第26話 観戦
更衣室を出て、暗い廊下を歩いていく。
最初の日の夜、円形闘技場に来て捕まったときのことを思い出す。
どうしてあのとき、空間把握をしなかったんだろう。
いや、逃げ延びていたらどうなっていたか分からないので、捕まった方が良かったのか。
ミカエルの部屋で襲われたことも、あのことがなかったらルキヴィス先生とは会えなかった。
ギリギリで良い方向に転がってるなと思いながらも、理不尽さ自体には怒りが込み上げてくる。
考えていると観客席への入り口から光が見えた。
その光の外に出る。
≫うおーすげえな≫
≫でかっ≫
≫写真とかで見るより高くない?≫
剣闘士の観客席は、養成所別に決まった区画が割り当てられている。
区画が離れているのは、違う養成所が近いとトラブルになるからかな?
観客席に出てボクの居る養成所の区画を探す。
確か3階の一角のはずだ。
探しながら、改めて闘技場の大きさに驚かされた。
元の世界のローマにある闘技場も同じ大きさなんだろうか?
さっきコメントで写真より大きいって話もあったけど。
そのことをライブ配信で聞いてみたいけど、さすがにこの人だかりの中で独り言は危ない人と思われる。
それでなくとも、やたら見られてる気がするし。
さっきまで闘技で戦ってたわけだしな。
そうこうしながら区画を探していると、明らかに雰囲気が違う集団が目に入った。
「お疲れ。大活躍だったじゃねーか。手に汗握っちまったぜ」
ボクに気付いたゲオルギウスさんが声を掛けてくれた。
隣にフゴさんもいる。
「こんにちは。おかげさまでなんとか生きてます。結果は無効になってしまいましたけどね」
養成所の人たちの何人かが振り向いてボクを見る。
≫このオッサン誰だ?≫
≫剣術教師?≫
≫訓練士のことか? 顔が違うだろ≫
ライブ配信でゲオルギウスさんが映るのは初めてだっけ?
配信が止まっていた期間に何をしていたかは、あとで時間をとって答えていくことにしよう。
「ところでマリカの出番はまだですか?」
「ああ、さっき終わった」
「あ、間に合いませんでしたか」
「瞬殺だったからな。もうウェテラヌス下位じゃ敵にもならんだろ」
練習試合だとマリカは、ウェテラヌス上位のゲオルギウスさんと同じくらいのレベルだ。
練習と実戦は違うらしいけど、マリカの場合は問題なかったということだろう。
「それにしてもアイリスの戦いはすさまじかったな。他の養成所の奴らの顔見たら面白かっただろうな」
「顔? どうしてですか?」
「下から強い新人が出てきたら怖いもんさ。自分が戦うことになったら死ぬかも知れんしな。しかも、それが女となれば負けただけで恥ずかしい。そんな風に考えてるときの顔なんて滅多に見られねえだろ?」
「な、なんとなく分かりました」
「次が出てきたな」
カエソーさんの闘技まではまだ時間があるらしかった。
次の闘技はあまり面白いものでもなかった。
ボクより剣と盾の扱いは上手いけど、降着状態が多く攻撃のときの踏み込みも浅い。
ウェテラヌスといっても、木剣じゃなくて鉄の剣だとこういう戦い方になるんだな。
「おつかれー」
闘技を見ていると、マリカがボクたちに声を掛けてきた。
「おう、お疲れ」
ゲオルギウスさんが軽く手を挙げる。
フゴさんは頭だけ下げた。
「マリカ、お疲れさま。瞬殺だったみたいだね」
「なんとかね。自分の力とは思えないけど」
「いやいや、そこまでレベルアップしたのは十分マリカの実力だろ。ちったぁ喜べ」
「そうかも知れないけど、全部あのぐーたら訓練士のおかげだから」
一応アリーナの方を見て会話していると、闘技が終わったみたいだった。
「カエソーの出番は?」
マリカがボクの隣に腰掛ける。
「午後の2番目だ」
ゲオルギウスさんが答えた。
パロスの闘技は午後かららしい。
そのパロスの中で順列の低いカエソーさんは。早めの闘技なんだろう。
「ありがと。まだ結構先だね。そういえば、アイリスの闘技はどうなった? 怪我もしてないみたいだし勝てた?」
「えーと、結果は無効。詳しい話は自分じゃよく分からないから、ゲオルギウスさんにパスさせて」
「俺かよ。たまにはフゴ、お前話してみろ」
フゴさんは困った顔をしていた。
「難しく考えるな。思ったこと一言でいいんだよ」
「う、す、すごかった。もうダメって何度も思ったのに全部乗り越えた。む、無効は納得できない」
「おう。いい感想だ」
「なるほどね。詳細は兄貴分の貴方が説明して」
「――分かったよ」
ゲオルギウスさんは相変わらず面倒見が良い。
そのあと、ボクの戦いの様子を話し始める。
ボク自身も記憶が曖昧なところも細かく話していた。
ライブ配信の視聴者もその話に耳を傾けてるようだった。
「結果が無効になったってのはどういうこと?」
「その3匹の巨人が乱入したかららしいな」
マリカが酷いと憤慨していた。
でも、無効になったのはボクの提案なんだよな。
そのことは観客席にまでは伝わってないみたいだ。
あとでマリカには本当のことを話しておこう。
次の闘技が始まり、会話はその戦いのことに移っていった。
そうして午前の部が終わり、休憩となる。
休憩時間はゲオルギウスさんたちと別れた。
彼らはカエソーさんの様子を見てくるらしい。
休憩が終わって最初の試合が終わり、カエソーさんの出番となった。
相変わらず、素で相手を見下した態度をとっている。
でも、いざ闘技が始まるとカエソーさんが劣勢気味で戦いが進んでいく。
互いに風の魔術を使いつつ、攻防を繰り返すが、カエソーさんの方が少しスピードが遅く不利だった。
遠くから見ていても、カエソーさんは思うように攻撃が当たらずイライラしてるのが分かる。
「なるほどね」
マリカはその戦いに自分を重ねているみたいだ。
身体を僅かに動かして相手をトレースしていた。
しかしあるときからカエソーさんの戦い方が変わる。
とにかく、相手の攻撃の気配があると風で自分を後押しして盾ごとぶつかっては剣を振るう。
相手が嫌がり始めたのが分かった。
「マリカの戦い方に似てるな」
ゲオルギウスさんが感想を漏らす。
確かに今のマリカの戦い方は、ルキヴィス先生に提案されたものに変わっている。
攻撃を誘って相手の前腕に盾でぶつかっていくというものだけど、確かに似ているかも知れない。
「練習でマリカと戦ってるとき、カエソーの奴、平気な顔してたけど内心嫌だったんだろうな」
嬉しそうにゲオルギウスさんは付け足した。
カエソーさんの動きは良くなってきて、盾でぶつかりにいったあと、連撃するようになっていった。
その攻撃が当たり始め、ついには勝利する。
「なんとか勝ったか」
肩の力を抜いたゲオルギウスさんは、軽く肩を回した。
その後も、休憩を挟みながら、レベルの高そうな戦いが繰り広げられていく。
剣のレベルも高いし、魔術も使われていた。
「闘技の中で使う魔術って風を使うのがほとんどに見えるけど、他はあるの?」
ボクはマリカに聞いてみる。
パロスの上位になっても風以外の魔術は使われてないように見えた。
ルキヴィス先生のような電気を使う人すらいない。
「魔術としては風以外ももちろんあるんだけど、空気を使う以外は実戦だと使いにくいんだよね。たとえば、温度を少し上げたり下げたりできるんだけど、それを戦ってる最中に使っても意味ないでしょ」
「なるほど。マリカみたいに酸素をコントロールできる人もいない?」
「そんなに魔術使う人をたくさん見たわけじゃないけど、お母様以外では見たことない」
≫ラキピが戦ったキメラの炎レーザーは?≫
そんなのもあったな。
炎は人間には使えないとされてるんだっけ?
もし、あれが使えればかなり強いんじゃないだろうか?
「そういや、今日のメインは『不殺』と『魔術師』だったな。派手な魔術が見られるかも知れないぜ?」
ゲオルギウスさんが肩越しに振り向いて声を掛けてくる。
「不殺? 魔術師?」
「『不殺』は今の筆頭。今と言っても10年くらいずっと筆頭だけどね。『不殺』というのは筆頭になってから怪物含めて誰も殺したことがないから。『魔術師』は世の中のあらゆる魔術を使いこなすと言われてる第八席の剣闘士」
≫メインの試合面白そう≫
≫何時くらいに始まるんだ?≫
≫派手な魔術キタコレ≫
「そのメインの闘技っていつくらいになる予定?」
「明るい内には終わるんじゃない?」
「ということは、ローマ時間で4時くらい。向こうで夜11時くらいか」
「ああ、なんでそんなこと聞いてるのかと思ったらそういうこと。復活したんだ?」
ボクの不思議な独り言で、マリカはすぐにライブ配信のことを察したようだった。
「例のライブ配信が復活したのは巨人と戦ってる途中だったけどね」
≫え? こっちの存在知ってるの?≫
≫は? 状況が分からん≫
「配信切れてたときにマリカに相談したから」
≫マジか≫
≫よく納得してくれたなw≫
「よろしく」
マリカがボクの視界に入ってきて笑顔で手を振った。
≫かわいい≫
≫ズキューン≫
≫一生ついて行きます!≫
≫マリカちゃんノリいいなw≫
そんな風にやりとりしていると、また次の闘技がはじまった。
次話は、9日月曜日の午前6時頃に投稿する予定です。




