第42話 シャザードの戦い
ドラゴン・エチオピカスが横たわっている。
動かない。
本当に勝てたのか?
ボクの勝利はすでに告げられているけど、まだ実感が湧かない。
そう考えたとき、割れんばかりの大歓声が響く。
≫すげえ歓声だな≫
≫歓声には応えてあげないと!≫
そうか。
ボクは腕を上げようとして、肩が上がらないことに気付いた。
それでも、上がるところまで腕を上げ、拳を掲げる。
歓声が一層大きくなった。
肩も上がらないような状態でよく勝てたな。
少しだけ実感が湧いてくる。
≫前回と同じならこれから処刑ショーか≫
≫そんなことがあったのか≫
≫ラキピが無効試合にして助けたけどな≫
≫まとめサイト読めば分かる≫
え?
まとめサイトとか出来てるの?
それはそれで気になるんだけど。
それからしばらく待っても、係の人は処刑について何も言わなかった。
係の人は、もう1度、ボクの勝利を大きな声で称えた。
そしてボクは戻っていいと言われた。
ドラゴンの周りには20人くらいの兵士がいて、何かをしているみたいだ。
≫処刑ショーはなし?≫
≫ドラゴンは希少だから殺さないとか≫
≫捕まえるだけでも大変そうだもんな≫
そういう考え方もあるのか。
でも、実際どうするんだろう?
翼とか口の中の槍とかの怪我もあるし。
獣医ならぬ怪物医とかいるんだろうか?
そんなことを考えながら、ボクは歓声の中、エレベーターの場所に戻った。
しばらくすると、エレベーターが降りていき、ボクは通路を歩いて女子更衣室に戻る。
そこで汚れを拭き取ってもらい、着替えを済ませた。
拭いて貰ったときのひんやりとした冷たさが気持ちよかった。
なお、今回は返り血を浴びてないので、オリーブオイルは使ってない。
ボクは身体を拭いて着替えを手伝ってくれた人たちにお礼を言った。
そして立ち上がろうとした。
あれ?
立つことが出来なかった。
身体が重い。
怪我はないはず。
想像以上に疲れているのかも知れない。
目の端に大きな鏡が見えた。
どのくらい疲れた顔しているか見てみたくなる。
よく考えたら今のボクがどんな顔してるか全く覚えてないんだよな。
この身体の感覚にはすっかり慣れてしまったけど。
≫今日は鏡見ないのか?w≫
≫え? 前に鏡に映ったのか?≫
≫まとめサイトのスクショがその時のだ≫
≫ああ、あのちょっとブレてる≫
スクリーンショットなんて撮られてたのか。
油断も隙もないな。
でも、ブレてるのならいいか。
今後は気をつけよう。
ふと、外から歓声が聞こえた。
第四席と確か11位の闘技のはずだけど、何かあったのかな?
もう決着がついたのなら、早く行かないとマクシミリアスさんとシャザードさんの闘技が始まってしまう。
「よし!」
ボクは気合を入れて立ち上がり、観客席に向かった。
「お疲れさまです」
観客席のボクたちの養成所の区画で、ゲオルギウスさんやマリカを見つけて声をかける。
最前列にいるのは、セルムさんだろうか?
遠くなので挨拶はしない。
アリーナには誰もいない。
第四席と11位の闘技はもう終わってるみたいだった。
闘技の内容が微妙だったのか、みんな妙に静かだ。
「よぉ、凄まじかったな」
ゲオルギウスさんだ。
「す、すごかった」
フゴさんが興奮したように話す。
彼から自主的に話し掛けられたのは始めてかもしれない。
カエソーさんはボクを1度見ただけだった。
「お2人ともありがとうございます。なんとか勝てました」
「おめでと。まさか『勝つ』なんて思わなかった」
「ありがとう」
「んん? マリカが『勝つなんて思わなかった』って言うのはどういうことなんだ? まるで勝つ見込みがなかったみたいじゃねーか」
ゲオルギウスさんが不思議そうに言った。
「元々は時間切れを狙う作戦だったんです。だから勝てたのは想定外ってことになります」
ボクが説明する。
時間切れを狙う作戦を考えたのはクルストゥス先生だった。
ボクの風の魔術でドラゴンを転がして、時間を稼ぐ。
その時間稼ぎを、太陽が出ている時間を12分割した『1刻』ほど続ければ、時間切れになる。
ドラゴンが飛ぼうが何をしてこようが、一定の距離を保ちながら全力の風の魔術を使えば逃げ切れる可能は高い。
そういう作戦だった。
でも、そのあとにボクにだけ「それでいいのか?」と聞いてきた人がいた。
そんな人は1人しかいない。
ルキヴィス先生だ。
先生は「どっちでも尊重するが、アイリスが本当にやりたい戦い方で初めから練習していけ」と話してくれた。
結局ボクが選んだのは、時間切れを狙うのではなく、戦って勝つ方だ。
選んだ理由はそっちの方が面白いから。
そのまま黙って闘技を迎えた。
時間切れを狙うなんて、全く考えもしないで挑んだ。
「おいおい。時間切れを狙う作戦がどうやったらドラゴンと真っ向からやり合って勝つことになるんだよ」
ゲオルギウスさんが笑った。
「真っ向から?」
そんなことしたっけ?
「戦いの最後、足止めてドラゴンと殴り合いしてただろうが。さすがの俺も、思わず力入っちまったぜ」
「あー」
ドラゴンの顔に、風で盾を加速させて打撃し続けてたときのことか。
確かに、真っ向から殴り合いしてるように見えるかも。
「別の養成所の奴ら含めて総立ちだったぜ? あれは一度でも強くなりたいと思った男なら血が滾る」
そ、そんなことになってたのか。
今は養成所のみんなも静かだから、想像もつかない。
――静か過ぎるな。
いつもこんな感じだっけ?
「その話はまたあとで。シャザードさんが出てきた」
マリカが言った。
アリーナを見ると、軽く走りながら拳を掲げている第五席『切断』のシャザードさんが見えた。
人生で一番緊張してるなんて言ってたけど、全然そんな風には見えない。
逆の方向を見てみる。
まだマクシミリアスさんが出てくる気配はなかった。
今度はアリーナの中心に視線を動かす。
中心には、いつのもように、十数本の武器やいくつもの盾を用意している係の人がいる。
剣闘士は闘技の前に、その用意された武器や盾の中から好きなものを選んでから戦う。
先に選ぶのは上位の側で、下位の側はその上位の選択を見て合わせることもできる。
シャザードさんがその係の人に近寄っていく。
そして、一瞬で背後に周り込み――係の人が崩れ落ちる。
え?
そして、武器や盾が入っていた入れ物を倒し、地面にそれらを広げた。
「え? なに?」
マリカの声。
周りもざわついている。
いや、養成所のみんなは静かだった。
身動き1つしていない。
シャザードさんが剣を掲げた。
「ローマに生きる人々よ聞いて欲しい!
私、シャザードはこれから私の名の下に反乱を起こす。
これは奴隷のための反乱だ!
私はローマの人々を恨んではいないが、国としてのローマは恨んでいる。
同じ考えを持つ者はいつでもいい、参加して欲しい。
そして我々の理想の国を作っていこう!」
良く通る声だった。
反響して少なくともボクたちのいる3階までははっきりと聞こえた。
反乱?
観客の所々から叫び声が聞こえる。
そして「奴隷のための国を!」という声も聞こえた
ようやく、反乱という言葉の意味をちゃんと理解する。
シャザードさんが中心となってローマに戦争を仕掛けるということだ。
そのあまりの深刻さに顔から血の気が引いていくのを感じた。
反乱のような単語は、遠い歴史の中にだけ出てくる言葉で現実にはもう存在してないと思っていた。
あれ、でも現代じゃなくてローマだし。
頭が混乱する。
≫マジ反乱か?≫
≫あれってシャザードとか言うオッサンだよな≫
≫人の良さそうなオッサンだったのに≫
ボクたちの養成所から何人かがアリーナに降りていった。
その中には、あの長身で第9位のセルムさんもいた。
「――マジかよ」
ゲオルギウスさんが呆然とそれを見ていた。
≫巻き込まれない内に逃げた方がいいぞ≫
≫逃げるってどこに?≫
≫養成所が一番安全だろ≫
確かにそうだ。
「一刻も早く養成所に戻りましょう。そこが一番巻き込まれないと思います」
ボクは、マリカやゲオルギウスさんに向けて言った。
「あ、ああ。そうだな。その通りだ。おい、カエソー、フゴ。立て。行くぞ」
「マリカも」
「う、うん」
ボクはマリカの手を引いて、円形闘技場の出口に向かった。
最後に見たアリーナには、何人もの兵士が武器を構えて入ってきていた。
それを待ち構えているのか、盾を持たずに剣だけを担いでいるシャザードさん。
ボクはその彼と目が合ったような気がした。
飄々(ひょうひょう)として遥か遠くを見つめている目。
彼はどこを見ているのだろう。
薄暗い出口の通路を駆けていく。
しばらくして、観客席から怒声や悲鳴が聞こえてきた。
反乱が始まったんだと思った。
ボクは最後に見たシャザードさんの姿を思い出し、反乱が長く続くことになると何故か確信できた。
シャザードの反乱 編
開幕
次話は、6月4日(月)の午前6時頃に投稿する予定です。
20万文字も突破し、反乱編の導入部分まで辿り着きました。
これも皆々様からアクセスやブックマーク、評価や感想をいただけたお陰です。
誰かから見てもらったり反応もらえたりするのがこんなにやる気に繋がるとは……。
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