第41話 VSドラゴン・エチオピカス[後編]
ボクは円形闘技場でドラゴン・エチオピカスと戦っていた。
そして今、盾の上に座った状態で空中にいる。
持ち手や肘を固定する所に足先を差し入れて、片膝を立てていた。
空中にいられるのは、風の魔術を下から盾に当てて、重力と釣り合いをとっているから。
重力と釣り合いを取るような風の威力はたぶん相当大きなものなのだろう。
風切り音が大音量のドライヤーのような音を立てていた。
制御するのには相当な集中力を使うけど、このノイズのお陰で集中しやすい気がする。
≫音すごいな≫
≫アイリスちゃんの声が聞こえないな≫
そうか、ボクの声は聞こえなくなるのか。
最初に風の魔術が使えるようになったあと、少しだけ飛ぶことも考えてたけど、まさか空で戦うなんて想定もしていなかったからなあ。
空中に浮かぶボクに対して、ドラゴンは警戒しているのが見て取れた。
ボクの目的は、ドラゴンの目や口に槍を突き刺すことだ。
警戒されていたら、やりにくい。
それなら姿を見失わせよう。
ボクは急上昇した。
天幕を超え、更に上を目指す。
あの広大なローマの風景が一瞬だけ見えた。
でも、今は気にしない。
戦いに集中する。
今のボクは上下方向はともかく、前後左右の方向は僅かに動けるだけだ。
攪乱するには上下しかない。
ドラゴンが小さく見える。
高さはもう十分だろう。
ボクは下からの風の魔術を遠くに移動した。
上昇のスピードが落ちる。
浮遊感。
そして、下降し始めた。
≫やべ、酔うわw≫
≫何がどうなってるか分からん≫
天幕を通り過ぎ、急速にドラゴンに迫る。
さすがにボクを見失っているみたいでゆっくりと首を動かしている。
そのドラゴンが上を向いた。
音で気付かれたか?
でも、顔を上げてくれたお陰で攻撃がし易くなって好都合だ。
ボクは風の魔術を行使している空間を手前に引き寄せてブレーキをかけた。
そのままドラゴンの顔を掠るように通り過ぎる。
通り過ぎる際にどうしようかと思ったけど、結局槍を目に向かって投げ落とした。
「やったか!?」
相手が無傷なときのフラグを立てながら、風の魔術でブレーキを掛ける。
そして、すぐに上昇しながらドラゴンの顔を見る。
「GYAAAAA!」
ドラゴンが咆哮した。
風の魔術の音で周りの音はほとんで聞こえてない状況なのに、この咆哮は聞こえる。
相当大きな声なんだろう。
≫ドラゴンちゃんの声は聞こえるなw≫
≫いらねえw≫
見るとドラゴンは片目のまぶたを閉じていた。
そこには槍が刺さっている。
攻撃が通じた?
≫お、なんか刺さってるな?≫
≫いつの間に?≫
「GYUOOOO!」
ドラゴンはボクを見つけると、翼を広げ羽ばたいた。
大きな魔術の光が見え、翼の周りへ急速に空気が集まっていく。
あ、空気を圧縮することで身体の大きさに不釣合いな翼でも飛ぶことができるのか。
相当、圧縮しないと飛べない気もするけど。
ボクは更に上昇して、飛んできたドラゴンの突進を避ける。
すぐにドシーンというドラゴンが着地した音が聞こえてきた。
空にいる限りは大丈夫かな?
魔術はイメージができていれば、ずっと使っていられるし。
あとは攻撃の手段をなんとかしないと。
唯一の武器だった槍はドラゴンのまぶたに刺さっている。
危険だけどあの槍を抜きにいくか?
ドラゴンが身体の向きを変える。
ボクの場所が分からないからか、首を動かしている。
見つかる前に槍を取り戻しに行くか。
ボクは急降下していく。
一旦、降下してから潜り込むように上昇して、ドラゴンの死角から槍を抜くという作戦だ。
飛びながら前に行くためには、斜めから風を当てなければいけない。
バランスを取るのが難しそうだと思う。
でも、上昇しながらならバランスもとり易いはずだ。
ドラゴンの死角に入り上昇する。
でもドラゴンが首をボクに向けて振り回してきた。
ボクは盾を足で斜めにして片側に手を当てた。
スケボーの技のイメージ。
斜めになった盾に風を当てて回避する。
そして、崩れたバランスを取るために加速して立て直した。
どうしてドラゴンにボクの位置が分かったんだろと疑問に思った。
でも、さっきもドラゴンの目を槍で攻撃しようとした直前にも音で気付かれてたことを思い出す。
同じミスをするとか。
気持ちが緩んでいるのか?
命のやり取りをしてるのに。
でも、音で場所が分かるというなら、それを逆手に取ることもできる
今、ボクはドラゴンの真上にいる。
ボクは、風の魔術を止めてそのまま落下した。
もしも、ボクの位置を音で判断しているなら、これは奇襲になるはずだ。
そしてドラゴンの目前で風の魔術を全開で使い、自分をコントロールした。
まぶたに突き刺さっている槍を、更に乗っている盾でダメ押しした。
「っと」
奇襲は成功したものの、ボクはバランスを崩し、そのままドラゴンの頭に倒れる。
「GYAOOO!」
痛みのせいか、ドラゴンが頭を持ち上げて咆哮する。
それでボクは投げ出された。
風の魔術を使わないと。
そう思ったとき、盾がないことに気付いた。
盾は、バランスを崩したときに足から離れたんだと思う。
慌てて、広い範囲で風の魔術を使った。
地面からの風で身体が巻き上がり、それをオンオフしながら少しずつ範囲を小さくしていって地面に着地した。
≫どうなってる?≫
≫もう飛んでない?≫
≫空中戦はやっぱ酔うわw≫
ドラゴンを見る。
すると咆哮しながら顔や尻尾を振り回していた。
目に刺さった槍がそんなに痛かったのか。
今になって、盾越しとはいえ、生物の眼球に尖ったものを突き刺した感触が蘇ってくる。
気持ちいいものじゃないな……。
そう考えながらも、ドラゴンを風の魔術で横に転がす。
時間稼ぎにはもってこいだ。
えーと、盾は――あった。
ボクより遠くに飛ばされている。
すぐに盾を拾いに行った。
拾いながら、ふと、武器もないのに飛んでどうするのだろうと考える。
飛んで戦うと、攻撃を受けにくいのも確かだけど、ボクの攻撃手段は全くない。
地上で戦えば、武器がなくても風の魔術でいろいろできる。
それに飛んでいたら風の音がうるさくて、視聴者に相談もできないしドラゴンに居場所も察知されてしまう。
ボクは盾に腕を通した。
「しばらく地上で戦います。いくつか作戦を考えたので。あと、ドラゴンに刺さっている槍を取る良いアイデアがあればコメントお願いします」
ボクはそう言って、ドラゴンの目の前に駆けた。
≫地上戦ありがてえ≫
≫考えてみる≫
≫俺も≫
「お願いします」
ドラゴンはまだ倒れたままだ。
頭や尻尾と振って苦しんでいるように見えた。
人間だとまぶたにボールペンが刺さった感じだろうか?
想像しただけで痛い。
――痛いのは分かるんだけど。
ボクは、そのまぶたに刺さっている槍を狙って風の魔術をぶつけた。
「GYA! GYAAA!」
テコの原理で風に押された柄が、刺さった槍の先端を動かすことになっていると思う。
目の中を強い力でかき回されるのは相当な痛みが伴うはずだ。
ボクはとにかく、槍の柄に対して直角に風が当たるのだけ意識していろいろな方向から風を当てた。
ドラゴンが痛そうに咆える。
それを繰り返すと、ドラゴンの無事な方の目、右目がボクを捉えた。
怒りの感情が見える。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
血を吐くような咆哮。
身体を引きずるようにボクに向かいながら立ち上がる。
ボクはそれでも風の魔術を緩めない。
ドラゴンから攻撃できないギリギリの距離を取りつつ、刺さった槍に向かって風を当てる。
それと同時にドラゴンの翼に注目していた。
ドラゴンの全身に電子が見える。
そして、そのドラゴンの翼が広がる。
急速に空気が翼の元に集まっていく。
ドラゴンが飛び上がろうとした瞬間、ボクは強烈に圧縮された空間に、風の魔術を使った。
バァン!
激しい音とともに翼が変な方向に折れる。
続けて逆側の左側の翼にも同じことをした。
バァン!
左の翼も変な方向に折れ曲がる。
≫何した?≫
≫さっきまでと威力が違うぞ?≫
「ドラゴンが飛ぶとき、翼の下に普通の空気の何倍もの空気を集めてることが分かったんです。それで――」
≫ああ、風の魔術の威力も数倍になったのか≫
≫そういうことか≫
≫それ狙って挑発してたのかw≫
「そういうことになります」
ボクはドラゴンの尻尾での攻撃が届かない間合いの外で挑発していた。
尻尾が届かない間合いなら、ドラゴンは翼を使って飛んで攻撃してくるはず。
間合いをコントロールするということは、相手の攻撃の限定することにも繋がる。
ルキヴィス先生とマリカの練習を見て学んだことを使わせてもらった。
「GYAOOOOO!」
今度はボクに向けて咆哮してきた。
ボクは冷静にその口の中で魔術を使った。
「UGOッ!」
ドラゴンの口から変な音が出る。
他人の身体の中は魔術が効きにくいという話だったけど、口の中はそうじゃないのかな?
≫容赦ないなw≫
「これであの咆哮やめてくれるといいんですけど」
≫1ついいか?≫
≫ドラゴンって片目しか見えてないんだろ?≫
≫見えてる目に風を当て続けるのはどうだ?≫
「それはいいアイデアですね」
ボクはすぐ、ドラゴンの右目に風を当てた。
魔術を使う空間を移動しながら使わないとすぐに空気が少なくって威力がなくなるけど、今のボクなら空間を少しずつ動かすくらいは出来る。
ドラゴンは首を振り、風から逃れようとしていた。
でも、その動きは遅い。
この遅さなら十分に魔術で追従できるし、動いて貰えれば空気の領域も自動的に変わるのでありがたかった。
「次は、槍を取る方法を考えるか、一気に倒してしまう方法を考えるかですね。せめて2箇所で風の魔術が使えれば――あっ」
≫何か思いついたか?≫
≫聞かせてくれ!≫
「いえ、同時じゃなく切り替えれば2箇所で使えるんじゃないかと思ったんです。1秒をドラゴンに使って、2秒を飛ぶために使うとかですね」
≫危なくないか?≫
≫同時より難しいような≫
「リスクはありますけど、やってみる価値はあります。ドラゴンに刺さってる槍を手で掴むまでなので、切り替える回数も少ないはずですし」
≫なるほど≫
≫ラキピらしいなw≫
≫無理そうならすぐ諦めろん≫
「はい」
ボクはすぐに盾の準備をして飛んだ。
一瞬だけ、ドラゴンの目に向けて空気砲のように風をぶつけて、2秒くらいを飛ぶ力にまわす。
結果、3回切り替えたところで、槍の柄をこの手に掴めた。
さっきは気付かなかったけど、ドラゴンに乗ると熱い。
逆の目に風をぶつけてるからその風で多少涼しくなって耐えられるけど、ずっといたら汗だくになりそうだ。
早く脱出したい。
でも、槍を抜く方法が思いつかなかった。
いや、もう抜けないなら更にドラゴンの目に押し込んでしまうか?
どうやって?
盾を使う?
そこまで考えて、前にルキヴィス先生が棍棒に風を当てて加速すればいいと話していたことを思い出した。
盾の持ち手の部分を逆に持って、風で加速させて叩けば相当な威力になるんじゃないだろうか?
でも、槍の柄の先がボクの身長くらいあるな。
これだと叩きにくい。
いや、違うな。
何も上から柄の先を叩く必要はないんだ。
柄の部分を横から叩けば、テコの原理で抉り取れるかも知れない。
ボクは柄を持った状態から盾で横殴りにする体勢を取った。
そして、柄を離すと同時に盾を遠心力で回してそこに風の魔術をぶつける。
加速した盾のあまりの速さに、ボクはゾクッと寒気が走った。
当たる直前に持ち手から手を離す。
恐ろしい速度で槍の柄を通過し、ガンッという音がして空中に高く舞い上がった。
ガンッという音はドラゴンの角に当たった音で、盾は角に当たって弾かれたようだ。
あれ持ってたら絶対に脱臼してたな。
一方の『槍』はくるくると回って弾け飛び、地上に落ちていった。
槍はともかく、盾はどこまで高く飛んでいったんだろうか。
でも、ボクもすぐに痛みで顔を大きく振ったドラゴンによって、吹き飛ばされることになった。
地上にふわりと降りてから、風の魔術でドラゴンを転がす。
こういう戦い方にも慣れてきた気がする。
そう思ったところで、少し離れたところに盾が落ちてきた。
ボクはすぐに盾を拾って、槍を探す。
「みなさん盾をどうやって使うのがいいと思います? 防御に使うか、空飛ぶ道具に使うか、武器に使う方法があるんですけど」
≫さっき盾で槍を殴ったのはどうやったの?≫
「盾に風の魔術を当てて加速させました」
≫なるほど≫
≫槍より強いんじゃ?w≫
「そうかも知れません。さすがにドラゴンには効かないと思いますけどね」
ドラゴンとボクでは体重差がありすぎる。
顔だけなら効くかも知れないけど。
そのあと、すぐに槍を見つけ、ボクはそれを構えた。
断続的にドラゴンの右目に風の魔術を使い、視覚を奪い続ける。
そうしながら槍を使った作戦を考えていった。
まず、槍は口に突き入れるのがもっとも効果的。
問題は顔をどうやって固定するかと、口をどうやって開けさせるか。
それをボクの手持ちの手段で実現する。
「――口の中に槍を突き入れて倒すことにします」
ある程度、作戦が決まったのでボクは視聴者に宣言した。
そうしないと何をやるのかが分かり難い。
ボクはまずドラゴンの頭を跳ね上げ、そして頭の上からの最大の風の魔術で地面に叩きつけた。
ボクの方に強風がくるけど、それはボクの前方で横方向の風の魔術で弾き飛ばす。
ドラゴンの顔は地面に叩きつければ衝撃で動きが止まっている。
ボクは盾を後ろに構えて、盾を風で押した。
加速する。
その勢いのままドラゴンの口に向かった。
そして、最後にドラゴンの口の中に上下の風を発生させた。
ドラゴンの口が開く。
そこに槍を投げ入れる。
投げたあとのことは考えてなかったのでボクは地面にズサーすることになった。
「CAHAッ! GAGOGI!」
苦しそうに涎を垂れ流すドラゴン。
ボクは立ち上がって、盾の持ち手を逆さまに持った。
そして、風の魔術を併用して打撃した。
打撃。
更に打撃。
左右交互にとにかく盾で打撃を繰り返す。
ドラゴンもなんとかボクに顔をぶつけようとするけど、その前に加速したボクの盾の打撃に跳ね飛ばされていた。
ボクを睨んでいたドラゴンの右目も段々と力を失っていく。
ドラゴンは大きく息を吸った。
ボクは構わず左右に打撃し続ける。
でも、力を失っていた目に光を宿った。
ドラゴンの体内から急速に口元に激しく動く空気が集まり、それが圧縮されて赤みを帯びる。
その赤く光った何かがボクに向かって吐き出された。
ドラゴンブレス――!?
言葉にならない思考が脳を埋める。
死の予感に時間の流れが止まった。
防御?
前後に風?
いや。
まず左右。
同時に前。
前!
前っ!
ボクは目前で左右に風の魔術を使いながら、ドラゴンの目前で前後にも風の魔術を展開していた。
これで、ボクに向かう強風はなくなる。
ボクに向かう風は左右に分散されるからだ。
ボクは風でドラゴンの首を持ち上げ、持ち上がったところを更に風で押し、浮き上がった身体をまた風で押し、ついにはドラゴンをひっくり返した。
ズシーンと重い音が円形闘技場を揺らす。
土埃が舞う。
観客たちは静まり返っている。
ボクはまだ緊張を解かなかった。
それがどのくらい続いただろうか?
ドラゴンはピクリとも動かない。
巨人のときと同じように、何人かの兵士が出てきて、ドラゴンに向かっていった。
そして、何かジェスチャーで合図を行う。
係の人がボクの下にやってきた。
「――アイリス闘士の勝利!」
こうして、実感の湧かないまま、ボクの勝利が告げられたのだった。
次話は、31日(木)の午前6時頃に投稿する予定です。




