第65話 旋風
隊長たちが集まって会議をしていた建物にたどり着いた。
まだプォーという警告音は鳴り響いている。
建物の入り口は慌ただしい。
ラーシス陣営監督官もその入り口にいて、馬に乗ろうとしていた。
「ラーシス陣営監督官。メテルス副官の協力は取り付けてきた」
首席副官が言った。
「感謝いたします」
「指揮は任せたぞ。私は捕虜の動きが気になるのでその対処を行う」
「助かります」
「すみません。楯を1つ貸してもらえるように頼んで貰えませんか?」
ボクは陣営監督官に声を掛けた。
「おい、アイリス包帯兵に楯を貸し与えよ」
大きな声でそう言ったあとに笑顔を向けて来る。
「次は何をするつもりなんだ?」
「空から反乱軍を偵察してきます。規模や構成が分かった方がいいと思ったので」
「非常に助かるが、それだけか?」
がっかりした顔を見せる陣営監督官。
「報告に戻ったあと、背後から風の魔術で吹き飛ばせるだけ吹き飛ばしてしまおうと考えてはいます」
「おぉ! そうでないとな! これは軍の出番がなくなってしまうかもなあ」
一転して嬉しそうに破顔した。
≫軍の丸太対策を伝えてもらえればと思います≫
≫丸太対策? 彼岸島?≫
≫うまく返せなくて済みませんが違います≫
≫丸太で突っ込んでくる敵の戦術への対策です≫
≫丁寧語氏真面目だなw 嫌いじゃない≫
昨日の戦いで前線を破られるのに使われた丸太で突っ込んでくる戦術の対応方法があるのか。
「もう1つだけ話したいことがあります。今、考えをまとめていますので、少し待ってもらえますか?」
丁寧語さんによると、その対策は古代ローマのスキピオという人物がハンニバルと戦ったときに使った戦術の応用らしい。
ハンニバルは前にも聞いた歴史的にも有名な人だ。
そのハンニバルは戦象を使っていた。
戦象は名前の通り象を戦車のように扱って、正面の敵を蹴散らすために用いたらしい。
スピキオ側は正面から見えないように、味方の歩兵の間に戦象に合わせて隙間を開けておく戦術をとった。
戦いが始まるとその戦術は見事にハマり、戦象は隙間を通り抜けてしまって戦力にならなかったという。
今回は丸太を戦象に見立てて、転用するとのことだった。
ボクは、説明のためにかなりの勢いで流れていくコメントを読み取ってなんとか理解する。
そして陣営監督官に向き合った。
「話しというのは反乱軍が使う丸太への対策です。昨日の戦いで丸太が使われたことは聞いていますか?」
「ああ、前線がそれで崩されたとか」
「その対策です。すでに考えがあるのなら意見は下げますが……」
さっきメテルス副官に怒られたことを思いだし、確認をとることにした。
「いや、存分に語ってくれ。急いでもらえるとありがたいがな」
ボクはスピキオがハンニバルの戦象に使った戦術を丸太に使うことを提案した。
この戦いは陣営監督官も知っていたので話は早い。
『ザマの戦い』と言うらしかった。
ハンニバルざまぁbyスキピオと覚えておこう。
それにしても、異世界っぽいのに遠い過去の出来事が共有できることに不思議な感覚を覚えた。
ある時点までは同じ歴史を辿ったのだろうか?
でも、魔術や怪物がいるという時点で異なる世界だしどうなっているんだろう。
「よく意見してくれた。その戦術、使わせて貰おう」
「ありがとうございます。ボクは偵察に向かいます。結果の報告はどこにすればいいですか?」
「南門で待機しているからそちらに頼む。すでに戦闘が始まっていた場合だが、報告なくアイリスの判断で攻撃をしても構わない。戦闘中には細かい指事など無意味だからな」
その陣営監督官の言葉に、首席副官が前に出て口を開く。
「アイリスにそれだけの裁量を認めるのはいいだろう。だが、背後から攻撃を仕掛ける前には何か合図があった方が良いのではないか?」
「なるほど、もっともなご意見です。アイリスに付きそう楽士の希望者がいる場合はお願いいたします。合図があるなしに関わらず対応できるよう、隊長たちには指事することにいたしましょう」
陣営監督官はそう笑顔で丁寧に言った。
「引き留めてすまなかったな。よろしく頼む」
「では失礼いたします」
陣営監督官はそう言うと、すぐに馬に乗って去っていった。
「連れて行く楽士はナッタに言い含めておく。南門に報告に戻ったときに連れて行くと良い。素性がはっきりとしていて待機中の楽士から選択することになるがいいな?」
「お任せします。あと高いところが大丈夫な人がいいと思います」
「ああ。あと、くれぐれも無茶だけはするなよ? これは私が純粋に心配しているんだからな」
ボクは首席副官と別れると、楯を使って飛んだ。
一人だといろいろと楽だ。
反乱軍に見つからないように高く飛び、南門側から探していく。
なかなか見つからなかったけど、南門ではなく西門から500mくらいの場所に居た。
進軍速度は遅い。
空からだから分かりにくいけど、普通に歩いている速度の半分くらいだと思う。
歩兵のほぼ全員が丸太のようなものを抱えているからだろうか?
その歩兵は千人はいる。
その内、後方で独立しているように見える隊は丸太を持っていない。
魔術兵隊かな?
騎兵隊は歩兵隊の左右に配置されている。
数はバラバラすぎて数えにくいけど、合わせて千騎以上はいるように見えた。
昨日の兵力よりは多そうだ。
ただ兵士だけで1万5千人はいるローマの野営地を攻めるには少なすぎる。
野営地が混乱しているとしても、さすがに7倍から8倍の差はひっくり返せないだろう。
何か勝算があるんだろうか?
≫騎兵隊が多いですね≫
≫丸太を堀や防壁に掛けて乗り越える算段かも≫
≫騎兵を一気に投入すれば優位に立てます≫
野営地の壁の上まで丸太を立てかけてそこを騎兵が乗り越えるってことだろうか?
確かに出来るかも知れないけど、雨で滑ったりしないんだろうか?
――いや、前もって丸太に切れ込みを入れておけば滑らないようには出来るのか。
≫敵は野営地の図面も把握済みだと思います≫
≫混乱中に重要拠点だけ攻めるには十分です≫
なるほど。
だから南門からではなく西門から攻めて来てるのかも知れない。
支援軍が休む建物は南口側にあるけど、重要拠点は中央から北口側にある。
もちろん、捕虜が南門から逃げたのでそっちの方が警戒されているというのもあると思う。
でも、進軍速度や攻める箇所を考えるなら西門が一番目的を達しやすい。
そこまで考え、ボクは南門に向かった。
すぐにたどり着くと、陣営監督官を探す。
でも見つからなかった。
降りて聞いた方が早いか?
ボクは南門近くの人が少ない場所に着陸した。
「アイリス包帯兵殿」
低めの声で名前を呼ばれる。
この声と呼び方はナッタさんか。
相変わらず良い声だ。
「ラーシス陣営監督官はすでに指揮に向かっています。状況は私に伝えてください」
ボクは見たままの情報と、視聴者のコメントやボクの意見も交えて話していった。
「西門? それは確かですか?」
ボクは反乱軍が南門はすでに通り過ぎていること、丸太を持っているため方向転換が行いにくいことや、進軍速度が遅いことも伝える。
すると彼は、そのことを別の誰かに話して、優先的に伝えるように指事を出した。
その人は走っていく。
続いてナッタさんはその他の情報を素早く復唱しながら、ボクに確認を求めてきたのでOKを出しておいた。
「アイリス包帯兵殿と同行する楽士は、貴女と同じ隊のレン楽士殿です。楯も準備しておきました」
イケメン楽士の彼か。
名前はレンと言うんだな。
無愛想だし、何考えてるか分からないし、隊列での位置もボクと離れてるから最初以外は全く会話してない。
「よろしくお願いします。楯で飛ぶんですけど大丈夫ですか?」
「問題ない」
その後、話が続くのかと思ったらそのまま何もなくて変な間が開いてしまった。
「えーと、合図で吹く音などはもう決まっていますか?」
「ああ」
また変な間か開く。
――ひょっとして会話が続かない!?
≫コミュ障か≫
≫見てる方がハラハラするなw≫
≫イケメンだから問題ないのでは?≫
≫とっとと連れて行けよ≫
「分かりました。これから飛ぶのでボクの真似をして落ちないようにしてください」
こうして、ボクはレンさんを連れて反乱軍への攻撃を行うためにまた高く飛んだ。
見ていると、彼は全く怖がることもなくボクの真似をして楯に乗っていた。
カッコをつけている訳でもないのに絵になる。
相変わらず霧雨で視界が悪い。
そんな中、敵の位置を探りながら2つの楯を飛ばすのは大変だったけどすぐに辿り着いた。
すでに西門までギリギリ目視できるくらいの位置なんじゃないだろうか?
敵の背後に回り込んで、見えない場所に降りてから近づいていく。
「少し待っていてください。これから魔術が使えるかのテストをします」
「慎重だな」
レンさんからの返事があるとは思ってなかったので、驚きながら風の魔術を使う。
「あれ?」
魔術が使えなかった。
使った場所は反乱軍から数十メートルの位置だ。
もしかして、この距離で魔術無効が使われてる?
ここまで風の魔術で飛んで来ているので、ボクの魔術が使えない訳ではないと思う。
「――魔術が使えないんですけど、隊列の後方にも魔術無効が使われてる可能性ってあると思いますか?」
ボクは左目に手のひらを見せながら、レンさんに聞く体をとった。
「昨日の戦いは反乱軍の指導者にも伝わってるだろう。対策はおかしなことではない」
真っ当な返事があったことに驚いた。
もしかして必要のない会話はしないというだけで、必要ならちゃんと話してくれる人なんだろうか?
≫レン氏の言うとおりですね≫
≫コミュ障じゃない、だと? 信じてたのに!≫
≫いや、コミュ障だろw≫
ともかく、まずいことになった。
攻撃するつもりだったのに、まさか何も出来なくなってるとは思わなかった。
何か方法はないかと考えるけど、たくさんの石を真上まで飛ばして落とすとかロクな考えしか思い浮かばない。
「魔術が使えないことを全く想定してませんでした。何か方法って思いつきますか?」
やはり、左目に手のひらを向けながらレンさんに話しかける。
「俺には思いつかないな。お前が思いつかないなら使える隙が見つかるまで待つしかないだろう」
レンさんが話す。
顔が良いからか冷たく突き放されてるように感じてしまう。
≫出来るかどうか分からないがアイデアあるぞ≫
≫ほう。前置きはいいから話してみろ≫
≫分かった≫
そのアイデアがある人は、旋風という自然現象を起こす方法をコメントしてくれた。
旋風は気圧が低い場所に外側から風を当てると発生するらしい。
実現するためには、まず地面を起点に垂直に風の魔術を使う。
するとその場所の気圧が低くなる。
その外側に対して別の風の魔術をぶつけるという方法だった。
誰かが「竜巻とは違うのか?」と聞いていたけど、旋風と竜巻は違う自然現象らしい。
ぶっつけ本番でそんな自然現象を起こすのか。
どちらにしても、それにすがるしかないのやるしかない。
「すみません。ちょっと別の風の魔術を思いついたので試してみます。あの辺りから強い風がこちらに吹くと思うので飛ばされないようにしてください」
ボクは使える範囲で一番遠くに風の魔術を使った。
不安があったので魔術の規模は最大だ。
垂直方向に風の魔術を使ったことないけど、上下に風が起こるということは下向きの風は地面にぶつかって全体に広がるはず。
ボォンという大きな音が聞こえてから、数秒後に予想通り強い風が吹いてくる。
強い風と言っても、予想していれば倒れるほどじゃなかった。
ボクは重心を風の方向に傾けながら、風の魔術を使い続けた。
しばらくすると風の向きが反転して、雨が風の魔術を使っている空間に向かって集まっていくのが分かる。
≫外側から幅広い風の魔術を当ててくれ≫
この全力の垂直の風を維持したまま、更に全力の風の魔術を送り込むのか。
難しいな。
ボクはどの場所に風を当てようかと考えてると、周りの風が強くなっているのを感じた。
それどころか、ボクが起こした垂直の風のもとに雨が渦巻き、見ている間にもどんどん大きくなっていく。
≫なんだあれ?≫
≫竜巻か?≫
≫どうなってる?≫
≫気圧が低すぎて竜巻みたいになってるのかも≫
≫どういうことだってばよ?≫
≫コリオリの力で渦になってる≫
さっぱり原理は分からないけど、その渦はとてつもなく大きくなっていった。
砂や石、その他いろいろ旋風に吸い込まれていく。
ボクの周りにも影響がありそうだったので、レンさんを近くに呼び寄せてもう一つの風の魔術をぶつけて凌いだ。
「なんだあれは」
旋風や風の音でうるさいけど、レンさんのそんなつぶやきが聞こえる。
「さっき言ってた別の風の魔術なんですけど、想像を超えてたみたいです」
旋風は大きくなり続けて、ついには反乱軍に影響しはじめたみたいだった。
大きさは直径100mくらいだろうか?
だいたい学校の校庭全体の大きさがある。
作り出したボクでさえ怖い。
魔術無効は、パニック状態じゃ使えないのでたぶんもう消えているだろう。
そう思って、垂直の風の魔術の場所を少しずつ動かすとその巨大な旋風も動き始めた。
旋風を反乱軍に突っ込ませると、人ごと巻き込みそうなのであくまで周辺を動かしていく。
ただ、ここにいる反乱軍はキッチリ無力化させて貰う。
≫怖ぇぇw≫
≫こんな応用も出来るのか≫
≫これ使えたら無敵じゃね?w≫
≫他の自然現象の応用もありそうだな≫
反乱軍は逃げまどい散り散りになり始めていた。
ボクはその大きな旋風を見上げてみる。
視界の悪さもあって、どのくらいの高さまで続いているのか分からない。
ボク自身がコントロールしてなかったら間違いなく逃げてるな。
――え?
そんなことを考えていると、突如、魔術が使えなくなった。
なんだ?
魔術無効!?
巨大な旋風はまだ消えずにある。
垂直の風の魔術がなくなってもしばらくは消えないのかも知れない。
でも、旋風から身を守るために使っていた風の魔術が消えてボクやレンさんが風にあおられた。
「くっ」
ボクは体勢を低くして風を耐える。
レンさんは風で後方に飛ばされたものの、地面に剣を突き刺して耐えているみたいだった。
そこに誰かが走り近づいてくる。
敵?
風を背にしているからか速い。
剣が抜かれたのが見えた。
相手の体格は小さい。
長めの剣と小さな盾を持っている。
ギロリとした目だけが妙に印象的だった。
ボクも剣を抜いて備える。
走る勢いのまま、相手から斬撃が放たれた。
神経の電子は全身に均等にあって、剣を振る挙動だけを特定できなかったので反応が遅れる。
更に剣の振りそのものは速くないので、楯で受ければいいと思って構える。
ゴッ!
なっ?
斬撃が思ったよりも強く、風にもあおられて吹き飛ばされた。
倒れそうになるところを、楯の裏側に風を当て、背中から落ちるのを回避する。
魔術無効は使われてるはずだけど、やっぱり想像できない箇所には使えないみたいだ。
「ふん、確かに面白い。あの竜巻を起こしたのはお主か?」
いつの間にかボクの目の前にいた相手に対して、全力の風で楯を吹き飛ばす。
驚いたことにその楯は完全に避けられた。
また全身の神経に電子が見える。
ボクはまた下がった。
そこに剣が通り過ぎる。
予備動作もほとんどない。
――なんだこの人。
腕こそ太そうだけど、歳はぱっと見30代くらいで背はボクより少し大きいか同じくらいなのに。
下がった直後に切り返した剣で次の斬撃がくる。
この人も連続攻撃か。
最近の戦いで、ボクは相手の連続攻撃に弱いことが分かってきていた。
避けたり受けたりしている間に身動きが取れなくなって避けきれなくなる。
攻撃のタイミングだけは読めるので、斬撃をなんとか受け止めた。
痛っ。
攻撃が重いことを忘れていたので、受け止めた瞬間、剣を落としてしまう。
間合いを詰められ、また全身の電子が見えた。
ボクは連続攻撃を受けたくなくて、下がらずに体当たりする。
次の攻撃はなかった。
離れると攻撃を受けるので、そのまま触れるような距離で攻撃のタイミングのときだけ身体をぶつける。
体当たりされたり捕まれそうなときは察知できるので少し間合いを外す。
隙を見てボク自身の陰から風の魔術を使ってみるが、それは使えなかった。
近すぎて魔術無効の範囲なんだろうか?
――まずいな。
このままだと何も出来ずにやられる。
相手は怖い笑顔を張り付けている。
危険でも、ここは一旦離れてその上で突風を狙うしかない。
そう思って離れたとき、誰かが割り込んできた。
「相手は第六席だ」
レンさんだった。
第六席って剣闘士の第六席?
「無粋だの」
レンさんは第六席の軽口には反応しなかった。
しかし、斬撃は反応して受け止める。
あの重い攻撃に微動だにしてない。
更に剣を滑らせるように攻撃を返す。
その攻撃も第六席には上半身を反らしただけで避けられる。
すぐに第六席からは反らした身体を戻すときに一歩踏み込み死角の斜め下から突きが放たれる。
レンさんはその突きを見もせずに肩を上げただけで反らした。
そのまま第六席の腕を絡め取ろうとするが、それは察知され腕を引かれる。
引いた腕に対してレンさんは剣を切り返しての横薙ぎ。
そのレンさんの横薙ぎは剣の根本を第六席の剣で押さえられて未発に終わる。
ただ、その衝突で2人の身体が離れた。
2人とも強い。
少なくともボクのレベルより遥かに上だ。
「お主は知らない顔だが――」
「死ね」
第六席の言葉が言い終わる前に、レンさんは速い突きを放った。
執筆が遅れており5/22(水)くらいの更新になります。
申し訳ありません。




