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第72話 連戦

前回までのライブ配信。


夜明け前、アイリスは野営地の外にいる反乱軍の本体と援軍を発見する。

野営地に戻り話し合った結果、アイリスは援軍を説得して引き返させる役目を担うことになる。

援軍の半分は説得する前に時間切れとなり、単身で戦うことになる。多数に無勢かと思われたが徐々に優勢になっていく。そこに反乱軍のリーダーであるシャザードと第六席が現れるのだった。

 シャザードさんと第六席が馬に乗ったままボクを見ていた。

 第六席だけでも勝てる気がしないのに、シャザードさんまでいるとは思ってなかった。


 シャザードさんは第五席だから、第六席よりも剣闘士のランキングは上だ。


 ≫もしかしてシャザードとかいうオッサンか≫

 ≫知っているのか雷電!?≫

 ≫反乱軍のリーダーだよ≫

 ≫なん……だと……?≫


 周りには鉱山奴隷たちもいる。

 怪我すらさせてないはずだから、数万人がそのまま居るはずだ。

 今は警戒して近づいて来ないけど。


 ――と、シャザードさんたちに向けて猛スピードで駆けてくる馬があった。

 最初は第六席に向かってきていたが途中でシャザードさんに目標を変える。

 そして、シャザードさんに突っ込んでくる。


「後ろ来るぞ」


「ああ、分かっているよ」


 第六席とシャザードさんが振り返ることなく言った。

 馬に乗っているのは――レンさんだ。

 ここまで来てくれたのか。

 そのまま、馬上で剣をシャザードさんに振るう。

 シャザードさんに振り向かれ、剣を合わせられる。


 ザリリリッ。


 レンさんの剣はシャザードさんの剣を滑るように受け止められた。

 シャザードさんの剣が光って見える。


 ――あれは、魔術?


 レンさんが剣を一旦引いて再度振りかぶった。

 また剣同士がぶつかる。

 いつの間にかシャザードさんの剣が光ってない。


 次の瞬間、ボクは自分の目を疑った。

 パリッと簡単にレンさんの剣が折れて落ちる。


 ≫おい、今、剣が切れたように見えたぞ≫


 コメントでボクはシャザードさんの二つ名を思い出した。

 第五席『切断』のシャザード。

 何かの比喩とかじゃなくて、本当に切断できるのか。


 レンさんはすぐに折れた剣をシャザードさんに投げつけると、ナイフを取り出し馬に投げつけた。

 ナイフは馬に突き刺さり暴れ始める。

 シャザードさんは馬が暴れた直後に、すぐに地面に降りた。


 着地の瞬間を狙ってレンさんはナイフを投げる。

 ナイフはシャザードさんに見もせずに避けられた。


「こちらも始めるとしようか」


 第六席の声がボクに向けられた。

 そして、彼は馬から降り立つ。

 すでに剣は抜いていた。


 馬にはもう1人男の子が乗っていたみたいで、その彼が馬の手綱(たづな)を握った。

 第二次成長期前の12、3歳に見える。


「周りの鉱山奴隷が気になって始めにくいんですけど」


「お主の仲間が来てる。問題なかろう」


「仲間?」


 レンさんのことだろうか?

 そう思っていると、遠くからたくさんの馬が駆けてくる音が聞こえてきた。


 第六席を視界に入れたまま、音のする方を見る。

 旗を掲げた騎兵隊が見えた。

 メテルス副官っぽい人の姿も見える。


 来てくれたのか。

 数はぱっと見ても数え切れない。

 さすがに北門と東門に配置されていた騎兵隊全部じゃないと思うけど500騎はいそうだ。


 そして、メテルス副官が想像より大きな声で降伏を呼びかけているの聞こえてきた。

 内容は、手を出して来なければ処刑はせずに軽い罰で済ませるというものだ。


 ボクの意志を尊重してくれているんだろうか?

 ありがたい。


「よく騎兵隊が近づいているの分かりましたね? 魔術ですか?」


 少なくとも、ボクの空間把握では騎兵隊が近づいていることを察知できなかった。


「そうよなあ」


 第六席はボクが両手で構えている剣に視線を向けた。

 この剣は元々彼のものだ。


「お主の戦い方次第では教えてやろう」


 第六席はニッと笑うと、スススっと近づいてきて剣を振るう。

 行動前の電子が見えない。

 以前は見えたのに。


 ボクは慌てて彼の剣を受けた。


「うっ」


 やっぱり攻撃が重い。

 身体が浮く。

 電子が見えないということは、筋肉を使ってないはずなんだけど。


 とにかく、動きが察知できないのはマズい。


 素人のボクが戦いの中で生き残ってこられたのは、筋肉を動かす前に神経の電子が見えるからだ。

 それが見えずに魔術も無効化されているということは、日本に居た頃と変わらない状況で戦うことになるんじゃないだろうか?


 ――いや、日本の頃とは違うはず。


 ボクは自分の胸の重さに意識を向ける。

 この胸は日本の頃にはなかった。

 肩の力がすっと抜けて重心線を感じる。


 感じた重心線を身体の外に出さないように意識した。


 でも、次の動作では電子が見えた。

 見えたと言っても、第六席は全身の力を使っているのでどんな攻撃が来るかは剣の位置で予測するしかない。


 斜め下からの斬り上げ。


 剣撃が当たる瞬間だけ両手をキュッと握ってその勢いに身体を任せる。

 握り方はもちろん、コメントで教わったやり方だ。

 左手は親指・人差し指・中指の3本。

 右手は小指と薬指の2本で握る。


 攻撃を2度受けて攻撃に合わせる感覚は掴めた。

 更に自身の身体の力を抜いていく。


 3度目の攻撃を受ける。


 ボクの上半身が持って行かれそうになるのは腰の筋肉が弱いからかな?


「信じられんな。一段階上げるぞ」


「え?」


 第六席が片目を閉じ口角(こうかく)を上げて言った。


 ≫一段階上げるってどういう意味?≫

 ≫より本気を出して戦うとか?≫

 ≫舐めプしてた?≫

 ≫体力の温存やめたとか?≫

 ≫周囲の警戒を捨てたのかも≫


 次の剣撃は鋭かった。

 今まで振るっていた剣が、より精密さを増したというかそんな感じだ。

 隙そのものが少なくて次の攻撃までの間隔も短い。


 攻撃の勢いを殺すために足を踏み出している最中に次が来る。

 たった一人の攻撃とはいえ、単純に流すだけでは間に合わない。


 ただ、この連撃を見て今朝も戦った18位の人のことを思い出した。

 彼は連撃中は息を止め、吸う瞬間に隙があった。


 第六席の呼吸を見極められないか?

 突破口になるかもしれないという期待で、ボクは第六席の呼吸を見る。


 ――はい?

 彼は普通に息を吸っているだけだった。

 完全に期待が外れる。


 呼吸による空気の動きだけじゃなく、横隔膜の電子も見てみる。

 でも、横隔膜への電子は一定間隔で流れているだけだ。

 呼吸だけ見ればまるで日常のようにも見える。


 どれだけ剣を修行してきたらここまでのことが出来るようになるのだろう。


 ただ、ボクだって負けるわけにはいかない。

 切り替えて打開策を考える。


 このまま基本通り防御していても、いつかは突破される。

 だったら、無理をしてでもギリギリ避けた方がいいんだろうか?


 でも、精密な攻撃の中で重心線を保てず体勢が崩れたら、きっと大変なことになる。


 あれ、重心線?

 重心線を想像したときに2つ(ひらめ)いた。

 これの前と後ろを生かせないだろうか?


 閃いた1つは攻撃を受けるときの改善策だ。


 剣を剣で受けるときに、自分の重心線の前で受けたらどうだろう?

 今は相手の攻撃の軌道に剣を置くようにしているだけだ。

 重心線の前の受けた方が安定するはず。


 もう1つの閃きは重心線の後ろ、つまり背中側の空気を風の魔術で使えないかということだ。


 魔術無効(アンチマジック)のせいで、魔術が使えないけど背中側の空気は使えるかも知れない。

 背中側は第六席からは見えないからだ。


 今なら逆メガホンをイメージして風を集中することが出来るから、使える空気が少なくてもなんとかなる。


 まずは背中側の空気を使ってみよう。


 まずは逆向きのメガホンイメージして、第六席が動く直前を狙い顔に風圧を……。

 あれ?

 魔術が使えない。


 慌てそうになる気持ちを押さえ、もう1つの閃きである重心線の前に剣を置く方に集中する。


 剣を動かすのではなく、身体を動かして身体の正面で剣を受ける。


 野球はほとんどやったことないけど、捕球するキャッチャーみたいなイメージだ。

 それを攻撃のタイミングを読みつつ第六席の身体の向きや剣の位置から調整する。


 身体の正面と言っても、真正面で受けると吹き飛ばされるので剣を寝かせて斜めに当たるようにする。

 トンネルに入るときに風圧を逃がす新幹線の形みたいなものだ。


 すると剣撃を受けても安定し始めた。

 身体の力は抜いているのに、そんなにふらつかない。


 身体を調整して剣を受ける。

 受けた剣撃が軽い。

 少しだけ余裕も出てくる。

 背中の空気が使えなかったのは残念だったけど、1つだけでも有用なら良かったとしておこう。


 余裕が出てくると反撃の考えも浮かんでくる。


 正面から振り下ろしてくる斬撃なら、ギリギリで避けられるんじゃないだろうか?

 ボクは勝機を狙い、斬撃が来そうなときまで待った。


 ――来る。


 受けるつもりで剣を正面上方に斜めに置く。

 そして、柄を握るタイミングで半歩だけ左にずれて身体を回転させた。


 チッという剣同士が(こす)れる音。


 ボクはそのまま剣を寝かせて第六席の右太股に斬りつけた。

 ただ、彼はその攻撃に反応してくる。

 剣先は彼の右手で弾かれた。


 強い攻撃でもなかったし、彼は籠手をつけているので無傷だ。


 直後、彼は左手だけで持った剣をボクに向けてきた。

 ボクは、その左手に足裏での蹴りを放って出小手した。


 互いに間合いを空ける。


「ふむ。見事なものだ」


 彼はそう言ってボクの目を見てくる。

 ボクは剣を構えなおした。

 同時に、彼は姿勢を低くしてボクの右側にスッと移動した。


 ボクはそれを視線だけで追う。

 彼の剣に焦点が合った。


 次の瞬間、彼の姿を見失った。

 え? 消えた?


 ただ、ゾッとする攻撃の気配だけがあった。

 慌てて気配の方向に剣を置く。

 これまで何度も攻撃を受けていたからか、剣の柄を握るタイミングだけは分かった。


 ガキッという剣と剣がぶつかる音と共に、まともに受け止めたからか何歩か後退することになった。

 そこに片手の突き。

 気配は見えてはいたけど体勢に余裕がない。

 剣で強引に()らす。


 その逸らした力を利用されて、彼は剣だけを手元で一回転させた。

 そのまま腰に斬りつけてくる。

 完全に身体が崩れた状況だった。

 間に合わない。


 ボクは少しでもダメージを減らそうと、その剣を鎧で斜めに受けようとした。

 ただ、攻撃は来ることなく寸止めされていた。

 そのまま間合いを外される。


「――どういうことですか?」


 思わず聞いていた。

 あのまま攻撃し続けていたら、ボクをどうとでも出来ていたはずだ。


「なに、お主に教えなきゃいけないことがあるのを思い出したのよ」


「……なるほど」


 一瞬だけど、ボクたち2人の間に静寂(せいじゃく)が訪れる。

 遠くの騒がしい音ですらその静けさを引き立てているようだった。


「で、すみません。その教えてくれるってのどういうことを教えてくれるんでしたっけ? ボクが教えて欲しいとお願いしたことは覚えてるんですが、内容を忘れてしまいました」


「――なんだと?」


 ≫おいw≫

 ≫なんだっけ? 俺も忘れたな≫


 確か、第六席が何か魔術を使った不思議なことをした。

 ボクがそれをどうやったか聞いたら「戦い方次第では教えてやる」と言われたことは覚えている。


 でも、覚えているのはそれだけで、肝心の内容はというと忘れてしまっていた。


「カクギス。変わってくれないか」


 いつの間にか、近くまでシャザードさんが来ていた。

 彼の視線の先をたどると、レンさんがいる。

 レンさんのいる場所は、ボクとシャザードさんを結んだ先だ。


「シャザード。お主らしくないな」


「投げナイフは苦手でね。しかもたぶん毒のおまけつきだ」


「ほう。それで射線の先に娘を置いたか」


 第六席は興味を引かれたように笑った。

 彼の名前はカクギスというのかな?


「では、これで貸し借りはなしでいいな?」


「仕方ない」


 第六席はボクの剣を見つめた後、シャザードさんの向こうに行ってしまった。

 そのまま姿勢を低くしてレンさんへと向かう。


 一方のシャザードさんは少し回り込みながらボクの方を向いた。


「驚いたよ。キミは本当にカクギスと互角に戦えるんだね」


「互角だなんてとんでもないです」


 ボクもシャザードさんも半歩、また半歩と間合いを詰めていく。

 それにしても、第六席の次は第五席か。


「2つ聞いていいかい?」


「――どうぞ」


 空気はピリピリしている。

 それなのにシャザードさんの口調は穏やかだ。


「キミが率先してローマ軍の味方をするのは何故かな? これまでの扱いからいってもキミはローマの敵になってもおかしくないだろう」


 シャザードさんの挙動を見逃さないようにしながら質問の答えを考える。


 味方をするのは何故か?

 たぶん、良くしてくれた人が多いからだ。

 その彼らを見捨てて自分だけ逃げるなんて選択肢にも出てこない。

 でも、その前にもっと大切なことがある。


「友達と約束したんです。どちらが早く八席になれるか競争しょうって。その約束を守るために一番確率の高い方法を選んでるつもりです」


「確かにキミさえいなければローマ軍は壊滅状態でキミすらどうなっていたか分からないだろうね。でも、こんな戦場から逃げることも出来たはずだよ」


「ローマ軍の兵士は逃げたら重罪になるんじゃないですか?」


「キミは臨時の包帯兵だろう? そこまで重罪になる訳ではないよ。更に言うと壊滅した軍から生還して戻れたのなら罪に問われることもないだろうね」


「そうなんですか。それにしてもボクのことよく知ってるみたいですね」


 ボクが臨時の包帯兵ということは、わざわざ情報を集めてなければ知ってるはずがない。


「ちょっとツテがあってね。ん?」


 馬が駆ける音が聞こえてくる。


「シャザード様!」


 4騎の騎兵が現れた。

 ――さすがにマズいかな?


「ちょうど今、良いところでね。そこで待機しててくれないか?」


 シャザードさんは身体や視線をボクに向けたまま、現れた騎兵に向かって言った。


「しかし!」


「大丈夫。私は無事だ。それにちゃんと目的は果たせている。キミたちも余計な怪我はしたくないだろう。大人しく離れて狼煙(のろし)の準備でもしてなさい」


 ≫目的?≫

 ≫アイリスさんの足止めでしょうね≫


 騎兵の彼らは少し食い下がっていたが、説得されたのか邪魔をしないようにか下がっていった。

 空けたのは20メートルくらいだろうか。

 圧迫は感じない。


 ありがたいと言えばありがたいけど、なぜ彼らと協力しないのだろうか?

 足止めが目的とは言っても、1対1である必要なんてないと思うんだけど。


「仲間が邪魔をしてすまないね」


「――いえ。もう1つの質問をお願いします」


「そうだったね。キミは神々を怒らせるようなことをしたかな?」


「神々ですか?」


「ああ」


 考えてみる。

 でも神々ってなんだ?

 そんなの実在してるのかな?

 ――あれ? そういえば。


「こっちに来たばかりの時にゼウスだかユーピテルに『愛人になれ』と言われてお断りしました」


 それ以外では皇妃に恨まれているくらいかな。

 完全な逆恨みだし彼女は神でもないけど。


「もしかして、一月くらい前のあの円形闘技場にユーピテルが現れた事件のことかい?」


「それです」


「私も見てたよ。そんなことがあったんだね。ただ、それは怒らせるというにはちょっと遠い。神話のことを考えるとユーノに嫉妬された可能性もあるけどね」


 ≫あー、あるなw≫

 ≫ゼウスに非があっても女の方をぶち殺すしな≫

 ≫子供にすら執拗な嫌がらせをしてくるし≫


 なにそれ怖い。


 ≫いや、そもそも神っているの?≫

 ≫魔術とかドラゴンいるし神もいるかもよ≫

 ≫ユーピテルは?≫

 ≫いや俺見てねえし≫

 ≫誰かが(かた)ってるだけという線もある≫

 ≫その前に何故そんな質問をしてきたかですね≫


 そうだ。

 どうしてシャザードさんがボクが神々を怒らせたなんて聞く必要があるんだろう?


 その質問の裏には、その神々に関わる何かがある。


 ≫反乱軍は神に関わる何者かと接触してますね≫

 ≫占いとかでお告げとして出てきた話かも?≫


 なるほど。

 まずは根拠がある話かどうかは聞く必要はあるな。


「ボクからも質問があります。神々と言うからには、シャザードさんは関係する何者かに会っていますか?」


「うん、そうだね」


「では、その何者かは今、反乱軍に居ますか?」


 シャザードさんが目を見開く。

 そして薄く笑った。

 いつもの人懐っこさはなく、目が鋭くて怖い感じがある。


「残念だけど、立場上それは言えないんだ。私たちは敵同士だからね。味方になってくれるというなら教えよう」


「せっかくですけど先約があるのでお断りします。答えられないというのは分かりました」


 ボクは戦いに集中した。

 シャザードさんもそんなボクに同調するかのように半身でフットワークを使い始める。


 彼は右手に盾、左手に長めの剣を持っている。

 盾は小さく直径が前腕と同じくらいだ。

 驚いたことに剣が前に来ている。

 普通は盾が前だと思うんだけど。


 体勢はかなりリラックスしていて、縄跳びでも飛ぶように小さくジャンプし続けている。


 一瞬の攻撃の兆し。


 まずは攻撃を真っ直ぐ受けて後ろに下がる。

 様子見だ。


 突きでもないのに、剣が真っ直ぐくる。

 ムチっぽいというか、ハサミの片側だけというか不思議な剣の使い方だ。

 しかも速い。

 見てからじゃ避けられない。


 その攻撃の最中に次の兆し。


 今まで戦ってきた人と違って、神経の電子の流れが見えるのがほんの一瞬だけだ。

 それまではすごくリラックスしている。


 ボクは何度か続く攻撃を受け流し続けた。

 ちゃんとキャッチャーのように重心線の前で受け止められている。

 あと、シャザードさんは攻撃の瞬間に必ず息を吐いていた。


「うん」


 彼は1人で頷くと、次の攻撃を仕掛けてきた。

 初撃は速い。


 ただ、その次の攻撃はゆっくりなものだった。


 調子が狂って剣を握るタイミングが狂う。

 そこに素早い攻撃が来る。

 彼の緩急自在な攻撃にボクは着いていけてなかった。


 下がって間合いを外そうとするけど、それもさせてもらえない。

 前に出ようと思っても距離を一定に保たれる。


 第六席のカクギスさんも強いけど、これはまた別の強さがある。

 完全にペースを握られている。

 出小手を狙おうとも思ったけど、シャザードさんの腕がずっと動きっぱなしで狙いにくい。


 ≫アウトボクシングっぽいな≫

 ≫対策は?≫

 ≫ガードを固めて踏み込む?≫


 盾でもあればそういう手も使えたのかも知れないけど、剣しか持ってないので難しい。

 魔術も何度か使ってみたけど使えなかった。


 他に使えるものはないかと思考を巡らす。

 ただ、緩急のある攻撃が思考する暇を与えてくれない。

 この緩急だけでも読めればいいのに。


 そう考えながら呼吸を見ると1つ気づく。

 攻撃が速いときは息も鋭く短い。

 遅いときは吐く息もゆっくりだ。

 腕の筋肉だとほとんど差がないのに、横隔膜を動かす時には差がある。


 それが分かると、緩急もだんだん読めるようになっていった。


 更に連続攻撃のあとには、シャザードさんは少し長く息を吸い込む。

 時間にして1秒くらい。


 息を吸っている間は反応が遅れるはず。

 これを間合いを詰めることに使えないだろうか?


 連続攻撃を受けて、最後の一撃に合わせてボクは彼の懐に飛び込みながら剣をそのまま振る。

 さすがにこれには慌てたようで、彼はボクの剣を受け止める。


 ただ、その受け止めた彼の剣が魔術の光を帯びた。

 得体の知れなさに恐怖して、ボクはせっかく詰めた間合いを外す。

 これはレンさんの剣を切断したときの魔術?


「キミは勘が鋭いのかな? それとも――」


 その魔術の光を帯びた剣で、今度はステップを踏みながらボクを追いつめるように突っ込んできた。

 突き主体の攻撃になっている。


 逃げようとしても、包み込まれるようにボクを捉えて進んでくるので左右のどちらにも動きにくい。

 下がるしかないけど後ろ向きに逃げるボクの方が不利だ。


 ≫さっきから何が起きてるんだ?≫

 ≫このオッサン、第五席なんだっけ?≫


「シャザードさん。今、剣を切断しようとしてますよね? この剣は借り物なので困ります」


 両手で持っていた剣を右手のみで持ち、手のひらを左目に見せる。

 切断する方法についてコメントでの助けが欲しい。


 ≫おい、質問らしいぞ≫

 ≫なんの質問だよ?≫

 ≫分からん≫

 ≫質問:この剣は誰から借りたものか?≫

 ≫なぞなぞかよ!w≫

 ≫剣を切断する手段を教えてって話?≫


「なお、切断の方法は分析中ですので」


 たくさんのコメントが流れていくので、正解を拾う形で話しかける風を装った。


「分析? それは怖いね」


 彼はどうとでも取れる返事をして、同じように魔術を帯びた剣で突いてくる。

 動揺する様子は全く見せない。


 ただ、ボクもその剣をナイフで軽く逸らした。


 剣は受けに使えないので右手で持つだけにして、左手でナイフを抜いて置いた。

 思ったより手応えはないけど、ナイフの刃への接触時間が長い。

 魔術の光がボクのナイフにまで浸食してくる。


 そのまま下がった。

 そこへ一旦剣を引いてからの素早い攻撃。

 今度は魔術を帯びてないが力が籠もっている。

 ボクはそれを片手で持っている剣で受け止めた。

 なんとか角度を付けて重心線の前に持ってくる。


 くっ。


 強烈な攻撃だった。

 前腕に電気を起こして筋肉を収縮(しゅうしゅく)させ、無理矢理手を握らせる。

 その後の連撃を警戒したけど、攻撃は来なかった。


 ≫調べたぞ≫

 ≫鋼には低温脆性(ていおんぜいせい)ってのがあるらしい≫

 ≫マイナス何十℃かでパキンと折れる≫

 ≫俺も動画見た。陶器みたいに脆くなるんだな≫


 なるほど。

 ボクは片手で剣を構えながら、ナイフの刃を二の腕に当ててみる。


 冷たっ。

 ドライアイスみたいだ。

 刃が肌にくっつき始めたので慌てて離した。


 ≫タイタニック号は低温脆性で沈んだらしいぞ≫

 ≫ああ、なんか聞いたことあるわ≫


 また突きの兆しがあった。

 魔術を帯びている。

 それをナイフで流す。


 すぐにまた魔術を帯びた突きの攻撃がくる。

 それを今度は剣で受け流した。

 剣が触れあいながら魔術が流れ込む。


 すぐに強烈な攻撃の兆し。


 ボクは彼が腕を引くと同時に一歩出た。

 そのままシャザードさんが剣を持っている左手を蹴上げる。


 蹴りでの出小手。


 シャザードさんの手から剣が落ちる。

 決まったと思った瞬間、彼はボクの足を手で掴んだ。


 そのまま流れるように右手の盾でボクの剣に殴りかかってくるのが分かった。


 ボクは、膝の力を抜く。

 鉄壁のヘルディウスさんやレンさんの動きが頭に残っていた。


 そのまま倒れながら左手のナイフをシャザードさんの足先に突き立てる。

 簡単に刺さった。

 嫌な手応えだ。


 シャザードさんは痛みからか、持っていたボクの右足を離した。

 ボクはその隙に乗じてその場から脱出する。

 ナイフは刺したまま置いてきてしまったけど、剣は無事だ。


「驚いたよ。さて、『切断』の答えは出たかな?」


 全く痛みを感じさせないように彼は言った。

 いや、刺された箇所に魔術を感じる。

 ボクの神経の電流遮断のように痛みをなくす魔術なんてものもあるんだろうか?


「――はい。剣を壊れやすい温度まで急激に下げた上で衝撃を与える、ですよね?」


 ボクのその言葉を聞いて、彼はまた目を見開き驚いた表情を見せる。


「冗談だったんだけどまさか本当に答えが出てくるとはね。以前に私が切断するところを見たことあったかな?」


「今日はじめて見ました」


「そうか。キミは恐ろしいね。それにやはり惜しい。今から神々に連なる怪物がキミを殺しにやってくる。その前に私に捕まる気はないかな? 何も味方になる必要は――」


 そのとき、また定規で黒板を引っ掻いたような不快な音が響き渡る。

 日の出の時に聞こえたあの音だ。


「……時間切れのようだね。私に捕まるつもりがあるならそう返事をしてくれ。悪いようにはしない」


 ボクのための申し出はありがたいけど、シャザードさんはローマ軍を倒すつもりなんだよな。

 それは嫌だ。


「その怪物から逃げるのは無理そうですか?」


「私も見たことのないような速さで飛ぶ。逃げるのは無理だろうね」


 空を飛ぶのか。

 魔術無効(アンチマジック)を使ってこなくても逃げるのは無理そうだな。


 ――戦うしかない、か。

 でも戦って勝てるのか?


「その怪物ってシャザードさんなら勝てそうですか?」


 ボクの言葉に彼は首を振った。


「勝てるとしたら魔術の効かない首席の『不殺』マクシミリアスくらいだろうね」


 なるほど。

 確かに『魔術師』メッサーラさんとの戦いでは魔術無効(アンチマジック)を使ってないのに魔術が効いてなかった。

 でも一応、人でも勝てる可能性はあるのか。


「怪物の名前を教えてもらえますか?」


 シャザードさんはボクを見つめていた。


「――ハルピュイアの『黒雲(こくうん)』ケライノだね」


 彼はため息をつきながら独り言のようにそれだけ言うと、持っていた盾を頭上に掲げた。

 すぐに離れていた騎兵たちが近づいてくる。


「カクギス」


「俺とアレはこちらに残る。お主に負けたままというのがしゃくに(さわ)るがな」


 第六席ことカクギスさんはいつの間にかボクたちを見ていた。

 彼はレンさんの肩に剣を突き刺したまま身動きが取れないように地面に押さえ込んでいる。

 レ、レンさん大丈夫だろうか?


「――そうか。残念だよ。最後に友人として1つだけ。これから来る彼女の目的はアイリスさんだけでね。キミが何もせずに立ち去れば問題はない」


「ほう」


 カクギスさんは片目を閉じて口角を上げた。

 シャザードさんはため息をつきながら笑って、足に刺さっていたナイフを引き抜く。

 そして、騎兵に同乗して去っていった。


 ボクは去り際に騎兵たちからは睨まれる。


 ≫ハルピュイアはハーピーのことです≫

 ≫ゲームだと弱い印象ですが元々女神ですよ≫

 ≫ケライノは嵐を引き連れ竜巻を操るそうです≫

 ≫あと虹の女神アイリスとは姉妹なんですよね≫


 晴れていた空に、急速に暗雲(あんうん)が広がっていく。

 そして、猛スピードでこちらに向かってくる大きな魔術の固まりを感じた。

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