第40話 VSドラゴン・エチオピカス[前編]
ドラゴン・エチオピカスが倒れている。
闘技が始まった直後に放った、ボクの魔術が決まった結果だ。
静まりかえった観客席から、一転して大歓声が聞こえた。
≫すげえw≫
≫なにしたんだ?≫
≫魔術だよ。風の。詳しくはまとめサイト見ろ≫
ドラゴンにダメージは全くないと思うけど、横倒しに出来たのは大きい。
ドラゴンを横倒しにするというのは、今回の戦いの対策の1つだ。
今回の戦いの対策会議をしてるときに、足が2本なら、倒しやすいんじゃないか? という話がでた。
足2本と胴体で身体を支えてるなら、身体の左右への踏ん張りが利きにくいからだ。
そこを今の最大の威力の風の魔術で狙う。
倒れてしまえば、しばらく時間が稼げる。
さすがに最大レベルの魔術を使うには少し時間が掛かる。
ある程度、ドラゴンに隙がないと使えない。
でも、開始前なら魔術の準備に時間が掛かっても問題ない。
この開始前に魔術の準備をしておく、というのは、第八席『魔術師』メッサーラさんが筆頭と戦ったときにも使っている。
本番で横倒しがうまくいくかどうかは賭けだったけど、成功してよかった。
ドラゴンを見る。
尻尾や身体を大きくうねらせて既に身体を起こしにかかっていた。
重量のせいか動きは重い。
2本足だと、倒すのも簡単だけど起きあがるのも簡単そうだな。
ボクはドラゴンが起きあがるのを待った。
ただ待つだけじゃなく、魔術の準備をする。
そして、2本足が地面に着いたとき、今度は逆方向から全力の風の魔術を使う。
再び、風の轟音と共に、ズシーンというドラゴンが倒れる音が響きわたる。
≫はい、パターン入りましたー≫
≫ハメ技かw≫
土埃が舞う中、ボクは空間把握を使って駆け出していた。
狙うのはドラゴンのお腹側の首の根本。
お腹側はワニ皮みたいになっていて、皮が少し薄いと思われる。
ただ走ってジャンプし、両足の着地と同時に長槍で突く。
堅ーっ。
槍の先が少し突き刺さったくらいで、皮すら突破できない。
この一番弱そうなお腹の部分ですら、皮の厚さが靴の裏の何倍かある気がする。
≫全く刺さらないなw≫
≫さすがに堅いな≫
ボクはすぐにドラゴンから離れようとした。
そして、また起き上がり際に風の魔術をぶつけるつもりでいた。
でもその考えは裏切られる。
身体をくねらせたドラゴンが、倒れたままボクを押しつぶそうとしてきた。
ボクは盾を身体に強く引きつけた。
その盾の向こう側にイメージを重ねた。
目視での風の魔術。
「くっ」
強烈な風が盾にぶつかり、吹き飛ばされる。
それでもイメージを重ね続け後方に加速していく。
さっきまでボクの居たところを、ドラゴンの首の横側が押しつぶしていた。
あそこに居たら確実に死んでたな。
そう思うとゾッとする。
今度は、目を閉じて自分の背後の遠いところにイメージを重ねた。
飛ばされている方向とは逆からの風を当てて、スピードを緩める。
自分が作ったその風に背中から強く煽られ、なんとか意図通りに停止した。
地面が見える。
え、高い?
地面まで3メートルくらいあることに気付く。
ボクは慌てて地面の方向に風の魔術を使った。
「ぐっ!」
背中から落ちたけど、なんとか激しめの衝撃だけで済んだ。
怪我はしてないと思う。
≫なんだ?≫
≫動きが激しすぎて分からん≫
「ドラゴンが押しつぶそうとして来たので、風で自分を飛ばして逃げました」
危なかった。
2度とやりたくないな。
ボクの風のコントロールは、かなり不完全だ。
精度は全くダメ。
強さのコントロールも出来ない。
単純な威力や発動の速度に特化している。
あと、空間把握と併用する場合は、目を閉じる必要があるし時間も掛かる。
ドラゴンは起きあがって、ボクが潰せたのかどうか確認していた。
そういえば、暴風で横倒しにする作戦は2度目で対処されたのか。
あのドラゴン、頭も悪くなさそうだな。
あともう1つ。
横倒しになったまま、ボクを押しつぶそうとしてきた。
足が地面に着いてなくても動けるのか。
トカゲというよりもヘビの方が近いのかな?
ボクは再び目を閉じて、風の魔術でドラゴンを横に転がした。
対処されたと言っても、あくまで横倒しの状態でも動けるというだけだ。
2本足で起きあがっていれば、不安定な構造だからいつでも倒せるはず。
土埃が舞う中、ボクは走った。
もう1度、攻撃を仕掛ける。
今度のは、ボクが身につけている武器での最大の攻撃だ。
首に力を入れる。
走りながら、盾を真後ろに置いて身体ごと風で押した。
首は力を入れて固定しておかないと、風に押されたときに置いていかれて体勢が保てない。
槍は握るだけじゃなく、背中と肘で固定する。
槍の末端を盾に付ける。
これで風の力をそのまま刺す力に出来る。
ボクの武器での最も強い攻撃『風の槍』。
槍の先端が突き刺さる。
手応えはあった。
でも、皮を突き抜けたというくらいで、ダメージを与えるには遠い。
これでもダメか。
≫やっぱ堅いな≫
≫さっきの攻撃と何が違うんだ?≫
そして、ドラゴンの身体中に電子が見える。
まずい。
全身に電子の流れが見えるということは、またヘビのように身体をくねらせて押しつぶそうとしてくるということだ。
でも、その押しつぶす範囲が分からない。
ボクはまた自分を風で飛ばした。
ドラゴンのズシーンという音が聞こえてくる。
避けられたか?
ボクは顔を上げた。
すると、さっきとは違ってドラゴンは2本足で地面を踏みしめて立っていた。
え?
押しつぶそうとしたんじゃないのか?
更に身体をくねらせたと思うと、翼をはためかせる。
同時に翼の周りの広い範囲に光が見えた。
魔術、いや魔法か。
ドラゴンの翼によって生み出された強風が吹いてくる。
ドラゴンがゆったり飛んだと思うと、ボクのところに降ってくる。
≫飛んだだと≫
≫潰される≫
そういえば、このドラゴンは鶏程度なら飛べるんだった。
ボクはまだうつ伏せで顔だけ上げてる状態だ。
身体を起こす時間はない。
ボクはとにかく盾だけ横に構えて、そこに全力で風の魔術をぶつける。
槍を持った右手と、右足で地面を突き放す。
ボクが自分で吹っ飛んだ直後に、ドラゴンが着地した。
ドラゴンが着地したときの風圧を受けてボクは転がっていく。
ドラゴンの横幅は市街地の片道車線くらい。
もう少しドラゴンが大きいければ下敷きになっていたのかもしれない。
転がり止まって、ボクはすぐにドラゴンを確認する。
ドラゴンもボクを確認するために首を動かして見渡していた。
ボクはすぐに見つかり、それからすぐにドラゴンの全身の電子が見えた。
今度は何をしてくる?
ドラゴンは顔を地面に着けるように前に伸ばす。
何だ?
身体を大きく横に反らしたかと思うと、その反動で尻尾を振り回して攻撃してきた。
ドラゴンの長い尾を、2本の足中心に振り回す攻撃。
尻尾だけでも5メートルはありそうなので、ほとんどボクの周り全てが攻撃範囲だ。
クルストゥス先生も言ってたドラゴン・エチオピカスが得意とする攻撃方法。
攻撃範囲が大きすぎて避ける時間がない。
こういう攻撃が来ることは分かっていたのに油断していた。
ボクは盾の裏にお腹と顔を付けるようにして、盾を下に向けてジャンプした。
そして、また盾に風をぶつけた。
身体がぐぐっと持ち上がり、すぐに空に向けて加速する。
恐怖もあって魔術を使い続けてしまう。
とにかく高く。
高く高く。
十分な高さになっただろうか?
ボクは、魔術を止めて地上を盾から覗き見た。
高すぎっ!
≫高っ!≫
≫なんだこれ≫
≫どうしてこうなった?≫
地上何メートルなんだ?
五稜郭タワーの展望台くらいの高さがある。
もしそうなら高さにして90m。
この高さで、しかも盾と槍を持っているだけという状況。
他に何もない。
地面もパラシュートも掴まるものも何もない。
思わず手や足に力が入らなくなる。
浮遊感。
どこからか、ヒューという空に吹く風の音が聞こえた。
そして落ちる。
いやいやいや。
ボクはパニックになっていた。
それでも何とか魔術を真下に発生させる。
ぶわっという風とともに身体が持ち上がる。
確かコメントでは風速50m/sあれば人は浮くと言っていた。
ボクはその言葉にすがる。
ただ、これ以上高く浮くのは止めておきたい。
とにかく盾にしがみついて風を発生させる場所をコントロールした。
今のボクは風の強さを細かく調整することはできない。
でも、魔術を遠くで発動することで風の強さは弱くなる。
とにかく必死で試行錯誤した。
――高さは安定したか?
思考だけで空間把握して風を起こしながら周りの景色を確認する。
わ。
見えた景色で怖さを忘れた。
ボクの身体は円形闘技場の天幕の上に出ていた。
近くの丘の上には神殿や宮殿が立ち並ぶ。
その豪華と精密さに目を奪われた。
大きな建物の隙間には、赤い屋根の建物が所狭しと立ち並ぶ。
道は全て石畳のようだった。
丘の向こうには半円のような大きな建物があり、その向こうに川も見える。
≫これはすごいな≫
≫AAAタイトル並の美しさだな≫
≫あれテヴェレ川?≫
そういう名前の川なんだろうか?
あ、戦いの途中だったな。
ボクは高揚していた気持ちを戦いのものに切り替える。
眼下のドラゴンの様子を探った。
ドラゴンはさっきのローマの景色に比べると小さい。
ボクを探しているのか首を動かしている。
ローマを吹き飛ばすことはできないけど、この小さなドラゴンならなんとかなるんじゃないだろうか?
変な自信が湧いてくる。
ボクは風の魔術で少し上空に加速した。
そして、吹き降ろす暴風をドラゴンに向ける。
ブゴウという凄まじい音が聞こえた。
落ちていく中で、魔術を行使する空間も一緒に移動しながら、ボクは暴風を向け続けた。
その暴風はドラゴンを地べたに押しつぶす。
少なくとも翼や首、それに尻尾が地面に張り付くようになっていた。
よく考えたら、とにかく魔術を行使する空間を移動し続ければ強い風が送れるのか。
何も500m/sを追いかける必要はなかったんだ。
一瞬で威力がなくなるのは、空気がなくなるからだから、新しく空気があれば問題ない。
そこまで考えて、かなりの速度でボク自身が落下していることに気付く。
円形闘技場の天幕の辺りを猛スピードで通過する。
こ、これは不味い。
ボクは全力で真下から盾に向けて風を送る。
もうダメだと思ったけど、なんとか槍を地面に突き刺す衝撃の助けもあって無事に着地した。
危なかった。
嫌な汗が出るけど、ボクはすぐに走りながら空気砲のような魔術をドラゴンに向けて連続で放つ。
さすがのドラゴンも吹き飛びまではしないものの、何度も傾き、転がりそうになってる。
≫目を開けて空間把握+魔術使えてるな≫
≫そういえば確かにw≫
あ、本当だ。
目視だと見える範囲しか魔術を使えなかったのに、目を開けながら見えない場所にも魔術を使えてる。
よく気付くな。
とにかく、ドラゴンも姿勢が安定してなければ、あの尻尾を振り回す攻撃もできないはずだ。
ただ、これを繰り返してもドラゴンにダメージは与えられない。
だからと言って、通常の攻撃も効かない。
通用しそうなのは目や口の中。
目や口を攻撃するために、上から風を当てて顔を地面に押し付ければとも思ったけど、それだと風でボクが近づけない。
そうなるとあれしかないか。
ボクはドラゴンの顔に風を当てて怯ませた。
そのあとに、少し時間を掛けて巨大な風をドラゴンに当てて転がす。
時間稼ぎだった。
激しい音と共に土埃が舞うが気にしない。
その隙にボクは盾を地面に置いて、持ち手と肘を固定する箇所との2つの部分に足を入れてみた。
前足は膝を立てている状態で、片膝をついた姿勢になっている。
≫何してるんだ?≫
「あとで説明します」
一度、その足を外してから、今度は盾でお腹と顔を隠して立ち上がった。
そのままジャンプして風の魔術で空中に舞い上がる。
≫もしかして飛んでる?≫
≫主観視点だと状況が分かり難いな≫
飛びながら再度、盾に足を固定させる。
盾の上に立つのは怖いけど、座ったこの状態なら風に乗れる。
そして、座ってなら槍がある程度使える。
「GYUOOOOOO!」
ドラゴンが立ち上がり、咆哮した。
咆哮した後、ドラゴンの目は飛んでいるボクを捉える。
「今度は、空からドラゴンを攻撃してみます」
ボクはドラゴンに対して空戦を挑むつもりだった。
次話は、28日(月)の午前6時頃に投稿する予定です。




