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第49話 火

 剣闘士たちの脱走は深夜に起きた。

 時間は何時頃なのか分からない。


 そのとき、ボクは寝ていた。

 急に外の様子が騒がしくなってボクは目が覚めることになる。

 何度も何度も男の声がしていた。


 身体を起こす。

 こっちの夜は本当に暗いので、起きても何も見えない。


 目視を(あきら)め、すぐに空間把握に切り替えた。


 マリカも起きたみたいだけど、彼女は目覚めてから動けるようになるまで時間がかかる。


「ちょっと様子見てくる」


 ボクは死亡フラグっぽいことを言って外に出た。


 コメントにも何も反応がないので、誰もライブ配信を見てないのかも知れない。


 ドアを開ける前に、空間把握を外に向けて様子を探る。

 分かる範囲では特に何も起きていない。


 ボクは静かにドアを開けた。

 月明かりもなく暗いままだけど、怒声(どせい)がよりはっきりと聞こえてくる。


「――らんぞ貴様ら」


「ローマを出られると思うな!」


 ローマを出る。

 その言葉で思い当たる出来事は1つだけだ。

 シャザードさんの反乱。


 ボクは出入り口の方へと向かった。


 出入り口に着くと、外に何人かの人が倒れている。

 そして、いつも閉まっているはずの門が開いていた。


 更に空間把握できるギリギリの辺りを人が走り去っていくのが分かる。

 多いな。

 走り去った人は40人は居そうだった。


 一昨日の闘技会で起きた脱走でシャザードさんについていった人は20人くらいだ。

 20人と40人が合わされば、ちょっとした集団になる。


 でも、そんなことよりも、今は倒れている人が優先か。


「養成所の外にいる方、聞こえますか? ボクは治療魔術が使えます。怪我人はいれば治療します」


 外に出ずにそう呼びかけた。

 今、安易に外に出ると脱走者と間違えられるかもしれない。


「助かる。2人重傷だ」


「分かりました。ボクは剣奴(けんど)なんですけど外に出てもいいですか? 脱走と間違われると困るので許可が欲しいです」


「私に許可を出す権限はない」


「非常事態でもですか?」


「そうだ」


 融通(ゆうずう)が利かないな。

 軍隊は面倒そうだなと思った。

 ボクが包帯兵として参加する非正規隊というところは大丈夫なんだろうか?


「傷にもよりますけど、動かしても大丈夫な怪我ならボクの声のする方にお2人とも連れてきてください」


「明かりを点けてそちらに向かう」


 やってきたのは、怪我人を含めて8人の兵士だった。

 ボクを警戒しているのが分かる。


 怪我人はというと、1人は胴体を刺されていて、苦しそうにしていた。

 もう1人は肩口を押えているが命に別状はなさそうだ。


 ボクは胴体を刺されている兵士の出血をまず止めた。


 赤血球と水のブラウン運動を一方向だけに動かして流れを止めるイメージ。


 そういえば、通常の止血の魔術は、水だけを止めて赤血球は止めないのが普通みたいだ。

 だから、ボクと違って完璧には血が止まらないらしい。


 彼は内臓も少し傷ついていて、血がいろいろなところから流れている。

 魔術の制御が複雑だけど、なんとか一時的な全ての止血には成功した。


 ただ、問題はこれからだ。


「すみません。治療に使うのでナイフ持っていれば貸して貰えますか?」


 さすがにボクにナイフという武器を貸すのは躊躇(ちゅうちょ)していた。

 でも、それがないと治療が進められないと話すと気が進まない様子を見せながら貸してくれた。


 ナイフを借りることが出来たボクはすぐに治療に取り掛かった。


 まずナイフに電子を集め、その電気で肌の上から麻酔を掛ける。

 あのシビレエイを使った麻酔と同じ方法だ。

 それで痛みが引いたのか、兵士の腹筋の力が抜けた。


 次に止血の魔術を併用しながら、彼にナイフを突き刺し、出血したいた部分を電気で軽く焼いて止血する。


 この肉が焼けるような匂いはどうしても慣れない。


 そうして、最後にナイフを抜きながら同時に焼いて止血した。


「ふぅ」


 肩を怪我した兵士も、かなり深く刺されていたけど、応急手当としては止血がちゃんと出来てれば問題なさそうだった。


「あとで化膿しないようにアルカンナの根から取れる薬を塗っておいてください」


 アルカンナは小さな花をつける植物で、根から出る赤い汁が化膿止めの薬にもなるらしい。


「他に怪我の人はいますか?」


 ボクが聞くと、隊長らしき人が「あとは打撲程度で大丈夫だ」と言った。

 そして、ランタンを掲げて「助かった。感謝する」と短くボクに伝えてくる。


「声が若いとは思っていたがまさかこんなお嬢さんだったとはな」


 そう言った隊長らしき兵士は40歳くらいだろうか。


「女神、様?」


 後ろの若い兵士がほおけた表情でボクを見ていた。


「いえ、ボクはただの剣奴――」


 ブオー!


 突然、低い金管楽器の音がした。


 兵士たちの話を聞くと、この音は火事が起きたときの警報のようだった。


 もう一度、警報がなったときに隊長らしき兵士が他の兵士たちに向き直る。


「お前たち2人は怪我をしている2人に付き添い、この養成所の監視の増援を呼んでこい」


「はっ!」


「お前たち2人は監視としてここに残れ」


「はっ!」


「我々2人は念のため脱走者を追う。火事にも関係あるかも知れん」


 兵士たちは姿勢を正すと、闇の中に消えていった。


 ボクも部屋に戻ることにした。

 部屋に戻ると、マリカがちゃんと目覚めたみたいで、明かりを点けて待っていた。


「外で音してたよね? 何か分かった?」


「さっき養成所から結構な人数が脱走したみたい。何人かは分からないけど40人くらい居るように見えた」


「えっ、脱走? しかも40人って」


「シャザードさんに合流するんだと思う」


 それを聞いてマリカは何かを考えていた。


「そういえばアイリスが帰ってくるの遅かったね」


「ああ、うん。兵士の人が2人怪我してたから治療してた」


 兵士たちとのやり取りについて、マリカに一通り説明する。

 そして今、火事が起こっていることも伝えた。


「火事」


 マリカは確認するようにしっかりと発音した。


「私は火事が嫌い」


 火事が好きな人なんてそうそう居ないと思う。

 でも、マリカがわざわざ言うほどだし、何かあるんだろうか?

 両親が亡くなってるという話だし、もしかしたら火事と関係しているのかも知れない。


「あ、そうだ。ね、空飛んで火事がどこで起きてるとか見ることって出来ない?」


「たぶん出来るよ」


 さすがに夜に火事があれば、すぐに分かると思う。


「頼んでもいいかな?」


「うん、分かった。マリカの頼みだしもちろん大丈夫。でもどこで火事が起きてるか見つけたとして、マリカはどうするつもり」


「出来るかどうか分からないけど、私の魔術で火事を消してみたい」


 揺れる炎でマリカの顔が照らされる。

 その顔は真剣な表情そのものだった。

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