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第69話 軍師の輪郭

 ボクは護衛の人たちと陣営監督官の元に向かっていた。


 雨のあとだし訓練が終わってそのままなので汚れている。

 ただ、野営地の訓練所は砂が敷き詰められていたのでそこまで泥は跳ねていない。


 一緒に訓練していたヘルディウスさんは逃げるように帰っていった。

 護衛の人たちと陣営監督官のところに行くと隊長を目指すことになったと話されるからだろうか?


 陣営監督官の元に着いたので現状の話を聞く。

 すると、収容施設の増築と捕虜の収容はすでに終わっているということだった。

 さすがだ。


 そして、増築と収容が終わっているということは、捕虜に話が聞ける準備が整っているということになる。


 ボクは首席副官やナッタさんともう1人の付き人と一緒に捕虜の元に向かった。


 捕虜の人たちに聞きたいのは軍師のことだ。

 少なくとも彼の人物像を知りたい。


 ≫交渉するなら、最初は無理目な要求がいいぞ≫

 ≫ドアインザフェイスかw≫

 ≫どういう意味だ?≫

 ≫断られるためにまずはドアに顔を突っ込む≫

 ≫怖っw≫

 ≫で、顔を引っ込める代わりに話聞いてと交渉≫

 ≫無理あるだろその設定。即警察だわw≫


 最初に無茶な要求をしてから、次に要求を下げるとこちらの意見が通りやすくなるというのは聞いたことがある。


 でも、そのやり取りがボクに出来るかどうかは微妙なところだ。

 そういう演技は苦手だし。


 ボクたちは会議を行っている建物で待っているように言われた。

 用意された豪華そうなイスに座って待つことになる。


 そのまま待っていると、元剣闘士の捕虜が何人か連れて来られた。

 全員、手かせと足かせを着けた上で猿ぐつわをしている。

 その上で更にロープで連結状態になっていた。


 ≫こういう形式か≫

 ≫アイリスが捕虜の方に行くかと思ってた≫

 ≫捕虜はアウェーだから口が堅くなりそうだな≫


 あ、そういうデメリットもあるのか。

 確かに、軍師の人物像なんて話はリラックス出来ていた方が話しやすいかも。


 部屋の中は暗いとはいえ、明かりはある。

 全部で3人か。

 身体は鍛えてありそうだ。


 捕虜の人たちがボクの近くに来ると、驚いたように見てきた。


 元剣闘士かな?

 ボクを知ってる人たちということでいいんだろうか。


「これから尋問を行う。知っていることは全て答えろ、いいな」


 首席副官が言った。

 ずいぶんと威圧的だ。

 彼の両隣にナッタさんともう1人の付き人がいる。


「こんばんは。――アイリスです。今日は皆さんに聞きたいことがあって来てもらいました」


 首席副官が目を見開いてボクを睨んでくる。

 何か言われた訳じゃないしスルーしよう。


「これからお前たち捕虜の猿ぐつわを外す。外した後は質問に答える以外のことは話すな」


 ≫こぼれ話を引き出すには厳しい状況だな≫


 こうして必要以上の緊張感の中、捕虜の人たちへの聞き込みが始まった。


「それではさっそく質問です。皆さんは反乱軍の軍師のことをどう思っていますか? ボクはシャザードさんとは違ってどうも好きになれません。その辺りのお話をしましょう」


 ボクが雰囲気を変えるためにそう言うと、案の定、首席副官に睨まれた。

 捕虜の人たちは互いに目を合わせて困惑している。


「皆さんはシャザードさんに惹かれて反乱軍に参加したとボクは考えています。どうですか?」


「――ああ、そうだ」


 30代半ばくらいの男の人が言った。

 3人の中では一番年上だと思う。


「反乱軍の戦いの指揮はシャザードさんではなく、軍師の人が取っていると考えています。ここ数日はその指揮で何度か敗北していると思います。それについては何か思うことはありませんか?」


「――どういう意図だ?」


 30代半ばの人がボクに目を合わせてくる。


「質問に質問で返すな」


 首席副官が鋭い声を出した。


「この人はいつもこんな感じなので気にしないでください。今は軍師の愚痴タイムなので質問に質問を返してもらっても大丈夫です」


 そう言うと、今度はボクが首席副官に睨まれた。


 ≫愚痴タイムw≫

 ≫なんか飴と鞭みたいになってんなw≫

 ≫尋問のテクニックだな≫

 ≫マット&ジェフかw 別名良い警官悪い警官≫


 うわ、そんなテクニックがあるのか。

 特に意識はしてないんだけど。


「え、えーと、それでボクの質問の意図でしたよね。特別な意図はありません。ただ、軍師のことを反乱軍の人たちがどう考えているか知りたいだけです」


「――アイリス。お前の『質問に質問を返してもいい』という言葉に甘えるぞ。俺たちが軍師についてどう考えてるか知って、ローマになんの特になる?」


 首席副官が身体を乗り出そうとしたけど、すぐに思いとどまったみたいだった。

 30代半ばの彼はボクの目を真っ直ぐ見ている。


「今、軍師がどこまで非道な作戦を使ってくるかが分からなくて困ってます。どんな作戦とは言いませんけど知ってるんじゃないですか? 結構、酷い手を使ってくるので性格とか分かれば対処とか出来るかもと思いまして」


「それを何故お前が聞く、アイリス」


「捕虜なら立場をわきまえろ! 質問が多すぎるぞ!」


「いえ、これは質問ではないと思います。ボクを見極めようとしてるんだと思います。それにはちゃんと答えないと」


 暗い中、30代半ばの彼だけはボクをずっと見てきている。


「まず、午前中の戦いで起きたあの竜巻はボクの魔術だと気づきましたか?」


 彼は何も言わない。


 ≫驚く様子を見せないな?≫

 ≫予想できてたとか≫


「元々ボクは、包帯兵として兵士たちを治療するだけのつもりでした。でも、ボクや良くしてる人たちが危険にさらされたので戦闘行為に手を出してしまいました」


 彼は微動だにしない。

 ボクは話を続けた。


「その戦闘行為が評価されたので、多少の我が儘を許して貰えるようになりました。だったらそれを利用してボクが生き残る確率をあげようと考えたわけです。生き残るには軍師をなんとかしないといけない、と考えています」


「そうか。あの軍師様よりはまだ理解できるな」


 軍師様?

 呼び方はセルムさんと同じか。

 役職に『様』を付けるみたいな呼び方をするのは、良いイメージを持っていないときだと思う。

 親しい間柄なら別なんだろうけど。


「反乱軍の軍師って、シャザードさんの目的を果たすために頑張っているんじゃないんですか?」


「――さあな」


 彼はそのまま口を閉じた。


「分かりました。とにかく、ボクが反乱軍の軍師の情報を集める理由はそんな感じです。そういえば、1つ気になったことがあります」


 ボクに注目が集まるのを待った。


「軍師の彼と第六席って仲が悪いんですか?」


 初めて彼が驚いたような表情を見せる。

 その後、苦笑した。


 ≫図星っぽいなw≫


「1つだけ訂正しよう。彼ではなく彼女だ」


 ――え?

 反乱軍の軍師って女性なのか?

 ま、全く想像してなかった……。


「驚きました。女性なんですね。――冷酷な感じなんですか?」


「いや、印象だけだと虫も殺せなさそうな感じだな」


 大人しそうなんだろうか。


「――それで軍師とか想像もつきませんね」


「俺も最初は面食らった。ただ――」


 彼はすぐに口を閉じた。

 そのまま話を続けようとしない。


「ただ、なんですか? 気になります。言えないことなら無理に言わなくても大丈夫ですけど」


「いや、大したことじゃない。ま、軍師のことは拷問とかされたら言っちまうだろうしいいか。どうせ俺たちは大したことは知らされてないしな」


 ≫軍師のせいか人心掌握が甘くなってますね≫

 ≫そこは付け入れそうです≫


「はい。お願いします」


「軍師様は元々、都市監督官の奴隷だった。それがその主人を殺して都市ごとシャザードさんに明け渡したって話だな」


 ≫都市監督官についてですが≫

 ≫皇帝直属で地方都市の最高責任者です≫

 ≫ただ、時代によって役割が変わります≫

 ≫よって、そちらの正確な定義は分かりません≫


 ボクは左目に密かに親指を立てた。

 いつもながら丁寧語さんの的確なフォローに助けられている。


「そうだったんですか。ありがとうございます」


 ボクはお礼を言った。


 ≫いずれにしても貴重な情報ですね≫

 ≫十分準備が整っていたことの説明がつきます≫

 ≫あれだけ騎兵を揃えるのは普通は無理だな≫


 なるほど。

 そういう風に情報と相手の戦略とを繋げるのか。


 確かに最高責任者の権限で準備をする時間が何年もあったのなら、反乱軍の準備は万端くらいに思っておいた方がいい。

 これを知るだけで、こちらの戦略も変わってくる。


 たまたま街を占拠した奴隷の集団ではなく、数年掛けて反乱を準備してきた都市が相手ということだ。


「――どうした?」


 ボクが考え込んでいたからか、30代後半の捕虜の人が声を掛けてくれた。


「すみません。捕虜の人に心配させてしまいました。貴重な情報だったのでつい考え込んでしまって」


「そう言えば俺らは捕虜だったな」


 彼はそう言って縛られた両手首を振って口角を上げた。


「それで何を考え込んでいたんだ?」


「はい。そちらの軍師は都市監督官の奴隷になってからずっと対ローマの準備をしてきた可能性があります。それなら、武器や食料などの準備は十分なんじゃないかと考えていました」


「なるほどな」


「それのどこが貴重な情報なんだ?」


 別の捕虜の人が初めて声を出した。

 この人は20代半ばだろうか?


「そうですね。例えば貴方が逃げている人を追いかけているとします。想像してください」


「――ああ」


「彼を追いつめていくと、彼は小屋に逃げ込みました。貴方は彼を追いつめたと思うでしょう」


「そうだな」


「どうしますか?」


「そりゃ逃げられないようにして踏み込むな」


「でも、実はその小屋には以前から武器や何人もの仲間を用意していたとしたらどうでしょう。貴方に反撃するためにです」


「――まずいな」


「それが今のローマ軍の状況です。ボクたちが何も知らずに街に踏み込んでいたら痛い目にあったでしょう。でも、準備万端ということが分かった今、軽率に踏み込むことはしません。これは重要な情報です」


「そう言われると、そうだな」


 20代半ばの人は何度も頷いていた。


「丁寧にありがとよ。しかし驚いた。栄養は胸だけじゃなくて、ちゃんと頭にもいってるみたいだな」


 30代半ばの人がいきなりセクハラ発言してくる。

 冗談なんだろうけど。


「それ、次言ったら吹き飛ばしますから」


「おー、怖い怖い」


 ボクが睨みつけるように言うと彼はおどけた。

 でも、それで話しやすい雰囲気になったのか他の2人も会話に参加するようになる。


 話の内容は軍師の容姿や噂になっているようなことだった。


 彼女の年齢は20代前半で身長はボクと同じか少しだけ高い。

 一見おっとりしているように見えるが目が虚ろで怖い。

 特に男相手だと全く見てないような感じらしい。


 存在感がなく(はかな)げな美人。

 髪は青みがかった黒で量が多く、大きな一本の三つ編みをしている。

 胸は服の上から僅かな膨らみが分かるくらい。

 

 シャザードさんの従姉妹という噂がある。

 奴隷になる前を知っている同郷の人間によると、昔から天才的で10代にも関わらず何度もローマ軍を退け、有名な司令官と五分の戦いをしたらしい。


 ただ、奴隷になる前ははにかむ笑顔が愛される女の子だったのに、今は何かが壊れてしまったと思われているようだった。


 都市監督官からは公私ともに可愛がられていたようなので、それが原因で壊れてしまったのだと言われている。


 少なくとも、捕虜の彼らの言い分だと彼女には人間味がないらしい。

 その上、弱そうな年下の女性が上から命令してくるのでかなりの反発があるらしい。


 シャザードさんもフォローしているけど(かば)い切れていない。


 ボクは聞かなければよかったと思った。


 皇妃のような嫌な人間だったら、思いっきり叩き潰す気もなれたのに。

 もし、彼女の心が壊れてしまっているのなら。

 壊れても目的を果たそうとしてるなんて辛すぎる。


 彼女の口癖は「あの頃に帰りたい」だそうだ。

 ローマによって奪われた日常が心が壊れても取り戻したいものなんだろうか?


 ボクもこっちに来た最初の日に娼館に売られたままになっていたら。

 心が壊れていたかも知れない。

 それで日本に帰りたいと願い続けたんだろう。


 自分に重ねてしまったからか、感情が高ぶる。

 ボクを殺そうとしているかもしれない相手に同情する訳にはいかないので深呼吸して耐えた。


「目が赤いぞ?」


 そう言ったのは30半ばの捕虜の人だ。

 この暗い部屋の中でめざとい。


「――暗いところで凝視していたので、目が疲れてきただけです」


「ふっ、そういうことにしておくか」


 軍師についての話は聞けたので、ボクは「今日はありがとうございました」とお礼を言った。


 その後、また猿ぐつわをされて何人かの兵士に引き連れられて捕虜の人たちは部屋を出ていく。


「彼らはどうなるんですか?」


 ボクは、立ち上がりながら首席副官に聞いてみた。


「処刑だろうな」


 彼は表情も変えずにそう言ってから立ち上がる。

 ボクは思わず息をのんだ。


 ≫ローマは敵対者には驚くほど容赦しません≫

 ≫スパルタカスの反乱では全員処刑されました≫

 ≫ウィキぺだと人数は12万人らしいな≫

 ≫推定12万から30万らしいぞ≫

 ≫ほとんどが戦死らしいけどな。残りが処刑≫


 歴史としてみると「そんなこともあったんだ」くらいの感想だったかも知れない。

 でも当事者の立場になると全く違う。

 得体の知れない重圧で膝の力が入らなくなった。


 反乱軍にはボクと同じ養成所だった人たちもいる。

 ボクの魔術が切っ掛けで捕まってしまった人も多いと思う。


 既に捕まってしまっている人たちが処刑されたら、ボクのせいでもあるのか。

 いつの間にか抜け出せない状態になっていたなんて。


 巨人たちとの戦いでは、闘技の結果を無効にすることで彼らが殺されることを回避させてもらったけど、今回はそんな交換条件も無理だろう。


「どうした、行くぞ」


 そんなボクの思考を遮るように、首席副官が声を掛けてくる。

 彼は初陣(ういじん)という話だけど、そういう悩みはないのかな?


「1ついいですか?」


「なんだ? 手短にな」


 周りにはナッタさんをはじめ、何人かいる。


「さっきの捕虜たちを処刑するという話です。反乱軍を捕らえたら、全員処刑するんですよね?」


「そうなるだろうな」


「ボクは今、その重圧に押しつぶされそうになってます。立ってるのもギリギリです」


 ははっと力ない笑いが出た。


「おい、どういうことだ!?」


「ボクの判断や行動が命を奪うことに繋がります。それは、精神的に大きな負担になります」


「いや、待て。どうしてそうなる? 最終判断は陣営監督官が行い、処刑はローマの法に従う。お前が負担を感じる必要はないだろう?」


「首席副官には精神的な負担はないんですか?」


「そうだな。ないと言ったら嘘になるが、私にはこの討伐軍はもちろんローマや殿下、それにフィリップス家を守る責務がある。些細な自分の未熟さなどに構っている暇はない」


 ≫おっ、カッコイイなw≫


「ありがとうございます。『ある訳がないだろう!』と切り捨てられるかと思ってました」


「お前は私をどういう目で見ているんだ……」


 首席副官の付き人の1人が含み笑いをしていた。

 ナッタさんは真面目だからか笑っていないな。


「大丈夫です。ちゃんと信頼してます。お陰さまで少しだけ元気も出てきましたし」


「ならいい。ほら、歩けるか?」


「ありがとうございます」


 首席副官がボクに手を差しだそうとしてすぐに止めた。

 そういうのは神経を流れる電子で分かってしまうんですよ、首席副官。


 ボクは少しだけ心が軽くなったことを感じながら歩き始めた。

次話は来週辺りに。

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