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第3話 浴室にて

 皇帝のスピーチのあと、怪物と一緒に戦った女の子と同じように闘技場から出ようとしたところで護衛に捕まった。


 まだ夢に違いないとは信じているが、ここまでリアリティがあると、もしかしたらここが異世界という思いも強くなってくる。


 もっとも、ここはローマらしいので、異世界ではなく過去にとばされただけという可能性もある。


「どこへ連れていかれるんでしょう?」


 ボクの前後を歩く2人の護衛に話しかけてみるが何も応えない。

 今、歩いている通路は暗く、いくつもあるロウソクによって淡く照らされている。


「なんかべとべとするし、シャワー浴びたいんですけど」


 なんの反応もなく、ただ、ガシャガシャガツガツと鎧と足音だけが響く。


 付けている鎧や腰に差している剣のリアルさは、なんとも心がくすぐられた。

 実戦のために作られた武器を見たのなんて、函館にある土方啄木浪漫館(ひじかたたくぼくろまんかん)の日本刀くらいだし。


 そのまま闘技場の建物を出ることになった。


「う、わ」


 ≫なんじゃこれ≫

 ≫やばいな≫

 ≫どこいくんだろ≫


 出ると、薄暗い中に浮かぶ宮殿がいくつも立ち並ぶ景観があった。

 護衛たちはボクをその宮殿に向かうように促す。

 途中、別の護衛に引き渡されたボクは、その宮殿の中の1つに連れて行かれた。


 豪華な宮殿の中は、外見に劣らず豪華だった。


 宮殿に入ってから、ボクを先導するのは護衛じゃなく、侍女のような女性になっている。


 ≫エロいな≫


 コメントは相変わらず素直な反応だ。

 確かに侍女たちのスタイルは良く、肌が少し透けている。

 更に、緩いドレスで肌が見え隠れしてエロい。


「どこに向かっているんですか?」


 さすがに応えてくれるだろうと、前にいる侍女に話しかける。


「貴女様を浴室に案内しております」


 軽く微笑みながら応えてくれる。


「そうですか。ありがとうございま、す?」


「いかがなされましたか?」


「いえ、大丈夫です」


 あれ? と違和感を覚えるが、すぐその正体に気づいた。


 今、ボクは女性だ。

 それはこの歩いてるときに感じる「たゆんたゆんさ」からいって間違いない。


 その状態で浴室に向かうということは、コメントが●RECの嵐になり、見えちゃまずいものが見える可能性がある。

 見えたらBANされる。


 夢であると99%は思っているけど、1%の可能性は捨てきれない。


 そして、1%側で夢じゃない場合はこのライブ配信がいろいろな意味で命綱になってくる。

 唯一の現実の日本への連絡手段であり、情報を得る手段であり、精神安定にも繋がり、帰る手段になるかも知れない。


 その重要さを思い、鳥肌が立つ。

 こっちに来てからボク、鳥肌立てすぎだろ……。


 そうだ、銭湯では目を閉じるのはどうだろう?

 ボクは、通路を曲がり、真っ直ぐの廊下に入るとすぐに目を閉じた。


 ≫なんだ?≫

 ≫見えねー≫


 そのリアクションを見て、すぐに目を開く。


 ≫見えた見えた≫

 ≫事故?≫


 コメントがこの反応ということは、実際に見ているボクの視野と配信がなんらかの仕組みで繋がっているということか。


 そういえば、雑居ビルのときはカメラ付きのヘッドセットを使っていたはずなのに、あれはどこにいったんだろう?


 あと、さっき目を閉じたときに流れていくコメントが見えた。

 どういう仕組みなんだろ?

 直接、脳にコメントの映像が送られてるとか?


 疑問は考えるほど多くなるけど、今はこの疑問解消の優先順位は低い。

 これが夢なら考えるだけ無駄だし。

 とにかく、目を閉じてBANが回避できるならそれをするだけだ。


 そうして、脱衣場に着いた。

 脱衣所や浴室が薄暗い可能性も考えたが、残念ながら無駄に明るく無駄に広い。


 ここからが正念場だ。

 目を閉じたまま、服を脱ぎ、浴室に入って、無事出てきて服を着なければいけない。


「不思議な生地のお召し物ですね」


 そう言いながら、侍女がボクのパーソナルスペースに入ってくる。

 思わず半歩下がった。


「ここでは貴女たちが着ているような服装が普通なんですか?」


 彼女たちが着ているのは裾が足まである長いTシャツのような服装で、それをウエストの位置で絞ってある。

 生地はシルクのような光沢を持っていた。


 一方、ボクが着ている服は、七飯町(ななえちょう)でライブ配信しているときにも着ていたユニクロの無地のものだ。

 生地としては化学繊維か何かだろう。


 ボクの問いには、「ローマ市民の方々が普段着ているものと生地は違うと思います。ですが、服装としては一般的なものです」とお辞儀をされた。

 そのまま、「失礼いたします」とボクに近付いてくる。


 近付いて何をするのかと思ったら、ボクの服を脱がしに掛かろうとする気配が見えた。


「ちょ! 自分でできます」


 慌てて、更に後ずさる。


 ≫何だ?≫

 ≫キマシ?≫

 ≫えっろ≫


 キマシというのは正式には『キマシタワー』で、レズを匂わせる展開のときに使われるネットスラングだ。

 えっろというのは、侍女の人の胸の谷間が見えているからだろう。


「私どもは、貴女様を殿下の前に相応しい服装で案内するように申しつけられていますので」


 そう言った侍女の人から強い意志を感じた。


「もしかして、ボクの身体も貴女たちが洗うつもりですか?」


 笑顔で頷かれた。


 任せてしまった方が良いのか?

 他人に身体を触られるのは苦手なんだけどな。

 その後、殿下という人物に会うことになるのか。


「——お願いします」


 ≫キター!≫

 ≫キマシタワー?≫


「今からこの侍女の方々に服を脱がされ、お風呂で身体を洗われます」


 侍女たちはボクのいきなりの実況に少し驚いた様子を見せる。

 でもそこはさすがプロ。

 すぐに平常に戻った。


 正面にいた侍女が、左右に控えていた侍女にアイコンタクトを取る。

 左右の2人は「失礼いたします」とすぐに傍についてボクの服を脱がせに掛かった。


 ボクは万感の思いを胸に、ゆっくりと目を閉じる。


 ≫なん、だと?≫

 ≫まさかさっきの廊下はこの伏線?≫

 ≫おいw≫

 ≫●REC≫


「両腕を真っ直ぐ上にお願いできますか?」


 言われたとおり両腕を上げる。


 脱がされたあと、胸が服に引っかかり重力で落ちるのが分かった。

 上から見えたときも思ったが、大きいのか?

 胸の先端が擦れて変な感じがする。


 そのあとは、立ち上がったり座ったりして、苦戦しながらジーンズを脱がしてもらった。

 更にパンツを脱がされる。

 脱がされた感じだと履いていたのは男のときと同じトランクスだ。


 目を閉じた状態で、裸を人目に晒しているのはなんとも落ち着かない。

 脱衣所は暖かく湿気もあるので寒くはない。


「時間が掛かってしまい申し訳ありません。身体をお流しいたします。私に着いてきていただけますか?」


「はい」


 着いていくには目を開く必要がある。


 どうしようかと迷っていたが、目を閉じたままでも、空間にチカチカした何かがあることに気づいた。


 無視しようと思えば無視できるほどの微弱な(きら)めき。


 函館の夜景や星空よりもかなり小さな光だ。

 そういえば、こっちに来たばかりのときもこのチカチカはあった。


「いかがされましたか?」

「はい。すみません」


 よく見ると、このチカチカは床や壁の先には存在していない。

 周りにいる侍女の人たちの人型の内にも存在していない。

 空間だけがチカチカしている。


 それで、周りの物や侍女たちの存在が目を閉じていても分かることに気づいた。


 なぜこんなことになっているのか理由は分からない。

 でも、このチカチカを使えば目を閉じたままでも侍女に着いていけるのではないだろうか?


 ボクはチカチカに集中して歩み出す。

 目を閉じていても、扉が開く様子、前を行く侍女の様子などが分かった。


 浴室への入り口に段差があるのも分かった。

 目を閉じたまま浴室に入る。

 すると、花の香りのような良い匂いが香ってきた。


 更に浴室を把握しようと試みる。


 浴槽自体も旅館などの温泉並の広さがあった。

 浴槽は円状のようだ。

 どんな光景なんだと目を開けたくなる。


 でも、侍女と思われる女性が何人かいて、服を着ているかどうかも微妙に判断がつかないので思いとどまった。


 あと、浴室に入ってからチカチカの頻度が上がっているような?


「目の前の縁にお座りください」


「はい」


 言われたとおりに縁と思われる段差に座る。

 すると2人の女性がボクの左右に近寄ってきて「失礼します」と足にお湯をかけた。

 それから腰、お腹、肩とお湯を掛ける位置が少しずつ上がっていく。


「頭を下げていただけますか?」


 言われたとおり頭を下げる。

 すると、頭に左右から交互にお湯を掛けられた。


「目を閉じてください」

「はい」


 最初から目は閉じてるけど、素直に返事した。

 手が近付いてきて、やさしく頭を洗われる。

 シャンプーの匂いなのか、少し重い感じの花の香りがする。

 それも相まって肩の力が抜けリラックスできた。


 しっかりと頭を洗われたあとは、左右の侍女に身体を洗われた。

 タオルなのではなく、直接手で洗われてるみたいだ。

 冷たく細い指で丁寧に洗われる。


 そうされていると、言いようのない気分になってくる。

 たまに手をこすりあわせているのは泡立てているのだろうか?


「ひ! そ、こは、いいです」


 胸の辺りを触られると、変な声が出てしまった。


 ≫おい!≫

 ≫何が起こってる???≫

 ≫目を開けろ! 今すぐにだ!≫


 ボクの「いいです」はスルーされてそのまま洗われる。


「くっ。ふっ」


 なんと言っても触られると腰に力が入らなくなるけど、お腹に少し力が入るような感じになる。

 そのオンオフが繰り返されるわ、顔に血は昇ってくるわで、変に体力が奪われた。


「——立ち上がっていただけますか?」


 立ち上がるときにふらつく。

 慌てて左右から支えられた。

 ボクは「大丈夫です」と言って、ちょっと訳が分からない状態で立ち上がる。


 次は腰から指の先までを丁寧に洗われた。


 一方的に触られるというのは、屈辱感がある。

 後半は何されてるのかあまり記憶になかった。

 股の間のような微妙なところはさっと済まされたみたいだけど。


 そしてお湯を何度か掛けられ、ボクは最初の脱衣所に戻された。


「あれ? 湯船?」


「申し訳ありません。身体だけ洗うように申しつけられましたので、また次の機会にお願いします」


 あ、次の機会っての知ってる。

 社交辞令ってやつだ。


 そんなことを思うが、さすがに口に出す訳にはいかず、だんまりを決め込む。

 黙ってる間に、左右の2人に身体を拭かれた。


 なんか、これに慣れるとダメ人間になるような気がしてくる。

 元々、ダメ人間という話もあるけど。


 結局、ボクが目を開けたのは脱衣所から出たタイミングになった。

次話は明日の午後8時くらいに投稿します。

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