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第48話 嵐の前

「おかえり。アイリスに話があるって人が来てたみたいだけど、話出来た?」


 部屋に戻ると、マリカがベッドに寝そべっていた。

 顔だけ上げてボクに話しかけてくる。

 完全に実家の安心感なのはいいけど、胸元が見えていた。


 ≫ほほぅほぅほぅ≫

 ≫こういう安心感から来る隙もいいですな≫

 ≫ノーブラが確信できると着衣も楽しめますね≫


 な、なんだ、この上級紳士たちは……。

 いつもだったら、『谷間キター』だの『おっぱいおっぱい』だの『●REC』といったコメントが踊るはず。


 いや、そういえば最近は直接的なセクハラコメントが少ない気がするな。


 セクハラコメントが少なくなった原因。

 ボクはすぐに妹の澄夏(すみか)の顔を思い出した。

 もしかしてセクハラコメントに制限掛けてるのか?


「どうかした?」


 マリカは邪気のない笑顔をボクに向けてくる。


「えーと、例のライブ配信でマリカの胸元についてのコメントが――」


「胸元?」


 マリカは自分の胸元を覗き込むと、ビクッと飛び起きて両手を交差させる。


「み、見えてた?」


 恐る恐るボクに聞いてきた。


「大丈夫。胸の谷間が少し見えてたくらいだから」


「うっ」


 少し動きが止まったと思ったらすぐに掛け布団を身体に巻きつけていた。

 それでようやく安心したのか、ふぅと息を吐く。


「アイリスはそのライブハイシンよく平気だよね。男の人も見てるんでしょ?」


「むしろ男性がほとんど」


「うわ」


 マリカは苦いものを食べたときのような顔をした。


「それでもライブ配信はボクの故郷との大切な繋がりだけどね。そういえば、マリカ、さっき何かボクに聞いてなかった」


「ああ、うん。お客さんと話は出来たのかなって」


「あ、それ」


「なに?」


「ボクに話があって来てたのは第一皇子なんだけど――」


 簡単に話した内容を説明する。


 昨日、アーネス皇子をグリフォンから助けたことはマリカに話してある。

 だから、皇子が来ていたことにそれほど驚いた様子はなかった。


「せっかく包帯兵にならなくて済んだかも知れないのに、もったいないね」


「皇子がそれを皇妃に頼むと、彼女の機嫌を損ねてボクにとって最悪なことになる気がするんだけど」


「素人が2戦目でドラゴンと戦うことになるとか、もう最悪なことになってると思うけど……」


「そう言われるとそうかも」


 そのあと、グリフォンと戦った話になる。

 風の魔術を使ったという話をすると、マリカはその話を興味深そうに聞いていた。


「そういえば、アイリスってあの風の魔術ってどういうイメージで使ってる?」


「一言で言うと、空気の分子が衝突したときに全て同じ方向に跳ね飛ぶイメージかな」


 ボクは両手の(こぶし)を握ってそれをぶつけ、衝突で左右に分かれるという動作を何度かやってみた。


「うーん。空気がその分子っていう粒で出来てるってのがどうしてもイメージできない。空気は空気でしょ粒じゃないよねって思っちゃうというか」


 それは仕方ないかなとも思う。


 ボクは小学校とか中学校で教わって、そのイメージのことが当たり前になったから、想像できてると思う。


 それに、こっちにきたときに違和感のあった『チカチカ』が、実は空気の衝突のことだと分かったというのも大きい。


 ≫分子の衝突を紙に描くのがいいんじゃ?≫

 ≫立方体の中で分子が飛び回る図な≫


 なるほど。

 教科書に出てくるあの図か。


「マリカ。この養成所に紙とペンってある?」


 マリカにそう聞いてみたけど、どうも紙もペンもそれなりに高価みたいなので、置いてないだろうとのことだった。


 クルストゥス先生なら持ってそうだし、喜んで貸してくれそうなんだけど。


「紙とペンが用意できないなら後回しかな? クルストゥス先生に紙とペンを貸してもらえないか聞いてみる。それよりマリカ、止血の魔術は使える?」


「止血の魔術? 使ったことないけど」


「じゃ、まず止血の魔術からはどう? 水がコントロールできるなら出来ると思うよ」


 ボクたちはこんな調子で、魔術について話したり試したりしながら午後を過ごした。


 いろいろ話しながら、やっぱり黒板のようなものか紙があった方が魔術は伝えやすそうだと思った。


 翌日の朝になり、カーネディアさんがやってくる。


 反乱についての情報は、部外者のボクたちにはもちろん教えてくれない。

 でも、状況そのものは変わっていないことくらいは教えてくれた。


 シャザードさんたちはまだローマ市街にいるんだろうか?

 城壁があるらしいから、そんなに簡単には出られないだろうし。


 ボクにとって重要な話もあった。


「アイリスさんには明日から診療所に通ってもらいます。包帯兵としての技術を学ぶためです。ここから診療所に通いスタッフとして働いてください。行き帰りは私が付き添います」


「え? どういうことですか?」


「これはミカエル様の計らいです」


 え? ミカエル?

 思い出したくない顔を思い出してしまう。


「元々、討伐隊が成立した段階でアイリスさんは包帯兵として参加する予定になっていました。そのことはアイリスさんもご存知ですよね?」


「はい」


「しかし、実は軍隊のルールでは経験がなければ包帯兵として隊に参加できなかったんです。具体的には、兵士として軍医のサポートをしていたか、診療所のスタッフとして働いていたという経験が必要でした」


「そうだったんですか」


「ミカエル様がそのルールを指摘しました。これでアイリスさんに時間的な猶予が与えられることになったんです」


 ≫おお、有能≫

 ≫ミカエルって最初にラキピ襲った奴だろ?≫

 ≫マジ?≫

 ≫なんか嫌な感じだな≫

 ≫ルキヴィス先生に頼ってる時点で今更だ≫


 コメントがボクが思ったことを代弁してくれている。


 確かにこの猶予はありがたい。

 もしも、反乱の討伐が1度で納まればボクは包帯兵として参加しなくても良くなる。


 もし1度目が失敗して、2度目があったとしても、初戦にいきなり参加するよりはかなりマシだと思う。


 問題があるとしたら、これを指摘したのがミカエルという点だけだ。


 しかもアーネス皇子のときとは違い、ボクに選択権はない。

 いつの間にかボクがミカエルに借りを作ってしまった状況になってしまっている。


 ずるずると流されていかないように気をつけないと。


「分かりました。ミカエル様にはボクが感謝していたと伝えてください。あと、クルストゥス先生にお願いがあるんですけど……」


「どのようなお願いでしょう?」


「はい。紙とペンが欲しいのです。今、マリカに魔術のイメージを伝えようとしているのですが、これがなかなか難しくて。それで、魔術のイメージを絵に描いて伝えたいと思っていまして」


「それは確かにクルストゥス様にお願いした方がいいと思います。(こころよ)く用意してくださると思いますよ。悔しがられる姿も想像できますが」


 カーネディアさんが、ふふっと笑いながら言った。


「状況が落ち着いたらクルストゥス先生にも説明しますとお伝えください」


「ありがとうございます。クルストゥス様も喜ぶと思います」


 あとは、ルキヴィス先生からの伝言があった。


 2人とも、これから必要になると思うことを1つだけ身につけておけという短い伝言だ。


 1つだけか。

 ボクなら魔術による治療だろうか?

 それとも、軍隊のような大勢の人間に通用するような魔術?


 マリカは分子の衝突のイメージになるかな?

 酸素分子だけにでもあれが使えたら、マリカの魔術のコントロール力なら恐ろしいことになる気がする。


「ルキヴィス先生には分かったと伝えておいてください」


 その言葉を聞くと、カーネディアさんは皇宮に戻っていった。


 それにしても反乱はどうなってるんだろうか?


 ネットがあればある程度の状況や映像、ありとあらゆる予測やデマまで含めて情報が手に入った。


 それがこの世界では何もわからない。

 それでもカーネディアさんが来てくれるお陰で他の人たちよりはマシなんだと思う。


 マリカに新聞がないか聞いてみたけど、一応あるにはあるけど昨日の出来事が概略で載っているレベルらしい。


 コメントによると古代ローマには活版による印刷技術がないとの話だ。

 情報交換は、朝の髭剃(ひげそ)り店と挨拶周りで行うものらしかった。


 ローマの領土って広いはずだけど、よくそれで回ってるなと思う。

 反乱する側からすると、そういう情報の伝わる速度の遅さや不正確さを突くことになるのかな?


 それから、ボクたちは嵐の前の静けさのような状況の中、生活することになった。


 ボクは朝と夜は養成所に居るけど、昼は診療所のスタッフとして。

 マリカは魔術のイメージを掴もうとずっと試行錯誤している生活。


 カエソーさんは養成所にいない。

 ゲオルギウスさんの話によると、仲間のボディガードとして戻っているようだった。


 ゲオルギウスさんやフゴさんは、魔術が少しでも使えるようになる訓練をしたり、マリカの試行錯誤を手伝ったりしていた。


 でも、そんな生活も長くは続かない。


 4日目の夜。


 この養成所も含めた3箇所の養成所で、百数十人にも(のぼ)る大規模な脱走が起こった。

次話は、26日(火)の午前6時頃に投稿する予定です。

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