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第46話 包帯兵

 シャザードさんの反乱から1日。

 今日は休みなはずなんだけど、ボクたち剣奴は外出禁止ということになっている。

 木剣(ぼっけん)や楯も回収されてしまった。


 昨日は第一皇子のアーネス皇子を介抱したあとかなり疲れた。

 主に精神的な疲れだけど。

 あまり思い出したくないけど、皇子に手を握られたりして困惑した。


 あと、看病が必要だとボクも皇宮に連れて行かれそうになった。


 それは、身分の高そうな中年の男性が「今、見知らぬ者をお側に置くわけにはいきません」と言ったおかげで免れた。

 彼は馬車の中にいた4人の内の1人だ。


 アーネス皇子は、そのあともボクを連れて行く理由を提案していたみたいだけど、やんわりと却下されていた。


 あのグリフォン相手にボクと一緒に戦った彼は、親衛隊らしい。


 名前はエレディアスと言っていた。

 彼は1人でグリフォンと戦ってたくらいだし強そうだ。


「今日どうする?」


 マリカが聞いてきた。

 2人とも自分のベッドに腰掛けている。

 ちょうど身支度を済ませたところだ。


「ボクはちょっと休みたいかな」


 昨日は疲れた。


 ドラゴンと戦って、いっぱい怪物を倒して、空飛んで、人が死んでるところを見て、グリフォンと戦って、皇子を助けてから気疲れもした。


 お風呂にも入れず身体は拭いただけ。

 状況が落ち着くまでお風呂は使えないらしい。


 せっかく、左目を閉じさえすれば動画配信せずにはっきりと見ることができるようになったのに。

 そう、ついに目を開けてお風呂に入ることが出来るようになったというのに!


「私はどうしよっかな。アイリスと違ってほとんど疲れることしてないしね」


 お風呂のことでヒートアップしてると、マリカが背伸びをしながら言った。


「先生たちのどちらかでも来ればいいだけど」


「昨日、アイリスが飛んでいったあとも2人とも姿を見せなかったし、忙しいんじゃ?」


 ルキヴィス先生もクルストゥス先生も、皇族と縁がある。


 ルキヴィス先生はあの強さだし、クルストゥス先生は魔術感知を始めいろいろな魔術が使える。

 どちらも傍にいると心強いだろう。


「2人とも忙しいと思う。話変わるけど、そういえば、グリフォンって強いんだっけ?」


「グリフォン? 昨日戦ったアイリスの方が分かるんじゃない? もちろん強いとは言われてるけど、私は見たこともないし。でも、どうして?」


「昨日、親衛隊の人が1人でグリフォンと戦ってたって話したよね? それで、その親衛隊の人がどのくらい強いのかなって」


「親衛隊ってエリート中のエリートだから、かなり強いと思うよ」


「八席より?」


「それは分からないけど、八席より強くても不思議じゃないかな。あの筆頭と、次席の『闘神』だけは別格な気がするけど」


 マリカのその話を聞いて思い出す。


 昨日、エレベーターの部屋にいた男はマクシミリアスさんなんだろうか?

 空間把握で探ったときはルキヴィス先生に思えたんだけど、一晩経ってみると勘違いのような気もしてきた。


 先生が養成所に来ればそれとなく聞いてみるんだけどな。

 それが原因でここに居られなくなって剣術を教えて貰えなくなるというのは嫌だけど。


 あれ? 筆頭と次席?

 次席って始めて聞く気がする。


「次席の『闘神』って誰?」


「そういえばアイリスは知らないか。パンクラチオンって分かる?」


「パンクラチオン?」


 聞いたことがあるような。

 格闘技だっけ?


 ≫古代の総合格闘技≫


 ああ、なるほど。


「えーと、ボクシングとレスリングを組み合わせた素手で行うスポーツって言ったらいいのかな?」


「今、ライブ配信で教えてもらった。日本にもあるみたい」


「ニホンってなんでもあるね。とにかく、そのパンクラチオンで負けたことがないのが『闘神』。今のところ剣闘でも負けたことないけどね」


「そうなんだ」


「それで、次のトーナメントでこの2人が戦うことになると思うんだけど、どっちが勝つんだろうってみんな話してるみたい」


「その次席の『闘神』がマクシミリアスさん並に強いってこと?」


「私も2人の剣闘は見てるけど、どっちもまだ本気だしてないみたいに見える。だからどのくらい強いかの比較は難しいかな」


 ≫また美少女2人で色気のない会話してるw≫

 ≫残念な美少女って奴かw≫


「トーナメントの闘技大会って、ローマが混乱してる今のこの状況でも出来そう?」


「うーん、どうだろ?」


 マリカが腕を組んだまま黙ってしまった。


「アイリス闘士はいますか?」


 外から女性の声がした。

 誰だろう。

 ここに尋ねてくるような女性の知り合いはいないはずだけど。


 ボクはドアの外を空間把握した。

 この女性は剣を持ってないようだった。


「どちら様ですか?」


 ドアを開けずに返事をする。


「クルストゥスの(つか)いの者です。アイリスさんですか? 貴女が地下で気を失った後に目覚めたとき、一度会っていると思います」


 目を覚ましたとき?

 あ、そういえばクルストゥス先生の後ろで女性が立っていたような気がする。

 顔は覚えてないけど。


 マリカとアイコンタクトしてドアを開ける確認をとる。


「分かりました。今、ドアを開けます」


 ドアを開けると、肩までの茶髪に肌は薄めの褐色、顔の彫が深い女性がいた。

 20代前半のお姉さんといった雰囲気で、目つきは鋭い。


 ≫居たっけこんなお姉さん≫

 ≫さあ?≫


「ありがとうございます」


「いえ」


 何を言ったらいいか分からなかったので、そのまま彼女が話し出すのを待った。

 話すことがあるなら、彼女から話し出すだろうし。


「――現在、クルストゥス様は皇宮にて不審者がいないかどうか監視しております。また、ルキヴィス様もミカエル様の護衛についていらっしゃいます。お二人とも、しばらくはこちらに来ることが出来ないとのことです」


 やっぱりそういう状況か。

 あと、ルキヴィス先生ってミカエルの友だちっていうのを隠すつもりはないみたいだな。


「分かりました。ボクもマリカも元気に練習するとお伝えください」


「承知いたしました。それともう1つ――」


「なんでしょう?」


「エレオティティア様――皇妃にアイリス様を連れてくるように申し付けられております」


 それを聞いた瞬間、ボクは想像の中で頭を抱えた。


 皇妃かー。

 皇妃……。

 嫌な予感しかしない。

 いきたくない。


「分かりました。今からですか?」


 心で駄々をこねながら笑顔で対応する。


「はい。助かります」


「服装は今着ているものしかないですけど、どうすればいいですか?」


「そのままで構いません」


「分かりました」


 マリカが心配そうに見てくるけど、この女性の手前、下手なことは言えない。

 クルストゥス先生の遣いとのことだけど、皇妃には逆らえないだろうし。


「マリカ。じゃあボクはいってくるから」


 ゆっくりするはずだった1日にお別れして皇宮に向かっていった。


 皇宮に向かって坂を上っていく。

 しばらくして見えてきた皇宮はとてつもないものだった。


 ローマ的な太く丸い柱に、白い石や大理石で作られた豪華な建造物。

 現代建築物に劣るとは思えない。

 そういえば前に見たときは夜だったから、明るい中で皇宮を見るのは初めてだっけ。


 良く管理された庭を通り、皇宮の中に入っていく。

 皇宮に入ると、久しぶりにユミルさんと会った。


「お久しぶりです。ユミルさん」


「アイリス様のご活躍は拝見させていただいております」


 紳士的にボクを案内していく。

 そして、以前も通った室内の池のような場所を通り過ぎて、前に皇妃と会ったときと同じ部屋に連れていかれた。


 入ると、そこには寝そべっている皇妃と、うちわのような羽で扇ぐ2人の女性がいた。

 皇妃の衣服は、以前のように身体にぴったりとしたものではなく、少しゆったりしたものだった。


 窓がないこともあって部屋は暗い。


「アイリス様を連れて参りました」


 ユミルさんがそう言ってボクと皇妃の間にいつでも割って入れる場所に立った。

 以前とは立つ場所が違う。

 少し考えて、ボクが強くなったからかなと思い当たった。


「調子いいみたいね」


「運よく生き残れてます」


「ふうん。お前、止血の魔術が使えるって話は本当?」


「まだ未熟ですけど、使うことはできます」


「へぇ、じゃあ、お前を包帯兵(ほうたいへい)に推薦しておいて正解だったね」


「包帯兵ですか?」


「ユミルー。説明して」


「はい。包帯兵というのは、兵士に混ざって応急処置を行う兵を指します。戦場の中で、兵士を応急処置し、軍医の下に届けます」


「今度、反乱の討伐隊が出来るって話があるの。お前は包帯兵として、それに参加できるってこと。優秀みたいだし大丈夫でしょ? ついでに募集の少ない非正規部隊の先鋒の包帯兵を希望してるって言っておいてあげたから」


 以前のように楽しそうという感じじゃなくて、ボクの様子を(うかが)うようにねっとり話してくる。


 ≫先鋒って一番危ないとこかよ≫

 ≫相変わらず性格悪いなw≫


「包帯兵は貴重みたいだから死なないように気をつけてね。生きて戻れたら、ちゃあんとまた剣奴として生きていけるように配慮してあげるから」


「はい」


 ボクは一瞬だけ目を合わせて下を向いた。

 刺激はしない方がいい。

 今は猛獣と同じ檻に入ってるようなものだ。

 好きに話をさせ、無難な反応を返すことに徹する。


 質問があっても、この部屋を出てからユミルさんにした方がいいだろう。


 それにしても、皇妃にどうしてここまで恨まれてるんだろうか?

 ボクが思い通りにいかないからか?

 まさか第一皇子絡みってことはないだろうし。


「なーんか面白くない」


「日を改めますか?」


「もういいから。あとは任せる」


(かしこ)まりました」


 ユミルさんは深くお辞儀をしてからボクと一緒に部屋から出た。


 結局、皇妃はボクを包帯兵にすることが目的だったのだろうか?

 いまいち納得のいかないまま、養成所に戻ることになったのだった。

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