第83話 闘神ゼルディウス
前回までのライブ配信。
ルキヴィスがカクギスに勝利した後、筆頭のマクシミリアスについて話し合っていると、ルキヴィスが彼と同じ師匠たちに剣術を教わっていたことが分かる。
また、彼らが神と関わりがあるのではないかという話から、アイリスを襲ってきた魔術の光を放つ集団の話になる。その集団は暗殺集団『蜂』の可能性があり、皇妃が依頼したのではないかと聞かされる。
その後、アイリスがセーラに工夫して魔術を教えていると、身体から強い魔術の光を放つ大男がやってくる。彼の正体は次席の『闘神』ゼルディウスだった。
『闘神』ゼルディウスさんがこっちに近づいてくる。
魔術の光が見えるということは、彼も神に準ずる者なんだろうか。
ただ、ケライノさんみたいに地上から空まで魔術の光が見える訳じゃない。
身体全体から強い魔術の光が見えるだけだ。
彼はゆっくりとボクに近づいてきて満面の笑みを浮かべた。
「君はずいぶん美しいな」
――は?
いきなり何を。
≫いきなり口説いたw≫
≫つーか怖ぇぇ!≫
すぐに彼は優しげな顔つきになった。
顔はお世辞にも整っているとはいえないんだけど、不思議な魅力がある。
「あ、ありがとうございます」
間が持たなくなってボクはお礼を言ってしまう。
すると、彼はまた満面の笑みになって周りを見渡した。
彼の注目がボクから逸れたのでほっとする。
そこで初めて気がついた。
彼の後ろにも長身の男が居る。
初めて見る顔だ。
目を閉じているのか糸目状態で瞳が見えない。
顔立ちそのものは整っていた。
長身の彼は、セルディウスさんに引きずられて汚れた養成所の職員2人に何か話している。
一方のゼルディウスさんは何かを見つけたみたいだった。
視線の方向を見るとマリカが居る。
彼女を凝視していたかと思うと首を傾けた。
ゼルディウスさんはマリカの方にゆっくりと歩いていく。
「おいおい、まだ子供じゃないか」
ボクのところにまで聞こえるくらいのため息をついた。
「私と同じ匂いこそするが弱いな君は。これでは筆頭との試合も期待できないな」
もしかして、マクシミリアスさんと試合するのがマリカだと勘違いしてるのか?
ただ、誰も突っ込まない。
ルキヴィス先生はカクギスさんと談笑してて見もしていない。
「――い、いきなり現れて何? じ、次席かなんだか知らないけど失礼でしょ」
「お、おい」
マリカが気押されながらも言葉を返した。
焦って声を挙げたのはゲオルギウスさんだ。
「んん。すまなかったな君。――ナルキサス。帰るぞ」
ゼルディウスさんはマリカの肩を叩くと、背中を向けた。
ナルキサスと呼んだのは後ろにいた長身の糸目の人だ。
「おっと」
思い出したようにボクに向かって歩いてくる。
相変わらず歩みはゆっくりだ。
「君は気に入ったから来なさい」
――は?
何事もないようにボクの傍まで来て、抱えようとしてくる。
ボクはその手をギリギリで避けた。
「んん?」
彼は首を傾げながら自分の腕を見る。
次にボクの顔を見た。
――な、なんだこの人。
ゾッとしてボクは戦闘モードに入った。
胸の重みに意識がいき、肩の力が抜け歩幅を狭くする。
セーラさんの場所も確認した。
彼は一瞬、何かを思いついたように手のひらに自分の拳を当てたと思うと、音もなくボクの懐に潜り込んでいた。
大きな体にも関わらず速い。
でも、そのスピードに合わせてボクはセーラさんから離れる方向に動く。
上空に魔術の反応。
生まれる水。
たぶんマリカの創水の魔術だ。
生み出された水が秒速100mの勢いでゼルディウスさんに向かう。
彼はそれを振り向きもせずに振った腕で弾き返した。
その一振りはすさまじく、何リットルもの水が全て弾かれた。
水しぶきがボクのところまで飛んでくる。
――腕の周りに何かあるのか?
「なにかと思えば水じゃないか」
腕を見て、次にマリカを見た。
驚いたことに彼の手は濡れていない。
「今の水は君か」
「私の友だちに手を出さないで!」
マリカが叫ぶ。
その間にボクの目の前に誰かが立ちふさがった。
カエソーさん?
「なにかね君は。通りたいのだが」
「黙れ」
「やれやれ。仕方がないな」
ゼルディウスさんはカエソーさんに歩み寄る。
虫でもはらうように手を振るった。
手はカエソーさんの顔に向かい彼を吹き飛ばす。
カエソーさんは吹っ飛び倒れた。
上空にいつの間にか魔術の反応がある。
ゼルディウスさんの隙を狙って水が放出された。
でも、カエソーさんを攻撃した手とは逆の手で振り向きもせずに水を払う。
水しぶきが煌めいた。
直後にもう1度、上空から水が放たれる。
「ほっ」
セルディウスさんは向かってくる水に拳を突き上げた。
空気の塊が拳と同時に繰り出され、マリカの水射の魔術は一瞬でキラキラとした水しぶきになった。
――風の魔術だったのか。
「惜しい」
「惜しいってナルキサスお前。どっちの味方だよ」
「貴方を楽しませることが出来る方の味方ですよ」
「んん、そうか! いいねえ!」
ゼルディウスさんはニカッと心底嬉しそうにする。
カエソーさんは倒れたまま動かない。
ただ、頭も打った様子はないし呼吸も問題ない。
気絶しただけかな?
セルディウスさんは何事もなかったようにボクの方を向いた。
「君。是非、私のところに来なさい。今より良い生活を用意させよう。ゼルディウス家と言えば分かる」
≫まだ口説かれてるのかw≫
≫皇子、騎士、イケメンでも口説けないからw≫
≫マッチョ好きかも知れんぞw≫
彼は満面の笑顔を向けてくる。
でも、ボクは警戒して間合いを保ったまま何も答えなかった。
「振られましたね。騒がしくなってきましたし行きましょう。機会はいくらでもあります」
「おうよ。また来るぜ」
ゼルディウスさんはそう言うと、背中を見せて歩いていく。
ただ呆然とその背中を見つめていると、ボクの真横に人影が現れた。
「貴方がアイリスだよね。あの人、誤解してるからしばらくそのまま正体明かさないで」
ナルキサスと呼ばれた人だった。
ウイスパーボイスで耳元で囁かれてゾクッとする。
いつの間に。
さっきまで離れたところでセルディウスさんと話していたのに。
――ナルキサスさんか。
刺身にいる寄生虫みたいな名前だけど、想像以上に強そうだ。
こうして、嵐のような来客者は去っていった。
気が抜けてしばらく呆然としてしまう。
「お客様は帰ったようだな」
傍観を決め込んでいたらしいルキヴィス先生が悠々と声を掛けてきた。
「カエソーと言ったか。腕の防御が間に合ってなければ危なかったな。訓練が実を結んだのかも知れん」
カクギスさんが気絶したカエソーさんの元に言って何か叩いて起こしていた。
向こうではマリカが座り込むのが見える。
「マリカ!」
ボクは近くにいたセーラさんの手を引いて、急いでマリカの元に向かった。
「だ、大丈夫?」
「あ、うん。気が抜けただけだから」
「あの人、なんか怖かったからね。ボクのためにありがと」
「へへへ」
マリカは何か照れていた。
「しっかし、よくあの闘神に刃向かえたな。カエソーもだけどよ。尊敬するぜ」
マリカの近くにいたゲオルギウスさんがしみじみと言う。
「私はなんか頭に血が昇っただけだから」
「アレを前にしてキレるのがすげえんだって。下手すりゃ撫でられただけで殺される。俺には無理だぜ……」
その気持ちも分かるな。
ただ、実際に戦ってみたらどうだろう。
彼は水射の魔術をまとわりつく空気だけで弾いたけど、自動的に発動する訳じゃなさそうだ。
その辺りが突破口になるんじゃないだろうか。
「――アイリス。なんか顔が怖いよ」
「あ、ごめんごめん」
その後、お昼になり解散して食事を取りに行った。
セーラさんには部屋で待っていてもらい、マリカと一緒に配給場所に並ぶ。
並んでいると、どこからか視線を感じた。
いつものように軽く胸とかを見られるとかじゃなくて、もっと静かな感じだ。
見渡すと、意外な人物がボクを見ていた。
――セルムさんだ。
彼は反乱軍リーダーのシャザードさんの付き人のようなことをしていて剣闘士としても第9位の実力がある。
ただ、なぜか捕まってはいない。
彼と目が合うと、顎と目線で「こっちに来い」的な動作を見せてきた。
ボクはマリカに「ごめん」と謝り倒して列から離れてセルムさんの元に向かう。
「対戦表に載ってたので気になってましたけど、やっぱり無事だったんですね」
「――出るぞ」
セルムさんは不機嫌そうに外に向かう。
ボクは彼を追った。
他の人からの視線を浴びながら、セルムさんとボクは人気のない場所まで移動した。
「ここでいいな」
養成所の中だと完全に隠れることの出来る場所はない。
なので、近くに人がいないというだけの柱に彼は身体の片側を預けた。
しばらくお互い何も話さない時間が続く。
「――第五席の話ですか?」
声を出したのはボクだ。
何か小声になってしまう。
シャザードさんのことを第五席と言ったのは気を使ってのことだった。
「普通に話せ。逆に怪しい」
「はい」
「あの男のことはどうでもいい。それよりも軍師の話だ。分かるか?」
軍師――というとセーラさんだ。
当たり前だけど、付き人のようなことをしていたセルムさんは彼女のことをよく知ってるんだろう。
残党と疑われるからセーラさんに近づけないといった感じなのだろうか。
「知ってます。少なくとも身体は元気です。……ただ、心の方は分かりません。会話が全くできないので。一度だけカトー議員が一緒に居たときにひとことだけ話したのを聞きました」
ボクがそう言うと彼は天井を見つめた。
表情は変わらない。
ただ、短くない時間そのままだった。
「そうか」
ひどく優しい顔でそれだけ言い、もたれていた柱から背中を離す。
「それだけだ。助かった」
すぐに去ろうする。
でも、ボクはそのまま彼を行かせてはいけない気持ちになった。
「待ってください。どうするつもりですか?」
「どうする? 何もしないさ。危険を冒して何かをする義理なんてありはしない。せっかく呪縛から逃れられたんだ。好きに生きさせて貰う」
彼は声の苛立ちを隠さない。
振り返りもしなかった。
「分かりました。ありがとうございます。それなら、『軍師』についてもボクが勝手にさせてもらってもいいですよね」
セルムさんが足を止めた。
やっぱりセーラさんのことが気になっているんだろう。
「まずは彼女に生き残ってもらうつもりです」
ボクはそれだけ言って背中を向けた。
今度はセルムさんが振り返ってボクの背中を見つめていた。
こういうとき、空間把握が出来るのはいいな。
意味のないことを考えながらも、ボクはセーラさんを生き残らせるという決意を新たにした。
それから時間は過ぎていき、闘技大会の前日になっていた。
やることは多かったけど、ボク自身のこと以外はギリギリ目標にたどり着いたと思う。
「そうそう、もう1度」
ボコボコボコッ! ボン!
今は、セーラさんの熱を集める魔術の練習をしているところだった。
この音は水蒸気爆発している音だ。
白い煙が地面に広がり舞い上がっていく。
最後の仕上げで、マリカに一辺1メートルくらいの水の塊を動かして貰って、それを次から次に熱して爆発させていた。
一辺が1メートルというと大したことないと思ってしまうけど、重さにすると1トンある。
この1トンの水を集めるには一辺が50メートルの空間から集める必要があるらしい。
これほどの創水の魔術はマリカしか使えない。
セーラさんには、この1トンの水を熱で一気に蒸発させて貰っていた。
彼女の熱を集める魔術は何万度という温度にはならなかったけど、溶岩くらいの温度にはなった。
溶岩の温度は1000℃以上だ。
このくらいの温度があれば生物は自然発火するので殺すには十分らしい。
この魔術は、『縮熱の魔術』と名付けた。
水を次から次に蒸発させているのは、猛獣が何匹来ても対応できるようにするためだ。
丁寧語さんの話によると、地下にいる猛獣全てが使われることまで覚悟しておいた方がいいと言う。
処刑目的だし、それはあり得る。
クルストゥス先生に聞いてみると、猛獣による処刑では連続で3匹まで使われたことがあるらしい。
ボクも巨人を3人使われたし、反乱軍の首謀者という罪の大きさから見ても準備しておいた方がいい。
セーラさんの準備はこんなところだ。
そのほかのマリカやフゴさんは問題ない。
マリカは剣で敵わなくても魔術を使えば負ける方が難しいし、フゴさんも以前は身体を固めていた感じだったけど、今は余裕が出てきた。
カエソーさんは支点が見えると、条件反射で避けながらカウンターを撃てるくらいにはなった。
昨日の模擬試合であの第九位のセルムさんにも2度ほど通じていたのでかなりの成長だと思う。
さすがに試合には負けてたけど。
肝心のボクはというと、ルキヴィス先生相手には結局何もできなかった。
特にあのドリルのように攻撃を弾く形には全く突破口がない。
ちなみにあの形は『三角』という呼び方で先生の師匠に教えて貰ったとのことだった。
やり方自体は難しくない。
舌も含む口内の感覚を意識しながら、常に地面と口の平行を保ちつつ、口の前に剣や盾で三角を作るというものらしい。
先生が言うには不器用な人用の戦い方ということだけど……。
でも、この不器用な人用という話に飛びついたのはフゴさんだった。
今回の闘技大会で勝てば教えて貰えることになって張り切っている。
あと、カクギスさんはこの『三角』を話を聞いただけである程度使えた。
カクギスさんの三角を相手にしたルキヴィス先生は、この『三角』に密着しながら僅かな隙を作り出して破っていた。
カクギスさんも密着して戦うことでこの三角を使うルキヴィス先生相手に戦えるようになっていた。
『三角』の間合いはなんとなく分かったので、それを元に魔術を駆使して突破していくしかない。
あと、三角の弱点は1対1以外だとそれほど有効じゃないということだ。
考えて見れば当然のことだった。
口の前に三角を作る戦い方なので正面以外の攻撃は防ぎにくい。
魔術を使えば戦いになりそうな気がする。
学んだ成果を復習していると、闘技大会前の訓練も終わりを迎えた。
最後にルキヴィス先生がみんなに声を掛ける。
「さてと、大会前の訓練はこれで終わりだな」
そう言って1人1人の顔を見た。
「模擬戦からお前ら見違えたぜ。よくやった。明日は昨日みたいに見てる奴らを驚かせてやれ。今夜眠れなかったらそれは武者震いだ。自分の強くなった力を見せるときって不安もあるが嬉しいからな」
模擬戦に関しては、ボクは見てないけどマリカやゲオルギウスさん、フゴさんは余裕を持って勝てたと聞いている。
結局のところ問題はボクとセーラさんかな。
セーラさんはたまに正気に返ったような雰囲気になるときもあるけど、声は全く聞いてない。
ただ、練習中に1度だけ殺気を感じたルキヴィス先生やカクギスさんが戦闘態勢になったときは驚いた。
彼女はどこまで現状を分かってるんだろうか。
不意に襲われてもすぐに縮熱の魔術を使えるようになって貰ったし、やるべきことはやった。
あとはもう信じるしかない。
こうしてボクたちは、明日闘技大会を迎えることになった。
その後の暗殺集団『蜂』の対策もしている。
暗殺の対策はボクを英雄に仕立て上げようとしてるカトー議員に頼んだ。
明日は長い1日になりそうだった。




