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第52話 丁寧語の視聴者

 火災現場から迷いながら、なんとか養成所まで帰って来ることが出来た。

 街の所々に居た兵士に聞いてだけど。


 養成所の部屋に着いてからも、マリカはなかなか帰ってこなかった。


 彼女のことが心配だったけど、またあの火災現場に戻る気も起きない。

 セルムさんやもう1人の若い声の男に会うのは嫌だったし、これ以上は目立ちたくない。


 だから彼女を部屋の中で待っていた。

 待ちながらライブ配信で話して状況を確認することにする。


 今回の戦いで気になったのはセルムさんが事前に広げた魔術無効(アンチマジック)の存在だ。

 あれをされると能動的(アクティブ)な魔術はほぼ使えない。


 例外があるとすれば、自分の身体の内で使う魔術になる。

 ボクが今出来るのは、電気で筋肉使うとか痛みを止めるとかになるかな。


 ≫クなんとかが使う魔術無効(アンチマジック)とは違うの?≫


「クルストゥス先生のことですか? 先生が使う魔術無効(アンチマジック)は既に展開された魔術に使うものです。違うかどうかはちょっと分かりません」


 ≫当人に聞いてみるのは?≫


「そうですね。クルストゥス先生にはまだ会えなさそうなので、カーネディアさん経由で聞いてみます」


 ≫カーネディア?≫


「クルストゥスさんの助手をしている女性です」


 ≫最近、朝来てる奴隷のお姉さんか≫


「はい」


 魔術無効(アンチマジック)については使える人に聞いてみるのが一番早い気がする。

 あの淡い光の範囲がやけに広かったし。


「次に気になるのはセルムさんの言ってた軍師ですね」


 ≫その軍師について分かってる情報は?≫


「確定してるのは組織の仲間が傷つけられたら報復することをルール化した人物ってことくらいです」


 ≫ヤンキーみたいだな≫


「意図は分かりませんけど、組織をまとめる目的なんでしょうね。あとは憶測ですけど、陽動のために放火を指示した可能性があります」


 ≫目的のためなら手段を選ばないタイプか≫

 ≫戦争するんだからそのくらいは普通だろ≫


 戦争。

 その言葉を見てショックだった。

 ボクの生活圏で、ボクの知っている人たちがその戦争の当事者、というその意味の重さが衝撃だったのかも知れない。


 ≫でも陽動ってことはもう逃げてるかもな≫

 ≫ローマって城壁あるんだっけ?≫


「すみません。城壁については分かりません」


 何度か空に上がってるのに城壁があるかどうかまでは確認してなかった。


 ≫まあ、城壁のあるなしは重要じゃないか≫

 ≫問題はローマ市から脱出できたかどうかだな≫


「ローマから脱出したかどうかもダメ元で聞いてみます」


 ≫皇帝とか有力者の暗殺に向かうって線は?≫

 ≫そっちもありっちゃありか≫


「暗殺するなら怪物を逃がしたときに実行してる気もします。戦力的にはそのときの方が分散してたと思うので」


 あの第一皇子についていた親衛隊のエレディアスさんだっけ?

 暗殺するなら、彼のような強い人間が怪物と戦っている間の方がずっと効率がいいと思う。


 ――なんだか怖い考えになってしまってるな。

 頭を振って気持ちを切り替える。


 ≫確かに暗殺するなら怪物出てきてたときか≫

 ≫どっちにしても聞いてみるしかないな≫


「そうですね」


 反乱の状況については教えてくれないだろうけど、皇宮や市街の警備状況とかは教えて貰えるかも知れない。

 そっちの線で聞いてみよう。


 ≫あのー、少しよろしいでしょうか?≫


 次の話に移行しようと思ってたとき、そんなコメントが目に入った。


「はい。なんでしょう?」


 ≫剣闘士の養成所はいくつあるか分かります?≫


「養成所の数ですか。今は分からないのであとでもいいですか?」


 ≫もちろんです。剣奴のいる所をお願いします≫


 剣奴のいる所?

 いない養成所があるってことだろうか?


 ≫なんでそれを今聞く必要があるんだ?≫


 このコメントは丁寧語の人とは別の視聴者だろう。


 ≫脱出時の規模を予測するためです≫

 ≫他の養成所も脱走者がいるでしょうから≫


 あ、そういうことか。

 この養成所の脱走者が40人として、他の養成所からも脱走してるとなると闘技会のときの20人と合わせて100人以上になってるかも知れない。


 剣闘士以外の協力者がいる可能性だってある。

 あれ?


「剣闘士以外の協力者がいた場合って、規模の予測が難しくないですか?」


 ≫今回の脱出は大半が剣闘士だと思いますよ≫

 ≫もちろん、協力者がいる可能性もありますが≫


「どうして大半が剣闘士だと思うんですか?」


 ≫城壁を正面突破した方が都合がいいからです≫

 ≫あ、補足ですが城壁は存在してると思います≫


 城壁は存在してるのか。

 歴史上の古代ローマにもあったのかな?

 それはいいとして、正面突破の方が都合がいいというのはどういうことだろう。


「正面突破ですか。城壁の門を守っている兵士を倒して外に出るってことですよね?」


 ≫そうです≫


「確かに正面突破するなら戦い慣れてる剣闘士だけの方がいいってのは分かりますけど、どうしてその方が都合がいいんですか?」


 ≫強さを宣伝するためですね≫


「せ、宣伝?」


 どういうことだろう。


 ≫強さを宣伝して仲間を増やします≫


「えーと」


 仲間を増やしたいというのは分かる。

 そのために宣伝するというのも分かる。

 でも、城壁を正面突破するのと宣伝が結びつかなかった。


 ≫では想像してみてください≫

 ≫強さ不明の反乱組織に参加したいですか?≫

 ≫一方ローマに連戦連勝してる反乱組織なら?≫


「――あ」


 そうか。


 今、反乱に集まってるのはシャザードさんを直接知ってる人が多いと思う。

 シャザードさんの強さや魅力、思想に同調して参加してるんだろう。


 それで集められる人の数には限界がある。

 逃げるだけならその数でもいいかも知れない。

 でも、シャザードさんの目的は奴隷の国を作ることだ。


 国を作ることが出来るくらい人を集めるには、シャザードさんたちがローマよりも強いことをアピールしていく必要がある。

 奴隷の人々に希望を与えないといけない。


 そのためには、こそこそ城壁を越えてもアピールにはならない。

 正面突破する必要があるということか。


 ≫まあ、全部推測ですけどね≫

 ≫根拠が全くないという訳ではないですが≫


「分かりました。明日、正面突破したかどうかもダメ元で聞いてみます」


 ≫そこはあまり聞く必要がないですね≫

 ≫推測が正しければ近い内に分かるはずです≫

 ≫反乱側がローマに勝利した噂が広まります≫


「噂ですか?」


 ≫勝利しても話を広めないと意味がありません≫


「あ、サクラとか使って噂を広めるってことですか」


 ≫そうですね≫

 ≫数日中に噂がなければこの推測は外れです≫


「なるほど、あとは噂があるかどうかをどうやって確かめるかですね」


 ≫アイリスさんは診療所の助手なんですよね?≫


「はい? 期間限定でお手伝いしてますけど」


 ≫でしたら治療に来た人に噂を聞いてください≫


 あ、その手があったか。

 治療に来た人なら、来る人来る人に聞いていればどのくらい噂が広まっているか分かる。


「分かりました。なるべくたくさんの人に聞いてみます」


 ≫お願いします。僕としても興味深いので≫


「貴方はいろいろ詳しそうですけど、この配信を見たのは初めてですか?」


 ボクの状況には詳しそうだけど、配信を見ていたというよりも見聞きした様子だった。

 それに丁寧語のコメントというのはボクの配信では今までなかったと思う。


 丁寧語のコメントがないのには理由がある。


 まず、投稿の文字制限が20文字なので丁寧語を使うとその制限に引っかかりやすい。

 あと、コメント用の音声認識の辞書で丁寧語に対応してるのは標準のものと数個しかない。


 ≫そうです。知人に勧められて見にきました≫

 ≫見にきたら真っ黒な配信があるだけでした≫

 ≫そのまま、まとめサイトを読んでたんです≫

 ≫それから急に騒ぎになって今に至ります≫


「そういう経緯でしたか。ともかく、ボクには考えつかないコメントが参考になりました。もしよければ今後もよろしくお願いします」


 ≫ええ。こちらこそお願いします≫


「もう1つだけいいですか? さっき反乱側には連戦連勝が必要とコメントしてもらいましたけど、最低でも何勝が必要だと思います?」


 ≫3勝でしょうね。それで人が集まり始めます≫


「――ありがとうございます」


 やっぱり3勝か。

 ボクが包帯兵として参加するのは、たぶんシャザードさんたちにとっての3勝目になる。

 これまでの用意周到さから見て、そこまでは勝つ算段があるはずだ。


 負け戦の前線の包帯兵って大丈夫なんだろうか?

 どう考えても不味い状況しか思いつかない。

 空飛んで逃げればいいやと思ってたけど、魔術無効(アンチマジック)使われたらどうしようもないし。


 不安で気分が沈む。


「ただいまー! アイリス帰ってる?」


 そこに部屋の外からマリカの明るい声がした。

 ボクはその声にほっとするのだった。

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