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第43話 血

 シャザードさんが反乱を起こしてから10分くらい経っただろうか。

 ボクたちは養成所に戻ってきていた。

 何かあっても対応しやすいように訓練所の真ん中にいる。


 あのあと、反乱がどうなったのか分からなかった。

 ただ、円形闘技場(コロッセウム)の隣にある、この養成所まで騒ぎが聞こえてきている。


「それで、これからどうするよ?」


 ゲオルギウスさんが言った。

 特にボクに声を掛けたという訳ではなく、考えを持った人が話しやすいようにきっかけを振っただけだと思う。


「ボクはこのまま養成所に留まって情報集めするのがいいと考えています」


「情報集めか。で、情報はどっから手に入れる?」


「ここに居る兵士か、訓練士ですね。ルキヴィス先生かクルストゥス先生が来てくれればありがたいんですけど」


「俺も賛成だな。カエソーはどうだ?」


 カエソーさんは腕を組んだまま、円形闘技場(コロッセウム)を見ていた。


「戻ってきたやつらもだ」


 こちらを見ずにそう言った。

 どういうことだろう?


「なるほど。つまり俺たちが脱出したあとの反乱の顛末を見た奴がいれば、話を聞きたいってことか」


「ああ」


 ≫ゲオニキの翻訳能力すげえなw≫

 ≫ゲオニキw≫


 遂にゲオルギウスさんも兄貴呼ばわりされるようになったか。


 ≫ところで飛んで様子を探れないのか?≫

 ≫空から見るのは確かにいいかも≫

 ≫敷地から出ていいのか?≫


 そうか。

 ボクが空を飛んで様子を探るというのもありか。

 騒ぎが円形闘技場(コロッセウム)の外に広がっているかどうか確認するだけでもいいかも知れない。


 ≫基本はここに留まって情報収集だろうな≫

 ≫ローマはもうちょっとで夜なんだっけ?≫


 今の時間は感覚的に午後4時くらいだ。

 3時間もすれば夜がやってくる。


 ボクはこっちに来た初日のことを思い出していた。

 こっちの夜は本当に暗い。

 暗闇だと魔術検知でもない限りは逃げる方が有利だ。


 それに魔術検知を使える兵士は多くないはずだ。

 もし、魔術検知を使える兵士がたくさんいるなら、あのときクルストゥス先生がボクの捜索に加わる必要はなかったと思う。


 いや、でもそうならまたクルストゥス先生が今度はシャザードさんたちの捜索に加わることになるのかな?

 危険そうだしやめて欲しいけど。


 そもそも、反乱を起こすと言っても、シャザードさんはどういう風に動くんだろう?

 理想の国を作るための反乱という話だったけど、このまま逃げるつもりなのか、まずはローマの中枢を乗っ取るつもりなのか分からない。


「ところで、シャザードさんって人望はあったんですか?」


 まず最初にゲオルギウスさんが「人望もあったぜ」と答えた。


 その後、カエソーさんにシャザードさんの印象を聞くと、カエソーさんですら強さだけではなく良い人と認めてるようだった。


 そういえば、ボクに手を出してきた5人も、今ではシャザードさんを(した)うようになっている。


 次に、シャザードさんやその周辺に最近変わったことはなかったか聞いた。


 ゲオルギウスさんによると、反乱を仕掛けるような雰囲気はなかったとの話だった。


 ボクがシャザードさんと話した今朝も、特に反乱をする感じはなかった。

 完全に筆頭のマクシミリアスさんと戦うと思っていた。


 あ、でも人生で一番緊張してると言ってたのはこの反乱のことを指していたのかも知れない。


 マリカやフゴさんにもシャザードさんについての印象を聞いてみたけど、強いのに笑顔で気に掛けてくれる良い人という評価だった。


 その間のコメントではシャザードさんのことを胡散臭いという声もあった。

 でも、マネジメントの基本は出来てるんじゃないかという声もある。


 マネジメントでは、上の立場の人が、1人1人に対して関心を持って声を掛けることが大事らしい。


 ビジネス関係はボクには全く分からないけど、納得できるところもある。


 例えば、ボクが大人気のライブ配信者に「見てるよ」なんて言われて、具体的にどこがよかったなんて言われたら2コマで即落ちする自信がある。


 その状態で何か頼まれでもしたら、出来うる限り協力したくなると思った。


 そういう意味ではシャザードさんには人心掌握する力があるということだろうか?


 ボクが想像していたカリスマというのは、自信に満ち溢れていて、容姿に魅力があり、何をやっても目立ってしまうというものだ。

 その想像とシャザードさんには少しズレがある。


 でも、これは思い込みなのでたぶん間違ってるのはボクの方なんだろう。


「シャザードさんの反乱は成功すると思いますか?」


「そりゃ成功して欲しいけどよ。無理だろうな」


 小声でゲオルギウスさんが言った。

 そのとき、遠くで何かの咆哮(ほうこう)が聞こえた。

 続けて悲鳴も聞こえる。


「なに?」


 マリカが耳を澄ます。


「ちょっと空から様子確かめてきます」


 ボクは、すぐに自分の部屋に楯を取りに向かった。

 身体が重いけど、なんとか走れるくらいは体力が戻っている。


 養成所の楯はもちろん木製だけど、飛ぶくらいは大丈夫だろう。


 ボクは楯に乗り、ドラゴンと戦っていたときのように、まず楯にうつ伏せになるようにして浮いてから片膝を立ててしゃがんだ。


 まだ夕日ではないけど、日はかなり落ちてきていて建物の影が長い。


 ボクは咆哮の聞こえた円形闘技場(コロッセウム)に視線を向けた。


 え? 怪物?


 ≫怪物が外に出てんのか≫

 ≫やべえな≫


 円形闘技場(コロッセウム)の外に見たことのない怪物が動いていた。

 人々は逃げ惑い、パニックになっているように見える。


 どうしてここに怪物がと思ったけど、すぐに地下の牢にいたことを思い出す。


 まさか。

 シャザードさんが逃がした?

 どうやって?

 あ、シャザードさんの二つ名は『切断』か。

 ということは、牢の格子を切断した?


 格子が鉄だったか木だったか石だったかは覚えてないけど、なんでも切断できるというなら、怪物を逃がすことは可能だ。


 シャザードさんの狙いはすぐに思いつく。

 兵士の戦力をそっちに割かせて、自分たちの行動が楽になるのを狙っているんだろう。

 すでに何人かの兵士たちは怪物と対峙していた。


 しかし、兵士たちは時間稼ぎくらいにしかなってないように見えた。


 どうする?

 今のボクなら行けば状況を変えられるかも知れない。


 でも、今、養成所の外に出たら反乱者と見られるリスクがある。

 皇妃にボクを罪人にする理由を与えてしまうかも知れない。


 どっちの選択が面白いかという視点で見れば、ボクが兵士たちを助けに行くのが面白いだろう。


 そうしてる間にも、兵士が怪物に噛まれたり、吹き飛ばされたりしている。

 このまま見過ごせば、良い気分でなくなることは確かだ。


 ――まず行ってみよう。


 ボクは、手前にいる赤い色の怪物の下に降りていった。


 怪物の上に着地するように降りていく。

 すると風で兵士たちが飛ばされ、怪物は地面に押しつぶされた。


 怪物の顔は無表情な男のようで、身体は哺乳類のようだけど赤い。

 大きさはキマイラリベリと同じくらい。

 動物園とかのライオン程度だろうか。

 でも、顔が人というのが気持ち悪い。


 ≫顔がオッサンってのが怖いな≫

 ≫マンティコア?≫


 マンティコアってゲームとかに出てくる怪物だっけ?

 名前はよく聞くけど、どんな姿かははっきりと覚えていない。


 ボクは風の魔術のオンオフを繰り返して着地し、今度は横に風の魔術を使って怪物をコロッセウムの柱にぶつけた。

 怪物は少し上に舞い上がって柱に激突し、そのままドサッとグチャが混じったような音をさせて落ちた。

 痙攣しているように動いているけど、戦闘能力は奪っただろう。


 ≫おい≫

 ≫瞬殺かよw≫

 ≫ハエたたきじゃないんだから≫


 ボクは怪物がもう1匹いるのが見えたので、すぐに駆けた。

 やっぱりこうして走ると胸が揺れて痛いなと思いつつ、兵士たちに「助けにきました」と声を駆けて前に出る。


 この怪物は知ってる。

 ライオンの顔に牛だか山羊だかの身体。

 ボクが最初に出会った怪物、キマイラリベリだ。


 そのキマイラリベリが飛び上がり、ボクに襲い掛かってきた。

 ボクは真下から風の魔術を使った。


 怪物は突風に煽られ、上空に吹っ飛ぶ。

 10mくらい上がり、すぐに落ちてくる。

 まだ動いてはいるので生きていると思う。


 ≫強えぇ≫

 ≫また瞬殺か≫


 この2匹だけ?


「出血がまずいぞ。鎧を脱がせ」


 最初のマンティコアと戦っていた兵士の方から声がした。

 近づくと地面に血が広がっている。


「くそ、ダメだ。血が止まらない。そこの助けてくれたあんた。魔術使えるんだろ? 止血できないか?」


 止血?


 そういえば、クルストゥス先生が止血の魔術が重要だったと言っていた。

 ルキヴィス先生も手が切られたときに、止血の魔術を使ったと聞いた。


「す、すみません。止血の魔術は使ったことなくて」


 クルストゥス先生に教わるという話もあったけど、結局教わっていない。

 こんなことになるならちゃんと教わっておけばよかった。


 いや、でも要はイメージを重ねられれば止められるはずだ。

 お風呂で水のコントロールはかなり出来るようになった。


「そのまま手当てを続けて貰えますか。邪魔にならないように試すだけ試してみます」


「た、頼む」


 ボクは怪我をしている兵士に近づいていった。

 鉄の匂いが鼻をつく。

 怪我をしてるのは腕のようだった。

 肉が見えている。

 マンティコアに(かじ)られたのだろうか?


 ≫グロいな≫

 ≫名誉の負傷だろ≫


 2人の兵士が腕の付け根をヒモで結び、布を強く当てている。

 それでもすぐに血がにじんできて、血が止まる気配がなかった。


 ボクは腕の傍に座り、目を閉じた。

 腕の怪我している箇所を探る。

 神経は分かるけど、血管は全く見えなかった。


 血液は赤血球のはず。

 皿のような形の赤血球が密集して流れ出ていることをイメージしてみるけど、まったく見えなかった。


「おい、しっかりしろ!」


 怪我をしている兵士に声を掛け続けている。

 ボクは、視聴者に聞いてみることにした。


「――小声ですみません。血を止めたいんですけど、赤血球を止めればいいんですよね? 大きさとかってわかりますか?」


 ≫大きさは8μmらしいが≫

 ≫1mmの100分の1弱か≫

 ≫結構大きいな≫


 大きいと言っても、目に見える血管に100個以上は並ぶのか。

 そのイメージを想像してみる。

 それでも全く流れてる様子を感じ取ることが出来なかった。


「まったくイメージが見えません」


「おい、何ぶつぶつ言ってんだよ! 真面目にやってくれ!」


「す、すみません。集中すると独り言が出てしまうので」


 咄嗟(とっさ)に言い訳する。

 ボクは焦っていた。

 血が全く見えない。

 命が零れ落ちていく。


 ≫見えてる? あなたの母親だけど≫


「え?」


 母さん?

 え?

 どうして?


 ≫見えてる?≫


「あ、うん。見えてる」


 ≫血液は半分水で半分赤血球だから≫


 何を言われたのかと思った。

 でもすぐに血液の大まかな成分ということが分かる。


 母さんは看護師だ。

 医療に関することは当然詳しい。


 ボクはまず水を思い浮かべ、その中の半分くらいに赤血球のあの形が占めているイメージを思い浮かべた。


 ――来た。

 おぼろげに流れるイメージが見えてくる。

 更にピントを合わせていくと、いくつもの場所から血液が流れていくイメージを感じ取ることが出来た。


 集中する。

 そして、血液が外に流れていくのを全て止める。


「くそ、くそ、――あれ? 血が」


「止まりましたか?」


「あ、ああ。止まった。あんたがやってくれたのか?」


「うまくいってよかったです。止血したあとってどうするか分かります? 今、魔術を止めるとまた血が流れ出すと思います」


「いや、ヒモで結ぶくらいしか」


 ≫腕のワキの下を圧迫して。動脈があるから≫


「すみません。少し場所を変わって貰えますか?」


 ボクは止血の魔術を使いつつ、ワキの下の動脈を思考で探った。


 確かに勢いの良い血液の流れがそこにある。

 ボクは、その場所を指で押えた。

 止めている場所の血の流れが緩やかになるの分かる。


 ボクは指を離して、その場所に目印を書くために血で印を付けた。


 ≫腕を心臓より高くして≫


 ボクは言われるままに横になっている兵士の腕を上げてから、印を付けた場所を指で圧迫した。

 そして、止血の魔術を解く。

 ほとんど血は止まったけど、少しだけ血が流れていった。


「まだ完全には止血できてません」


 ≫せめて電気メスがあればね≫


「電気メス?」


 ≫電気で血管を焼いて止血するメスのこと≫


 そんなメスがあるのか。

 血管を切りながら同時に止血もできるってことかな?

 便利そうだ。


「すみません。誰か剣を貸して貰えませんか?」


「いいが、何に使うんだ?」


「止血に使ってみます」


 電気の魔術はルキヴィス先生との練習で少しは使えるようになっている。


 実戦では使えるレベルじゃないけど、鉄を使えば、空間に電流を走らせる『アーク放電』が少し出来るようになっていた。


 ボクはもう一度、止血の魔術を使って、兵士の人にワキの下の印を圧迫して貰うように頼んだ。


 借りた剣の先に電子を集める。

 そして、血流のある血管から電子を奥に遠ざけた。

 こうすることで、たくさん電子のある剣から、電子の少ない血管に電流が走るはずだ。


 バチッ!


 短い距離だけど電流が走る。

 怪我をしている面積が広いので、それを3回繰り返した。


 そして、止血の魔術を止めても血が流れないことを確認した。

 まさか、電気の魔術がこんなところで役に立つとは思わなかった。


「しばらく印の場所への圧迫は続けてください。圧迫を止めても血が流れなくなったら恐らく大丈夫だと思います」


 ボクは安心して長く息を吐いた。


 そのとき、また悲鳴が聞こえる。

 怪物がまだいるのか?

 ボクは立ち上がった。


「これで失礼します」


 ボクはその場所を離れてまた駆け出すのだった。

次話は、7日(木)の午前6時頃に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] センシティブな内容でこれ配信サイト側からBANされないのかな?w
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