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第63話 ラーシス陣営監督官

 南門の兵士たちの応急処置を終えて、隊長たちが会議していた付近に戻ってくる。


「南門はどうだ?」


 怒られると思っていたのにカウダ隊長の第一声はそれだった。


「捕虜は既に脱走したようです。数は20人から30人。こちらの怪我人は10人ほどで死者はいません。応急処置は済ませています。2人の包帯兵が来たので戻ってきました」


「そうか。ご苦労だったな」


「いえ、勝手に飛び出してしまってすみません。あと、これが一番重要なんですけど、反乱軍が半刻ほどで攻めてくる可能性があります」


 今、10月だから昼の長さは短いと思う。

 ローマでは太陽が昇っている時間を12分割してそれを1刻と数えるから半刻で25分くらいだろうか?

 おおよそあってるはずだ。


「――どうしてそう判断した? 詳しく説明してくれ」


「はい。まず、脱走者の中に身なりの良い者が2人含まれていたそうです。この2人は恐らく捕虜ではありません。捕虜でなければ貴族や騎士の奴隷だと思われます。その2人が司令官を殺し、そして捕虜を逃がすように工作を頼まれていたとしたら?」


「そういうことか。司令官がいなくなれば反乱軍にとっては攻撃を仕掛けるチャンスとなる」


「そうです。脱走した彼らが反乱軍の居る街にたどり着いた時点で成功が伝わり、進軍してくる可能性があります」


「すでに工作の成功が伝わってるとして、ここまで半刻か。妥当(だとう)なところだな」


「はい。ヘルディウスさんはどこですか?」


「首席副官の元に向かった」


「陣営監督官は?」


「大隊長以上だけを残して会議している」


 ≫大隊長は百人隊長6人中で一番上の階級です≫


 80人の隊が6隊ということは480人の中のトップか。

 左目に対してそっと親指を立てる。


「そうなると首席副官をここに連れてくるのが早いかもですね」


 指示すべき人間が揃っているなら集める手間が省ける。

 でも、首席副官を解放するには陣営監督官の許可が必要になるだろう。


「ヘルディウスさんが首席副官を解放する許可をとったという話はありますか?」


「いや、説得できなかったみたいだな」


「そうですか。ボクからも切迫した状況や犯人が別にいることを伝えて頼んでみるしかないですかね」


 1対1ならまだしも、たくさんの偉い人の中に入っていくというのは勇気がいる。

 でも、そんなこと言ってられない。


「残念だが他に思いつかんな。なんとか俺が陣営監督官の前には連れていってやる」


「ありがとうございます」


 カウダ隊長は建物の前の楯を持っている兵士に話しかけ、建物の入り口を開けてもらった。

 ボクも同行者ということで入っていく。


 建物内は広くて暗い。

 ぱっと見30人以上が部屋の中央に集まっている。


「失礼いたします。捕虜が脱走した南門に関しての報告があります!」


 ≫いきなり本題から入らずに情報からか≫

 ≫うまいなw≫


「報告しなさい」


 奥に居た老人の声が静かに響く。

 老人というにはガッシリしすぎた体型だった。

 この人が陣営監督官だろうか?


 老人の声で30人ほどがボクたちに目を向ける。

 暗いとはいえ彼らがボクたちを見る目に威圧感があった。

 大隊長――百人隊長の中でも選り抜きの人たちだからだろうか?


 この中で話をするのか。

 息を短く吐く。

 カウダ隊長と目が合った。

 ボクはゆっくりと小さく頷く。


「それでは、私の隊の包帯兵が説明いたします。アイリス包帯兵、説明してくれ」


 ≫隊長きちんとしてるな≫

 ≫公私の区別ができるオトコォ!≫

 ≫なんだそのテンションw≫


「はい。まず、質問があればその場でしてもらっても大丈夫です。それでは、よろしくお願いします」


 ボクは顔を上げて彼らを見渡した。

 日本だとこういうとき質問してもらえない気がするけど、ローマではどうなんだろう?


「逃げた捕虜は20人から30人ほどと聞いています。その捕虜全員に南門が突破されました。こちらは死者こそいませんでしたが10人の怪我人がいます。捕虜を追撃している者はいません」


 見渡す。

 全員が真剣に聞いている。


「脱走者の中に、捕虜のものではない身なりの良い服装の人が2人いたそうです。この2人が何者かは分かっていません」


 ボクはここで一旦間を取った。


「身なりの良いとは言うが、具体的にどんな格好だったんだ?」


 その間を埋めるように質問が入る。


「それは分かりません」


「しかし、身なりの良い服装となると限られるな」


「はい。なぜ鎧ではなく身なりの良い服装で脱走したか、ということも気になります」


 そこまで話したけど、それ以上の質問はなかった。

 ここで司令官の殺害と結びつきそうな質問が出ると期待してたけど、さすがにそんなに都合が良くいかないか。


「その他の情報としては、脱走した者全員が鉄製の剣を持っていたということです」


「鉄の剣だと? どういうことだ?」


「南門の兵士から奪ったのではなさそうです」


「――その何者かが手引きしたのか?」


「可能性はあります。少なくとも、包帯兵のボクは武器がどこに保管されているか知りません。戦いの場に鎧も着ないで、身なりの良い服を着ている中で、保管場所を知っている人は限られるのではないでしょうか?」


「そんな者は貴族や騎士の奴隷しかいないぞ」


「貴族の奴隷、あと騎士の奴隷って、武器の保管場所を知ってるんですか?」


 一歩踏み込んでみる。

 騎士の人はここにもいると思うけど、貴族の人はいるのだろうか?


「騎士の方々の奴隷は武器の保管場所など知らないのではないですか? いかがでしょう?」


 なかなか回答がないので、カウダ隊長が助け船を出してくれた。


「通常、我々は自分たちで武器を用意するからな。奴隷も我々が持参した武器の場所しか知らぬ。もちろん、調べれば武器の保管場所くらいは分かるが」


 壮年の騎士と思われる人が言った。

 暗闇でも頬がこけているのが分かる。


 ≫結局、騎士の奴隷でも調べれば分かるのか≫

 ≫対象が少し拡散方向だな≫

 ≫今だと騎士と貴族の奴隷って感じか≫

 ≫多いな。もっと絞り込みたい≫


 絞り込みたいか。

 時間もないし、一気に攻めてみるか?


「今朝、貴族や騎士の奴隷がいなくなったという話はありませんでしたか?」


 ボクがそう質問すると場がざわつく。

 誰も声をあげない。


「陣営監督官。司令官や首席副官の奴隷の状況はご存じですか?」


 カウダ隊長が陣営監督官に直接問いかけた。


「――首席副官の4人の奴隷は確認している。司令官の奴隷は8人いるが内2人が見つかっていない」


 ほぼ全員が陣営監督官の方を向いた。

 注目を浴びている彼はどこか1点を見つめている。

 そして、立ち上がった。


「またあやつの言ったとおりになったか」


 あやつ?


「これから首席副官のところに向かう」


 そこに居た者、全員が立ち上がりすぐに中央に道ができた。

 え? 説得できたってこと?


 カウダ隊長を見ると小さく頷いた。


 ≫どういうことだってばよ?≫

 ≫司令官の奴隷2人が工作員と判断したんだろ≫

 ≫決断早いな≫

 ≫まだ情報出そろってないんじゃ?≫


 話の展開が早くて付いていけてないけど、一歩進んだということで切り替えていこう。


 ≫首席副官のとこって近いんだっけ?≫


 首席副官の住居までは500mくらいか。

 全力で走れば片道1分だけど、歩くと片道5分以上は掛かる。

 歩いて行くのは時間的に厳しい。


 ――いざとなったら飛ぶしかないか。


 ボクは入り口にいる兵士が楯を持っていることを確認した。

 確か外の兵士も楯を持っていたはずだ。


「陣営監督官。走ることはできますか?」


 陣営監督官がこっちに来るのを待ってそう聞いた。


「走る? 膝を悪くしているから少しの間しか無理だな」


「では、高いところは大丈夫ですか?」


「高いところ? 大丈夫だが……」


「もしも、司令官の奴隷が主人を殺害していた場合、かなり時間が差し迫っているかも知れません」


「どういうことだ?」


「反乱軍の工作の可能性があるということですよ」


 カウダ隊長がボクの言葉を引き継いだ。


「工作だと?」


 ボクたちは建物から外に出ながら、反乱軍がすぐにでも攻めてくることを伝えた。


「その可能性を考えるとすぐにでも首席副官の元に行きたいです」


「いやしかし、どうやって?」


「飛びます」


「――今、なんて言った?」


「飛びます」


 時間がない。

 どんどん進めていこう。


「陣営監督官。護衛の兵士に楯を2つを貸してくれるように頼んで貰えますか?」


「――楯を2つだな?」


「はい」


 陣営監督官は自ら楯を借りにいったようだ。


 ≫他にお願いが2つあるので頼んでください≫

 ≫1つ、臨戦態勢をとって貰ってください≫

 ≫2つ、外の監視態勢の強化もお願いします≫


 臨戦態勢(りんせんたいせい)に監視態勢か。

 臨戦態勢って、すぐに戦いに(のぞ)める態勢ってことでいいんだよね?


 陣営監督官は借りてくれた楯をボクに渡してくれた。


「何度も頼みごとしてすみませんけど、更に2ついいですか? 判断は任せますので」


「――なんだ。言ってみなさい」


「1つは、反乱軍に攻めてこられてもすぐに対応できるように、臨戦態勢をとってもらいたいというお願いです」


「そうか。そうだな」


「もう1つは監視の強化です。この雨で視界が悪いと思います。ですので、反乱軍が攻めていたときにすぐ見つけられるようにお願いします」


「分かった。手配する。以上でいいんだな?」


「はい」


 陣営監督官は、噛みしめるように頷くと周りに指事を行った。

 言葉も「聞いていたな? すぐに2つを行え」程度ですぐに終わる。


 ≫素直だな?≫

 ≫アイリスって奴隷なんだよな?≫

 ≫現代の軍隊だと考えられんな≫

 ≫ただ単に良い人なのかもよ≫


「それで首席副官のところ行くにはどうするのか教えなさい」


「はい」


 ボクは持っていた大きな楯の裏側を腹部にくっつけた。


「楯でボクの真似をしてください。その体勢のまま飛ばします。楯を離すと危険なのでしっかりと縁を握って離さないでください。あと、顔は隠してください」


 彼は釈然とはしていないものの、素直にボクの真似をしてくれている。


「それではいきます。楯に突風が当たって吹き飛ばされますけど焦らないでください。その風はボクがコントロールしています」


「なんだと? 風で飛ばすのか」


「はい。しっかり楯を掴んでいてください。楯の前後にいる人は横にどいてください。ありがとうございます。では、いきます。カウダ隊長いってきます」


 ボクは中くらいの幅広い風を2つボクの楯と陣営監督官の楯に当てた。

 何か声が聞こえたけど、制御が安定するまでは集中しないといけないので無視した。


 ボクは2つの風を当て続け、少しずつ真上に調整して一旦浮かばせることに全力を注ぐ。

 霧雨が吹き飛ばされて空気の動きが見えていた。

 雨の日は飛びやすいかも。


 あと、面白いことに陣営監督官はボクと同じように腹這いの状態から膝を立てた状態になっていた。

 初めて他人の力で飛んでいるのによくあの状態になれるな。


 ボクは風を当てる角度を変えて、首席副官の元に飛んだ。

 一旦スピードがつき始めると速い。


 飛び始めて1分も掛からないくらいで首席副官の住居の近くに到着する。

 500mとすると時速30キロくらいかな?

 出だしの制御に時間が掛かったので、もうちょっと速いと思うけど。


 ボクは楯を静かに地面に降ろしていった。

 陣営監督官は考えごとをしているようで1点を見つめていた。

 会議の部屋でも同じことしてたし癖なのかな?


「失礼しました。大丈夫ですか?」


「――ああ、大丈夫だ」


「よかったです。さ、行きましょう」


「――そうだな」


 首席副官の住居を目指そうと目を向けると、ヘルディウスさんがこっちに向かってきていた。


「おいおいおい。楯で空飛んでくるってなんだよ。ずりーぞ、俺にも乗らせろ」


 ≫そこ?w≫

 ≫鉄壁ィ!w≫


「カッカッカ! 羨ましいか!」


 こっちはこっちで陣営監督官がドヤ顔してるんですけど。


「――ヘルディウスさん。首席副官と話はできましたか?」


「ん? ああ、通せんぼされて坊主のとこへは行けてねーな。いいとこにオヤジを連れてきてくれたぜ」


「オヤジ? ヘルディウスさんって陣営監督官と親子なんですか?」


「まったく。オヤジと呼ぶなと言っただろう?」


 陣営監督官は言葉に反して嬉しそうに言った。


「おっと、いけねえいけねえ。親子じゃねえんだけどよ、軍での親代わりっつーかそんな感じだな」


「分かりました」


 ボクたちは護衛と話して首席副官の元に通される。

 彼はボクと陣営監督官と鉄壁のヘルディウスさんが一緒にいることに驚いたようだった。


「どういうことだ?」


「話は後です。すぐにでも反乱軍が攻めてくるかもしれません」


「なに?」


 ボクは簡単に司令官やその奴隷のこと、捕虜が逃げたことを話した。


「ボクは首席副官は敵の工作に巻き込まれたと考えています。指揮系統を混乱させるために。その混乱を狙っていたのなら次の手は――」


「そういうことか」


「はい。それで指揮を一本化しようと陣営監督官を連れてきました」


「なるほど。では、アイリス包帯兵の考えを聞かせろ。もう策はあるんだろ?」


「話が早くて助かります。陣営監督官、ボクの考えを話していいですか?」


「構わんよ」


「ありがとうございます。ボクはこの戦いの間だけも陣営監督官が指揮を行うのがいいと考えています」


「――理由は?」


 首席副官は視線だけをボクに向ける。


「理由は百人隊長たち全員が首席副官の疑惑を知っているからです。今からだとさすがに全員の誤解を解くのは難しいですから」


「そういう状況か」


「残念ながら。なので陣営監督官に任せた方が士気は保てると思います。でも、単純に陣営監督官が指揮をすると騎兵隊への指揮が中途半端になりかねないと考えています」


「何故だ?」


「言いにくいのですが身分です。陣営監督官は騎士になったばかりと聞いています」


「確かにその懸念(けねん)はあるな」


 今度は陣営監督官が頷く。


「そこで首席副官には騎兵隊に命令してもらいたいと考えています。『陣営監督官の指揮に従え』という風に」


「ふん。確かに良く考えてある。大きな(あら)はなさそうだな。ラーシス陣営監督官はどう思う?」


「それでも構わんが、加えてフィリップス首席副官が殺人を犯してないという説得できる理由が欲しいな。騎兵隊をまとめているメテルス副官は頭が回る男だ」


 それは考えておいた方がいいかも知れない。


「ところでアイリス包帯兵はラーシス陣営監督官をどう説得したんだ?」


 ボクは司令官の奴隷のことを話した。


「その話にも納得したが、その前にヘルディウス副隊長に首席副官は殺ってないと言われていたのが大きいな」


「ああ。今見て更に確信したぜ。この坊主――じゃねえか。首席副官はまだ人を殺したことがねえ」


 首席副官はヘルディウスさんの言い方が気にくわなかったのか睨んでみせた。

 睨まれたヘルディウスさんは平気な顔をしている。


「分かりました。そのメテルス副官を説得する理由は考えておきます。まずは戻りましょう」


 ボクは手のひらをわざとらしく左目に見せながら言った。


 ≫俺らに無罪の理由を考えろということかw≫

 ≫OK≫

 ≫ハンドサイン役に立ってるなw≫


 察しが良くて助かる。

 ボクが親指を立ててみせると、コメントにサムズアップが並んだ。

次話は平成内に更新する予定です。

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