第27話 筆頭VS第八席
ボクやマリカ、それにカエソーさんの闘技は終わったけど、闘技会としての本番はこれからだ。
ただ、闘技が進行していく内に、コメントの数が増えていった。
流れが全く追えないほどだ。
コメントでこれだと、もう何人見ているのか考えるのも怖い。
このボクのライブ配信が嘘か本当かだけでも相当やりとりがある。
闘技会も、パロスの上位辺りからレベルが急に高くなった。
死人こそいないけど、ひどい怪我人は何人か出た。
むしろ死人がいないのが不思議なくらいだ。
そうして、いよいよメインの筆頭『不殺』と第八席『魔術師』の戦いを残すのみとなった。
まだ陽は高く、夕方というほどじゃない。
想定した午後4時くらいだろうか?
観客席も異様に人が多くなっていて、ボクたちのいる3階から最上階の4階部分は立ち見も出ているほどになっていた。
マリカに話を聞いたら、1階は貴賓席、2階は騎士などの階級、3階はローマ市民、4階は奴隷と区分けされているとのことだ。
たまたま見えたコメントによると、この区分けは古代ローマ時代と全く同じらしい。
剣闘士が2人出てくる。
その2人を大歓声が迎えた。
2人とも身体の大きさはそれほどでもない。
1人は無駄のない鍛え上げられた筋肉だけをまとって、ただ中央に歩いていく。
顔は兜ではっきりとは分からない。
もう1人は周りをキラキラさせながら、マントをたなびかせて観客席に向かって手を振っている。
その演出のために魔術を使っているのが分かった。
魔術を使ってまでも派手にしたいんだろう。
ある意味、対照的な2人だ。
でも、女性の声援は双方の剣闘士に降り注いでいる。
彼らが中央に向かう間、区画ごとにいる説明員が剣闘士の紹介をはじめた。
ストイックそうな男が、筆頭『不殺』のマクシミリアス。
派手な男が第八席『魔術師』メッサーラ。
マクシミリアスさんは、筆頭になって10年の間不敗だと説明された。
それどころか、ここ2年ほど一度も後ろに下がったことがないことが判明したという。
そんなことは意図しないと出来ないだろうから、縛りプレイでもしてるのだろうか?
メッサーラさんはウェテラヌス時代までは剣も盾も使わずに、魔術だけで勝ってきたらしい。
それで付いた二つ名が『魔術師』。
パロスに上がってからも、近付いただけで相手を昏倒させたり、空を移動しながら攻撃を加えるといった魔術を使っていたとのことだった。
え? 魔術使って空飛べるんだ?
中央に辿り着いた2人は向き合っていた。
マクシミリアスさんはただそこにいるだけで、メッサーラさんを見ているかどうかも怪しい。
メッサーラさんは腰に手を当て、少し顎を上げて、不敵な笑みを浮かべているように見える。
2人は用意された数多くの剣と盾から、自分たちに合った武器を選ぶ。
マクシミリアスさんの盾はかなり小さい。
ギリギリ顔が隠れるくらいだろうか?
その後、2人ともが間合いをとって向き合った。
大きな歓声が闘技場全体に響きわたり、ボクはその興奮の中にいることに場違い感を覚える。
≫歓声やばいな≫
≫どっちが勝つんだろう?≫
≫マクなんとかさん一択≫
≫どっちもがんばえー≫
ライブ配信のコメントが流れていく。
ボクは空を見た。
日は落ちてきているけど、まだ青い。
その空も3分の1くらいは闘技場の大きさで隠れている。
観客席には豆粒のような人とそれらから聞こえる声。
改めて見ると、とてつもない大きさだった。
闘技場は緊迫している。
開始の合図はまだだ。
開始前から『魔術師』メッサーラさんが、頭上に膨大な魔術を展開しているのが見える。
闘技場のアリーナは縦長で、長い方の直径が100mくらいあるように見えるけど、それを超えるくらいの大きさがあった。
さらに、その大きな魔術の中に小さな魔術が現れる。
カエソーさんが使っていたのと同じタイプの空気の圧縮だろう。
ただその大きさが違いすぎる。
マリカの魔術の範囲と比べても遥かに大きい。
「開始!」
闘技が始まった直後に、メッサーラさんがその強烈に圧縮した空気をマクシミリアスさんに向けて放つ。
ヴァーン! という轟音と共に、砂ぼこりが舞い踊る。
マクシミリアスさんに向かった風は、彼を通り過ぎて、対面の観客席まで到達し、観客の持ち物を飛ばしていた。
「すごい」
隣のマリカが呟いた。
酸素が見えるマリカには、メッサーラさんがどれだけ空気を圧縮したかが分かるのだろう。
しかし、その突風はマクシミリアスさんの居る周辺だけ不自然に勢いを止めていた。
突風を遮っているというよりも、その風が無理矢理そよ風に変わってしまったかのように見える。
そよ風の中、メッサーラさんに向けて歩き始めるマクシミリアスさん。
激しい突風はまだ続いていて、アリーナの半分を砂嵐のように荒れ狂っていた。
あれ?
いつの間にか、上空に無数の魔術の塊ができている。
遠くて分かりにくいけど、それぞれが直径10mくらいの球のように感じた。
空間把握すると、その魔術の塊の中に物質がある。
かなり小さいけど、目視でも確認できた。
3階の観客席から目視で見えるということはそれなりの大きさだと思う。
それが落ちてきている。
あれは?
メッサーラさんは、更にその作った物質に別の魔術を使っている。
ボクは魔術の流れを追うのを諦めた。
それにしても、ここまで大規模に、複雑に、魔術を扱えるものなのか。
宙にあった塊の後ろから蒸気が噴出する。
蒸気ってことはあの物質は水?
いや、氷か。
それがロケットのように加速してマクシミリアスさんに向かう。
加速によって凄まじいスピードになった物質が降り注ぐ。
降り注ぐのは、マクシミリアスさんの身体の前面。
とても避けられないと思った。
盾に隠れるとしても、彼の盾は小さい。
しかし、信じられないことに、その全てをマクシミリアスさんは避けた。
瞬間移動でもしたようにメッサーラさんの目前にいる。
塊が当たる直後の隙を狙ってか、メッサーラさんも突進していた。
急に目の前に現れたマクシミリアスさんに対して、剣を振るうメッサーラさん。
剣は当たったかのように見えたが、マクシミリアスさんは身体を半身にしただけで避けていた。
メッサーラさんは剣を振るったあと、派手に躓いて転がる。
あのタイミングは『完璧な回避』?
メッサーラさんは転がりながらも空気を圧縮して、自分の背後に突風を放つ。
でも、その風もマクシミリアスさんの前で消えた。
いや、消えたというよりも、魔術でそよ風に変えられたような気もする。
どういうことだろう?
魔術の風がかき消されたからか、メッサーラさんは転がりながらマクシミリアスさんから距離を取った。
≫魔術師なのに地味だな≫
そんなコメントが目に入る。
魔術が見えているボクには地味には見えないんだけど、映像だけ見るとそう思うんだろうか?
魔術というと、炎をまき散らしたり、尖った氷の矢を無数に放ったり、空から雷や隕石を落としたり、四大元素の精霊を召還したりと派手なイメージに慣れてるからかな?
メッサーラさんは立ち上がると、マクシミリアスさんを中心に左方向へと移動した。
その間にまた複雑な魔術が展開されていく。
魔術は同時に展開されていて読みにくいけど、マクシミリアスさんを囲むように4方向、それと真上に魔術がある。
それぞれが開始直後の魔術並に大きい。
ボクのいる観客席でもアリーナに向かって空気が吸い込まれていく。
「なにこれ」
マリカが立ち上がって声を上げた。
4方向の魔術の塊は合わせると円形闘技場に匹敵する大きさになっている。
これを4方向プラス真上からぶつけられたら、さすがにどうなるか分からない。
マクシミリアスさんがたとえ1方だけ風を消せても、他の方向からの突風に巻き込まれることになるだろう。
それとも、あの素早い移動で避けるんだろうか?
メッサーラさんの傍なら風の影響はないように思うけど。
しかし、メッサーラさんのその後の行動は、予想を覆すものだった。
自身に風を当てて、高く飛ぶ。
そして、圧縮した全ての空気の塊をマクシミリアスさんに向けて開放する。
砂が荒れ狂い、グオーッという嵐のような轟音が響く。
マクシミリアスさんに向かって乱れ飛ぶ砂が、真上からの風に潰されて噴火口のような形を見せる。
その噴火口にメッサーラさんが剣を下に向けて落ちていく。
見ているボクたちは息を飲む。
でも、砂埃で戦いがどうなったのか見えない。
ボクは意識を空間把握に切り替えた。
切り替えて驚く。
その噴火口のような砂埃の中央では、四方と上からの突風が全てそよ風に変わっていた。
砂さえもスローモーションのように動いて漂っているだけだ。
そんな中、地面には1人倒れている男がいた。
意識はあるのか、倒れたままお腹の横を抱えて動いている。
立っているのは、小さな盾を持っている人だからマクシミリアスさんだろう。
倒れているのはメッサーラさんということになる。
マクシミリアスさんは、ほとんど棒立ちで動いた気配すらない。
あのメッサーラさんの上空からの攻撃をどうやって倒したんだろう?
ブフォウ。
圧縮された空気の残りが弾ける。
魔術で維持されていた空気の束縛が解けて、全方向に開放されたからだろう。
観客席全てが砂で覆われた。
特に1階や2階はパニックになっている。
その範囲の大きさに、メッサーラさんの魔術の凄まじさを思い知ることになる。
ただ、その影響を全く受けていない人もいる。
マクシミリアスさんは、渦中の真ん中に居ながら1人佇んでいるのだった。
戦いの中でも暴風の中でも、僅かな焦りもないし力も使っていない。
筆頭『不殺』のマクシミリアス。
彼のことを底知れない人物だと思った。
次話は、明後日11日(水)の午前6時頃に投稿する予定です。




