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第70話 決戦の夜明け

 ボクは捕虜の人たちとの話し合いを終え、今日から暮らす部屋にやってきた。


 陣営監督官の住居の使ってなかった一室だ。

 前の部屋は襲撃があるかも知れないので、こっちに引っ越してきた。

 引っ越しといっても何も持ってきてないけど。


 かなり疲れていたので、身体だけ拭いて着替えてからベッドに横になる。


 今日もいろいろあったな。

 でも、完全に気は抜けない。

 ボクがこっちに移ったことは限られた人しか知らないけど、襲撃があるかも知れない。


 そんなことを考えながらも、いつの間にか寝てしまった。


 バキバキ、ミシッ。


 隣の部屋からする大きな音で目覚めた。

 ドアが壊されてる音?

 なんで?

 すぐに襲撃の可能性に気づく。

 ボクは外も含めた周辺を空間把握した。


 10人?

 いや、20人はいるか。

 隣の陣営監督官の部屋にはすでに数人が入ってこようとしている。


 ボクは彼らを突風の魔術で吹き飛ばした。

 部屋に入ろうとしていた何人かが外に転がっていく。

 すぐに隣の部屋に移った。


「大丈夫ですか?」


「アイリスか? 助かった」


 声を掛けると陣営監督官は、すでに楯を構えていた。

 真っ暗闇だというのにさすがだ。

 半分破られたドアの外から月明かりが漏れていた。

 そこだけが異世界への扉みたいになっている。


 外に襲撃者がいるのが見えたので今度はドアの向こうで突風の魔術を発動する。

 ――あれ?

 魔術が使えない?


 すぐに魔術無効(アンチマジック)の可能性に気づいた。


 やっぱり目的はボクか。

 そうじゃなければ魔術無効(アンチマジック)なんて必要ないはずだ。

 寝ぼけていた思考が戦いのものに切り替わる。


「体勢を低くしてください」


 ボクは部屋の中から突風の魔術を使って、襲撃者たちを威嚇した。

 通常、魔術無効(アンチマジック)は見えない場所には使えない。

 だから部屋の中では使えないはずだ。


 部屋の中が反動の風に煽られる。

 いろいろなものが舞散った。


 ボクは目を閉じ、完全に空間把握に切り替えた。

 半壊したドアを(また)ぎ、注意深く外に出る。


「陣営監督官はここに居てください」


「そうはいくか!」


「ボク1人の方がやり易いので」


「――そうか。歳はとりたくねえなあ」


 外に出ると、4人の見張りの兵士が倒れていた。

 動かない彼らと血だまりを見て、息が止まりそうになる。


 そこに両脇から2人が突進してきた。

 ボクは倒れている兵士の片手剣を拾う。

 そして、斬撃のギリギリを見極めて一歩前に身体を動かした。


 剣が空を切り、2人は硬直した。

 その内の1人に足裏での蹴りを放って転がす。


 離れた場所から喧噪(けんそう)が聞こえてきた。

 あれは昨日までボクが居たカウダ隊長の住居の方向だ。

 あっちにも襲撃があったんだろうか?

 兵士たちが襲撃に備えているはずだけど。


 ボクは目を開けて視線を走らせる。

 火の手などは上がっていない。

 東の空が僅かに紫色のグラデーションを見せていた。

 早朝ってことだろうか?


 空間把握で襲撃者たちを確認する。


 左に10人、右に11人。

 計21人か。


 片手剣を構えているのが16人。

 少し離れて5人。

 この5人が魔術無効(アンチマジック)を使っているのかな?


 全員、手慣れた雰囲気がある。

 剣を持っているのは剣闘士か。

 楯は持っていない。


「向こうは陽動ですか」


 ボクの声が反響する。


「へっへっへ。さあな」


 話はしてくれるみたいだった。


「ここまでの見張りの兵士たちはどうしました?」


「死んじまった奴のことなんざ知らねえなあ」


 その言葉でボクの中の何かが切れた。


「お前ら、同時に――グッ! ガハッ、うぷ」


 彼の身体から剣が飛び出している?


 ――え?


「あーあ、やってしまったか。まったく俺はいつもいつもいつも、気付くのが遅い」


 剣を突きさされて倒れた男の後ろから現れたのは、ボクも知っている人だった。

 声に聞き覚えがある。

 昨日の夜ボクと話した30代半ばの捕虜の人だ。


 彼は片手剣を抜き、血を払う。

 そのまま、トントンと飛んでボクの近くまでやってきた。


「死ぬのならこっち側の女神の傍で死ぬことにした。胸も大きいしな」


 何を言ってるんだろうこの人。

 その前に状況が呑み込めない。

 でも、それは襲撃者たちも同じみたいで彼らも動けないでいた。

 ただそれも数秒のこと。


「やるこたぁ同じだ。時間がない。同時に掛かるぞ」


 1人がそう言ってボクに向かってくる。

 遅れて他の人たちもボクに向かってきた。


 ボクは近くにいた30代半ばの人から離れ、襲撃者たちをボクの方に引き寄せた。


 昨日の練習を思い出せ。


 力を抜き1人の剣に向かっていく。

 その剣をギリギリ避ける。

 すれ違いざまに太股を横から突き刺した。

 人に刃物を突き刺すのはやっぱり嫌な感覚だ。


 後ろにいた襲撃者が慌ててボクに剣を振る。


 それもギリギリ引きつけてから身体だけ90度回転させて避けた。

 硬直した彼の横っ面を剣の柄で殴る。

 回転が加わっているので威力が大きく、彼はそのまま地面に倒れた。


 ――胸が引っ張られて痛い。

 ブラをしてないから揺れすぎる。

 昨日、走ったときにも邪魔だったのにボクも学習しないな。


 これからは動き回る可能性があるときは絶対にブラの着用を優先しよう。


 ボクはそう誓いながら、突かれた剣を一歩踏み出してから避ける。

 すぐに太股に剣を突き立てた。


 ――実戦でも複数人相手に対処できるな。


 ただ、途中からつま先立ちで動くことにした。

 つま先で移動した方が胸の揺れが少なくて済む。


 それに重心線を軸に回転するときは、右足か左足を中心に回ることになる。

 これは踵を着けた状態よりつま先の方がやりやすい。


 本物の剣を相手にしているのに、胸の揺れの方が気になってるのは我ながら頭がおかしい。

 でも、なぜかその方が練習のときよりも余裕があるような気がした。


 剣を流したときも胸の揺れに合わせて足を踏み出す。

 このタイミングというか動きの流れがちょうどいい。

 ――なんだこれ?


 ただ、襲撃者たちは剣闘士なだけあって剣の振りの速さも威力もある。

 同時に攻撃されると、重心線を身体の中に留めておけない場合もあった。

 それでもギリギリ対応できる。


「凄まじく強いな。俺はいらなかったか?」


 30半ばの人の呟きが響く。

 気が付くとボクは剣を持っていた14人全員倒してしまっていた。

 殺してはいないと思う。

 太股以外に剣は突き刺していないはず。


 ただ、後方からギラギラ光る瞳がボクに向けられていた。

 暗くて姿はうっすらとしか見えないのに、目だけは存在感があった。

 この感じは覚えている。


「殺すッ!」


 剣闘士の第18位。


 初日に戦ってギリギリ退けた相手だ。

 突風の魔術を何度ぶつけて立ち上がってきた執念深い嫌な印象がある。


 太股の怪我は筋肉の力みで押さえ込んでいるのが電子の動きで分かった。

 その彼がボクに向かって歩き始める。


 ――怖い。

 でも、なぜか笑顔になるのを止められなかった。


 どうしてボクは笑顔になってるんだろう。

 技が通用するのか試したいんだろうか?


 いや、違うな。


 昨日身につけた動きが通用するという無根拠な確信が心のどこかにある。

 それが楽しみで仕方ない。

 この感情に身を任せよう。


 ボクも彼に向って歩いて行く。

 緊張感の中、互いが互いの間合いに踏み入った。


 間合いに入ると同時に鋭い横薙ぎを察知する。

 ボクは身体の力を抜いて、その横薙ぎを剣で流した。


 威力はさすがに強く、身体が結構流される。

 ただ、ボクの身体は真っ直ぐなままで2歩踏み出すことになっただけだ。


 続けて斬撃が来たけど余裕をもって避けた。


 考えてみれば何度連続攻撃が来ても、相手の剣は一本だけだ。

 同時に来ることを考えたら対処は簡単だし、身体もほとんど万全の状態なので追い詰められることがない。


 だんだんと胸の揺れにも意識が向ける余裕が出来てきて、揺れを最小限にできるようにもなってきた。

 剣の握りや身体の力もリラックスできている。

 体力にも余裕があった。


 これとは別に気づいたことがあった。

 彼は呼吸を止めて連続攻撃をしているようだった。

 一度大きく息を吸ったときに、一瞬だけ動きが止まっている。


 前にルキヴィス先生がマリカに呼吸について話していたことを思い出す。

 確か息を吸ったときは反応が遅れるだっけ?

 大きく息を吸うのは、横隔膜を動かす電子を見れば読めるかも知れない。


 今、彼の太股に剣を突き立てることは難しくないけど、それは以前に一度やっている。

 もっと、彼に決定的な負けを認めさせたい。

 そのためには、まずは何度やっても勝てないことを思い知らせる。


 まずは、横隔膜の電子を見極めてみる。

 両肺の内側に沿って横隔膜の神経があることが分かった。


 2度の連続攻撃の隙間で、たぶん横隔膜の動きを読んでの呼吸の見極めは使えそうだと直感する。

 連続攻撃自体は20回くらい続く。


 ボクは彼が次の息を吸う瞬間に剣先を顔の前に寸止めした。

 次の連続攻撃の前に間合いを外す。

 なんとか負けを認めてくれないだろうか?


 続けて18回の連続攻撃。

 攻撃自体は遅くなってる。

 さすがに執念だけじゃ体力は続かないか。

 息を吸うタイミングを先読みして、剣先を突き出す。


 ≫剣先を突きだして相手の重心線を身体の外に≫


 いきなりコメントが見えたので言う通りにそのまま剣先を突きだしていく。

 『重心線を外に』は相手の腰を反らさせることだと解釈した。


 剣先を彼の目と目の間くらいに突きつけていく。

 危険だと分からせるためだった。

 そのまま、腰を反らせるように誘導していく。

 すると、18位の彼はその場に尻餅をついた。


 ――なんだこれ。

 そう思いながらも無防備な彼に剣先を突きつけ続ける。


 腕が動く予兆があった。

 何か投げる気配だ。

 避けるために剣先の位置はそのままに身体を少し動かす。


 そこに何かが飛んでいった。

 地面の土を投げたことに気づく。

 彼は視線だけでボクを殺す勢いで睨んでいた。

 負けを認めるどころか諦めてくれそうにもない。


 いつの間にか周りには豪華そうなシルエットの鎧の人たちが集まってきていた。

 ボクが倒した脱走した捕虜たちも捕まりつつある。

 騎士の区域だから騎士の人たちだろうか?


 何人かが18位の人を捕らえようと近づいてきていた。

 ボクは彼らを左手の平を向けたジェスチャーで制止させる。


「シャザードさんはすごい人ですよね」


 ボクがそう言うと、彼の殺すような視線が弱まった気がした。


「彼と話してみんなのことを考えているのは分かりました。貴方もそういう言葉をシャザードさんに掛けられたんじゃないですか?」


 顔が少し上を向く。


「今、貴方を使い捨てるような命令をしているのがシャザードさんの本心だと思いますか?」


 視線がボクから宙に移った。


「誰がその命令をしているのか、考えてみてください」


 ボクは周りの人に「お願いします」と言って、彼の拘束を任せた。

 これくらいがボクの精一杯だ。

 少しは揺らいでくれるといいけど。


 ≫小悪魔になってきたなw≫

 ≫遅効性の毒ってやつかw≫


 視聴者がなんか言い始めたので笑ってしまう。

 悪く捉えればそういう見方も出来るけど。

 

 ≫丁寧語です。今、どうなってますか?≫

 ≫襲撃にあって返り討ちにしたところだ≫

 ≫襲撃? 陣営監督官の部屋でですか?≫


 ボクは親指と人差し指で円を作ってOKの合図を向けた。

 暗いけど見えるかな?


 周りを見てみると、最初に襲撃者の1人を殺してしまった30半ばの人も捕まっていた。

 彼はどうしたらいいんだろう。

 他の襲撃者と同じ収容施設に入れたらマズい。


「すみません。その人を捕らえるのは待ってもらっていいですか?」


「なぜだ?」


「その人は首席副官が雇ったスパイだからです。あっちに亡くなった捕虜がいますよね? あの捕虜を殺したのは彼です。お陰でボ――、私も楽に勝つことができました」


 騎士相手だと何故か一人称を『私』にしないといけない気になる。


「分かった。確かにこの男の剣に血が付いていたな。ただ確認がとれるまでは拘束はするぞ」


「ありがとうございます」


 ――嘘を付いてしまった。


 ≫マズい。首席副官の住居に向かってください≫

 ≫どうしたんだよ?≫

 ≫彼の付き人が反乱軍側な可能性があります≫


 付き人ってナッタさんともう1人の人?


「ふー助かったぜ」


 30半ばの人は猿ぐつわを外されてボクを見た。


「首席副官の話が出たが、早く奴の所に向かった方がいい。もう殺されてるかも知れないがな」


 ――な。

 彼と丁寧語さんの話が一致して信憑性が増す。


 ≫マジか≫

 ≫丁寧語氏すげえな。すげえがマズいぞ≫


「楯を貸してください。ここで何が起きたかは陣営監督官が知っているはずです」


 ボクはすぐに楯を借りて飛んだ。

 剣も持って行く。

 ボクは間に合えと願いながら速度を上げた。

 彼の住居たどり着くとドアごと吹き飛ばすように突っ込む。


 転がり込むと、名前の知らない方の付き人の人が拘束されていた。

 うっすらと明かりは灯っていたので、表情は分かる。

 彼はボクに訴えるように隣の部屋を見ている。


 ボクは隣の部屋に転がり込む。

 こっちの部屋にも明かりが灯っていた。

 剣を持って向かい合っている首席副官とナッタさんを確認する。


 バンッ!


 すぐに突風の魔術でナッタさんを吹き飛ばす。

 彼は壁にぶつかって床に落ちた。


「大丈夫ですか!」


「その声は――アイリスか。ああ、大丈夫だ。腕を怪我したがな」


 見ると、前腕から液体が流れてベッドに黒いシミができている。

 明かりが僅かだと血は黒く見えるのか。


「じっとしててください」


 ボクは剣で彼の袖を縦に裂いた。

 ナッタさんが立ち上がろうとしたので、もう1度突風の魔術をぶつけておく。


 続けて、首席副官の腕の神経を麻痺させつつ、バチバチと止血した。

 暗い部屋が火花のフラッシュで何度も明るくなり、肉の焦げた匂いも漂う。


「応急処置です。しばらく右手で傷口を圧迫しておいてください」


「あ、ああ。助かった」


「――う、うぅ。うぐ」


 見るとナッタさんが泣いていた。

 ボクはナッタさんの傍に行って、落ちていた剣を後方に転がした。


「隣の部屋で拘束を解いてきます」


 ボクは何かあったときのために空間把握しながら隣の部屋に向かった。


「首席副官は無事です」


 そう言いながらもう1人の付き人の人の拘束を解く。

 すぐに首席副官の元に戻ると彼はまだ立ち尽くしているだけだった。


「すみません。今、捕虜が脱走して騒ぎになっています。ボクはその助けに向かいます。こんなときに言いにくいんですけど、1つ話を合わせて貰えませんか?」


「――なんだ。言ってみろ」


「はい。昨夜話を聞いた捕虜を覚えていますか? ボクと一番話をしていた人です」


「ああ」


「彼が反乱軍を裏切りました。それで彼が首席副官のスパイだったということにしたいのです」


「――話が全く見えないが」


「このままだと彼が処刑されてしまうのでそれを避けたいと思いまして。首席副官が殺されると教えてくれたのも彼です」


「――そういうことか。分かった。考えておこう」


「ありがとうございます。それでは失礼します」


「――待て」


「なんですか?」


「感謝する。また、今回のことは他言無用で頼む」


 どういうことだろうと思った。

 でも、すぐに理由に思い当たる。

 首席副官はナッタさんのことをなかったことにするかも知れないということだろう。


 それが良いことかどうかは分からない。

 でも、ボクも30半ばの人を助けようとしてるし秘密の共有にはなるなと打算的な考えも出てくる。


「分かりました。首席副官の意志を優先します」


「助かる」


 ボクはすぐに楯で飛んだ。

 まだ真っ暗闇だ。

 野営地に(とも)る僅かな明かりしか見えない。


 何秒かで昨日までボクが居た建物の近くにたどり着く。

 そして空間把握で様子を確認した。

 かなりの人が衝突している。


 楯を持って道を(ふさ)いでいるのがローマ側だろう。

 数は30人くらいだろうか?


 一方の武器を持っているかどうかも怪しいのが捕虜側かな?

 数はこちらの方が多く、100人以上300人未満くらい居る。


 さすがに数が違いすぎるからか、ローマ側が押されているようにも見える。

 ただ、捕虜側も楯の壁を破れていない。

 武器が怖いのかそれとも陽動が目的だからか。


 ボクはローマ軍側の後方に降りたった。


「アイリスです。突風の魔術を使います」


 できるだけ大きな声で叫ぶ。


「我らの女神が来たぞ!」


 長い棒を持っている人が太い声で叫んだ。

 なんとかレーだっけ?

 副隊長だろうか?


 それにしても女神って。

 このボクの呼び方は正規軍じゃなくて支援軍の人たちかな?


「合図をしたら体勢を低くして楯を正面に構えてください」


 副隊長がこちらを見た。


「後方から魔術を使うぞ! 俺の合図で楯を正面に構えろ。次にしゃがめ!」


「魔術いきます!」


「今だ! 行くぞ!」


「応!」


 ボクの言葉で一糸乱れず兵士たちが中腰の体勢になる。

 その光景が気持ちよくて勢いで思いっきり突風の魔術を使ってしまった。


「――あ」


 バババァアン!


 激しい音と共にボクが斜めから吹き付けた突風が捕虜たちを吹き飛ばした。

 抵抗する間もなくその何百人もの人が転がっていく。


 すぐに魔術は止めた。

 静まりかえる。

 少しして、苦しそうな声だけが不気味に聞こえてきた。


「すぐに捕縛しろ! 3人体勢で2人が守り1人が捕縛だ」


 先頭の隊長らしき人が叫んで一斉に兵士たちが動き始める。


「怪我人はいませんか?」


 ボクは隊長に少し離れたところが聞いた。

 怪我人はいないという話だったので、ボクは陣営監督官のところへ報告に戻ることにする。


 ≫敵側の人数はどうでした?≫


 飛ぶために楯を準備したところで、丁寧語さんの質問が見えた。


「100人から300人くらいです。正確な数は分かりません」


 ボクは小声で言った。


 ≫襲撃の陽動にしては多すぎますね≫

 ≫どういうことだ?≫


 多すぎる?

 確かにローマ側の30人という数からいうと多かったと思うけど。


 ≫襲撃以外の陽動も兼ねているかも知れません≫

 ≫首席副官を暗殺するための陽動とか?≫

 ≫あれ陽動する必要ないだろw≫

 ≫数からすると兵士を引きつける目的ですかね≫


 どういうことだろう?

 兵士を引きつけるというのは、昨日みたいに南門に注目させて西門から攻めて――。


 ん? 攻める?

 何が?

 反乱軍が大人数でに決まってる。


 ボクは空を見た。

 もうすぐ夜が明ける。


「空が明るくなってきてます。――もしかして反乱軍は攻めてくるつもりじゃ?」


 言いながら鳥肌が立った。

 これは、戦いになるという怖さというよりも、正解を確信したときの感情の高ぶりだと思う。


 ボクの考える反乱軍の戦略はこうだ。


 まず、ボクを殺し首席副官も殺す。

 兵士をこの場所――野営地の真ん中に集める。

 反乱軍は明るくなると同時に攻めてくる。

 ローマ軍は最初の動きが遅れるだろう。


 陣営監督官を殺さない理由は、そもそも彼が指揮を取っていることを知らないだけかも知れない。


 反乱軍が知りうる情報から見ると無駄がない。

 この内のいくつか、あるいは全てが失敗しても確率が下がるだけで作戦の致命傷にはならない。


 ≫私も攻めてくると思います。それが自然です≫


「分かりました。すぐに野営地の外へ偵察に行きます」


 ボクは隊長に「失礼します」と挨拶して、すぐに飛んだ。


 まずは南門の外に向かった。

 東の空が明るくなってきているけど、周りは真っ暗だ。


 ≫今回は大軍の可能性があります≫

 ≫反乱軍側の手札が切られすぎてる気がします≫


 そう言われるとそうだ。

 特にナッタさんを裏切らせるというのは勿体ない気がする。

 勿体なくないのは今回で戦いを決めてしまう場合だけだ。


 ナッタさんか。

 そういえば、彼は泣いていたな。

 首席副官に剣を向けたくなかったんだろう。

 ふつふつと反乱軍の軍師に怒りが沸いてくる。


 飛びながらそんなことを考えていると、何か地面が動いた気がした。

 おかしいなと思って空間把握に集中する。

 すると、ボクが地面だと思っていた場所には人や騎馬で埋め尽くされていた。


「――なんだこれ」


 ボクの声は、飛ぶための風の魔術の音でかき消される。

 ゾッとして、かなり高くまで上昇した。

 見つかってはいないとは思うけど。


 ずっとここに待機していたんだろうか?

 いつから?


 視聴者に相談したくなる。

 でも風で音が聞こえないのにどうやって?

 ボクは高度を上げて風の魔術を少しだけ止めて話せばいいことに気づいた。


 早速、「ここにものすごい数の反乱軍がいます」とだけ伝える。


 ≫おおよその人数は分かりますか?≫


 空間把握だと目視みたいに見渡せない。

 なので横列と縦列をかなり大ざっぱに確認した。

 騎兵隊も居たけど数えようがなくて歩兵と同じ間隔で数えていく。


 300×40くらいだから1万2千か。

 多いな。

 ただローマ軍よりは少ない。

 すぐに視聴者にも伝える。


 ≫中途半端な数ですね≫

 ≫他の門の近くも探して貰えますか≫

 ≫門までの距離はこの反乱軍と同じくらいで≫


 ボクはすぐに移動した。

 可能性が高いのは前回攻めてきた西門かな?

 丹念に探していくが特に見つからなかった。

 東の空は紫から赤に変わっている。


 次は北門かな?

 同じように探していくと、人の集団がうごめいていた。


 数は……。

 言葉を失う。

 列が途切れない。

 どのくらいいるのか想像もできなかった。


 東門も確認するとこっちも数え切れないくらいの集団がうごめいていた。


 気がつくと僅かに明るくなっていたので、空間把握中心から視覚中心に変えた。


 目を凝らす。


「――なっ」


 ボクは見えてきた光景に息を吸うのも忘れた。


 300×40どころじゃない。

 目の前だけでも何万人もの影が伸びていた。

 北門側も合わせると――。

 ボクは血の気が引いていくのを感じていた。

次話は来週くらいに。

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