第64話 勘違い
ボクたちは首席副官を連れて建物を出た。
首席副官の解放も時間を掛けずにできたし、今のところはギリギリ及第点だと思う。
南門を離れてから20分弱くらいだろうか?
離れるときに反乱軍が攻めてくるまで20分から40分と予測した。
もういつ攻めてきてもおかしくない。
時間を確認するハンドサインが欲しいと思った。
余裕ができたらコメントと相談しよう。
すぐに会議をしていた建物に戻ることになった。
時間もないので戻る手段はもちろん楯だ。
ヘルディウスさんも楯で飛びたがっていたけど、彼は身体が大きすぎる。
最後まで駄々をこねてたけど、走って戻ってもらうように説得した。
ヘルディウスさんが楯に乗らないと言っても、2つの楯で3人を飛ばすのは大変だ。
最初はボクと首席副官が一緒の楯で飛ぶように提案したけど、「殿下の手前、そんなこと出来るか!」と強く拒否されてしまう。
結局、ボクが1人で楯に乗り、もう1つの楯に首席副官と陣営監督官が2人で乗ることになった。
目的の場所にたどり着くと、陣営監督官はすぐに現状確認を聞きに建物に入っていく。
改めて指揮は自分が行うと宣言するらしい。
ここから、ボクと首席副官だけでメテルス副官という人のところに行くことになる。
「メテルス副官が居る場所は知ってますか?」
「『居る』ではなく『いらっしゃる』だ。まったく、その言葉遣いはどうにかならないのか」
「す、すみません。でも、そのことはあとでお願いできますか? 今は特に優先順位が大切なので……」
「――ぐっ、それはそうだな。分かった」
≫首席副官って尻に敷かれるタイプかもなw≫
≫かわいく見えてきたw≫
「それで場所はどっちですか?」
「こちらだ。着いてこい」
首席副官が走り出したのでそれに着いていく。
「ボクの弁護の後の説得は大丈夫そうですか?」
「説得ではなく命令なので問題ない。それより、私の弁護はうまくいくのか?」
≫『無罪の推定』があるか聞いてください≫
無罪の推定?
なんだろうか。
≫俗に『推定無罪』とも言います≫
≫確実な証拠が出るまでは無罪として扱う≫
≫これが大体の定義ですね≫
推定無罪の方は聞いたことがある。
意味まで理解していたわけじゃないけど。
早速、ボクは首席副官に聞いてみることにした。
「弁護がうまくいくか答える前に聞いてもいいですか? 首席副官は『無罪の推定』という言葉を知っていますか? 推定無罪という言葉かも知れませんけど」
「いや、聞いたこともないな。どういう言葉だ?」
≫法律用語です≫
すぐにコメントが見える。
「ボクの国の法律用語です」
「法律用語? 私もローマ法に関してはかなり勉強しているが聞いたことがないな」
≫分かりました。結構困難かも知れませんね≫
≫どういうことだよ?≫
≫立証責任という言葉を聞いたことあります?≫
≫容疑を掛けている側が証拠を出すってのだろ≫
≫その通りです≫
≫これがないと容疑側の証明が必要となります≫
≫それ悪魔の証明だろ? 無理だわ≫
≫そうですね。ですから困難だと言ったのです≫
≫頭が痛くなるな≫
≫ですね。とにかくサポートしていきましょう≫
首席副官と話しながら、不穏なコメントを横目で追いかけていた。
ボクは法律に関してほとんど知識がないし、コメントもなんとなくしか意味は分からない。
――コメントに頼るしかないか。
そうして、メテルス副官の住居に到着した。
メテルス副官は、騎士出身の副官の中では一番の有力者らしい。
この討伐軍に副官は6人いて、内2人は貴族で議員、残り4人は騎士から選出されるとのことだった。
「質問があります。ボクが南門に行ってから何分経ったか分かりますか?」
ボクは、首席副官に質問をする体で左目を通して配信に手のひらを見せる。
「何を言っている? ナンプンとはなんだ?」
≫20分を過ぎたところだな≫
≫もう反乱軍がやってきてもおかしくないのか≫
≫定期的に経過時間をコメントするわ≫
「すみません。何分というのはボクの国の時間の単位です。反乱軍が攻めてくるまで半刻と予想していました。その半刻までそろそろかなと」
ボクはこっそりと人差し指と親指で輪っかを作ってOKの合図を左目に見せてからサムズアップした。
「なに? 急がないとまずいのではないか?」
「はい。まずいです」
首席副官が慌てるように護衛に名前と用件と伝えメテルス副官の住居に入っていく。
「これはこれはフィリップス首席副官。どのようなご用件でしょう」
現れたのは頬の痩けた神経質そうな人だった。
40代くらいだろうか?
さすがに騎士というだけあって雰囲気がある。
そういえばこの人、会議していたあの建物の中にも居たような?
彼の両脇には騎士のような2人いた。
更にその後ろには付き人が4人いる。
騎士のように見える2人は20代だろうか?
騎士の内の1人がボクの方をじっと見てくるので少し後ずさりしてしまった。
「メテルス副官。急ぎの用だ。全ての騎兵隊が陣営監督官の指揮に従うように通達して欲しい」
「何故我々がそのようなことを?」
「すぐにでも反乱軍が攻めてくる可能性がある」
「ああ。そういえば陣営監督官がそこの包帯兵にそそのかされたのか何か言っていましたな」
≫またこういうタイプか≫
≫面倒くせえな≫
≫つーかこいつあの場に居たのか≫
「それにフィリップス首席副官。貴方は司令官殺しの容疑者ですな。疑いは晴れたのですか?」
「――今は別の人が容疑者になっています」
ボクは静かに声を出す。
「許可もなく意見を言うとは、躾がなっていませんな」
こっちを見ずに副官は言った。
ボクを相変わらず見ているのは後ろにいる騎士のような1人だけだ。
「教育が不十分な者で申し訳ない。アイリス包帯兵、発言の許可をとれ」
「――はい。発言の許可をもらえますか?」
「いいだろう」
知りもしない理不尽なルールに従わされてるこの感じ、微妙に屈辱感がある。
時間もないし切り替えていこう。
「まず先に言っておきます。話し合いがどうなっていようとも、反乱軍発見の合図があればすぐに騎兵隊を動かしてくれますか?」
メテルス副官の眉がピクリと動いた。
それから軽く目を閉じてからボクを初めて見る。
「言われるまでもなくそれが我々の責務だ」
「その言葉を聞けて安心しました。それでは話を戻します」
見渡すと今度は全員がボクに注目していた。
そのまま話を続ける。
「別の容疑者というのは、司令官の奴隷の2人です。彼ら2人は現在行方不明で、脱走した捕虜の中にも近い姿の2人がいたとの情報があります」
「なるほど。では、フィリップス首席副官の部屋にあった血の付いた剣はどう説明する」
――っと、その反論は考えてなかった。
助けを求めるために手のひらを左目に向ける。
≫夜、首席副官の元に誰か訪ねてきてない?≫
≫あと凶器はどこで発見されたかとか≫
そっか。
本当に助かる。
「首席副官。昨日の夜から朝に掛けて、誰か訪ねてきませんでしたか?」
「ああ、そういえば、深夜に司令官の奴隷が訪ねてきたと聞いたな。私は就寝中だったので後に報告を受けた」
≫それを第三者が証明できるか聞いてください≫
「――そのことを第三者が証明できますか?」
「通常、外出時は奴隷間で情報を共有するはずだ。司令官の他の奴隷に聞けば分かるのではないか?」
「ありがとうございます。嘘をついて出てきた可能性はありますけど、それはあとで確認しましょう。そのときに剣が置かれた可能性がありますね。その凶器の剣はどこに置かれていましたか?」
「部屋の片隅に立てかけてあったそうだ」
続けて首席副官が答える。
「場所は入り口側ですか?」
「そうだ」
このあともメテルス副官は疑問をいくつか挟んできた。
具体的には、首席副官が深夜に外出してないかとか、殺害を奴隷に実行させたのではないかなどだ。
ボクはコメントの力も借りて凶器の剣が首席副官の物ではないことや、凶器の血を拭かずに雑に立てかけていたことを返答して疑問に対抗していく。
証拠を聞かれる訳でもなく、答えに困るような切り口を探しているようだった。
≫証拠が軸の議論という訳ではないんですね≫
≫行儀の良い口喧嘩か。言い負かせれば勝ち≫
≫25分経ったぞ≫
もうそんなに経つのか。
今度はこちらから質問してみよう。
「それでは、メテルス副官は司令官の奴隷が2人行方不明な理由をどう考えていますか?」
「殺してどこかに隠したのではないか?」
「奴隷の死体を隠せるくらいなら、もっとうまく凶器の剣を隠すんじゃないでしょうか? 実際はまるで見つけてくれと言うように入り口の隅に立てかけてあった。おかしいと思いませんか?」
「――確かにな」
メテルス副官は大きなため息をつく。
「認めよう。疑惑は完全に晴れてはいないが、司令官を殺した犯人としては彼の奴隷の方が可能性は高い」
≫え、これで納得しちゃうの?≫
≫まあ、首席副官が疑われたのも雑な理由だし≫
「では?」
首席副官が身体を乗り出す。
「我々騎兵隊は、首席副官の命に従い陣営監督官の指揮下に入ることとする」
「感謝する」
首席副官が短く言った。
「オピテル隊長。アールス隊長。すぐに他の隊長たちに伝えろ」
「はっ!」
ここに入ってきてからボクを見ていたのはオピテル隊長と言うのか……。
って隊長? 騎兵隊のだよね?
すぐに彼らは「失礼いたします」と言って、首席副官に頭を下げ出ていく。
「ありがとうございます」
彼らを見て、ボクも協力してくれることにお礼を言わなければと思い立ち、メテルス副官に頭を下げた。
「礼を言うのはこちらだよ、アイリス。君が我々の騎兵隊の危機を救ってくれたことは聞いている」
「え? そうなんですか?」
急な展開に感情がついていけない。
騎兵隊の危機って昨日のあの左側の騎兵隊の話だよね?
反乱軍を風の魔術で吹き飛ばしまくった。
「今出ていったオピテル隊長。彼は君が救ってくれた騎兵隊の隊長だな。そして我がメテルス家の長男でもある」
メテルス副官がニヤリと笑った。
今までとは雰囲気すら違う友好的な表情だ。
「――それにしては友好的ではなかったな。平時ならともかく緊急事態なのだぞ?」
首席副官が腕を組み、不満げに首を傾けた。
「平時ではないからこそですよ。特に判断を預けるような重要な人物は、この目で確認するようにしていますので」
メテルス副官はボクを見ながら話す。
≫どういう意味だ?≫
≫アイリスを重要だと考えて試したってことだ≫
≫私もそう思います≫
≫お前らよく分かるな?w≫
うん、ボクにもメテルス副官が何を言ってるのか分からなかった。
ボクが重要人物というのは昨日の戦いで一応活躍したからだろうか?
「えーと、ありがとうございます」
ボクがそう言うと、メテルスさんは目を見開いてボクを見た。
「――フフ。試すようなことをして礼を言われたのは初めてだよ。君がどういう意味で言ったのか聞いてもいいかね?」
「はい。メテルス副官は、ボクを見極めるためにわざわざ労力を掛けてくれたんですよね? ですので、重要な人物と評価してくれたことと、労力を割いてくれたことに感謝しました」
さっきありがとうと言ったときの思考をトレースしながらありのまま答える。
「なるほどなるほど。フフフ。これは実に愉快だ」
しばらくメテルスさんはフフフと笑い続けていた。
「私は全く愉快ではない。それより、もう行くぞ。お互いの用事も済んだようだからな」
「はい」
ボクは首席副官に返事をした。
「フィリップス首席副官。これからどうするおつもりですかな?」
「そうだな。指揮が一本化できたのに紛らわしいのがうろちょろしていても混乱を招くだけだ。邪魔にならない範囲で私が出来ることをする。――必要ならまたここに来ることになるかも知れんしな」
「そのような心配は無用ですよ。フフ。ところで、アイリス包帯兵。もし困ったことがあれば私の所に来なさい。それに言葉遣いを覚えたくなったら是非来なさい」
「は、はい。ありがとうございます」
≫言葉遣いw≫
≫身分差あると尊敬語とか謙譲語が必要か≫
≫TPOわきまえず一人称がボクだしなw≫
≫は? ボクっ娘最高だろ!≫
一人称の『ボク』は男の砦として変えたくないんだけど、礼儀に反するというなら仕方ないのかも知れない。
こうしてボクたちはメテルスさんの元を離れた。
≫終わって見れば良い人ってことでいいのか?≫
≫ローマ軍はツンデレパラダイスかよw≫
≫まあ良い人っていうよりは曲者だな≫
「なんとかうまくいきましたね」
ボクは出てすぐに首席副官に語りかける。
「そうだな。その、なんだ、――感謝、する」
≫あらやだ、かわいい≫
≫出たよ首席ツンデレ≫
≫首席ツンデレ=ベストオブツンデレw≫
≫男のツンデレって面倒なだけなんだよなあ≫
なんか酷い言われようだ。
「出来ることをするって話でしたけど、何をするつもりなんですか?」
「そうだな。捕虜や野営地に居る奴隷の動きを監視したいと考えている。それなら邪魔することなく、背後の憂いを断つことにも繋がるからな」
「それは必要なことかも知れませんね。ボクにも何かできるといいんですけど」
ボクは左目に手のひらを向けた。
≫何ができるか俺たちが考えればいいのか?≫
≫まず、どこから敵が攻めてくるか確認ですね≫
≫確認ってどうやって≫
≫可能なら楯で飛んでいって目視がいいかと≫
空から確認か。
確かにそれならボクにしか出来ないだろうし、反乱軍の規模や距離を把握しておくのは必要なことだと思う。
「おい、何を考えてる。お前の隊は待機だぞ。大人しくしてろ」
もし反乱軍が十分に離れていた場合、攻撃前に反乱軍の背後をつけるかも知れない。
互いの軍がぶつかる前なら戦うことなく無力化できるかも。
≫30分経ったぞ≫
え、もう30分?
「――おい!」
「あ、すみません。ちょっと陣営監督官に相談することができたので先に失礼してもいいですか?」
「陣営監督官に相談だと? 悪い予感しかしないんだが、また無茶なことを考えてるんじゃないだろうな?」
「いえいえ、より安全にするための作戦です」
「――私もお前のことが分かってきたからな。例えば軍を安全にするために何か危険なことでもするんじゃないか、とな」
「大丈夫ですよ、多分」
「多分だと? やはり貴様、危ないことを考えているだろう。殿下の思いを無碍にするつもりか!」
殿下?
少しカチンときて立ち止まってしまった。
そんな第三者の話を盾に説教されても知らないし、ずっと反乱軍に先手先手をとられている状況で、野営地に閉じこもって安全だと言えるんだろうか?
「ミカエル皇子の話は出さないでください」
思わず言ってしまう。
「ミカエル皇子? お前、何を言っているんだ?」
「え? 首席副官はミカエル皇子に頼まれてるんですよね?」
「いや、お前を守るようにとおっしゃったのはアーネス殿下だ」
「あれ?」
アーネス殿下って第一皇子の?
第一皇子の名前ははっきりと覚えてないけど、なんとなくそんな感じだった覚えがある。
でも、カーネディアさんは確かにミカエルが味方を軍に送り込んだと言っていたはずだ。
「何か誤解があったようだが――」
首席副官がそこまで言い掛けたところで、プオーという音が聞こえはじめ広がっていく。
ついに来たか。
「監視が反乱軍を見つけたようだな。話はあとだ、急ぐぞ」
ボクたちは話を止め、陣営監督官のいる建物へと全力で駆けていった。
次話は来週くらいに更新する予定です。




