第44話 地下での邂逅
ボクは円形闘技場の外で、マンティコアらしき怪物とキマイラリベリを倒した。
その後、悲鳴が聞こえたので、すぐに大通りに向かう。
大通りに出ると、何十人もの兵士たちが豹のような動物2匹と戦っていた。
大きさは、馬より一回り小さい。
それがとてつもないスピードで暴れ回っている。
≫今度はなんだ?≫
≫速えぇ≫
動きが速すぎる。
動物ではなく怪物かも知れない。
兵士たちは盾を構え、2匹が大通りに向かわないように隊列を組んでいる。
よく見ると、大通りの向こう側に怪物が1匹倒れていた。
更にその向こうの路地には兵士たちが3人倒れていて、それを介抱している1人の兵士がいた。
ボクは怪物と戦うか、倒れている兵士たちを助けに行くかで少し迷った。
いや、迷ってるなら動いた方が早いな。
ボクはそのまま真っ直ぐに倒れている兵士たちに向かう。
途中で、あの怪物2匹に襲われたら返り討ちにする。
そんな雑な考えだった。
「キ、キミっ!」
怪物と兵士たちが戦っている真ん中を駆けていくと、兵士がそれに気付いて声を掛けてくれた。
≫無茶するなあw≫
≫風の魔術知ってから変わっちまったなw≫
ボクはその言葉に頭を下げて、ただ2匹の動きに注目する。
1匹がボクに向けてジグザグに距離を詰めてきた。
いきなり蹴られたサッカーボールが向かってくるような速さだった。
ボクはそれを横殴りに吹き飛ばす。
その怪物はなすすべもなく転がっていった。
いくら速いといっても速度が一定なら風を当てるのは難しくない。
もし、ピンポイントなら当てるのも難しいけど、5mも幅のある風なら簡単に当たる。
もう1匹も同じように向かってきたので吹き飛ばした。
見てると、その怪物の口は耳まで割けていて涎を飛び散らしている。
その異形を見てると怪物っぽいけど、速い以外は他に何もないみたいだった。
ボクは、怪物の動きから風の魔術でジグザグに吹き飛ばすことを思いつき、それを実践する。
飛ばしながら風の魔術で対象を追いかけるよりも、飛んだ先々で吹き飛ばしていく方が簡単に思えた。
ボクはその2匹をジグザグに吹き飛ばしなら結局壁に激突させて無力化した。
≫うわぁ≫
≫風で弾かれまくって壁に衝突とかw≫
今の戦い方だと、倒すには壁か地面にぶつけるしかないのかな。
そして、倒れていた兵士3人の下にたどり着いた。
近くで倒れている怪物はマンティコアだった。
すでに死んでいるのか動かない。
「お、お前はなんだ?」
たった1人で介抱している兵士だ。
少しボクを怖がっているように見えた。
「怖がらないでください。ボクは止血の魔術を使えるんですけど、必要な方いませんか?」
「なに? こ、こいつの血を止めてくれ!」
「――あ」
見ると、1人は右腕がなくなっていた。
その腕の根元は強く縛られている。
更には血が抜けすぎたのがぐったりしていた。
あまりの状況に頭が真っ白になる。
≫これは酷いな≫
≫すぐに止血して≫
そのコメントで我に返った。
ボクは、すぐに傍に寄ると、流れてる血液を感じ取ってその血流を止めた。
「すみません。剣を貸して貰えますか。止血の処置をします」
介抱していた1人は迷いを見せたけど、すぐに剣を抜いてボクに貸してくれた。
「ありがとうございます」
ボクは、剣の先に電子を集め、破れた無数の血管から電子を退避させて、火花を飛ばす。
切断された組織が、少し白くなって肉が焦げたような嫌な匂いがした。
それを20回以上繰り返して血が止まる。
≫スプレーモードっていうらしい≫
≫火花飛ばして止血する方法の名前≫
≫そうそう。電子メスを撫でるように使う≫
電子メスにもモードがあるのか。
時間があるときに他のモードについても聞いておいた方がいいかな?
「止血はしました。しばらく腕の脇の下を強く押えておいてください。他の人の怪我は?」
「あ、ああ助かった。こっちは恐らく手と足の骨が折れてる。そっちは肩を噛まれた」
「肩を噛まれたって大丈夫なんですか?」
「鎧が引っかかって運よく食べられなかった」
肩を噛まれた兵士が言った。
「止血するので、鎧と服を脱いでください」
≫脱いでる間に骨折を診察したいね≫
≫骨が皮膚を突き破ってるかどうかとか≫
「服を脱いでる間に骨折を確認さえてもらっていいですか?」
それからボクは、骨折の確認をしてから止血を行った。
骨折はヒビが入ってる程度らしく、固定しておけば大丈夫とのコメントを貰ったので、それを兵士に伝えた。
「骨折している場所は動かさないようにして、なるべく高いところに置くような体勢を取ってください」
兵士に説明していると、また円形闘技場から怪物が出てきた。
牢だけ開放して地下を徘徊した怪物がランダムに外に出てきてるんだろうか?
もしかしてシャザードさんは地下にもういない?
「もう怪我人はいませんか?」
「たぶん、大丈夫だ」
ボクはそれを聞くと、円形闘技場の地下に向かった。
「久しぶりに円形闘技場の地下にやってきました。初日以来です」
ボクは実況しながら地下を歩いていた。
さっき円形闘技場から出てこようとしていた怪物は、風で柱にぶつけておいた。
地下は薄暗い。
ボクは怪物を察知するために、視覚よりも空間把握の方に意識を置いて歩いていた。
地下で怪物と戦うときの問題は、近くで風の魔術を使うとボクも巻き込まれてしまうところだ。
だから、風の魔術はなるべく遠くで使う必要がある。
ボクは四足の影を遠くで察知しては吹き飛ばして地下を進んでいった。
そのまま進んでいくと、エレベーターのある部屋に出た。
その部屋には誰にいない。
エレベーターのカゴ室もなかった。
地上に出ているのだろうか?
ガツッ!
エレベーターの上の方から音がした。
剣でコンクリートを突き刺しているような音だ。
もしかして、誰かが閉じ込められてるとか?
閉じ込められてる人の可能性として思い当たるのはマクシミリアスさんだ。
彼はシャザードさんとの闘技に現れなかったし、シャザードさんが何か細工してエレベーターに閉じ込めてしまったのかもしれない。
ガツッ!
もしかして、エレベーターのカゴ室に穴を開けて脱出しようとしてるのだろうか?
ボクはエレベーターの隣にある、大きな円盤状の動力を回そうとしてみた。
この円形闘技所のエレベーターは人力だ。
でも、その円盤はボクの力じゃまったく動かない。
誰か呼んでこないとどうしようもないか。
≫何してたんだ?w≫
ボクは一旦、エレベーターから離れた。
次に向かったのは、半階降りた怪物たちの牢だ。
あまり良い記憶はないけど、少し懐かしさはある。
確か、ここを真っ直ぐ行って曲がった牢の中に巨人が――。
え?
空間把握で巨人がいるのが分かった。
巨人は、牢の格子が開いているにも関わらず、全く逃げようとする気配がない。
どういうことだろう?
ボクは巨人が襲ってくるリスクも考えたけど、好奇心に負けてその牢の前に出た。
――あ。
その巨人は、ボクと戦った巨人だった。
しかも、あの土の魔術を使って瓦礫を作り出した頭の良い巨人だ。
向こうもボクに気付いている。
≫うえw≫
≫でかい≫
≫巨人か?≫
「――覚えているぞ人間。我たちと戦って見事勝利収めた者だな」
「え? 話せるんですか? 他の巨人たちへの指示は別の言葉使ってたみたいでしたけど」
≫敬語w≫
≫まあまあ育ちが良いってことで≫
≫育てたものとしては照れるな笑≫
≫そういやお母様がいたんだったw≫
「こちらの言葉は話すなと言われている。して、どのような用件だ?」
「いえ、ここの怪物たちが外に逃げ出しているみたいなので様子を見に来ただけです」
「そういうことか。少し前に、鍵を壊していった男が来たぞ。音を聞く限りでは多くの鍵を壊していたようだな」
「この牢の鍵も壊されてますね」
「そうだな」
「どうして逃げなかったんですか?」
「逃げても無駄死にするだけということは分かっている。お前に膝を壊されているしな。もし、ここから外に逃げたとしても、ローマ市は大きな壁で囲まれている。我々のような身体だとすぐに見つかり殺されるだろう」
「膝は酷いのですか?」
「ゆっくり歩く程度であれば問題ない。ただし、戦いとなり同じ場所を攻撃されるとすぐに動けなくなり、力も出せなくなってしまうだろう」
力?
あれ?
さっき、力に関して何かあったような。
――あっ!
「今は力出せるんですか?」
「出せるが、それがどうかしたのか人間よ」
「いえ、ちょっと手伝って貰いたいことがあるんですけど」
「我らはお前に命を助けて貰った借りがある。なんでも言ってもみろ」
≫ん?≫
≫ん?≫
≫ん? 今、なんでもって言ったよね?≫
手伝って貰えるのは助かる。
「ではお言葉に甘えていいですか? ちょっと場所を移動して、エレベーターを下げて貰いたいんですけど」
「エレベーターだと? どのようなものなのだ」
「地上に出て行く動く部屋です」
「動く? ああ、思い出したぞ。あの石の部屋だな」
「はい。あそこに人が閉じ込められているみたいなので」
ボクは巨人に牢の中から出てきてもらい、エレベーターの部屋まで一緒に移動した。
そして、ボクは隠れた。
怪物を逃がしたのが、ボクと思われるのは嫌だったからだ。
巨人によってゴリゴリと大きな円盤が回されていく。
それと連動してエレベーターも下がっていく。
エレベーターが下がりきると、男が出てきた。
ボクは離れた場所から空間把握で様子を探っている。
「――巨人だと?」
男が言った。
「人間か。物音がしたので動かしてみたのだが、まさか人間が乗っているとはな」
「何故、お前のような巨人しかいない。なぜ言葉を話せる?」
「我しかいない理由など、我にも分からんよ」
あれ?
声も似てるけど、この男の姿。
ボクは空間把握で確認したその姿に驚いていた。
彼は閉じ込められていたからか、鎧や兜は全て外してエレベーターの中に置いてある。
「そうか」
彼は似ていた。
ボクの師であるルキヴィス先生に。
次話は、11日(月)の午前6時頃に投稿する予定です。




