰っている。


 あと、エレディアスさんを含めた怪我が酷い兵士はここの奴隷の医師に診てもらえるようにアーネス皇子が兵士の1人を使いに出した。

 アーネス皇子は私の傍に居る。

 エレディアスさんの提案だった。


「君は強いのだな。それに私を助けてくれたのも君だろう」


 皇子が私に話しかけてくる。

 ただでさえ親衛隊の振りをするのに大変なのに、会話とか止めて欲しい。


「光栄です」


 精一杯低い声で応える。


「エレディアスの下に君のような人材が育っていたとはな。その声からするとまだ若いのだろう?」


「はい。まだ未熟なため皇子と話させて貰っているだけで緊張します」


「面白いな君は。戦いではあれほど強いのに」


「恐れ? いります」


「なぜ疑問形なんだ?」


「言葉遣いに迷ってしまったので……」


「はは。私に対しては気持ちがあればそれで良い。言葉遣いなど長く努めていれば慣れてくるはずだ」


「ありがとうござい――」


 そのときだった。

 敷地の外に魔術の光が見えた。


 その数は増え、数え切れないほどの光が集まってきている。

 少なくともこちらの動ける兵力――60人よりも多い。


「グッ」


「ウッ――」


 呻くような声。

 同時にランタンが地面を転がって燃えた。

 襲撃者の少年を拘束していた場所だ。


「どうした?」


 アーネス皇子が声を上げた。

 すぐに空間把握を使う。

 長身の男が居た。

 目視すると燃えさかる火に姿が照らされている。


 その傍らで襲撃者の少年が立ち上がった。

 少年を押さえていた6人の兵士たちの生死は分からない。

 ただ、倒れたまま動かなかった。


「て、敵襲ー!」


 誰かの声がする。

 兵士たちは剣と盾を構えた。

 長身の男は少年を拘束していたロープを切っている。


「標的は居ましたか?」


「いや、いない」

 

 拘束を解いてる間に彼らはまるで世間話でもするような声で話し始めた。

 少年の方は倒れている兵士の剣を奪っていた。


 それにしてもおかしい。

 長身の彼からは魔術の光が見えない。

 『蜂』じゃないのか?


 いや、『蜂』だからと言って魔術の光を宿してるとは限らないか。


「それにしても貴方が倒されるなんて珍しい」


「1人強いのが居る」


「まさか親衛隊に? いえ、違いますね。その強い(かた)が貴方たちの標的でしょう」


 彼らは話しながらランタンの火から遠ざかり闇に消えた。

 空間把握で彼らを追いかける。

 後方に下がった?


 同時に、この庭を囲むように魔術の光が点在しているのが分かった。

 いつの間にか包囲されている。


 状況は良くない。

 ここにはアーネス皇子も怪我をしたエレディアスさんも居る。


 ――魔術は使えるかな?


 空で突風の魔術を使ってみた。

 魔術は使えるようになってるか。

 ただ、彼らが近づいてきたら魔術無効(アンチマジック)を展開されて私の魔術が使えなくなる可能性が高い。


 先に打って出てみよう。


 打って出て攻撃を食らわせ『蜂』にアイリスと打ち明けてしまえば狙いは私に集中するはず。

 それが一番楽だ。


「――皇子。100を超える敵に囲まれています」


「なに? どうして分かる?」


「魔術です」


「――そうか。猶予(ゆうよ)はどのくらいある?」


「ほとんどありません。なので、私が倒してきます。エレディアスさ――隊長にそのことと守りを固めるように伝えていただけますか?」


「倒してくる? まさか単独でか?」


「はい。では失礼いたします」


「おい、待て――」


 私は早口でそう言って親衛隊の脇を抜け、襲撃者の少年の元に走った。

 少年と長身の男。

 不確定要素の彼らを攻撃してすぐに倒せないのなら、私がアイリスだと打ち明ける作戦だ。


「現状です。暗殺集団に、囲まれて、います。数は100以上。まずは、数を、減らします」


 視聴者に伝える。

 走りながらなのでうまく話せない。


 ≫まあ皇子との会話で知ってたけどなw≫

 ≫単独で減らすってことを伝えたいんじゃ?≫

 ≫暗くて何も見えないから助かる≫


 風の魔術で背を押しながら加速していく。


 ――まずは少年だ。


 私の走る音で気づいたのか、少年が構えた。

 背を押していた風が消える。

 魔術無効(アンチマジック)が展開されたか。


 足がもつれそうになったけど、そのまま走り飛び込む。


「アイリス――」


 呟いた私に合わせて彼が剣で突いてくる。

 タイミングは完璧だった。

 ただ、やっぱり動きが予測できる。


「パーンチ!」


 私は突きを避けながら、彼のお腹を足裏で蹴った。

 完全にカウンターで決まった。

 彼は転がり苦しそうにしている。


 ≫アイリスパンチ?≫

 ≫何が起きたんだよ?≫


「アイリスさん。蹴りに見えましたよ?」


 ≫蹴り!?≫

 ≫パンチとはいったい……w≫

 ≫名前ばれてるぞ≫


 長身の男が話しかけてきた。

 少年を気遣うつもりはなさそうだ。


「必殺技です。あなたも受けてみますか?」


「機会があれば是非」


 長身の彼からの敵意は感じない。

 ただ、この余裕が気になる。


「狙いは私ですよね? どうします?」


 長身の彼を警戒しながら、苦しんでいる少年の元に移動した。

 少年がナイフを投げてきたのでそれを避けて、太股に剣を突き立てる。

 かなり痛みはずなのに少年は声を上げない。


「さあ? 貴女の行動次第ですかね」


 いつの間にか長身の彼が傍に居た。

 ゾッとして飛び退く。

 剣を突き立てた一瞬の隙で近づいてきたのか?


「私の行動次第ですか。では、あなたに彼の怪我の止血をお願いするという行動にでます」


「――それは面白い。いいですよ。お受けしましょう」


 嬉しそうな声色で長身の彼は少年の元にしゃがみ込んだ。

 何を考えているのか全く分からない。

 襲撃者じゃないのか?

 いや、でも兵士の6人はこの人に倒されている。


「お願いします。私は門の周りの人たちを倒してきます」


 考えていても仕方ない。

 彼がこの瞬間に敵でないならそれでいい。

 私は警戒しつつも背を向けて走り始めた。


 ≫なんだったんだ? 敵じゃないのか?≫

 ≫まるで分からん≫


「あとで説明します」


 視聴者にはそれだけ伝えた。

 次は最大勢力の門側だ。

 彼らはゆっくりと音を立てないように馬車に近づいてきている。


 風の魔術で加速しながら、上空前方に大きな空気の固まりを集めた。

 空気は急速に圧縮される。

 私は一気にそれを突風の魔術に変えた。


 ドーンバゴーォォォ!


 地響きするような大きな音と共に、前方の木々をなぎ倒し、襲撃者を蹴散らした。

 門も吹っ飛んでいったのが空気の様子で分かった。


 うわ、しまった。

 やり過ぎた。


 ≫どうなった?≫

 ≫すげえ音がしたぞ?w≫


「やり過ぎました。木とか門とか壊してしまったみたいです。ただ、門側の襲撃者もほとんど倒しました」


 ≫ならOKだな!≫

 ≫何をしたらそうなるんだよw≫


「空気を圧縮した上で突風の魔術を使いました」


 ≫突風の魔術だけでよかったのでは?w≫

 ≫不安で過剰に攻撃する気持ちも分かるw≫


 私は集中して襲撃者の数を確認した。

 何人くらい倒せたのだろうか?

 でも、意外なことに倒れた襲撃者が立ち上がろうとしていた。


 丈夫だな。

 魔術を発動した場所から距離があったとはいえ木々をなぎ倒すほどの威力だったのに。

 動きを見ているとノーダメージという訳ではないみたいだけど、戦いを続行する気配は見えた。


 そこに門の外から別の魔術の光が近づいてくる。

 単独だ。

 いや、空間把握で確認してみると隣にもう1人居る。

 もう1人の方は魔術の光が全く見えない。


 まだ新しい襲撃者が来るのか。


「ほんの僅かでも到着が早ければ巻き込まれていたな」


「また無茶ばっかりして」


 新しい襲撃者が周りを確認しながらこちらに進んでくる。

 いや、襲撃者じゃない。

 その声はよく知っている声だった。


「まだ動いてるけど、魔術で意識奪っていい? やったことないから試してみたいんだけど」


「好きにすればよかろう」


「じゃ、そうする」


 起きあがろうとしている襲撃者に向けて魔術が展開された。

 空気が逃げていく様子はあるけど圧力は変わっていない。

 この魔術にも見覚えがある。

 酸素をコントロールする魔術だ。


 そして、起きあがろうとしている襲撃者たちは力なく地面に突っ伏した。

 ピクリとも動かない。


「このくらいかな。成功したみたい」


「ふむ。恐ろしい魔術だな」


「マリカ?」


 月明かりに照らされる2人の影。

 2人のシルエットには見覚えがあった。

 マリカ、そしてカクギスさんだ。

 私は彼女らに駆け寄っていく。


「その声、アイ――って名前言っちゃダメなんだっけ。手伝いに来たよ」


今宵(こよい)はまだ退屈しないで済みそうだな」


 思いもよらなかった心強い2人の登場に、私は嬉しくなるのだった。

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[一言] 心強い援軍、きたー! 逆転、なるか!?
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