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第59話 劣勢

 ウチの隊に何秒かの間、矢が降り注いでいた。


 楯に当たるコココッという音が生々しい。

 それにしても、カウダ隊長に電気の合図を送ってすぐに対応できるのには驚かされた。

 隊長の指示も的確だけど、隊全体の行動も早い。

 普段から厳しい訓練をしてるんだと感じる。


「テストィドを維持したまま立ち上がれ!」


 ≫テストゥドは楯で亀になる密集隊形らしいぞ≫


 なるほど、そういう隊形だったのか。

 みんなが立ち上がったのでボクもそれに従う。

 目視で状況を確認してみる。


「っ!」


 ウチの隊以外の状況はあまり良いものとは言えなかった。

 倒れている人が多い。

 ざっと見ただけでも、足や腕に矢が刺さっている人がいた。

 死人もいるかも知れない。


 ≫うわっ、ひでえな≫

 ≫なんか当たってた音は矢か≫

 ≫状況がまるで分からんのが怖いな≫

 ≫一般兵の視点だとそんなもんだろ≫


 戦況は良くない。

 ボクは後方にいる味方の魔術兵隊に空間把握を向けた。

 そちらは被害もなく大丈夫そうだ。

 矢が届かなかったんだろうか?


「テストゥドは維持したままピルムを準備しろ」


 カウダ隊長が声を張り上げた。


「ピルム?」


「投げ槍だね」


 副隊長が答えてくれる。

 

「隊列戻せ!」


 カウダ隊長が声を張り上げると、密集状態から手を伸ばせるくらいの状態に戻る。

 それでボクの場所からも敵兵が見えた。

 ぞっとするくらい数が多い。


「構え!」


 魔術兵隊の居る後方からブオーと低い音が鳴った。

 上空に風の魔術が展開されたのが分かる。

 空気が圧縮されてる訳じゃなく、強い風だけが起きてる。


「魔術支援ありだ! 投擲(とうてき)!」


 隊のみんながピルムを投げる。

 風に乗り、投げられた槍は敵に向かっていく。

 でも、それは敵の直前で失速して向かい風に煽られ落ちたように見えた。


「敵の被害なし。迎撃体勢(げいげきたいせい)! 味方の狼煙(のろし)は上がってる! 援軍が来るまで持ちこたえろ!」


 プーと高めのコルムの音が響く。

 狼煙なんていつの間に?

 後ろを向くと、確かに黒い煙が立ち上っていた。


 ≫援軍はよ!≫

 ≫何分くらいで来るんだ?≫

 ≫野営地からここまで5分くらい掛かったぞ≫

 ≫準備合わせて10分から15分かな?≫


 そんなに掛かるのか。

 他の隊の状況はどうなんだろう?

 両隣を空間把握してみる。


 怪我人は多いかどうか分からないけど、隣の隊が維持できているのは4列くらいだ。

 

「副隊長。他の隊の治療を手伝うのってダメですか?」


「ん? そうだね。被害状況にもよるが……」


 副隊長は左右の隊を少しの間確認していた。


「うん、他の隊の被害は大きそうだね。我々が生き残るためにも他の隊を維持した方がいいかもしれない」


 早口でそう言う。


「それじゃ」


 ボクも釣られるように言葉が早くなった。


「問題はキミの守りをどうするかだが、考えている暇はなさそうだ。当てはあるかい?」


「当てはないですけど、危なくなったら逃げます」


「分かった。健闘を祈るよ」


「怪我人が出たら呼んでください」


 ボクは急いで左隣の隊に駆ける。

 左を選んだのはなんとなくだ。

 クラピカ理論ってやつかも知れない。


「治療の手伝いに来ました。怪我の酷い方いませんか?」


「女? あ、いや助かる。足に矢が刺さってる兵士の治療頼めるか?」


「はい」


 ボクはすぐにその人の傍に行く。

 足の甲に矢が刺さっていて血まみれだった。

 かなり痛いらしく、兜から見えてる顔中が汗だらけだった。


 ≫うえ、痛そう≫

 ≫生々しいな≫


 ボクはすぐに足首に触れて、神経を流れる電子を停止させる。


 神経の場所は戦いの先読みでいつも見ているので良く知っていた。

 体内にある神経の電子を止めるには、少なくとも相手の肌にしっかりと触れないといけない。

 体内というのは他人の魔術の影響を受けにくい。


 問題は矢をそのまま抜くと傷口がぐちゃぐちゃになってしまうところだった。

 矢の先端の金属部分は抜きにくいように矢印状に尖っている。


 迷ってる時間はない。

 ボクはメスを取り出して、矢の刺さってる部分に差し込んでいった。

 電流を流しているので、バチバチという音と肉の焦げた臭いがする。


 矢の先は金属なので、電子が自由に動き回ってるから場所は簡単に特定できた。

 素早くかつ慎重にメスを入れて矢を抜く。

 抜くときに矢の金属部分に電流を流して火花を飛ばし止血する。


 ≫グロ≫

 ≫下手するとBANされるな≫


 BANされて配信が停止するのはまずい。

 傷を見たり治療するときは、左目を閉じて配信に映さないようにしよう。


「おい、女の包帯兵。どうやったんだ? 全く痛くなかったぞ?」


 質問には簡単に答えて次の怪我人に移った。

 なるべく早く治療していったつもりだったけど、やっぱり時間は掛かる。

 何分経ったかは分からないけど、4人治療したところで敵が目前まで来ていた。


 怪我人はあと7、8人はいる。

 このペースじゃ間に合わない。


 そんなことを考えながら5人目の治療を始めたとき、敵兵がなだれ込んできた。

 丸太を持って突っ込んできたらしい。


 まずい。

 隊は3列目までが総崩れ状態だ。


 ざっと目視すると、見える範囲全てがその状態らしかった。

 ウチの隊は大丈夫だろうか?

 味方の魔術兵隊は、風の魔術で牽制とかできなかったんだろうか?


 そこまで考えて敵側にも魔術を使える人間がいたことに思い当たった。

 最初のピルムはそれで届かなかったんだと気付く。


 もしかして、互いの魔術兵隊同士が魔術無効を使いあってる状況なんだろうか?

 試しに空中に風の魔術を展開しようとしたが出来なかった。

 やっぱりそうか。


 叫び声や怒声が戦場を埋め尽くし、何が起きてるか全く分からない。

 敵の兵士はボクのところまで入り込んでいないので、なんとか持ちこたえているんだろう。


「っ、早く、してくれ!」


 腕に矢が刺さっている兵士に()かされた。

 次に治療する兵士だ。


 戦況は更に悪くなっている。

 ボクが治し続けてもそれ以上に怪我人が増えればジリ貧になる。

 この隊だけ維持しても他で突破されれば負ける。


「お待たせしました。次どうぞ!」


 1つ考えが浮かぶ。

 ――片手で1人を治療できれば、両手で2人いけるんじゃないか?

 無茶なのは分かってるけど、無茶でもしないと無理だ。


「おい! なんで片手しか使ってないんだ?」


「すみません」


 矢の先に電気だけ通して、兵士自身に矢を抜いてもらう。

 これなら片手で治療できるかな?


「時間がないので2人同時に治療します!」


 それからは時間が分からないくらいに集中した。

 2本のメスをアルコールと電気で消毒しては麻酔を掛けて次々に治療していく。

 ピンポイントで神経や血の状況が手に取るように見えていた。


 問題は、こんな状況なのに兵士たちの下半身に血流が集まってたことだった。

 血流を見てるのでどうしても分かってしまう。

 1人だけじゃなくて、ボクが肌を触れるとみんなそんな状態になっていた。


 死の危険が迫ると生殖本能が増すみたいな話を聞いたことがあるけどそれだろうか?


 こんな状況で劣情を抱かれてることに嫌悪したけど、もうそういう条件反射だと思うことにして乗り切った。


 気が付くと、10人くらいの応急処置が終わり、あとは軽傷だけになる。


「一旦、帰ります」


 後方に離れ、すぐに空間把握する。

 ウチの隊まで10メートルもないけど今はコメントとやり取りする時間が欲しいのですぐには戻らない。


 中央のウチの隊と今居た隊はなんとか維持できてるけど、他の4つの隊は押し込まれている。


「相談いいですか?」


 ボクは左目に向けて手のひらを見せた。

 質問のサインだ。


「今、6隊の内、中央の2隊は維持できています。でも、両端の4隊は崩れそうです。何かボクにできることはありませんか?」


 ≫あの突風の魔術は使えないのか?≫


魔術無効(アンチマジック)が敵からも味方からも使われてて無理そうです」


 ≫もう空飛んで逃げるとか≫

 ≫それも魔術無効(アンチマジック)で無理だろ≫


「何か思いついたら気軽にお願いします」


 ウチの隊に戻る。

 副隊長がいつも持ってる長い棒で隊列を余裕なく維持している。

 怪我人がいるかどうか聞いてみるが、混戦で分からないらしい。


 全体を確認するためにまた空間把握を使う。

 右端の隊はまだなんとかなっている。

 問題は左端の隊だ。

 かなり崩れてきているように感じた。


 ボクはまた戻ってきますと伝えて、その左端の隊に向けて走る。


 大きな楯もまともに持てず風の魔術も使えない今のボクができるのは治療くらいだ。

 50メートルくらいなので10秒ちょっとで

右端の隊に辿りつく。

 辿り着くと想像していたよりも酷い惨状だった。


 配信に見せるとまずい。

 思わず、左目を閉じる。


 ≫また見えなくなった≫

 ≫グロいんじゃないか?≫


 何人も兵士が倒れていて、80人いるはずの隊の半分にも満たない兵士たちがなんとか楯を構えている状況だった。


 矢が刺さったまま、片腕だけでフラフラと敵に楯を向けてる様に絶望しそうになる。

 足に矢を受けてるのに膝をついて必死で楯を構えている兵士もいた。


 隊の外側では馬や人が倒れている。

 更に向こうでは騎兵隊が併走するように動いているのが見えた。

 敵味方の区別はつかないけど500騎以上はいる。


「くっ」


 考えるより先に足が動き、命を拾うためには何ができるかが考え始める。

 いちいち矢なんて抜いていたら間に合わない。

 とにかく血を止めないとダメだ。


 ボクは視界が狭くなっていき、赤血球だけが見える状態になっていた。

 この血が命なんだと自分に言い聞かせる。

 左手にメス、右手にナイフを持ち、それをバチバチとさせながらとにかく血を止めていった。


「包帯兵です! 怪我を見せてください!」


 大声で言いながら次から次へと血を止めていく。

 最前列も少しずつ交代して貰いながら、全員の血を止めるつもりで兵士たちに混じって止血する。


「援軍がくるはずです。それまでなんとか持ちこたえましょう!」


 それでも敵の圧力にじりじりと後退させられる。


 止血は命を繋ぐための行為で、欠けた戦力を維持するものじゃないことに気づかされる。


「あと一押しだ! 例のいくぞ!」


 敵の隊長と思われる声が聞こえた。

 数秒後、一斉に楯と楯がぶつかる音が聞こえる。


 次の瞬間、最前列が一気に崩れた。


 2列目が後退して、その列だけで戦線を維持する。

 さっきまで最前列だった味方の兵たちには剣を突き立てられているのが見えた。


 ――なんだこれ。


 味方の死を目の当たりにして頭が真っ白になる。

 怖いというよりもショックだった。


 ドドドドという地響きが聞こえたので顔を向けると、敵の騎兵隊の束がこちらに向かってきている。

 矢は引き絞られて照準はこちらを狙っていた。


 ……なんだ、これ。


 味方2列目の一角が崩れ、そこに殺到するように敵兵が湧きだしてきた。

 それで何かが崩れる。


 ……あ。

 ぽつんとした感情が落ちた。

 覚悟もなにもなく絶望を見てるだけのボク。


 ただ出来事がスローモーションに見えていた。

 音もない静かな世界。

 あっけない。


 終わる?

 ああでも仮の姿だし。

 あれ? でも何か大事なことを忘れている?


 大事なことを思い出したくて一所懸命考えた。

 絶望を前にしてもそれだけは思い出しておきたい。

 最近のことだったはずだ。


『マリカ、競争しない?』


 ボクの声。


『そういうこと! アイリスが帰ってきたときびっくりするくらい強くなってるから』


 マリカの声。


 この世界でのたった一つの約束。


 そうだった。

 思い出した。

 思い出せた。

 ダメだ。

 終われない。


 世界が音を取り戻し、動き出す。

 状況が絶望的なのは変わらない。

 どうすればいい?


 ≫全力で魔術を使ってください!≫

 ≫この場所なら使えるかも知れません≫


 っ!?

 考える前に上空に魔術を展開していた。

 それを向かってくる敵の騎兵に放つ。


 バンッと弾けるような音と共に馬たちは煽られ、慌てて放った矢も吹き飛んでいく。


 殺到してる敵兵にポイントを絞って風を放つ。

 彼らは突風をまともに受けて次々と折り重なるようにに倒れていった。


 魔術が使える!

 閉じていた思考が開放されたような気分だった。


 余裕が出てきたボクは混戦してる敵兵たちの首筋に電流を流していく。

 敵兵たちは「うおっ」という声と共にビクッとなり、その隙を突かれて味方の兵たちに楯で押し戻されていた。


 カウダ隊長の合図にも使っていたこの電流は、金属製の鎧の近くに素肌があれば使える。


 ≫前線を今の位置まで下げてください≫

 ≫前線を下げたら立ってる者は吹き飛ばして≫


「前線をここまで下げてください!」


 出来る限りの声で叫ぶ。

 兵たちはすぐにボクの声に従った。

 残りの立っている敵を全て吹き飛ばしていく。

 倒れてる味方が見えた。


「彼らを救うために前線を戻していいですか?」


 配信に向かって問いかける。

 手のひらを左目に向けながら言った。


 ≫もちろんです≫


「前線を倒れてる味方の位置まで戻してください! 味方を救えるだけ救います!」


「おう!」


 ボクの声に傷だらけの兵たちは従ってくれ、なんとか前線を戻すことができた。

 よし。

 絶望は回避できた。

 次は――。


 ≫敵はアイリスさんの魔術に対応できてません≫

 ≫隙を突けばまだ十分に挽回は可能です≫

 ≫どうしますか?≫


「そんなの決まっています」


 ボクは戦場を見渡してから拳を握る。

 覚悟を決める。


「もちろん挽回、いえ、ここから反撃開始です」


 身体中に力が(みなぎる)るのを感じた。

次話は来週中の予定です。

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