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第39話 力比べ

 ドラゴン・エチオピカスと戦う日。

 ボクは起きあがって怪我をした腕の確認をしていた。

 両腕とも、2日前から日常生活で使う分には問題がない。


 無理をしないように言われているので、腕を振り回すような練習はしてなかった。

 長槍(ながやり)を持つくらいはしてみたけど。


 あとは、実戦の勘を取り戻すために『完全な回避』の練習は2日前から始めている。

 練習は、マリカやカエソーさんやゲオルギウスさん、フゴさんに付き合って貰った。


 マリカはこの5日間でかなり強くなったと思う。

 呼吸の隙間隙間に攻撃してくるし、足の踏みだしと剣が一致しているので読みにくい。


 踏みだしと剣の振りが一緒だと、電子が見えても踏みだしだけなのか攻撃なのかの判断が難しい。


 あと、闇雲に攻めてこないようになった。

 攻撃が届くギリギリ外に間合いを保ち、こちらの移動や呼吸に合わせて攻撃を仕掛けてくる。


 それでいて、攻撃の誘導をボクに使うことはなかった。

 攻撃の誘導とは、ルキヴィス先生がセルムさんに使ったあの低い体勢で攻撃を誘うあの技だ。


 魔術なしでカエソーさんを相手にした場合、3回に1回は勝てるようになっている。

 勝つときは、攻撃の誘導を使ってのことがほとんどだったけど。


 ただ、マリカが強くなりすぎて、フゴさんが自信をなくしていた。

 今回の闘技会に出場するので少し心配だ。


 マリカの現在の課題は『完璧な回避』を身につけることだと思う。

 まだ一度も成功していない。


 マリカの強さは、既にパロスに手が届くレベルになっているというのがゲオルギウスさんの見立てだ。

 たぶん、そう持ち上げることでフゴさんを慰める意図もあったんだろうけど。


 ボクはベッドを降り、顔を洗うために、部屋から出た。

 マリカはまだ寝てるみたいだったので、そっとドアを閉じる。


 顔を洗い終わって、部屋に戻ろうとすると見覚えのある人たちに会った。


「おはようございます。シャザードさん、セルムさん」


「アイリスくんか。おはよう」


 シャザードさんは笑顔をボクに向けた。

 セルムさんは「おはようございます」と無表情で言う。


 ≫この2人って対照的だよな≫

 ≫イケメンは無表情でも許されるんだよw≫


 言われてみると対照的だなと思う。


「シャザードさんって、今日、筆頭のマクシミリアスさんと対戦ですよね? わざわざ養成所まで来てどうしたんですか?」


 八席やパロスは養成所ではなく普通に街で暮らしている。


「確認しておきたいことがあってね。ところでキミも今日、ドラゴンと戦うのだろう? それにしては余裕がありそうだね。何か策でもあるのかな?」


「策はありませんけど、何も出来ずに終わる、なんてことにはならないつもりです」


「はっはっは。良い顔だね。私もあやかりたいものだ」


「シャザードさんもあの筆頭との戦いの前なのに、余裕があるように見えますよ」


「とんでもない。たぶん今日は人生で一番緊張している日だね」


 笑顔でそう言った。


 ≫絶対嘘だw≫

 ≫緊張してるときに笑顔を作るの効果あるぞ≫


 そうかも知れないけど、これで人生で一番緊張してるとか言われても信じられない。

 シャザードさんこそ、あの筆頭に勝つ策でもあるんだろうか?

 剣を切断できるという話だけど。


「シャザード様」


 セルムさんが急かすように声を掛けてきた。


「戦う前にアイリスくんと話せてよかったよ。キミの闘技を見ることが出来ないのが残念だが、健闘を祈らせてもらってるからね」


 ボクとドラゴンとの闘技は、最後から3番目だ。

 筆頭『不殺』のマクシミリアスさんと第五席『切断』のシャザードさんの闘技はもちろん最後。

 だからシャザードさんはボクの戦いを見ることは出来ない。


「ありがとうございます」


 ボクはそう言って、シャザードさんたちと別れて部屋に戻った。

 部屋に戻ると、マリカがベッドで身体だけ起こしてぼーっとしていた。


「おはよ」


「――おはよう」


 ≫かわいい≫

 ≫ぺろぺろ≫


 いや、ぺろぺろはどうかと思う。

 マリカはまだ起動中みたいだから、先に準備をしてしまおう。


 そういえば、またあのビキニアーマーを着るのか。

 嫌なことを思い出してしまった。


 前回の闘技会ではこの時間にルキヴィス先生がやってきたんだっけ?

 急に対戦相手が変わったという話で。


 さすがに今回はそんなこともないと思う。

 皇妃もボクがドラゴンに勝てるとは思ってないだろう。


 周りの剣闘士たちも、まさかボクの魔術がドラゴンに通じるようなものだとは思ってないはずだ。

 たとえ、皇妃に情報を渡している訓練士や剣闘士がいても問題ない。


 そういえば、5日前にボクを襲った5人の新人たちは、やっぱり何者かにボクを痛めつけるように頼まれたみたいだった。


 今では5人ともシャザードさんを慕っている。

 シャザードさんに連れられて謝りにきた。

 彼はどういう魔法を使ったんだろうか?


「軽く打ち合っておかない?」


 ようやく起動して準備も終えたマリカがボクに声を掛けてきた。


「うん。分かった」


 棒で槍のように突くだけなら負担もない。

 ボクたちは汗がにじむ程度に軽く打ち合いをするのだった。


 それから、朝ご飯を終えて、円形闘技場(コロッセウム)へと向かう。


「お粥貰うとき、なんか変な雰囲気じゃなかった?」


「え? そんな風には思わなかったけど」


 ≫分からんな≫

 ≫画面越しだと情報も減るしな≫


 ボクがこの養成所に来てからまだ2週間くらいだ。

 ボクが気付かないこともマリカなら感じ取れるのかも知れない。


「うーん、闘技会前だからかな? あ、ひょっとしてアイリスがドラゴンと戦うからかも」


「ボク?」


「だって、ドラゴンと戦って無事で終わる訳ないと思うでしょ。それなのにアイリスはいつも通りだし、変な子だと思われてるんじゃない?」


「変な子……」


 ≫変な子w≫

 ≫否定はしないw≫


 なにげにコメントも(ひど)いな。

 そういえば、養成所のみんなは、巨人たちを倒したときは友好的に接してくれてたのに、そのときに比べると無視されてるような。


「ボクだって、ちゃんとドラゴンと戦うの怖いよ。全力出すとどうなるか少し楽しみなところもあるけど」


「はぁ、やっぱり」


 マリカがため息をついた。


 ≫バトルジャンキーっぽくなってきたなw≫

 ≫オラ、なんだかワクワクしてきたぞw≫

 ≫俺より強い奴に会いに行くw≫


「でも、変な子で悪いことなんて何もないからいいんじゃない? 皇族、貴族、騎士、ローマ市民、剣闘士、それに奴隷。大人も子どもも見てる全員を驚かせてあげて」


「分かった。マリカにも期待してる」


「ありがと。じゃ、またあとで。闘技終わったらすぐ観客席に行くから」


 ボクたちはそれぞれ、円形闘技場の地下と観客席に行くために別れた。

 マリカは午前中に、ボクは午後の遅い時間に闘技がある。


 そう考えて気付いた。

 今日は更衣室で1人で待つことになるのか。

 少し憂鬱になる。


 それから、なんとか観客席3階の養成所の区画に辿り着いた。


「よっ」


 ゲオルギウスさんが声を掛けてくる。

 カエソーさんは腕を組んでボクを一瞥しただけだった。

 フゴさんは闘技に出るので観客席にはいない。


 ウェテラヌス上位だからフゴさんの出番は正午の前くらいかな。

 自信をなくしてたみたいだけど、大丈夫だろうか?


「おはようございます。フゴさんの調子はどうでしたか?」


「おととい何戦か試合させて自信取り戻したみたいだから大丈夫だろうよ」


「そうなんですか。よかったです」


「ほんとだよ。ちゃんと俺らも強くなってるのによ。アイリスやマリカが異常なだけなんだから気にすんなって言ってるんだけどな」


「異常――」


 変な子とか異常とかボクっていったい。


「すまんすまん。言葉が悪かった。異常って言っても、才能が飛びぬけてるって意味だからな?」


 ≫なにげに気遣い出来るオッサンだよな≫

 ≫これで顔が良ければw≫

 ≫いやいや、顔はマシな方だろ≫


「わ、分かりました。そういえば、ゲオルギウスさんは闘技に出ないんですか?」


「俺らは客を呼べるって訳じゃないからな。八席とかマリカみたいな女剣闘士、あとは美形の剣闘士じゃないとそんなに闘技会には出られねえよ。でかい大会なら別だがな」


「でかい大会?」


「何日も掛けてやる闘技大会だ。近いのだと8日掛けてやるトーナメント形式の闘技大会があるな」


 ≫トーナメントあるのか≫

 ≫面白そうだな≫

 ≫8日ってどんだけだよw≫


「トーナメント形式ですか。何人くらい出場するんですか?」


「56人だ」


「あれ? 八席からウェテラヌスまで合計何人でしたっけ?」


「200人だな。八席は当然8人、パロス64人、ウェテラヌス128人だ」


「出場枠はパロスだけで埋まらないんですか?」


「パロスも上位となると、トーナメントに出場するメリットがないからな」


「メリットですか」


「ああ。優勝しないと賞金は出ないし八席も何人かは出てくる。トーナメントでいいのは順列関係なく上位陣と戦えることだが、パロス上位なら普通の闘技会でも上位と戦えるしな」


「なるほど」


「だからウェテラヌスで実力を過信してるようなのがたくさん出場することになる訳だ。カエソーも去年はまだウェテラヌスだったが大会に出たんだよな」


「話したら殺す」


 カエソーさんがこっちを見ないまま言った。


 ≫こええw≫

 ≫存在感あるなw≫

 ≫俺は最近かわいく思えてきたぞw≫


 よっぽど(ひど)い負け方したか1回戦負けだったんだろうな。


「分かってるって、話さねーよ。まあなんだ。今年はアイリスも出てみるのもいいんじゃねーか? もちろんドラゴンに勝ってからの話だけどな」


「もしも勝てたら話を聞かせてください」


 ゲオルギウスさんたちには、ボクの風の魔術の精度の実験に付き合って貰った。

 どうしても動いている的での練習が必要だったからだ。


 ボクが一瞬で空気砲のような魔術が使えること、それが連続で使えることまでは話してある。

 それだけでドラゴンに勝てるはずもないんだけど、何かを期待をさせているのかも知れない。


 闘技が進み、マリカの出番が来た。

 前回は彼女の対戦を見ることができなかったので楽しみだ。


 彼女の人気は相当なもので、観客席が大いに沸いていた。

 マリカもそれに手を振って応えたりしている。

 案外ノリいいよな。


 それを見ている対戦相手は機嫌が悪そうだ。

 しかし、その闘技はすぐに結果が出た。


 闘技の流れは簡単だ。


 対戦相手がマリカに攻撃を仕掛ける。

 相手が空振りして体勢を整える。

 そこにマリカがすぐに懐に飛び込んくる。

 相手は思わず攻撃してしまう。

 相手の攻撃はマリカの盾で弾かれる。


 そこを、肝臓(レバー)に剣の(つば)(えぐ)るように攻撃されて相手は倒れた。


 ルキヴィス先生が見せたのとほとんど同じ技。

 盾で相手の剣を弾いてるところと、剣の()ではなく鍔で攻撃しているところが違う。


 剣の鍔は、鉄の刃も受けられるようになっているのでかなり(かた)い。

 それに鍔なら突きとほとんど同じように攻撃できるので、マリカにとっては使い易いんだろう。


 相手は膝から崩れ落ち、身体をくの字にしたまま動かなかった。

 あれは痛そうだ。

 すぐにマリカの勝利が言い渡された。


 ≫瞬殺かよ≫

 ≫何したんだ?≫

 ≫マリカちゃん強すぎ≫


「いやー、強えーな」


 大歓声の中、ゲオルギウスさんが言った。

 それからしばらくして、フゴさんの出番となった。


 少し前にマリカも着替えて観客席にやってきている。

 褒めたら照れていた。


 フゴさんの対戦だけど、彼は間合いのコントロールがかなり上手くなっていた。


 相手に攻撃する気配があれば、すぐに盾で間合いを潰す。

 崩れたところに強力な攻撃を叩き込む。

 それを着実に繰り返し危なげなく勝っていた。


「あいつ」


 ゲオルギウスさんも嬉しそうだ。


「ふん」


 カエソーさんも笑っていた。

 やっぱりこの3人は仲間なんだなーとボクは目を細めた。


 その後、昼ご飯を少し食べてボクは円形闘技場(コロッセウム)の地下にある更衣室に向かう。

 更衣室で着替えて何時間かが過ぎ、係の人に呼ばれて控え室に移った。


 怖い気持ちはもちろんある。

 不安もあるけど、それは長槍でドラゴンを傷つけられるかがほとんどを占めている。

 ボクはエレベーターに乗り、またあの始まりの場所に戻った。


 アリーナに出て中央に向けて歩いていく。

 ドラゴンは大きすぎてエレベーターには入らないみたいで、斜めになった地面の下から現れた。

 円形闘技場(コロッセウム)には、こんな仕組みもあるのか。


 ≫でけえ≫

 ≫マジでこんなのと戦うのかよ≫

 ≫やばいって≫


 ボクもその大きさに息を呑んだ。


 高さは3メートルくらいで巨人より低いけど、頭が大きい。

 ボクくらいなら一口で食べられてしまいそうだった。


 それがバスより一回り大きな身体を持っている。

 バスなら見慣れてるから小さく見えるけど、生物であるという違和感がドラゴンを巨大なものに見せていた。

 しかも重さはたぶんバスの比じゃない。


 尾はまだ全部見えてないけど、太く長い。

 (うろこ)は岩のように堅くみえて、槍での攻撃などとても通らないように思えた。


 ただ、お腹の部分は、ワニ皮のようになっていて、攻撃が通じるかも知れない。


 そのドラゴンの目がボクを捉える。


「GYUOOOOOO!」


 円形闘技場(コロッセウム)に響き渡る咆哮。


 ボクは薄目でそれを見ながら、ドラゴンの全長より遥かに大きなイメージを作っていく。


「始め!」


 ボクはその声と同時に目を閉じた。

 そして空間把握してイメージを重ねる。

 ブゴウという凄まじい轟音が続く。


 ドラゴンの身体が暴風に煽られ、そして傾く。

 2本の内の片方の足で踏ん張ろうとするが、そのまま倒れるように転がる。


 ズシーンという音が響き、地面が大きく揺れ、ボクの魔術とも相まって土埃(つちぼこり)がアリーナを埋め尽くす。


 ≫すげえ!≫

 ≫いつの間に≫

 ≫マジか!≫


「最初は力比べといきます」


 ボクの魔術の威力がドラゴンに効くかどうか。

 まずはそれを試してみたい。

 こういうのも好奇心っていうのかな?


 ボクは好奇心で口角(こうかく)が上がる魔術の師のことを思い出した。

 そして、それを真似するようにボクも口角を上げてみた。

次話は、24日(木)の正午頃に投稿する予定です。

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