第60話 反撃と賭け
反撃の前にこの左端の隊を安定させないと。
安定させるためには敵兵の力を削いでしまえばいい。
ボクは風の魔術で次々と敵の兵士や騎兵を吹き飛ばしていった。
エアダスターを思い出したのはさすがに不謹慎なので秘密にしておこう……。
味方の兵士たちは何が起きているのか分からずに呆然としている。
「前線を維持しつつ、生きている味方を探してください!」
彼らに指示を出す。
この隊の隊長や副隊長はすでにいないようだった。
あまり考えたくないけど、目の前に広がっている死体の中の1体になってる可能性が高い。
左目を閉じて戦場を見る。
その様子に胸が締め付けられた。
心臓がペラペラになったみたいだ。
いつの間にか奥歯を噛みしめ、持っていたナイフやメスを握りしめていて、爪が肌に食い込んでいた。
≫魔術が使える範囲の検証をお願いします≫
≫いきなり何の話だ?≫
≫魔術無効の効果の範囲を知りたいんだろ?≫
≫面目ない。その通りです≫
考えるのは後でもいい。
気を取り直そう。
まずはコメントで言われたように、魔術無効の範囲の検証をしようと思った。
その情報でボクの取れる手段が決まってくる。
風の魔術を隣の隊と戦っている敵兵に向けた。
魔術は発生させられない。
次に少し離れた場所から風を起こしてみた。
ボゥンという音と共に隣の敵兵は風に煽られて倒れた。
しばらく風を起こしたままにしていたけど、すぐに魔術無効の範囲が広がってきたのか使えなくなった。
範囲は広げられるのか。
敵の魔術兵隊にも指揮する人間がいる?
風の魔術を発生させる位置を遠ざけてみる。
風は起こせたけど、遠すぎたのか敵兵は倒せなかった。
それにしても敵の兵士の数は多い。
こっちの3倍は居る。
ただ、防具を着けているのは前2列だけであとは普通の服と言っていい。
数合わせなのか、はったりなのか、丸太を持たせるためだったのか。
とにかく前2列だけがまともな兵士というのは重要な情報だ。
今のところローマ軍は先手先手を打たれてる。
策を考えたのはシャザードさんか、それともセルムさんの言っていた『軍師』なる人物か。
反撃を考えるならその策を上回らないといけない。
「敵の魔術無効の範囲は大きいです。ボクのいる辺りからもさっきまで魔術が使えたんですけど、今は使えません」
他の隊が押され気味に見えるので自然と早口になってしまう。
≫範囲を広げられるということですか?≫
「そうみたいです」
≫分かりました≫
≫アイリスさんの視線の高さでは使えます?≫
目の前で小さな風を起こしてみる。
パンと音がした。
「使えます」
≫この戦場の話なんですが、≫
≫当然、味方も魔術無効使ってるんですよね?≫
「はい」
そのことはコメントでは伝えてないはずだ。
≫どうして分かるんだ?≫
≫双方が魔術無効を使っているとします≫
≫片方が使うのを止めたらどうなります?≫
≫ああ、なるほどな≫
≫もう片方は魔術で攻撃してくる訳か≫
≫はい。だから互いに魔術無効を解けません≫
≫膠着状態になるのは必然です≫
――なるほど。
互いが魔術兵隊を持っていて、風の魔術と魔術無効が使えるとそうなるのか。
「それで、何か反撃の手立てはありますか? ボクとしては、単独で回り込んで風の魔術を使っていく方法しか思いついてないんですけど」
魔術兵隊や全体の隊列はすでに話してある。
≫単独だと魔術兵隊に見つかります≫
≫見つかると魔術無効の範囲が広げられます≫
≫そして敵の歩兵に阻まれるでしょうね≫
≫ならどうすんだよ≫
≫リスクはありますが確率の高い手はあります≫
≫マジか≫
≫どんな手だ?≫
≫ど真ん中から魔術兵を吹き飛ばします≫
コメントだけでは具体的な方法が分からなかったので、内容を詳しく聞いた。
話を途中まで聞いてその案に乗ることにする。
「必ず戻ってきますので、なんとか前線を守ってください」
ボクはこの左端の隊のみんなに声を掛けて、ウチの隊に戻ることにした。
戻りながらコメントで具体的な手順の続きを聞く。
途中、空間把握で全軍の様子を探ったけど中央の2隊以外は混戦になりつつあった。
「すみません。反撃開始なんて威勢のいいこと言いながらコメントに頼りっぱなしで」
≫いいってことよ≫
≫お前絶対有用なコメントしてないよね?w≫
≫アイリスさんはちゃんとリスクを取ってます≫
≫それに戦局を変える力もあります≫
≫それで充分です≫
≫選んでるのはラキピだしな≫
「ありがとうございます。あっ、これも付けないと」
ボクは親指を立てて左目に見せた。
コメントにもサムズアップの絵文字がたくさん並んでいく。
それで力が湧いてきた。
――よし!
「戻りました! 戦況はどうですか?」
ウチの隊にたどり着いたので副隊長に聞く。
「持ち直してきたよ。相手は数が多いのに交代してないみたいだからね。ウチの隊だけなら援軍が来るまでなんとかなると思うよ」
「怪我人はいますか?」
「何人かいるけど軽傷だね。つばでも付けておけば治るレベルだよ。そんな暇ないけどね」
――ウチの隊って強いな。
「ちょっとカウダ隊長のとこに行ってきます」
ボクは「通ります」と声を掛けながら、みんなの間を通って最前列の近くまできた。
隊長は最前列で楯を構え、周りに声を掛けている。
後ろには旗を持った兵士とイケメン楽士がいた。
「カウダ隊長! お話があります!」
ボクは盾を腕に装着しながら話しかけた。
ボクの盾は直径が前腕くらいの大きさで小さいけど全て金属で出来ている。
「アイリスか! どうした?」
「ウチの隊はともかく他の隊が援軍が来るまで耐えきれるか微妙です。その戦況を変える方法があります」
「なに!? おい、俺は一旦下がる。前列に1人補充しろ!」
すぐに前列が1人ずつ右にずれて隊長が下がった。
隊の行動に全く迷いがない。
厳しい訓練してるんだろうなと思った。
「グルプッサ。少しの間、隊の指示を頼む」
「はっ!」
旗を持っていた旗手のグルプッサさんが頷く。
え、旗手って偉いのか?
「ここから他の隊を救う手立てがあるっていうのか?」
カウダ隊長は敵に集中したまま、ボクに近づいてきた。
「はい。ボクの魔術を使います」
「魔術? どうやって?」
――来たか。
隊長の中ではボクはただの包帯兵だ。
その認識を変えて、ボクの力を信じてもらう必要がある。
信じてもらうには、ボクのことを正直に話すことしかない。
「――カウダ隊長は最近ドラゴンと戦った女剣闘士の話を知っていますか?」
「女剣闘士? 話は聞いてるがそれがどうした?」
「話を聞いたとき、どんな魔術を使ったかも聞きました?」
「魔術? 空を自由に飛べるとかドラゴンを吹き飛ばしたとか信じがたい話なら聞いたが」
「その女剣闘士はボクです。両方とも本当の話ですよ」
「――はぁ!? いや、だってお前――」
「そのドラゴンを吹き飛ばした風の魔術を使いたいんですけど、敵味方の魔術無効があって使えないんです」
「待て待て待て。理解が追いついてない。どうしてウチの隊にいるんだ?」
「あとで説明します。それより今の状況をなんとかするのが先です」
「――それはそうだ。分かった、今は全部飲んでやろう。それでどうするんだ?」
「ボクが魔術が使えるところまで敵の隊列に入り込みます。入り込んだら敵の魔術兵隊を吹き飛ばし、魔術を使えないようにします。合図を送るので味方の魔術無効も使うのを止めさせてください。その後、他の敵も吹き飛ばします」
「――大筋は分かった。敵陣に入り込むのはどうするんだ? お前だけじゃ死ぬだろ」
「そこで相談です。何人か手伝ってもらえないかと思ってまして……」
「おいおい、何人かで出来ることかよ? 俺のかわいい部下たちを殺す気か?」
「勝算はあります。敵は前2列しかまともな装備を持っていません。前線でプレッシャーを掛けて貰えれば敵はほとんど素人です」
「どこでそんな情報――いや、待てよ。確かに敵さん交代してないな。さっきから相手の顔ぶれが変わってない」
「ボクの知ってることを総合すると、これが一番可能性が高いんです」
「――隊を危険に晒して全面的にお前と、そしてお前の能力を信じることになるな」
カウダ隊長は左右の隊を見渡した。
「分かった。このまま援軍が遅れればウチも挟み込まれる。多少の賭けは必要か」
隊長は苦い顔をする。
ボクも空間把握してみたが、他の隊はかなり押し込まれきている。
「おい! お前ら! 命を張ってでも功績を上げたい奴はいるか!」
カウダ隊長はよく通る声で剣を掲げた。
「おう!」
何十人も剣を挙げる。
そこから素早く12人選んで指示をした。
「方陣で敵に突っ込め。外8内4、中心はアイリス。ウチの隊の前線も押し上げる」
方陣というのは正方形の陣形のことらしい。
前後左右、全方向に強いので敵陣に入り込むには適切だろうとのことだった。
「アイリスの合図で魔術無効を止めさせればいいんだな?」
隊長が正面を見ながら言った。
「はい」
「あの合図苦手なんだよ」
隊長は苦笑しながらボクを一瞬だけ見る。
そんなに嫌なものなんだろうかとボク自身の首筋にも使ってみた。
パチッ!
くっ!
自然と腰が反る。
声こそ出なかったけど、これは確かに嫌だ。
「お前ら任せたぞ。あと、アイリス。この12人はお前が降り注ぐ矢から助けた人数と思え。遠慮なく生かして勝利に導け!」
隊内部で方陣を組み、隊の前線を押し上げてから敵に切り込んでいく。
まともな敵はやっぱり最初の2列だけだった。
3列目以降は防具どころか剣もほぼ素人でまともに扱えていなかった。
ボクを中心にした方陣は敵を転がしながら少し方向を変えて前進していく。
敵陣の真っ直中と言うのに余裕すら感じる。
結局、魔術が使えないまま最後尾までもう少しというところまでやってきた。
空間把握では、この最後尾のあとに10メートル以上の隙間がある。
そしてその後ろに魔術兵隊と思われる集団がいる。
最後尾を抜けたら魔術が使える場所まで走ればいいか?
――あれ? なんかおかしいな。
周りが全く前に進んでないことに気付いた。
激しく楯を叩く音。
よく見ると、進行方向にいる敵兵たちの動きが素人じゃない。
ゴッ!
剣が楯に激しくぶつかる音。
ボクの傍まで味方の前衛が吹き飛ばされる。
飛ばされて出来た隙間をすぐに別の味方が埋める。
ただ、その味方もすぐに吹き飛ばされた。
左右の味方がフォローに入る。
ボクも盾を構えて臨戦態勢になった。
剣はすでに抜いている。
「前衛! 進めないのか? まずいぞ!」
後衛の味方が声を出す。
前進できないことで、後衛側にも敵兵が集まって攻撃してくる。
相手が素人とはいえ、足を止めたまま多数を相手にするのは危険だ。
前衛側をなんとかしないと。
進行方向にいる敵兵の武器は、大剣、曲刀に槍と統一感がない。
強いのは5人?
その5人の雰囲気に懐かしさを感じる。
――相手は剣闘士かも知れない。
しかも剣闘士としてもかなり強そうだ。
そうこうしている間に、前衛に残っていた2人は敵兵の連携攻撃にやられ、前のめりに倒れた。
敵兵たちとボクが向き合う形になる。
「――女?」
敵兵の1人がボクを見て言った。
前衛はもういない。
やるしかない。
「おい、攻撃待て。お前、アイリスか?」
別の敵兵がそう言った。
ああ、そうか。
シャザードさんの反乱には養成所の剣闘士もたくさん居た。
ボクを知っている人が居てもおかしくない。
「アイリスってあの巨人3匹やドラゴンと戦った?」
「ああ」
「どうなんだ?」
それはボクへの質問だったんだろうか?
後衛側の味方がボクの方に転がってきた。
「嬢……。逃げろ……」
助けたいけど魔術なしじゃ無理だ。
ボク1人でも前に進むしかない。
1秒でも早く魔術を使わないと。
「テスなんとかでボクが魔術を使うまで我慢していてください」
≫テストィドな≫
「テストィドです!」
そう言いながらボクは前に出た。
5人の内の2人は躊躇なく、攻撃してくる。
ボクはその攻撃を寸前で避けながら素通りして突破する。
まず5人抜けた。
その3メートルほど先には1人男が立っている。
長い剣が横薙ぎに振られた。
ボクは思わず歩みを止める。
「そいつはパロスの18位だ。降伏しろ」
後ろから声が掛かる。
彼らもボクを囲むように近づいて来ている。
早く抜けないと。
それに八席が目標なんだ18位には負けていられない。
ボクが動こうとする前に目の前の男が動いた。
斜めからの切り下ろし。
長い剣なのに速い。
でも電子は見えている。
ギリギリで避ける。
――よし。
安心した瞬間、次の攻撃の電子が見えた。
水平の横薙ぎ。
――な!?
避けきれない。
盾を構える。
ガンッ!
盾は弾かれ、ボクの身体が泳ぐ。
更に斜め下からの攻撃。
ボクは剣を向け攻撃を滑らせた。
ザリッという音と同時に、真上から振り下ろされる電子が見える。
盾も剣も腕ごと横に流されてて使えない。
盾は腕から外れて辛うじて持っているだけになっていた。
ボクは曲芸的に頭と右肩を動かしてそれを避ける。
いや、避けきれずに攻撃が掠った。
掠ったのは胸だけど鎖帷子に当って変形しただけだ。
胸が柔らかくてよかった。
危なかったと考える間もなく、剣が地面に届く前に右肩の外側を中心にした電子が見える。
横薙ぎ?
もうボクの身体で動かせるところはない。
両足を刈り取るような刃の動きが始まる。
間に合わない!
ボクは自分の両足に直接電気を起こす。
足の筋肉が縮んで折り畳まれ、お尻から地面に落ちた。
必死すぎて剣が当たったかどうかすら分からない。
再度、真上から剣が振り下ろされつつある。
ボクはお尻から地面に落ちた状態だ。
自分の足も手もどうなっているか分からないけど、回避が間に合わないということだけは分かる。
剣が落ちてくる。
ボクはそれに合わせて首をひねる。
落ちてくる剣の側面に合わせて、兜の鶏冠っぽい金属で弾いた。
ギンッという金属の音が兜内に反響する。
剣が地面を叩くが、構わず切り替えしてくる。
しつこい。
付き合ってられない。
何かないか?
盾を投げる?
今は無理。
風は?
魔術無効化中。
――あれ?
魔術無効化中なのに首筋への電流は使えた。
マリカが魔術使えるのは見える場所だけ。
断片的な思考の中で1つアイデアが生まれる。
横薙ぎの攻撃を剣の柄で弾く。
ボクの剣はそれで地面に落ちる。
次の攻撃までの間に盾の後ろの大きな範囲に風の魔術を発動した。
パンッ!
盾は相手の顔に飛んでいく。
よし、魔術兵から見えない場所なら魔術が使える!
ガンッ。
驚いたことに彼はそれに反応して肩で防いだ。
ただ、彼の攻撃は止まった。
ボクは立ち上がり、ふっと相手の前に身体を投げ出す。
パロス上位に通用する戦い方は1つしか知らない。
ルキヴィス先生が第九位のセルムさんと戦ったときの動き。
それをトレースする。
その動きの中でボクは腰からナイフを抜く。
相手は剣を突き出してくる。
それをギリギリ避ける。
相手の動きは硬直した。
次の動きの電子はない。
ボクは倒れ込みながらガラ空きの太股にナイフを刺しこんだ。
肉に刃物が刺さる嫌な手ごたえ。
ボクは一旦転がりながらその勢いで立ち上がって駆けた。
下は岩だらけなので所々痛い。
でも最後の1人を抜いた。
そのまま魔術兵隊に向かう。
風の魔術がいつ使えるようになってもいいように上空で発動を試みておく。
近づくと恐ろしいものを見えてきた。
ずらっと並ぶクロスボウ。
いやいやいやいや。
ボクは賭けに出ることにした。
なるべく彼らに近づけるように全力で走る。
走りながら彼らの指の電子に注目した。
「撃て!」
指への電子が見えた瞬間、腕で頭を庇って、岩の窪みに転がり込む。
岩にぶつかった痛みなのか矢の痛みなのか分からないまま顔を上げた。
すぐに魔術を発動してみる。
風の魔術が使えていた。
ただ、威力が弱いのでまだ魔術無効の影響を受けている。
ボクは立ち上がりながら更に前に出た。
さっきの前列がしゃがんでクロスボウを持った二列目が見える。
ボクは無我夢中で全力の風の魔術を使う。
ボァン!
音と共に突風が吹き荒れた。
魔術兵隊は後ろから風に煽られ倒れた。
ただ、クロスボウから矢は発射される。
岩の窪みは見当たらない。
「間に合え!」
その場に伏せながら、横風を起こす。
風は無事に起こり、矢は全て吹き飛ぶ。
――なんとか間に合ったか。
その後、敵の魔術兵隊は思いっきり遠くまで吹き飛ばした。
すぐにカウダ隊長を探して電気で合図を送る。
味方側の魔術無効も解除され、立っている敵の歩兵はことごとく吹き飛ばした。
一緒に敵陣を抜けたみんなは無事だろうか?
風の魔術を使い始めたら腹這いになるように伝えてあるのでそれを信じるしかない。
ただ、1人だけボクに向かってくる敵兵がいた。
ボクに連続攻撃をしてきた第18位の元剣闘士だ。
何度吹き飛ばしてもボクに向かってくる。
太股にナイフが刺さったまま。
たどたどしく歩きながら、距離があるのに殺意の籠もった目だけがギラギラとよく見えた。
その様子にボクは鳥肌が立つ。
結局、彼は味方の兵士たちに捕らわれた。
ボクは近づくのも怖くて、横目に見ながら味方の治療に向かう。
包帯兵としての戦いはまだ終わってない。
助けられる命は助けてみせる。
≫あれ、援軍じゃないか?≫
≫ようやくかよ≫
ボクは遠くに視線を向けた。
視線の先で味方の援軍が合流しているのが見えた。
次話は4月1日の±2日くらいに更新する予定です。




