第81話 ルキヴィスVSカクギス
前回までのライブ配信。
闘技大会の対戦相手も決まり、アイリスたちはルキヴィスから攻撃前の支点について教わった。また、アイリスはカエソーの指導をすることになり、彼に空間把握を日常的に使うように指示する。
訓練が終わり、アイリスはお風呂に入りながら、マリカの水に対する質問に答える。コメントの力も借りて説明している内に、複雑な水の性質について理解が進んでいく。
理解が進んだことにより、アイリスとマリカの2人は、空気中から水だけを集め、更には放出する魔術が使えるようになるのだった。
お風呂を上がりご飯も食べたあと、セーラさんがどうしたら猛獣に勝てるようになるか話し合った。
参加者は、ボク、マリカ、セーラさん。
それにコメントの人たちだ。
セーラさんはボクの隣に座っている。
「それでは、第1回セーラさん猛獣対策会議を開始します。どんどんぱふぱふー」
「ぶっ、なにそのノリ」
吹いたマリカが突っ込んでくる。
「勢いが大事かなと思って」
「ま、いいけどね。それでどうするつもり? セーラさんって、水を氷に変えることが出来るんだっけ?」
「うん。クルストゥス先生によると『氷結の魔術』って言うらしいね。セーラさんはかなり広い範囲で使えるはず。円形闘技場の地面全部くらいなら余裕じゃないかな」
「すご。氷結の魔術以外の魔術は使えるの?」
「その辺は分からない。ただ、従兄弟のシャザードさんも物を冷たくする魔術しか使ってなかったから他は使えないんじゃないと思う」
「物を冷たくする魔術? 氷結の魔術とは違う魔術ってこと?」
「そうそう。氷結の魔術とは違って剣を冷たくして刃の部分を割る魔術だった。シャザードさんの『切断』の2つ名はこの魔術から来てるんだと思う」
「冷たくして刃を――割る?」
「コメントで教えて貰ったんだけど、低温脆性っていう現象があって、鋼をかなり冷たくすると、陶器みたいに割れるらしいよ」
「へ、へえ……」
≫氷結の魔術について詳しく教えてほしい≫
「あ、はい。分かりました」
話が逸れてたからか、軌道修正するようなコメントが入った。
ボクは、セーラさんが使った氷結の魔術について細かく説明する。
範囲がかなり広いことや、水や地面に魔術の反応があったことだ。
≫それなら熱を一カ所に集める方向だな≫
「熱を一カ所に集める?」
氷結の魔術とどういう関係があるんだろう?
≫冷やすというのは熱を逃がしていることだ≫
≫逃がす先を一カ所に集中すれば高温になる≫
≫熱は全体としては一定だからな≫
≫つまり猛獣の居る場所を高温にする≫
え、えーと。
意味はなんとなく分かる。
ただ、マリカにどうやって伝えればいいか分からなかった。
≫どうした? 何か分からないのか?≫
「はい。今の話をマリカにどうやって説明したらいいのかな、と」
左下を見て話す。
≫なるほど難問だな≫
≫染料で説明できないか?≫
「染料ですか?」
≫服を染めた色を一カ所に集めるイメージだ≫
「あ、なるほど。分かりました」
淡い色の服でも、色をすべて一カ所に集めることが出来れば濃い色になる。
この濃さを熱に例えるということだろう。
マリカに伝えると、すぐに理解してくれた。
彼女はいいとこのお嬢様だったっぽいので、色とりどりの服を日常的に見ていたのかも知れない。
「その熱さで猛獣を殺すって訳ね」
「うん。そうなるかな」
≫動物の自然発火の温度は1000℃くらいだ≫
≫確実に殺すならそのくらいの温度は欲しい≫
≫自然発火=火をつけなくても燃えだす現象≫
なるほど。
「100m×50mの範囲に氷結の魔術を使うとします。20℃の地面をー10℃にするとして、それを3m×3mに集めると何℃くらいになります?」
100m×50mというのは円形闘技場のアリーナ部分のボクの見た感じの大きさ。
つまり土のある範囲だ。
≫質量500分の1以下で温度は30℃の差か≫
≫1万5千℃以上にはなるだろうな≫
≫は? 何かの間違いじゃないのか?≫
≫熱量保存の法則に当てはめて見ろ≫
≫上の奴じゃないけど計算してみるわ≫
1万5千℃って……。
太陽の3倍熱いよね。
恒星並ってことか。
≫確かに約16,667℃になるな≫
≫マジかよ……≫
や、やっぱりそうなんだ。
想像して怖くなる。
ボクの足元に太陽が出来たら一瞬で死ぬと思う。
この魔術をセーラさんが身につけてしまえば、明らかに過剰な攻撃能力になる。
≫おいおい、そんなの教えて大丈夫か?≫
≫セーラはまだ味方ではないよな≫
≫アイリスは反乱を失敗させた張本人だしw≫
≫足元に1万℃。1対1なら無敵に近そう≫
心配してくれるようなコメントが多い。
この魔術を使われたら死ぬもんな。
≫砂や土は熱伝導率が低いから時間が掛かるぞ≫
熱伝導率というのは熱の伝わりやすさを示す言葉なんだろう。
どこかで聞いたことはある。
「時間が掛かるということは、魔術を察知したら宙に逃げれば大丈夫ということでいいですか?」
≫想像に過ぎないので確実ではないがな≫
≫風圧で飛べるんだったか?≫
「はい」
≫屋外なら問題ない≫
≫ただ、屋内ならどうする?≫
屋内って建物の中ってことか。
「建物の中にいる場合は飛ぶのは無理ですね。でも、部屋には壁があるので、その向こうの部屋や外に魔術を使うことはそもそも難しいです」
≫それは確実な話か?≫
「確実と言われると違います。もしもボクが氷結の魔術を使うことができるのなら、壁の向こうだろうと使えます」
空間把握すれば、見なくても地面の位置は捉えることができる。
≫なら当てにしない方がいいな≫
その後もコメントとの話し合いは続いた。
話の中心は、危険な魔術をセーラさんに教えるリスクについてだ。
リスクの話になると、マリカも話し合いに参加し始めた。
ボクとしてはリスクがあったとしても、セーラさんに教えるタイミングは早ければ早いほどいいと考えてる。
今の彼女にちゃんと理解してもらえるようになるか分からないし、教える時間はあればあるだけ良い。
そのことを伝えると、ボクも保険として氷結の魔術を覚えればいいという話になっていった。
地面への魔術を感知したらすぐにボクも氷結の魔術を使えば、熱を集めるのは難しくなる。
方向性も決まったので、ボクたちは寝ることになった。
夜、セーラさんがボクのベッドに潜り込んできたけど不安なのかなと思って追い出したりはしなかった。
翌朝になって訓練が始まる。
昨日とは違い、今日は集団訓練もある。
集団訓練は、養成所にいる剣闘士全員で素振りしたり盾の使い方を覚える訓練だ。
セーラさんにも木剣と楯を持たせてみたけど、何をしていいか分からないみたいだった。
集団訓練を指導する訓練士の人に断りを入れてから楯の持ち方を教える。
そもそも、ボク自身が教えるレベルじゃないんだけど。
集団訓練が終わると、ルキヴィス先生とクルストゥス先生がやってきた。
クルストゥス先生は、カエソーさんに空間把握の調子を聞いている。
真面目にずっと目をつむって生活していたみたいだ。
カエソーさんは養成所の外で暮らしてることもあって、良い練習になってるかも。
「――俺たちはやらなくていいのか?」
ゲオルギウスさんが、ルキヴィス先生に話しかけていた。
空間把握の練習のことだと思う。
「ああ、やらなくていい」
「なんでだ?」
「教えられるものなら、真っ先に俺自身に教えてるさ」
「――使えないのかよ。まあでも分かったぜ」
苦笑しながらも、ゲオルギウスさんは納得したようだった。
「マリカは使えるんだよな?」
ルキヴィス先生がマリカに話を振る。
「わ、私? 使えるけど」
「じゃ、今日から目を閉じて練習な」
「えっ」
「開けて練習してもいいぞ。どっちが合ってるかなんて分からないしな。両方できるのが好ましいが」
「うーん。なら最初は閉じてダメそうなら開けて練習しようかな」
「ああ、構わないぞ。ところでマリカは今どの程度まで魔術使えるんだ? 把握しておきたいところだな」
マリカが説明を始めた。
まず、酸素を増やしたり減らしたりすることはかなり自由に出来る。
増やす方はもちろん、減らす方でも範囲内ならどこでもロウソクの火は消せるらしい。
ボクが討伐軍に参加する前はそこまで出来なかったから努力したんだろうな。
あとは『創水の魔術』と『水射の魔術』を組み合わせて、空中から水を放出できることや、突風の魔術も使えることも話す。
「それはかなりの戦力だな。やって見せてくれるか?」
「もちろん。あの屋根の上でやるからよく見ててよ」
マリカは水分を一気に集めた。
一瞬だけ白い霧ができて、きらきらとする水に変わり落ちながら大きくなっていく。
ブシュッ!
水は突然放出され、激しく屋根に当たって跳ね返った。
水しぶきがボクのところまで飛んでくる。
お風呂での実験と同じなら集めたのは10リットルくらいの水だ。
水射の魔術では水が2方向に飛ぶので、半分の5リットルが秒速100mで打ち出される。
これは70kgの人なら秒速12.5mの速さで吹っ飛ぶくらいの衝撃があるらしい。
コメント内では衝撃だけで死ぬんじゃないかと言われていたが、8メートルの高さから水に飛び込む程度なので大丈夫とのことだ。
水泳競技の飛び込みの高さが10メートルなのが大丈夫の根拠らしい。
――10メートルの高さなら身体が水平にビターンと落ちると死ぬんじゃ。
ボクが思い出している昨日の記憶はともかく、全員がマリカの魔術を見て唖然としていた。
クルストゥス先生が興奮してマリカに詰め寄る。
「今、何をしたんですか!」
「待って待って。落ち着いてください。アイリスに教えてもらったから聞きたければ彼女に聞いてください」
え?
マリカが説明をボクに振ってきたので、キラキラしたクルストゥス先生の顔がこちらに向く。
「待てクルストゥス。欲望だけで動くな」
苦笑しながらのルキヴィス先生の言葉でクルストゥス先生は我に返ったみたいだ。
「ニホンの知識が元だろう。話が長くなる。そうだろ、アイリス」
「たぶん長くなります」
「ということだ。闘技大会が終わってからにしろ。で、本題だ。アイリスもマリカと同じようなことが出来るんだな?」
「あ、はい。出来ます。2カ所までなら」
「あれを2カ所に使えるのか。それはいい。マクシミリアスを驚かせることも出来そうだ」
ニヤニヤしながらルキヴィス先生が言った。
先生が嬉しそうで何よりです。
「そう言えば、剣闘士として戦ってるときマクシミリアスって魔術無効使ったことあるのか?」
先生が周りを見渡しながら聞いた。
誰もそれに答えようとはしない。
「――私は見たことありませんが、知ってるのはここ5年くらいのことです。それ以前は分かりません」
誰も発言しないので、クルストゥス先生が自分の知ってる範囲で答える。
そもそも魔術無効を使ってるかどうかを見極めるのって難しいんだよな。
「そうか」
「知る限りだと、あ奴が魔術無効を使ったことはないな」
離れた場所から声がする。
どこかで聞いた声だ。
「カクギスさん?」
振り向くとそこには見知った姿があった。
背は高くないが、ガッチリとした体格で目が鋭く独特の雰囲気がある。
「カクギス? どこかで聞いた名前だな」
「剣闘士第六席の方ですね」
先生たちが小声でやり取りをする中、ボクは近づいてくるカクギスさんに話しかけた。
「こんにちは。どうしたんですか?」
「久しく感じるな。今日からここに籍を移すことになったのでな。お主の顔を見に立ち寄ってみたのよ」
そう言って視線を動かす。
「ここにセーラがいるとはな。呆けておるようだが。ふむ。あ奴か、お主の師は」
その視線の先にはルキヴィス先生がいた。
「はい。彼に剣術を教わっています」
「隻手か」
「セキシュ?」
「片手しかないことを隻手と言う。惜しいな」
「惜しいってのはどういう意味だい?」
そのルキヴィス先生が近くに来る。
「まんまよ。枷になるだろう?」
「そんなことないさ。もう切られる心配しなくてもいいので安心して戦うことが出来る」
「カッカッカ。面白い。枷にならんと言うか」
「ああ、もちろん。試してみてもいいぜ?」
ただでさえ緊迫していた空気が一気に凍り付く。
「ほう」
2人とも笑っているが、いつ戦いになってもおかしくない。
――この2人が戦ったらどうなるんだろう?
見てみたい。
「2人とも木剣と練習用の楯でいいですか?」
「お、おい」
ボクが2人に呼びかけると、ゲオルギウスさんが焦ったように呼び止めてくる。
「いいぜ」
「ほお、気が利くな」
ボクは木剣と楯を持ってきて2人に手渡した。
ルキヴィス先生は左手がないので、楯を腕に固定する。
「大丈夫なの? 楯もこんなにグラグラしてるけど」
マリカが近づいてきて不安そうな顔をした。
「心配か?」
「だって相手はあの第六席『剣鬼』でしょ」
「軽くじゃれ合うだけさ。問題ない。ところで、アイリス」
「はい?」
「俺をマクシミリアスとして、奴を自分自身だと思って見ていろ」
どういうことだろう。
ボクがカクギスさんの視点で試合を見て――。
あ、もしかしてルキヴィス先生がマクシミリアスさんみたいな戦い方をするということかな?
「真似できるぐらいマクシミリアスさんを知ってるということですか」
「まあな」
「え? どういうこと?」
マリカが先生を見たけど、先生はスルーしてカクギスさんに近づいていった。
2人とも構えもなく自然体だ。
ボクはカクギスさんの背中側に位置どった。
視点を彼に同調してみる。
「ルールは能動的な魔術なしでいいか?」
「それで良い。何をもって決着とする?」
「一撃当てるか、余裕をもって相手に剣を触れたらってところか」
「降参は?」
「俺もあんたも言わないだろ?」
「違いない」
「クルストゥス。開始の合図頼む。決着の宣言もな」
「――はい。任されました」
クルストゥス先生が周りを見渡してから、手を挙げた。
「始め」
開始の合図があったが2人とも動かない。
先生の姿勢はほぼ突っ立つような感じだ。
僅かに半身になって剣先を身体の前に置いている。
カクギスさんがスッと動いた。
動いたスピードそのままで剣を斜め下から斬り上げる。
しかし、先生の剣先で弾かれた。
カクギスさんは弾かれた剣を流れるように変えて真逆の肩口を狙う。
それも半歩前に出た先生に弾かれる。
何度弾かれても、カクギスさんは右に左に回りながら、切れ目のない攻撃を仕掛けていく。
でも、全て先生の剣先で弾かれていた。
カクギスさんの連続攻撃は緩急が少ない。
こうして客観的に見ると、身体の動きと剣自体の速さが一致している。
避けにくい理由が少し分かった気がする。
でも、先生はそれを余裕で防いでいた。
先生の戦い方はこれまで見たことのないものだけど強い。
目の前に見えないドリルがあって、攻撃を弾いているようだ。
カクギスさんが一気に距離を詰めようとする。
それも先生の半歩出ての突きで勢いを削がれる。
追撃も来るので、カクギスさんは下がるか回り込むしかない。
とにかく先生は半歩半歩で前に出てくる。
カクギスさんの切れ目のない攻撃は全て見えないドリルのような防御で弾かれる。
間合いに入ろうとすると同時に攻撃されて邪魔される。
魔術なしだとこれを破るのは難しいんじゃ――と思い始めたとき、カクギスさんが剣と楯で頭上を隠しながら地を這うように間合いを詰めた。
腰より低い。
しかも速い。
テンポが変わった?
この攻撃も先生の楯と剣を合わせた防御に弾かれて地面に潰された。
潰されながらもカクギスさんは剣を振るう。
先生の足首の辺りを狙った水平の薙斬り。
これもすぐに剣先が添えられる。
ただ、同時にカクギスさんの全身に電子が走っていた。
「ふっ!」
先生の剣先が攻撃を弾こうとしたそのとき、カクギスさんは地に伏した状態から飛び上がった。
水平に振られた剣は、先生の顔に向かう。
でも、その攻撃すら剣先を後方斜めに置かれただけで滑り弾かれてしまう。
カクギスさんは宙に浮いている。
剣を弾かれたことで隙だらけだ。
それを隙を見逃す先生じゃない。
剣の柄をカクギスさんの顎に向けてぶつけにくる。
驚いたことに、カクギスさんはその柄を顎と肩で挟んだ。
更に挟んだだけでは終わらない。
挟んで落下しながら楯で先生に殴りかかる。
ガン。
楯と楯がぶつかる音がした。
カクギスさんの楯での攻撃は、先生の剣と楯を使った三角形のようなガードで防がれる。
地面に落ちたカクギスさんは後方に逃げる。
先生は2歩で追いかけてくる。
そのまま突きを撃ってきた。
カクギスさんはギリギリ楯で受ける。
楯が吹き飛び転がっていった。
――え?
カクギスさんがいない。
いつの間にか元の場所から50cmくらい横にいたカクギスさんが音もなく滑り込み突きを放つ。
当たった!?
カクギスさんの突きは決まったように見えた。
でも、決まったと思った直前に先生に避けられていた。
カクギスさんが突きの姿勢のまま硬直。
同時に彼の首筋に先生の剣が当てられた。
「勝負ありですね。ルキヴィスの勝利です」
落ち着いた声でクルストゥス先生が宣言する。
シンと静まり返る。
養成所の外の喧噪や、鳥の声が聞こえた。
「あれ『剣鬼』だよな。負けたのか」
「嘘だろ……」
いつの間にか増えてたギャラリーたちがざわつき始めていた。
こうして、ルキヴィス先生対カクギスさんの試合はルキヴィス先生の勝利で終わったのだった。




