第77話 ただいま
前回までのライブ配信。
疲労で意識を失ったアイリスだったが、夕方に目を覚まし、倒したままになっているケライノを保護して野営地に連れ帰ってくる。
夜になり、アイリスは反乱軍の軍師だったセーラと共にケライノの回復を待ちながら過ごした。朝になって回復したケライノは野営地から出て行く。
その直後に、新しい司令官――カトーと援軍が野営地に到着した。アイリスはカトーから英雄にすると伝えられ、討伐軍や捕虜と共にローマに帰るのだった。
ローマ市までは行きと同じだけ掛かった。
おおよそ3日間だ。
馬車に乗っている間はずっとセーラさんと一緒だったからか、コメントも彼女のことが多かった。
ただ、その間も彼女の声は聞けなかった。
現在止まっているのはローマ市の外。
外には出てないので様子が分からないけど、外壁の近くだろう。
アヘノなんとか城壁だっけ?
前にコメントであったアヘガオダブルピース城壁というのが衝撃すぎて名前を覚えてない。
元の世界には存在しないという城壁だ。
この城壁を作る前に、歴史が大きく別れたということだろう。
城壁の中ではローマ軍は兵士として活動できないので、ここで軍は解散となる。
管轄が違うそうだ。
ローマ市の外はローマ軍、内は親衛隊とのことらしい。
つまり、ここからは捕虜の移送を親衛隊が引き継ぐことになる。
親衛隊にも女性はいないということなので、セーラさんには引き続きボクが同行できるように頼んであった。
楯と剣もそのまま持たせて貰う。
カトー司令官が言っていたように、セーラさんを取り戻すために襲撃を掛けられる可能性があるからだ。
野営地からここまでに襲撃はなかった。
襲撃があるなら市街地に入ってからだと思う。
護衛の数も少なくなるし、込み入った路地の方が逃げやすい。
解散前に、みんなのところへ挨拶に行きたかったけど、セーラさんを1人置いて行く訳にはいかない。
それに、今ボクが馬車を出るとセーラさんがどこに居るか知られてしまう可能性がある。
しばらくして、馬車がガタガタと揺れ始める。
この振動にもすっかり慣れた。
ボクは空間把握しながら、外を警戒し続けた。
そして数十分経った頃、襲撃の兆しが訪れる。
まず、馬車が止まった。
周りを空間把握で確認すると、他の馬車も止まっている。
ブォーという臨戦態勢を知らせる音色。
しばらくすると、大きな声が聞こえてきた。
場所とタイミングが分かっている奇襲はほとんど意味がないはずだ。
それでも、反乱軍の残党がセーラさんを救うには市街地で仕掛けるしかない。
ボクは周りを探りながら、セーラさんを見る。
彼女は動こうとする気配もない。
さすがに外に味方がいることは分かっていると思うんだけど。
ただ、それ以上に外の様子がおかしい。
ところどころ魔術の反応を宿した人がいる。
魔術の反応は、ケライノが宿していたような魔術の残照で、普通の人は持っていない。
少なくとも、ローマ軍にはいなかった。
それが30人以上はいる。
その上、路地から風の魔術を使って馬車を倒しているようだった。
乗っているのは怪我で歩くのが難しい捕虜の人たちだ。
味方じゃないのか?
セーラさんの隣に身体を寄せる。
近くにいないと、不測の事態に対処できない。
路地側からこの馬車に風の魔術を察知したので、その風は左右に拡散させる。
ボクの突風の魔術を使ったのがまずかったのか、魔術の反応を宿した人たちが集まってきた。
様子見していると馬車に矢が降り注いできた。
コッ、コッ、と矢が木に刺さる音が聞こえてきていた。
更にその矢の刺さった辺りの空気がおかしい。
もしかして火矢?
火矢だとすると面倒だ。
馬車の外に出るしかなくなる。
出た瞬間を狙われるだろうけど、セーラさんもいるし無茶なことはしてこないだろう。
「火矢を使われたかも知れません。すぐに馬車の外に出ます」
ボクは左手に楯を構え、右手でセーラさんの手を引いて馬車の外に出た。
出た瞬間、一斉に矢が飛んでくる。
セーラさんがいるかどうかも確認せずにこれ?
馬車の出入り口に隠れるようにして、上空から突風の魔術を使って、矢をたたき落とす。
味方の親衛隊によって魔術無効が使われてるはずだけど、さすがに上空は大丈夫みたいだった。
あと、やっぱり火矢が使われていたみたいで、馬車の屋根から炎が見える。
今のところ、矢だけが燃えていて馬車にまでは燃え移っていないみたいだけど、時間の問題だろう。
ボクはセーラさんの手を取りつつ地面に降りたった。
上空からの突風の魔術はずっと使いっぱなしだ。
弓は使いにくいと思う。
それでなのか、魔術の反応を宿した何人かが、真っ直ぐこちらに向かってくる。
判断が早いな。
まず5人。
顔を隠している。
動きがかなり速い。
でも、彼らは魔術の反応を宿しているので位置が分かる。
でも、突風の魔術で彼らを一切近づけさせない。
突風の魔術は、前にたくさんの援軍と1人で戦ったときと同じだ。
地面近くの空気を集中させる。
今のところはそれで完全に封殺できている。
すると、魔術の反応を宿した人たちが一度ボクの魔術の範囲から外れた。
動いた場所はバラバラだ。
ボクは楯をセーラさんに預け、剣を抜いた。
すぐ彼らはボクに向かってくる。
向かってくるのはセーラさんじゃなくてボクだ。
セーラさんを奪いに来たんじゃないのか?
片っ端から突風を当てていくが、やっぱり動きが速い。
仲間が吹き飛ばされても構わず突っ込んでくる。
約20人吹き飛ばしたところで、ボクは意識を魔術中心から剣中心に切り替えた。
足幅を狭くして身体の力を抜き、胸の重さに集中する。
彼らは前後から挟むように剣を振ってきた。
ボクは1人の剣を受けながら、もう1人には突風をぶつける。
その後も挟み込むように攻撃されたけど、簡単に対処できた。
この攻撃パターンも問題なく対処できるな。
そう思った瞬間、攻撃のターゲットをセーラさんに変更したみたいだった。
3人の敵が彼女に剣と敵意を向ける。
え?
助けにきたんじゃないのか?
思わずカッとなって突風でボク自身を後押ししながら3人を蹴散らす。
怒りに任せたからか、どこにでも当たればいいという雑な攻撃になってしまった。
それでも、彼らはちゃんと致命傷を避ける。
かなりの反射神経だ。
避けられなければ殺していたかも。
長めに息を吐いて冷静になる。
その後も魔術の反応を宿した敵が集まってきていたが一切近づけさせなかった。
弓もこの相手なら無力化できる。
魔術の反応を宿しているので、弓を放とうとする体勢が分かるからだ。
そこに上空からの突風を当てて無力化できる。
しばらくすると親衛隊が集まってきた。
この襲撃も終わりかな?
「居たァ!」
突然、馬車の影から少年が現れた。
魔術の反応を宿してないので反応が遅れる。
でも、こちらに剣を向けた時点で、突風の魔術を使って吹き飛ばしておいた。
あれ?
あの少年知ってる気がする。
たぶん、火事のあったときにセルムさんと一緒に居た少年だ。
動きが速かった覚えがある。
少年は吹き飛び転がった先で、親衛隊の人たちに捕まっていた。
魔術の反応を宿した人たちも10人くらいは捕まっている。
他は逃げたみたいだ。
「痛い痛い痛い! 離してよ。何もしないからさぁ」
少年は何か騒いでいる。
何もしないとか言ってるけど、離したら何をするやら。
でも、あの少年ならセーラさんにすら危害を加えようとした彼らのことを知ってるかも知れない。
ボクは剣を納めつつも周囲を警戒しながら、彼の近くにセーラさんを連れていった。
「おねーさんからもこの人たちに言ってやってよ」
ボクに話しかけてきたけど、にこやかにスルーする。
少年はすぐにセーラさんに気づいたみたいだった。
「セーラさんのことは知ってますよね? セーラさんが貴方の仲間に襲われたんですけど、何か知ってますか?」
スルーしつつ、自分の質問だけを少年に話す。
「仲間ー? 知らないよー。カッコいいなって見てただけだから! 痛い痛い! 腕折れちゃうから!」
「あ、知らないならいいです」
話したくないのか適当に言ってるのかは分からない。
でも、あまりこの少年とは関わりたくない。
とにかく苦手だ。
「アイリス。無事か?」
そこにやってきたのは首席副官だった。
30代の人とナッタさん、それにもう1人の付き人も居る。
ナッタさんだけ武器も持たず軽装に見えた。
首席副官を殺そうとした訳だし仕方ないか。
彼らは少年の傍を横切ってボクに近づいてくる。
親衛隊の人たちが立ち上がった。
目上の人への礼儀なのかな?
2人だけで少年を押さえている。
その一瞬の隙をついて少年が抜け出した。
親衛隊の剣を奪い、そのスピードと体重を乗せて首席副官のお腹に突き刺す。
しまっ――。
いや、誰かが直前に首席副官の盾になった。
「あはッ!」
ただ、考える間もなく少年はボクにも向かってくる。
血の付いた剣。
歪んだ笑い。
嫌悪感が湧く。
ただ、思考はクリアだ。
彼の動きを遅いなと感じていた。
あの、死を意識したときの思考だけ加速している感じはない。
ボクは普通の状態なのに何か遅い。
突き刺す瞬間に合わせて、斜め後ろに下がり避けた。
剣の持つ手首を掴む。
手首の神経を遮断することを思いついて、彼の剣を落とす。
手首を使って重心線を彼の身体の外に出す。
そうして崩れたところを、遠心力を使って顔から地面に落とした。
地面は舗装された石畳だ。
ガンッという重い音がする。
身体が倒れる前に突風の魔術を当てる。
手加減はしない。
近くの建物にぶつけた。
少年は建物の壁からずり落ちる。
「絶対に逃がさないように捕らえてください」
自分の声が怒っているのが分かった。
口調も強い。
そうしてボクは、すぐに首席副官の元に走った。
無事でいて欲しい。
見ると倒れているのはナッタさんだった。
ゴフッという嫌な咳と共に、かなりの血が吐き出される。
≫まずいな。消化器官が傷ついてる≫
消化器官って胃とか?
まずい、内臓の止血はできない。
視線が定まっていないナッタさんは、それでも首席副官に何かを話しかけていた。
「――申し訳……。兄を、断れなくて。でも、フィリップス様を本当の兄弟……」
ナッタさんの口から胸元に吐血した血があり、顔には玉のような汗が浮いている。
「分かった。分かっている。医者は! 医者を早く! 頼むっ! 頼む……」
半狂乱で首席副官が叫ぶ。
――あの首席副官がなりふり構わないなんて。
その姿に胸が詰まった。
助けたい。
でも、やったことがない内臓の止血になる。
いけるか?
いや、治せる可能性があるのはボクしかない。
やってみせる。
「親衛隊の方々は周囲の警戒をお願いします」
「なに? 貴様、どういう権限があって!」
「お叱りはあとで聞きます。ナッタさんの治療はボクがやります」
首席副官が勢いよく顔を上げ、すがるようにボクを見てくる。
ボクは何も言わずに頷いた。
「警戒は任せておけ。何かあったらすぐに大声をあげるさ」
元反乱軍の30代の人だ。
心強い。
ボクはすぐに集中してナッタさんの赤血球に焦点を合わして自分の剣を抜く。
傷は深い。
胃の場所におびただしい血が溜まっている。
まず、腹部をはだけさせる。
両脇の紐を切って鎧を外した。
鎧は革製だったけど、それほど堅い物ではないからか貫通している。
出血の量が多い。
手を鳩尾に当てて痛みの伝わる神経を遮断する。
これで痛みは和らいだはずだ。
すぐに剣先に電子を集める。
バチバチと鳴り始めて、外傷を血ごと塞いでいく。
血と肉の焦げる嫌な匂いが漂った。
外傷はこれでいい。
問題は内臓だ。
他人の身体の内部へは魔術が使えない。
以前に、養成所の近くで身体の内部を怪我した兵士を止血したことがあった。
あれが出来たのは、ナイフを身体の中に入れたからだ。
「――た、助かるのか?」
「胃の止血がまだです。身体の中に魔術を使う方法を考えてます」
最悪、痛覚を全部遮断して太い血管、神経を避けながら剣を突き刺して治す。
でもそれは本当に最後の手段だ。
そのとき突然、ボクの前にセーラさんが現れた。
ボクはしゃがんでいるので彼女もしゃんでいる状況のはずだ。
目が合った。
彼女は魔術を使い、パキンと両手首を拘束しているロープを砕いた。
――ロープを凍らせて割ったのか。
そして、ボクの腰辺りに抱きついてくる。
彼女の身体全体に魔術が使われていた。
周りの兵士たちは剣を抜くが、ボクはそれを制止させる。
そうしていると、急に股の辺りに違和感が出てきた。
え? え?
最初お漏らししたと思った。
おしっこをする辺りが冷たい。
いや、でもこれは違う。
すっかり慣れたあの感覚よりも冷たすぎる。
――あ、そういうことか。
すぐにセーラさんの意図に気づく。
ボクの股下の内部に彼女の魔術を感じた。
つまり、身体の内部への魔術の使い方を教えてくれているということだ。
「セーラさん、ありがとうございます」
ボクはすぐにナッタさんの胴体に手を回して抱きついた。
前に、ケライノが暴走して風に巻き上げられたとき、兜に魔術を通すとその内側だけは魔術が使えた。
それと似た話なのかも知れない。
抱きつくことでナッタさんの体内の赤血球をコントロールが出来るようになった。
ただずっとこうしている訳にもいかない。
血を止めるには血小板を集めればいいはずだ。
――血小板ってどんな形だっけ?
「質問です。血小板の大きさと形を教えて貰えますか? できれば赤血球と比較した形で」
見えてないけど、周りの親衛隊の人たちは何を言われたか分からないという顔をしてるんだろうなあ。
≫医者だ≫
≫血小板の大きさは直径で赤血球の約4分の1≫
≫形は円盤状だが活性化してアメーバ状になる≫
≫おお、調べてる途中だがその通りっぽいな≫
≫なんで医者が≫
≫アイリスさんのお母さんに見ろと命令された≫
≫こわっw≫
≫前の病院で世話になったんだよ≫
赤血球をせき止めながら、焦点を小さいものに合わせていく。
赤血球よりかなり数が少ないけど、これかな?
サイズは4分の1よりも小さく見える。
焦点をその粒に合わせていくと、確かに傷口付近に集まっていた。
その機雷のような粒が触手を絡め合って編み目状になっている。
その編み目で赤血球を通さないようにしていた。
それから何十秒か経つと、赤血球自体も動かなくなっていた。
赤血球の周りに接着剤のような固めるような何かがある感じだ。
すごいな。
人体の神秘に心を揺さぶられる。
ボクは血小板を集めていった。
集めた血小板が傷口近くになると、自動的に触手が伸び網を作っていく。
そうして時間は掛かったけど、胃への血が止まった。
他の内出血している場所にも血小板を集めておく。
ナッタさんの心臓は動いている。
息は荒いけど呼吸もしてるし、血の循環も問題ないように思える。
「体内の止血も終わりました。しばらくあまり動かさないようにしてください」
≫爪と唇を見てくれ。紫っぽくなってないか?≫
抱きついたまま、ナッタさんの爪と唇を見る。
普段より青白い感じだけど、紫じゃない。
≫大丈夫そうだな≫
≫あと血圧とかも知りたいんだが無理だよな≫
≫機材なしで血圧って測定できるのか?≫
≫無理だ≫
「――ナッタは助かったのか?」
「……っ……ぁ……」
「ナッタ!」
首席副官の声に反応したのか、ナッタさんがうっすらと目を開けた。
まだ視線は定まらないものの、手だけを動かそうとしている。
「ナッタ。私はここだ」
首席副官がその手を両手で包む。
ナッタさんが首を動かして、首席副官を見ようとしているのが分かった。
≫予断は許さないが最悪は脱したって感じかな≫
≫マジか。よかったわ≫
「あとは、失った血液の代わりに水分補給をする必要があります」
ボクはナッタさんから離れながら言った。
これは包帯兵になる前にローマの診療所で教わったことだ。
コメントによると、水分補給することで血液の成分はともかく血圧は戻るんだとか。
「私がやろう」
首席副官が自分の水筒を取り出し、ナッタさんを少し起こして声を掛けた。
≫良い主従関係だな≫
≫まあ、殺されそうになった相手だけど≫
≫どういうことだ?≫
誰かかコメントで、ナッタさんが首席副官を殺そうとしたことを説明する。
コメント欄が大変なことになりはじめたので、意識をナッタさんに戻した。
ナッタさんの意識は段々戻ってきている。
首席副官が彼の上半身を支えて、丁寧に口元に水を含ませていた。
そのまま、ナッタさんの体内の出血の状況をチェックしていると、誰かが近づいてきて立ち止まる。
「フィリップス様、こちらにおいででしたか。アイリス! キミもここか。その血はどうした。大丈夫か?」
キミ?
知っている人だろうか?
兜で顔の輪郭が隠れているからか分からない。
「エレディアスだよ。一緒にグリフォンと戦っただろう?」
ボクの顔色を見て、その兵士――エレディアスさんが付け足した。
ああ、確かにエレディアスさんだ。
養成所にも第一皇子と一緒に来た覚えがある。
懐かしく感じた。
≫誰だ?≫
≫第一皇子の護衛をしていた親衛隊らしいな≫
≫らしいってなんだよ≫
≫まとめサイトに書いてあるのを見ただけだ≫
「すみません。思い出しました。お久しぶりです。この血は治療でついたものなので、ボクは大丈夫です」
「それならいいが……。アーネス皇子にキミに怪我などさせないように言付けられていてな」
苦笑しながら話す。
「エレディアス隊長。残党はどうなった?」
首席副官がエレディアスさんに話しかける。
「は! 奇襲を掛けてきたほとんどを捕らえたと報告を受けております」
「何人かは逃したということか」
「ボクも報告していいですか?」
「ああ、頼む」
「こちらに襲撃を掛けてきた人たちの内、何十人かが逃げていきました」
続けて、セーラさんにも危害を加えようとしていたことを話す。
反乱軍の残党にしてはおかしいという話になったけど、まずは後回しにして留置所に行く方が先ということになった。
≫アイリスさんて身体の状態分かるんだよな?≫
≫しばらく出血の状態を見た方がいいだろうね≫
≫しばらくってどのくらいだよ?≫
≫数日くらいかな≫
コメントが落ち着いてきたからか、母さんの知り合いっぽい医者の人らしきコメントが見えた。
でも、そうは言われても数日ナッタさんの傍にいるのはさすがに無理だ。
彼には養成所の方に来て貰うようにした方がいいだろうか。
そのことを首席副官に話す。
彼は分かったとだけ言った。
その後、ボクとセーラさんは別の馬車を空けて貰って留置所まで移動する。
襲撃もなかった。
馬車の中でセーラさんに話しかけてみたけど、特になんの反応もない。
留置所に入るときに、もう一度セーラさんにお礼を言う。
一瞬、目が合ったような気がした。
近い内に彼女は処刑されてしまう。
そう考え始めると、いろいろな感情がぐるぐると渦巻く。
止めて欲しいという感情。
多くの人が死んだ戦争の当事者だから仕方ないという感情。
結果は見たくないし信じたくないという感情。
ボクにはどうしようもないという諦めの感情。
浮かぶ感情はそのまま受け止める。
そうしている内に、反乱軍の捕虜たちが次々に留置場に入っていく。
ボクは遠くでそれをただ見ていた。
「アイリス」
いつの間にか首席副官がいた。
護衛なのか後ろにエレディアスさんもいる。
他の2人はナッタさんを連れて診療所に行ったからかな。
「今回はお前のお陰で本当に助かった」
「その言葉はとっておいてください。ナッタさんが健康になったらいくらでも受けますから」
「それは分かるが、しかしな」
「分かってるならこの話は終わりです。それより、問題があったらボクのところにすぐ連れてきてくださいね。悪化したときの兆候はちゃんと覚えていますか?」
「もちろんだ。顔が蒼白になったり、汗や呼吸の乱れ、ふらつきや唇が紫色になった等だろう?」
「はい。それ以外でも不安があれば来てください」
「ああ」
「――プッ」
後ろで澄ました顔をしているが、今笑ったのはエレディアスさんだ。
「どうしたエレディアス隊長。おかしなところでも?」
「いえ。失礼いたしました」
「今、笑うところってありましたっけ?」
ボクが首を傾げると、首席副官は苦笑した。
「私をよく知っている者ほど、今のようなやりとりを意外に思うんだろう。その落差で笑ったのだろうな」
その言葉でプルプルと震えはじめたエレディアスさんは、しばらくして盛大に吹き出した。
さすがにそれは怒られる。
どうも、首席副官はかなり真面目で事務的な命令や注意を上の立場からするだけ、という人物像だったらしい。
その彼が、ボクと対等に話しながらハイハイと言うことを聞いていたのが面白いらしかった。
そんなに面白いかな?
確かに首席副官のことは最初嫌な人だと思ったけど、仲良くなってからは接しやすいんだけど。
それから解散ということになりボクは養成所に向かって歩く。
しばらくは疲れもあってゆっくりと歩いていた。
歩いていると養成所の日々を思い出す。
ボクはいつの間にか走り出していた。
周りが見ているのが分かる。
でも走るのは止められない。
スピードが速くなり、息も切れ始めた。
もうすぐ着く。
いろいろあった。
でも帰ってこれたんだ。
人々を避け、養成所に向かう。
円形闘技場も見えてきた。
あの角を曲がれば!
いつの間にか全力疾走に近いくらいで走っていた。
そして――。
到着!
門にたどり着いたときには、息切れが苦しくて下を向いていた。
「遅ーい」
右斜め前から良く知ってる声がする。
――ああ!
気持ちがいっぱいになって顔を上げた。
胸が詰まる。
もちろん、そこにはボクの親友がいた。
彼女の満面の笑みに、ボクも自然と笑顔になる。
「おかえり、アイリス!」
「ただいま、マリカ!」
ボクはただただ嬉しくて彼女にそう応えた。
また彼女との日々が始まる。
帰ってきたんだ。
――え? あれ?
嬉しさの中、ボクは不思議なことに気づいた。
いや、でも、どういうことだろう?
前はそんなことなかったのに。
――微かな魔術の反応。
マリカの身体が、あのケライノのように薄く光って見えたのだった。
[シャザードの反乱編]
終幕
次話から「神の因子編」が始まります。
長く掛かってしまいましたが、読んでくれている皆さまのお蔭で反乱編を終わらせることが出来ました。
ありがとうございます。
また、誤字報告や感想、ブックマーク、評価等もありがとうございます。レビューやブログ等でも紹介していただいて嬉しい限りです。
話はまだ続きます。興味があればまたページを開いてやってください。




