第33話 制限
医務室からボクとマリカの部屋に戻ってきた。
ルキヴィス先生とクルストゥスも一緒だ。
ボクが使った魔術の話は、誰にも聞かれたくない話ということなので、唯一、自由に使えるこの部屋で話をすることになった。
「痛むか?」
ルキヴィス先生がボクに声を掛けてくれる。
「はい」
自分の魔術で自爆してしまったとはいえ、やっぱり痛いものは痛い。
「麻痺の魔術が使えれば、自分で痛みを麻痺させることも出来るんだがな」
「そうなんですか?」
「強めのデンキを痛いところに使い続けると、痛みが消える。原理はシビレエイと同じだな」
「シビレエイですか?」
その生物の名前を聞いたの何度目だろう?
「ああ、ここの医務室にも居ただろ? 大きな桶に1匹」
≫あれ、シビレエイだったのか!≫
≫確かに調べたら同じ形だわ≫
あ、あのカブトガニみたいなのがシビレエイだったのか。
言われてみると平たくて尾ひれが付いていた。
エイに見えないこともない。
「ニホンでは手術とかしないのか?」
「します。というか、まさかシビレエイで痛みを取って手術するんですか?」
「ああ」
事も無げに返事をされた。
麻酔とかじゃないのか。
≫シビレエイで痛みを取るのは本当らしいな≫
≫どうやって使うんだ?≫
≫直接、患部に当てるらしい≫
あれを患部に当てるのか。
少し不気味だ。
「ニホンではどのようにして手術を行うのですか?」
クルストゥスさんがこの部屋に来て初めて口を開く。
「麻酔という特殊な物質を使います」
「麻酔ですか?」
「はい。痛みを消す薬ですね」
「なるほど。阿片のようなものですか」
≫アヘンはあるんだな≫
クルストゥスさんの話によると、阿片は少量だけ使うと痛みを取ることが可能らしい。
でも、使い方が難しいので戦場などでしか用いられないとのことだった。
阿片というと怖いイメージがあるんだけど、コメントによるとモルヒネの元になったりと現代でも麻酔として使われるらしい。
「そういえば、怪我を治療する魔術などはないんですか?」
この世界には、ヒールのような回復系の魔術はない気がする。
ボクの両腕が使えなくなっても、魔術で治そうとする素振りがなかったからだ。
それでも魔術といえばヒーリング。
一応、聞いてみる。
「治療で使うとなると、まず、止血の魔術がありますね。その他にも、患部を魔術で冷やしたりして痛みや腫れを抑えるといったものもあります」
「あ、治療でも使われるんですね」
「はい。中でも止血は重要です。魔術適正のある兵士などは、率先してこの魔術を身につけます。また、戦場に付いていく軍医や包帯兵などが使えると重宝されます」
包帯兵というのは分からないけど、軍医の助手みたいなものだろうか?
「そうなんですか。ありがとうございます」
≫相変わらず魔術が地味だなw≫
≫ヒールとかないのか≫
≫回復系のポーションとかもなさそうだな≫
≫回復系ポーション(阿片+ワイン)≫
危ないコメントがあるので苦笑しそうになる。
考えてみると、ファンタジー世界の回復って原理が謎だな。
疲労をなくすだけなら、疲労物質のたんぱく質のFFだっけ? をなくすとかで出来ると思うんだけど。
「止血の魔術も少しやってみますか? 準備が必要なので午後からになってしまいますが。ああ、あとアイリスさんは血は見ても大丈夫ですか?」
「血ですか。大丈夫だと思います」
「それはよかった。まずは動物の血液を使ってコントロールを学びますので」
ああ、血液でアクアコロラータだっけ? みたいなことをするのか。
≫動物の血って黒魔術っぽいなw≫
≫魔法陣とか使えばなw≫
≫あの魔法陣の使い方って日本独自らしいぞw≫
≫マジか!≫
え、そうなんだ。
悪魔の召還とかそそるのに。
そういえば、神はいるみたいだけど、悪魔はいるのかな?
「ルキヴィスさんの方は、止血の魔術は使えるんですか?」
ボクがどうでもいいことを考えていると、クルストゥスさんがルキヴィス先生に話を振っていた。
「ああ、使える。手首から先がなくなったときに、止血の魔術で凌いだ」
軽く言うけど、手首って動脈もあるし結構すごいことなんじゃ。
「正しい使い方ですね」
正しいけど、正しいんだけど、その感想で済ませていいのかと思ってしまう。
ふと、視線を感じて顔を上げると、ルキヴィス先生がこっちを見ていた。
「アイリスはデンキも使えるんだから、麻痺の魔術も併用して使えるようにしておくといいかもな」
「麻痺の魔術ですか」
「筋肉を動かすよりも簡単だからな。俺みたいになったとき役に立つ」
ルキヴィス先生みたいって、手首から先を欠損する事態ってことか。
「そういう事態にならないのが一番だと思いますけど、分かりました」
ボクがそういうと、クルストゥスさんが姿勢を正した。
「麻痺の魔術もいいんですが、アイリスさんの場合は、まずは攻撃ですね。先ほどの風の魔術について分かる範囲でいいので話してもらえますか?」
いよいよ本題だ。
「分かる範囲といっても単純です。まず、気体のイメージの話です。クルストゥスさんは、気体をどのようなイメージで捉えていますか?」
「気体ですか? 何かもやのようなものとイメージしています。風の魔術の場合は、そのもやが動いていくイメージを使いますね」
ボクはその話を聞いて、日本で習う気体のイメージについて詳しく説明した。
目に見えない小さな分子が、空中を激しく飛び回っているイメージ。
その分子は想像もできないくらいたくさんあって、頻繁に衝突している。
『魔術師』メッサーラさんのように、空気を圧縮した場合は、その衝突の頻度が増すので圧力が上がり、開放したときの風が強くなることも伝える。
クルストゥスさんは、何度も質問しながら具体的にどういうことが起きているのかを理解したようだった。
それにしても、この分子の衝突――チカチカが、何故こっちの世界に来た途端に見えるようになったんだろうか?
空間把握が出来るようになったのもそのお陰だし、助かってはいるんだけど。
「さっきボクが怪我したときの魔術ですが、ボクはその分子の衝突が全てボクの前後に向かうようにイメージしました」
「俄かに信じがたいですが、信じるしかなさそうですね」
「よし、試そうぜ!」
いつになくテンションの高そうなルキヴィス先生が言った。
「気が早いですね」
それに比べてクルストゥスさんは冷めている。
「こういうときくらい男の子剥き出しでいいんだぜ? たまにそういう気持ちを思い出すのもいいもんだ」
「ふぅ。全く。実は私も試してみたくてしょうがないんですけどね」
クルストゥスさんがニヤと思わず笑みを漏らしていた。
彼もこんな顔をするんだな。
こうしてすぐに3人で外に出て、分子の衝突をイメージした魔術を試すことになる。
でも、クルストゥスさんはどうしてもチカチカが感知できなくて、衝突のイメージを使っての魔術は使うことができなかった。
彼にとっては新しい魔術を覚えるときはこんなものと話していたので、いろいろと努力してきた人なのかもしれない。
ルキヴィス先生は、自分の身体を使って何かしようとしてるみたいだけど、上手くいってないないみたいだ。
そしてボクだけど、たいした苦労もなく衝突のイメージを使った風の魔術が使えていた。
この魔術の問題は、前後に使うと自分に強い風が当たってしまうことだけど、それは左右や上下に使うことで問題なくなった。
実戦で使う場合は、頭上で前後に使ってみるのがいいかも知れない。
あと、威力がありすぎるという問題もあった。
遠くから木に向けて魔術を放つと、その木は大きく揺れ、葉もかなりが落ちてきた。
地面に向けて放つと、広範囲に土埃が舞い散った。
ただ、威力に関してはイメージを重ね合わせる空間を小さくしたり、重ねあわせる時間を短くすることで、ある程度はコントロールできそうだ。
威力については、コメントが参考になった。
気体の分子というのは平均500m/sで動いているらしい。
それが一斉に同じ方向に動けば威力があるのも頷ける。
参考までに、風速100m/sで木造家屋なら吹き飛ばすくらいの力があるとの話だ。
最初にボクがこの魔術使ったとき、よくこのくらいの打撲で済んだなと思う。
そんな訳で、ボクの風の魔術はコントロールできるようになるまで人や物に向けて使うのが禁止になってしまった。
ただ、これでどんな怪物が来ても吹き飛ばせるだけの魔術は得た。
これは大きいと思う。
あとは使える距離や範囲を伸ばすことが出来れば、どんな怪物でも無理なく勝つことができるはずだ。
でも、本当にこの短時間でこの魔術が使えるようになったことは大きい。
クルストゥスさん以外に教えて貰っていたらどうだっただろうか?
四大元素や、熱冷湿乾の組み合わせで魔術を構成するなんて言われていたら、たぶん何も出来なかったと思う。
そんな風にボクが感謝している彼だけど、分子の衝突が上手く出来ないみたいで、腕を組んでいた。
ああでもないこうでもないと一生懸命考えているのだろう。
クルストゥスさんのその無防備な姿を見て、少しだけかわいいと思ってしまうのだった。
次話は、来週5月1日(火)の午前7時頃に投稿する予定です。




