第35話 ルキヴィス先生
「え、えーと、ボクはアイリスです。よろしくお願いします」
第五席のシャザードさんに自己紹介されて、ボクはなんとかそれだけ返した。
第五席って、あの『魔術師』メッサーラさんより強いってことだよね?
「おい、大丈夫か?」
ゲオルギウスさんがやってきた。
フゴさんとカエソーさんもいる。
「心配してくれたんですか。ありがとうございます。ボクなら大丈夫です」
「なら、よかったが」
≫この3人、すっかりラキピの仲間だなw≫
≫最初に襲ったのはなんだったんだ?w≫
≫そういやそうだったな≫
ゲオルギウスさんはボクの風で吹き飛ばされた5人を見る。
5人とも動けるようになったみたいで、立ち上がっていた。
「あいつら見ない顔だな」
「今日、養成所に入った5人だね。ゲオルギウスくん」
シャザードさんが言った。
「さすが『カリスマ』。よくご存じで」
「私はただの『切断』だよ。ところで、キミたちはアイリスくんと知り合いなのかな?」
「ああ、少しばかり縁があってな。たまに練習を見て貰ってる」
「見て貰っている? キミたちの方が称号は上だろう?」
「とんでもない勘違いだな。俺があの巨人4匹を相手にするのは無理だ。あそこの新人5人だって全員倒されてるだろ」
ゲオルギウスさんが5人を見る。
「俺たちは魔術が使えるなんて聞いてなかったから油断しただけ——」
5人のリーダー格の男が言った。
言葉が尻すぼみなのはカエソーさんが威圧しているからだろう。
「『魔術が使えるなんて聞いてなかった』か。すいぶん口が軽いな。アイリスを襲えと誰かに頼まれたのか?」
「そうなのか?」
ゲオルギウスさんの言葉を受けて、カエソーさんの威圧が強くなる。
ボクを襲えと頼んだ人物。
すぐに皇妃を思い出した。
≫皇妃か≫
≫皇妃だな≫
≫いったいどこの皇帝の妃なんだ?≫
≫犯人はヤス(皇妃)≫
コメントもそうみたいだ。
「なるほど。何か裏があるようだね。ここは私に任せてくれないか? なあに、悪いようにはしないから」
シャザードさんは得意げに胸に拳を置いた。
「シャザード様。そのような時間は」
「なんとかならないか?」
今度は懇願するような顔をセルムさんに向けた。
「――承知いたしました」
ため息がギリギリ出ないような言葉遣いで、セルムさんが承諾する。
≫このイケメン苦労してそう≫
確かに。
セルムさんってシャザードさんに振り回されてかなり苦労してそうだな。
「大勢で楽しそうに何してるんだ?」
そこに現れたのは、お風呂の桶くらいの陶器を持ったルキヴィス先生だった。
水が入ったその陶器を片手で持っている。
「おお、ルキヴィスの旦那か。さっき、そこの5人がアイリスを襲って返り討ちにされたところだ」
「なるほど。で、こちらの強そうな2人は?」
「私たちの紹介は少し待ってて貰えるかな。ほら、セルム。私たちの知名度なんてこんなもんだよ」
「そういうことにしておきます」
「失礼したね。お初にお目にかかる、私は第五席『切断』のシャザード。貴方はアイリスくんとマリカくんの訓練士をしている、ルキヴィスくんでよかったかな?」
「ああ、ルキヴィスだ。よろしく。俺のことを知っているのか」
「もちろん。2人を短期間で強くした優秀な訓練士なんだってね」
「2人とも宝石の原石だっただけだ。磨いてたら想像以上に輝き始めてこっちが驚いているところさ」
「はっはっは。面白いね、キミは」
「とんでもない。面白いことが言えずに毎日悩んでるところさ。で、そっちの長身の彼は?」
「彼はセルム。パロスで9位だね」
「なるほど、9位か。ところで、どうして今日は養成所に来てるんだ? パロス以上は来る必要ないんだろ?」
「次の闘技会で私が筆頭と戦うからね。顔くらい出しておこうと思って来たんだよ」
「そういうことか。勝てる見込みは?」
「少ないだろうね。それでも僅かに可能性があるならチャンスに賭けてみるのも剣を志すものとしては悪くないだろ?」
「確かにな」
≫このオッサン、あの筆頭と戦うのか≫
≫筆頭の名前なんだっけ? マクなんとかさん≫
≫マクシミリアス≫
「なに? こんなに集まって。どうかした?」
ロウソクを持ったマリカがやってきた。
「久しぶりだね。マリカくん。元気そうだね」
シャザードさんが親しげな顔を向ける。
「お久しぶりです。シャザードさんもご壮健そうでなによりです」
お嬢様モードのマリカだ。
声も余所行きだし、立ち振る舞いも変わるし、なんか慣れないな。
≫お嬢様キター≫
≫これを見にきた≫
視聴者の中にはそうでもない人がいるみたいだけど。
「そういや、マリカ。今の戦い方でどこまで通用するか不安に思ってないか? アイリスの戦い方と比べると劣ってると思ってたりな」
「と、突然なに?」
「なあに。せっかく9位がいるからと思ってな」
ルキヴィス先生が悪い顔をしている。
まさか、現9位と戦うつもりとか?
「それは面白いね。セルム、どうする?」
シャザードさんがワクワクした風にセルムさんを見る。
「全力を出してもいいのなら問題ありませんが」
涼しげな顔でセルムさんが言った。
「いいのか? できればすぐがいいんだが」
「もちろん構いませんよ」
≫どういうことだ?≫
≫訓練士とイケメンが戦うってことだろ≫
≫マジか≫
≫分かれよそれくらいw≫
こうして何故か、ルキヴィス先生とセルムさんの模擬戦が行われることになる。
しかも、ルキヴィス先生は気負うこともなく、マリカに戦い方をよく見てるようにと念を押している。
話を聞いていると、ボクに教えた電子を見る方法で攻撃を見切るのではないらしい。
マリカに教えた戦い方で攻撃を見切るとの話だった。
ボクはその方法を説明されてないので、どんな方法なのかは知らない。
マリカはそのことよりも、先生が第9位と戦うことを心配しているみたいだ。
ボクを襲った5人はゲオルギウスさんやフゴさんが監視することになる。
カエソーさんはそういうことに協力する気はないみたいで、腕を組んで観戦モードだ。
こうして、ルキヴィス先生とセルムさんの模擬戦が始まることになった。
模擬戦のルールは、木剣だけで戦うというものだ。
魔術も使えないし、楯も持たない。
これはルキヴィス先生が盾は付けるのが面倒だからという理由が1つ。
あと、セルムさんも剣を両手で使う方が慣れているという理由もあった。
対戦する2人が剣だけでいいというのであれば、誰も異論はない。
制限時間は特になしで、勝敗や危険と判断して模擬戦を止めるのはシャザードさんが判断すると決まった。
どちらにしても、シャザードさん以外の人物が2人を止められるとは思えない。
よって、これについても異論はなかった。
2人が向き合う。
セルムさんは今にも飛びかからんと緊迫しているが、ルキヴィス先生は木剣を片手でぶらんと下げて立っている。
「ねえ、マリカ」
「なに?」
「ルキヴィス先生に教えて貰った相手の攻撃を見切る方法ってどんなの?」
それを知らないと、この模擬戦の意図が分からないと思った。
「ああ、うん。アイリスは攻撃の兆しをデンキで捉えるでしょ? 私が教えて貰ったのはそれとは違って、相手の攻撃を誘うことで同じように避ける方法」
「相手の攻撃を誘う?」
「そう。まずは相手の攻撃の間合いを把握しておくの。その上で間合いのギリギリ外から、剣を持った前腕に真っ直ぐ潜り込む。すると、相手が剣を振り下ろしてくるから、それを見切る」
ああ、なるほど。
その動きには見覚えがあった。
カエソーさんも闘技会のときに真似した、あの動きか。
ボク以外を相手に練習するときは、マリカがよく使っていた。
動きの予想がついたボクは、自分がそれをされる立場に立って想像してみることにする。
まず、マリカが間合いのギリギリ外に居る。
前腕の下(?)にマリカが潜り込んでくる。
マリカも剣を持っているから、それは防ぐ必要がある。
下がるか、楯で受けるか、剣で攻撃するか。
でも、マリカの言い分だと、この状況ではボクが剣で攻撃してしまうということになる。
うーん、実際にやられてみないと分からないな。
ともかく、相手の間合いの内に入ることで攻撃を誘発して、それでタイミングを予測し易くするってことだろう。
ボクみたいに電子が見えればそのタイミングは受動的に分かる。
電子が見えないならそのタイミングは能動的に作り出す。
ボクが練習相手にならなかったのは、ボクがまともに剣を振れないからかな?
「それじゃ、始めていいよ」
ボクがいろいろと考えていると、シャザードさんが開始の宣言を行った。
その直後にセルムさんがルキヴィス先生に一瞬で迫る。
そして斬り掛かった。
カッ。
ルキヴィス先生がその斬撃を斜め後ろに下がりながら受け流す。
とてつもなく速い。
剣の振りもそうだけど、動くスピードが恐ろしく速かった。
それに両手で剣を持っているからか威力もありそうだ。
セルムさんは連撃に移行する。
今まで見たこともないくらいの速い連撃。
しかもセルムさんの長身から繰り出されるので重そうだ。
ルキヴィス先生は斜め後ろに下がって周り込みながら、それらを全て受け流す。
先生の神経には電子はほとんど見えてない。
恐らく受け流すときに力を使ってないんだろう。
長く続いた激しい連撃が終わり、セルムさんが間を取った。
その瞬間に、ルキヴィス先生がスッと体勢を低くして剣を持っている両手の下に潜り込む。
即座にセルムさんの腕に電子が走る。
それに遅れて実際にセルムさんの剣が振られる。
先生はすでに完璧な回避の位置にいる。
セルムさんの剣が振り下ろされると同時に、先生は剣の柄――持ち手の先でセルムさんの脇の下の横っ腹を突いた。
≫レバーかw≫
そのまま先生はセルムさんから離れる。
「普通なら悶絶しててもおかしくないんだがな」
先生の言葉が聞こえた。
セルムさんの顔は平然としているが、腹筋と顎に向けて電子が流れ続けている。
たぶん、力を入れて相当我慢しているんだろう。
先生は一定の距離を置いてセルムさんの周りを移動する。
「たぶん、あそこが間合いのギリギリ外側」
マリカが言った。
「そこから間合いの内側に入るんじゃないの?」
「たぶん、相手に攻める気持ちがないんだと思う」
「攻める気持ち?」
「前足と後ろ足のどちらに体重を掛けてるかで判断するらしいけど」
そう話していると、またスッと姿勢を低くして先生がセルムさんの間合いの内に入った。
さっきと全く同じように電子が見えて、セルムさんの剣を完璧な回避で避ける。
そうして、さっきと全く同じ位置の脇の下辺りの横っ腹を剣の柄で突いた。
セルムさんが突かれた部分を押える。
顔こそ笑っているけど、額から汗が零れ落ちていた。
「セルムさん苦しそうだけど大丈夫かな?」
「まだ笑ってるし大丈夫じゃない?」
≫2回もレバー突かれたら地獄の苦しみだぞ≫
コメントの通りだとするなら、セルムさんはその痛みを耐えて笑っていることになる。
どれだけ負けず嫌いなんだろうか?
セルムさんは横っ腹を押えていた手を離し、両手で剣を握りなおす。
握りなおした瞬間に、また先生が低い体勢で間合いに入った。
剣が先生に向かう。
しかし、先生は剣を持っていない。
剣は間合いに入る直前に手放したのか、落ちている。
そして、剣を完璧な回避したあとに、セルムさんの顎に右のストレートパンチを撃っていた。
そのまま数歩だけ歩いてセルムさんは前のめりに倒れる。
セルムさんが倒れた「ドサッ」という音の後、周りは静まり返った。
ふと気が付いたけど、いつの間にか始まる前よりも人がいる。
その静寂の中、セルムさんは倒れたまま動かない。
「意識を失ったな。俺の勝ちでいいのか?」
先生がシャザードさんに言った。
シャザードさんは、何度もルキヴィス先生と、倒れているセルムさんを見た。
「いやー、言葉を失ったよ。まだこんな逸材が隠れていたなんてね。もちろん、勝者はルキヴィスくん。キミだよ」
「どうも」
≫おい、それだけかよw≫
≫すげえな≫
≫9位って相当強いんだろうに≫
先生はそう言うと、すぐにボクたちの方に向かってきた。
「ちょっと手こずったが、攻撃の誘い方を3回見せられてよかったぜ。どうだ、攻撃を誘うやり方もデンキ以上に使えるってことが分かっただろ?」
「分かった。分かったけど、とんでもなさすぎて」
「とんでもない?」
「分かってる? 魔術なしとはいえ、9位相手に圧勝って。しかも最後は素手だったでしょ」
≫それな≫
≫最後、素手だったのかよ≫
≫いつも素手だなこいつw≫
「気絶させるなら素手の方が慣れてるからな。実戦なら気絶させる必要なんてないし、斬っちまえばいいんだから簡単だろ」
「簡単って」
「簡単さ。俺は理屈通りに動いただけで、特に速く動いていた訳でもない」
「それは確かに」
「最初の連続攻撃を体勢崩されずに捌くのは経験がいるが、それ以外はマリカも出来る。空間把握も出来るんだ。俺より上手くできるさ」
「あれより上手く……」
「どうだ? やる気が出てきただろう」
そうか。
結局のところ、ルキヴィス先生はこれが言いたかったんだと思った。
マリカをやる気にさせるだけのために9位に勝つとか良い先生だと思う。
そのためだけに倒されたセルムさんには同情するけど。
「――ふぅ」
マリカが息を吐いた。
「ちょっと癪だけど出てきたよ、やる気。お陰で絶対に身に付けてやるくらいには思ってる」
マリカは真正面から先生を見た。
そして笑う。
「だからちゃんと練習に付き合ってよね。その、ルキヴィス、先生」
彼女は最後の「先生」と言うときだけ、視線を逸らして照れるのだった。
次話は、10日(木)の午前7時頃に投稿する予定です。




