第80話 繋がりと理解
前回までのライブ配信。
アイリスはフィリップスが養成所に連れてきたセーラを預かることになった。セーラは刑罰として猛獣と武器なく戦うことになったが、アイリスは彼女を勝たせると決意する。
アイリスがセーラを連れて訓練に戻ると、ルキヴィスと魔術なしの試合を行うことになった。アイリスは完敗するが、ルキヴィスに強くなったと言われる。
その後、闘技大会の対戦表が発表される。対戦表には養成所の多数の剣闘士が対戦表に載っていた。対戦の中には、反乱軍を裏切り協力して貰ったロックスとゲオルギウスという知り合い同士のものもあり、彼女は複雑な気持ちになるのだった。
対戦表を見てから皆の顔つきが更に真剣になったように思う。
闘技大会まで1週間しかないこともあるだろう。
特にゲオルギウスさんが焦っているようだった。
「ロックスの実力がカエソー並なら、さすがに1週間で勝てるようにはならないよな?」
「その辺は努力と運次第だな」
ルキヴィス先生が涼しげに応える。
「運もかよ……。自信ねぇな。まぁでも可能性はあるんだな?」
「もちろんだ。そのために俺がいるんだからな」
「頼もしいな。『先生』よ」
ゲオルギウスさんが笑った。
「ふっ。それじゃあ『先生』させて貰うか。カエソー、お前も聞いておけ。俺やアイリス以上に攻撃を察知できる方法だ」
「え? そんなのあるの?」
マリカが食いつく。
「ああ。欠点も多いんだがな。知っておいて損はない」
「へぇ、面白そう。で、どんな風にやるの?」
「慌てるな、今から話す。少し難しいからちゃんと理解しろよ? 分からないところがあれば分かるまで何度でも質問してくれ。同じ質問を何回しても構わないからな」
始まった説明はボクにとっては難しくなかった。
人は攻撃をする前に準備をするから、それを察知できるようになれとのことだ。
この準備は『支点』を作ることだと言う。
支点には2通りあり、これを理解して経験を積むことで攻撃が察知できるようになる。
1通り目の支点は『先行の支点』。
例えば、右手で剣を切り下ろす前に、左腰や左胸を突きだしてそこを支点にするのがこの支点となる。
2通り目の支点は『溜めの支点』。
右手で剣を水平に薙ぎ斬る前に、後ろの右足に支点を作る。
ただ、人によって癖があったり、強い人間はこの支点を上手く隠しているとのことだった。
≫ゴルフの『左の壁』みたいなもんか?≫
≫なんだそれ≫
≫右打席でバット振るとき左腰が前に出るな≫
≫打席って野球か≫
≫剣道とかはどうなるんだ?≫
≫木刀で試したがよく分からなかった≫
コメントでもいろいろな話が出ている。
理解の助けになってありがたい。
ルキヴィス先生は実際に『支点』に説得力を持たせるために、フゴさんに攻撃して貰うように言った。
フゴさんが攻撃しようとすると、先生はその『支点』となる予定の場所に剣を突きつける。
何度か繰り返されたが、フゴさんがまともに攻撃できなくなっていた。
『支点』を事前に作れなくなるから十分な攻撃が出来なくなるという。
まるで達人のようだ。
いや、ルキヴィス先生は達人なんだろうけど。
ところで、支点を事前に潰すのはどうやって実現してるんだろうか。
――あっ。
少し考えて思い当たった。
攻撃前の電子じゃなくて、支点を作るために動かす筋肉の電子を見てるのか!
思いつきすらしなかった。
支点を作る動きって小さいから電子が見えるのは一瞬だけのはずだ。
ノイズもあると思う。
ボクなんてまだまだだと思い知らされた。
その後も、先生はこの『支点』を見るときの注意点を説明してくれる。
支点が見えても、実際の攻撃に繋がるかどうか分からないこと。
軽い攻撃は、肘や手首を支点にすることもあることなど。
「その『支点』っていうののイメージが掴めないんだけど」
マリカが独り言のように言った。
「そういえば説明してなかったか。アルキメデスのテコの原理の用語なんだがな」
≫テコの原理はあるのか!≫
≫そりゃローマ兵に殺された人だからなw≫
≫ハンニバルとの戦いのときだっけか?≫
ハンニバルってアルキメデスに繋がるのか。
面白いと思うと同時に、もう少し真面目に歴史を勉強しておけばよかったとも思った。
「アイリス。『支点』の例を見せるからちょっと手伝ってくれ」
「分かりました」
先生は、自分の胸の前で木剣を水平に持った。
「まずは2つある支点の内の1つ目。『先行の支点』だ。アイリスの剣先を俺の剣の下のどこかに置いて貰う。置いたら俺は今持ってる柄を放す」
そう言って、木剣の上の空間に先生自身の手首を固定する。
先生の左手首の先は存在してないので、手首の先は丸みを帯びているだけだ。
「フゴに聞こう。俺の手首にこの木剣で攻撃を加えるにはアイリスはどこに剣先を置いたらいいと思う?」
「――お、俺? ここ?」
フゴさんの指した場所にボクは剣先を置いた。
すぐに先生が剣から手を離す。
剣はボクの剣にぶつかって回転し、先生の手首に当たった。
「正解だったな」
先生がフゴさんの肩を叩くと、嬉しそうに照れている。
「フゴが指した場所が『支点』だ。マリカ、この支点がなかったどうなった?」
「どうなるってただ落ちるだけでしょ?」
「支点の位置がもっと剣先の方だったら?」
「手首には当たらなかった――って、あ、そういうこと」
「何が分かったんだ?」
ゲオルギウスさんがマリカに聞いた。
「つまりアイリスが剣を置いた時点でどこに攻撃するかが決まってたってことでしょ。どこかに攻撃しようと思ったらその『支点』を作る。支点を作った時点で攻撃の先が自分に向いているのが分かればそれが察知に繋がる」
「大体そんな感じだ。今の時点では十分すぎるくらいの理解だな」
「なるほどな。その『支点』ってやつを作ると攻撃する場所が決まるってのはそうなんだろうな」
ゲオルギウスさんが腕を組んだ。
「次は『溜めの支点』だな。これも実例見せた方が早い」
そう言うと、先生は木の幹を三角跳びで飛び上がって木の枝を採った。
すぐに枝の根元を肘の内側で固定し、先をググッと引っ張って弓のように反らせる。
「これは難しいから間違えても問題ない。どこに支点があると思う?」
ゲオルギウスさんは先生と会話しながら何度が答えて、枝の根元だと正解を言い当てた。
「よく当てたな」
「あんだけ答えたらいつかは当たるだろ」
そう言いながらもゲオルギウスさんも嬉しそうだ。
「ちなみにこの『支点』も場所を変えられるぞ」
先生はそう言って、枝の中程を肘の内側で挟み、先端を弾いた。
「今度は場所変えても攻撃する場所は変わらないんだな。威力こそ弱くなるが」
「そういうことだ」
先生はもう1度、枝の根元を挟んでから先を引っ張って弾いた。
小さくピュッと音がする。
「カエソーどうだ? 分かったか?」
ゲオルギウスさんはカエソーさんに声を掛ける。
「ああ」
カエソーさんは興味なさそうに一言だけ発して、何度か剣を振っていた。
支点をちゃんと意識してるのが分かって面白い。
「じゃあ、練習するぞ。ああ、アイリスはカエソーの面倒見てくれよ」
「え゛」
無茶ぶりにもほどがあるんですけど……。
その後、ルキヴィス先生たちは攻守変えての練習を初めていた。
片足だけで攻撃とか、片手と両足を縛った状態でその場から動かずに攻撃とか楽しそうだ。
≫動きを制限して支点を見えやすくしてるのか≫
≫確かに片足だと攻撃する前に溜めるなw≫
≫片手と両足の制限も支点が分かりやすいかも≫
そんな感じで訓練の時間は過ぎていった。
カエソーさんとの練習は、コメントで教えてもらった約束組手を参考にする。
約束組手は2人でする空手の練習方法らしい。
練習方法は、まず攻める方と守る方を決める。
その上で、攻める方が予め決めておいた手順通りに攻撃する。
実戦に近いスピードでありながら、そこそこ安全に攻防の技術を練習できるとのことだ。
片足ケンケンでの練習をカエソーさんがやってくれるとは思えないし、代わりがあってよかった。
練習をはじめると、支点というのはボクにとっても勉強にもなることがよく分かる。
相手の支点もそうだけど、自分が攻撃するときの支点を意識できるようになった。
相手から支点を隠したりするのはいいかも知れない。
あ、でも支点を隠したりしても、ボクやマリカみたいに空間把握できる相手には意味ないのか。
カエソーさんも空間把握をできるようになった方がいいかな?
ボクはクルストゥス先生に空間把握をカエソーさんに教えて貰えるかどうか聞いてみた。
「もちろん大丈夫ですよ」
快く引き受けてくれたので、カエソーさんにも空間把握を教えて貰うように伝える。
クルストゥス先生をカエソーさんの元に連れてくると、先生は躊躇なく話しかけた。
「カエソーさん。貴方は風の魔術を使う範囲をどうやって決めてますか?」
「範囲? 見たままだ」
「なるほど。視界に入る範囲に魔術を使っているということでいいでしょうか」
「ああ」
一言しか発しないカエソーさんだから心配だったけど、意外にも会話は成り立ってるみたいだ。
その話に中で思ってもみなかった言葉が出てくる。
「原子という考え方があります。物質を分けていったら最後には分けられない物質になるというものです」
「それがどうした」
「この原子という考え方が空間把握にとっては重要です」
「――続けろ」
「はい。空気も原子によって構成されていると考えてみてください。たくさんの小さな原子が縦横無尽に飛び回ることで空気が生まれている訳ですね」
あれ?
クルストゥス先生に気体のブラウン運動のこと教えたっけ?
カエソーさんは腕を組んでいた。
何かを考えているようだ。
先生は身振り手振りで、気体のときの原子の振る舞いを示す。
「理解した」
「この原子の動きを思い浮かべながら、空気を細かく細かく見ていってください。運がよければピッタリとくる瞬間があるはずです」
「アリを見る感じか」
「そうですね。アリの足とか目を見るイメージで」
しばらく宙を見つめていたカエソーさんはすぐに顔を上げた。
「見えたぞ」
「すごいですね。見えない人は何年掛けても見えないんですが。そのピントがあってる感覚のまま空気全体を見てください。原子が動き回ってない場所がありませんか?」
「あるな」
「おめでとうございます。それが空間把握ですよ」
「これがか」
カエソーさんが珍しく驚いた顔をしていた。
それにしてもクルストゥス先生は教えるのが上手いな。
ボクも見習わないと。
その後、ボクとカエソーさんは目を閉じて約束組手を行った。
それで、いくつか課題も見つかる。
連続攻撃をすると、カエソーさんが目を閉じて避けられるのは初撃だけだった。
2撃目以降は集中が維持できないっぽい。
あと、自身が攻撃をしようとしても空間把握が甘くなる。
とにかく、何かに集中した瞬間に空間把握が維持できなくなるみたいだ。
集中できるのは悪いことではないはずだから慣れの問題かな?
それで、ボクは日常生活も目を閉じて行動して貰うようにカエソーさんにお願いした。
彼の練習方針については迷ったけど、結局は『支点』を空間把握で見て戦うことを中心にすることにした。
課題は他にもあるけど、いろんなことに手を出しても良くない気がする。
次の相手は実力的に勝てない訳でもなさそうなので実力の底上げを重視する。
ボク自身の実力の底上げにもなりそうだし。
この方針はあとで視聴者にも確認してみよう。
そんな感じで訓練は終わった。
夕方になり、セーラさんも連れてお風呂に向かう。
そこで困ったことが分かった。
セーラさんは服こそ自分で脱ぐことが出来るけど、オイルを塗ってヘラで落とすことは出来ないみたいだった。
マリカに頼むのも何か違うし、ボクがやるしかない。
「セーラさんって、肌、綺麗だね」
マリカの言うとおり、セーラさんの肌はきめ細やかですべすべしていた。
羨ましいかも。
その綺麗な肌にオイルを塗っていく。
最初は背徳感でドキドキしていたけど、ヘラで落とす頃になるとそんなこと忘れていた。
肌に負担がないように、オイルとの境目を丁寧に丁寧に削ぎ落としていく。
彫刻とか作るときにはこんな感じなんだろうか?
腕とか足はマリカにも手伝って貰い、オイル落としは終わった。
左目を開けたら一瞬でBANされる危険な光景でもあった。
その後、お風呂に入る。
やっぱり広いお風呂でゆったりというのは気持ちいい。
無意味に水面を手でパチャパチャさせたり、足を動かしたりする。
「そういえば、魔術で水を吹き飛ばすって話してたけど、どうやるの?」
左隣にいるマリカが、手でお湯をすくいながら言った。
指の間からお湯がこぼれ落ちていく。
「やり方は突風の魔術と同じ。あれって衝突する方向を2つにしたよね? 同じことをすれば出来ると思う。ただ、水は空気と違って飛んでるんじゃなくて、みっちり詰まった粒が細かくぶつかってるイメージだから」
「んんー? いまいちイメージできないんだけど」
「マリカなら実際に見た方が早いかも。水分子を見てみて」
「うん」
「すごく速く振動してない?」
「ちょっと待って……。あ、震えてる」
「そうそう。それって自分で震えてるんじゃなくて、周りの分子にぶつかって震えてるんだけど、分かる?」
「ん? ぶつかって? んんん?」
≫厳密に言うとぶつかってないぞ≫
≫分子の周りの電子同士が反発し合っている≫
えーと?
≫電子同士で反発ってどういう意味だ?≫
≫文字通りの意味だ≫
≫分子同士が反発するのは電子の影響だ≫
まずい。
コメントが何を言ってるのか分からない。
分子が反発するのが電子の影響って何だ?
≫具体的には電子のマイナスで反発している≫
≫電子ってあの原子核を回ってる電子か?≫
≫そうだ≫
≫水素とか電子1個しかないのにか?≫
≫電子の速度は秒速1000kmだからな≫
≫これは東京・福岡間を1秒で移動する速さだ≫
≫電子はこの速度で分子の周りを回ってる≫
≫波の性質云々の前に鉄壁のガードだ≫
そ、そうなんだ。
電子って太陽の周りを惑星が回ってるみたいなのと思ってたけど、かなりイメージ変わるな。
ほとんどバリアだ。
電子の速度がめちゃくちゃ速いのは分かった。
一方で、水分子の動きは秒速100m。
これは秒速0.1kmだから電子の1万分の1。
水分子が目まぐるしく動く電子に触れないで通り抜けるのは、ほぼ不可能なんだろう。
なんとなく理解はできた。
でも、どうやってマリカに説明すればいいだろう?
――えーと。
あ、これ言葉だけで説明するの無理だ。
仕方なく、2人で実際に水分子を見ながら電子の働きで反発していることを伝える。
「反発するのにどうして集まってるの?」
マリカの素朴な疑問に言葉が詰まる。
考えたこともなかった。
でも、確かに不思議だ。
電子で反発しているはずなのに、水自体は水分子が集まることで液体になってる。
ど、どうしてだろう?
ま、まずい。
――コメえもん、助けて!
手の平を左目の前に置く。
――あ、左目閉じてたんだった!
「ごめん、マリカ。ボクにも分からない。ちょっと待ってて、みんなに聞いてみるから。えーと、視聴者の中で分かる人がいたら教えてください」
しばらく難しそうなコメントが並ぶ。
ボクの知識が足りなさすぎて理解できない。
なので、中学レベルでお願いすることにした。
お陰で少し分かりやすい説明になる。
説明の内容は次のようなものだった。
まず、水分子は有名なネズミの某ミッキーみたいな形をしている。
顔が酸素原子。
2つの耳が水素原子だ。
そこまでは中学レベルだし分かる。
この形を前提にして、酸素と水素がどうやって水分子になるか教えて貰った。
簡単に言うと、原子2種類の電子の数が中途半端だから水分子になるらしい。
「あれ? でも酸素も水素も電気的にはプラマイゼロですよね?」
≫中途半端というのはそれとは別だな≫
≫電荷関係なく電子の数そのものが中途半端≫
≫まずは電子の数にだけ注目してくれ≫
≫水素の電子1個とか酸素の8個は半端になる≫
≫これが2個や10個なら満たされる≫
水素なら電子が1個足りず、酸素なら2個足りないってことかな。
「どうして2個とか10個だと満たされるんですか?」
≫電子って軌道があるだろ?≫
≫軌道に電子が入る最大数と考えてくれ≫
そういうことか。
中学のときにK殻とかL殻とか習った記憶がある。
電子のKi道だからKから始まると覚えた。
更にコメントでの解説は続いていく。
こういう電子の中途半端な数が、分子を作ることに繋がるらしい。
中途半端さを補うために、原子同士がくっついて電子を共有するとのことだった。
こうやって数を強引に合わせる。
ただ、強引なだけに副作用もあるらしい。
どんな副作用かと言えば、電子の軌道が歪になってしまうという。
軌道の歪さによって、電子がどちらの原子の影響下にあるかの差が生まれてしまう。
ざっくり言うと、軌道の長さの差が電子が酸素側に0.6秒いたら水素側に0.4秒しかいられないみたいな感じっぽい。
確かに卵みたいな形の軌道なら差が出来るか。
卵の先の方が軌道が短いので、電子がいる時間も短くなるな。
そして、この電子の時間配分の差こそが、『水』になっている理由とのことだった。
電子が長く軌道にいればマイナス気味になってしまう。
逆に短ければプラス気味だ。
ここでもう一度ミッキーを思い出す。
顔はマイナス気味で耳はプラス気味だ。
プラスとマイナスは引き合う。
ミッキーがたくさん居た場合、顔と耳が繋がる。
これが水分子が反発してるのに集まっている理由とのことだった。
水になる0℃から100℃というのは、反発と繋がりがある程度釣り合う状況ということらしい。
反発の方が強ければ水蒸気になるし、繋がりの方が強ければ氷になる。
――お、思った以上に複雑だな。
あと、他に気になったことがある。
水分子のこの繋がりは最大4つになるそうだ。
氷の場合は4つ繋がり、水の場合は繋がったり離れたりを繰り返すらしい。
4つ繋がるというので思い出したことがある。
氷が滑る原理についてだ。
氷が滑るのは、表面で水分子の繋がりが2つになるからだと習った。
氷が冷たすぎて滑らないときは、表面でも水分子の繋がりが4つになる。
「もう1つだけ確認させてください。氷が滑りやすいのって、電子の軌道の差によるプラス気味とマイナス気味の『繋がり』が原因ですか?」
≫その通りだ。これは水素結合と呼ばれている≫
≫水素結合の話だったのか……≫
≫電気陰性度ドコー?≫
≫電気陰性度は目安で現実とは関係ない≫
≫分子軌道法だっけ?≫
≫分子軌道法も計算できるようにしただけだな≫
≫現実とは異なる≫
≫現実は刻々波動関数が変わるので計算は無理≫
コメントが何を言ってるか分からない……。
ともかく、氷が滑ることもここに繋がるのか!
密かに感激する。
あと、水素結合って言うのか。
水素が関係してるってことかな?
それだけでも覚えておこう。
そして、新しく理解した視点で実際に水分子を見てみた。
確かに水分子同士が接触する前に弾かれてる。
電子は見えないけど弾かれる瞬間だけ存在を感じる。
これは、気体を見ているときに近い。
気体も分子が動いているときは見えないけど、衝突した瞬間だけ見える。
ん? 衝突? 反発?
液体の分子同士の反発は電子によるものだ。
となると、気体の衝突も電子の反発なんじゃないだろうか?
お湯から空気に意識を移す。
空気中をチカチカする衝突の解像度を上げる。
――あ。
確かに衝突のとき電子が見える。
分子同士がぶつかっていたと思っていたけど、分子の周りの電子同士が反発していたのか。
あと、この世界の『見る』という感覚は不思議だ。
理解が進むと見え方も変わってくる気がする。
自分の理解が現実と合っているかどうかすぐに確認できて便利だ。
「マリカ、おまたせ。『水分子は反発してるのにどうして集まるか』についてみんなのお陰で理解できたと思うから説明させて」
こうしてボクはマリカに理解している範囲で説明した。
2人で実際に水分子を見ながら説明できたので、マリカの理解は早かった。
理解すれば魔術も使える。
マリカはすぐに誰もいない水風呂の水を魔術で放出していた。
しかも、空気中の水を集めてそれを2方向に飛ばすことさえ出来ていた。
ボクがマリカにすごいすごい言ってると、彼女が「アイリスもできるでしょ」と呆れたように言う。
試してみると、ボクも出来てしまった。
こうして、『水射の魔術』と『創水の魔術』と新たに名付けた魔術を2人とも使えるようになってしまった。
『水射の魔術』は水を射出する。
突風の魔術の水版と言ったところだろうか。
『創水の魔術』は水を創るという漢字の印象通りの意味で、空気中から水蒸気を集めて水にする。
――あれ?
もしかしてこれで筆頭のマクシミリアスさんに一泡吹かせられるようになってしまった?
そんな風に考えていると、隣でセーラさんがのぼせてしまっていた。
「セーラさん、ごめん!」
こうしてボクたちは慌ててお風呂を上がることになった。




