第22話 VSベルグリサル[前編]
円形闘技場の人力エレベーターを出て、アリーナの中央に向けて歩いていく。
進んでいくと、巨人の姿がはっきりと分かった。
目が合う。
巨人はボクをただ見ていた。
いや、ただ見ているというよりは哀れみのような視線を感じた。
まだ戦ってもいないのに、闘技場全体に大歓声が響いている。
地面すら揺れているようだ。
そして、中央にたどり着く。
巨人と向かい合った。
やっぱり大きい。
見上げないと全身を見ることができない。
猫背なのに、それでも日本の電線の高さはありそうだった。
4メートルくらいだろうか?
ボクの背の高さだと、巨人の股間くらいに頭の先がくる。
作戦通り膝を狙うのがいいと思う。
巨人の武器はマリカが言っていたように棍棒。
長さは1.5mくらいで思ったより長くないけど、太い。
あれで殴られたら死ぬなと思った。
見た目は、もうほとんど筋肉と言っていい。
そのくらいないと、身体を保てないのかも知れない。
想像と違い、髪もあるし、ボクを見る目には知的さを感じた。
この巨人と戦うのか。
係の人が何か説明しているが内容が頭に入ってこない。
巨人の足枷、手枷が解かれる。
ボクも片手剣と盾を受け取った。
片手剣は木剣と違って、芯のある重みがあった。
鉄だからだろうか?
それとも作りそのものが違うのか。
巨人がゆっくりと手足を振っている。
枷がなくなった状態を確認しているんだろうか。
ボクは気を引き締め直す。
とにかく一撃目を避けることだけを考えよう。
闘技場の方々からラッパの音が響きわたった。
開始の合図だ。
歓声が一際大きくなる。
開始と同時に、ボクは巨人の右手に向かって走った。
棍棒を持っている手だ。
巨人もボクを正面に見据えようと身体の向きを変える。
ボクは更にスピードを上げて回り込む。
神経を走る電子が見えた。
その1秒後くらいに棍棒が斜めに振り下ろされる。
しかし、巨人はボクの動く場所を予測して棍棒を振り下ろしたからか、前腕の真ん中は捕捉できなかった。
ボクはすぐ後ろに飛んで棍棒を避ける。
棍棒は地面に激しくたたき込まれた。
その反動で地面が弾むように揺れる。
ボクはその揺れに足を取られて尻餅をついてしまった。
血の気が引く。
巨人は、倒れたボクの真上に棍棒を振りかざす。
電子が神経を走るのが見える。
尻餅をついたまま、足を闇雲に動かすが、砂で滑るだけだった。
棍棒が振り下ろされる。
それは本当に遅かっただけかも知れないけど、スローモーションに見えた。
棍棒がボクに影を落とす。
高い。
それがボクを殺すために落ちてくる。
死んで、たまるか!
ボクは、盾を投げ出し、その盾に引っ張られるように勢いをつけて転がった。
ズンッという重いものが地面に落ちた音と、弾む地面。
ボクはそのまま無我夢中で身体を起こし、立ち上がった。
危なかった。
ボクはまた同じように巨人の棍棒に向かって駆ける。
神経に電子が現れた。
ボクは足を止めた。
1秒後、巨人も振りかけていた棍棒を止めた。
やっぱりこの巨人はボクの動きを予測しているみたいだ。
マリカは動き回っていれば攻撃が当たらないと言っていたので、他の巨人とは違うということなのかも知れない。
――それなら。
ボクは巨人の真正面で足を止めて構えた。
そこからジリジリと間合いを詰めていく。
間合いに入ると、巨人は躊躇なく、棍棒を振り上げた。
ボクは巨人の前腕にだけ注目する。
神経に電子が急激に増え、それが何度も流れる。
その時点の前腕の軸を捕捉する。
捕捉した軸を身体で包み込むように中心を合わせる。
1秒後、巨人の腕がボクに向けて振り下ろされた。
そのときには、ボクは身体を斜めに移動させている。
棍棒は加速して、ボクの盾を掠める。
『完璧な回避』。
直後、風圧と地面への衝撃。
ボクは地面の衝撃に合わせて前に出た。
巨人は棍棒を振り下ろした体勢のまま、完全に止まっている。
ボクはその硬直を逃さず巨人の膝に突きを撃った。
手応えは十分にあったけど、木の幹のような堅さがある。
嫌な手応えだった。
生きている者に危害を加える行為なんだから当然かも知れない。
でもそのことは後で考えよう。
まだ巨人の動きは止まったままだ。
巨人の足元に付いて、剣を振りまくる。
「ゥオォォォ」
巨人はボクの存在に気づいたのか、足を上げた。
ボクはその上げた足の太股の真ん中を捕捉する。
踏み降ろしてくる足を避け、巨人の反対の足の膝裏を突いた。
「ォオォ」
巨人が膝をつく。
それと同時に巨人の左腕が水平に振られた。
左腕は巨人が棍棒を持っていない方の腕だ。
まずい。
攻撃は見えたが避ける余裕がない。
ボクは攻撃に盾を向けた。
盾が左手に当たった瞬間、ものすごい衝撃があって何もかもが宙に浮いた。
すぐに身体の側面が地面に強くぶつかり、その地面に擦られる。
「ぅ」
ジャリ。
――土の味がした。
何で土の味?
一瞬、記憶が混濁する。
それも僅かの間のことで、すぐに戦ってる最中だと言うことに気付く。
咄嗟に空間把握。
棍棒が振り上げられているのが分かった。
鳥肌が立つ。
ボクは無我夢中で転がった。
その中でゴスンッという強烈な音が地面に響く。
そこにいたら死んでいた。
あまりにも死が近い。
それでも歯を食いしばって立ち上がった。
立ち上がると、振りかぶる棍棒が分かった。
今度は空間把握で、完全に巨人の前腕を捕捉している。
落ちてくる棍棒に完璧に合わせて、盾に掠らせた。
巨人の動きが止まる。
同時にボクは攻撃を仕掛け――。
そう思ったときに自分が剣を持っていないことに気付いた。
でも、急には止まれない。
ボクは盾の角になっている部分を巨人の膝に叩きつけた。
すぐにボクを排除しようと、手を動かそうとする神経の電子が見える。
ボクを掴もうとする巨人の手が何度も何度も傍を通過する。
そんな中、ボクはそれを全て見切って、巨人の膝裏に何度も盾の角を叩きつけた。
思考は冷静に巨人の動きを追いかけ、視野は攻撃する膝裏に向いている。
そうしている内に、巨人が身体を支えられなくなって後ろ向きに倒れる。
地響き。
そして大音量の歓声。
ボクは倒れた巨人を追撃しようと思ったけど、剣を持ってないことに再び気付いた。
また、巨人の手が伸びてくる。
その手は盾で掠らせた。
最初は剣を空間把握で探そうとしたけど、意外に難しかったので目視で探す。
すぐに見つかったので剣まで真っ直ぐ駆けて拾う。
その間に巨人も身体を起こして片膝をついた体勢になっている。
ボクはUターンして巨人に向かって駆ける。
今なら全ての攻撃を避けられるというテンションになっていた。
このままいく。
巨人が片膝をついたまま、棍棒を振る電子を見せた。
たぶん、地面スレスレに水平に振る動きだ。
ボクは足を止めることになった。
中間距離でこの攻撃をされるとどうしようもない。
水平な攻撃だと『完璧な回避』が出来ない。
巨人は有効な攻撃と分かってやってるんだろうか?
そして、巨人は何故か舌を出す。
ボクを見る目には明らかに知性が宿ってるのに、だらしなく舌を出して涎を巻き散らす。
異様だった。
大量にこぼれ落ちる涎を見てボクは混乱する。
ボクを近寄らせないための策略だろうか?
意図が分からないので近寄れない。
すると、巨人の棍棒を持っていない方の左手が輝きはじめた。
その手が地面に翳される。
――魔術?
ボクは足を止めて巨人の動きにすぐ対応できるように構えた。
巨人は手を翳しながら、まるでボクを寄せ付けたくないかのように棍棒を水平に振っている。
魔術のような輝きは地面に溶け込んでいった。
その魔術がさっきの涎と反応していると気付く。
しかし、気付いたのは魔術の輝きが見えなくなってからのことだ。
なんだ?
巨人が地面に手を置いたと思うと、歪に固まった板のような岩が現れる。
コンクリートをぶちまけてそのまま固まったような歪さだった。
面積はダブルベッドくらいある。
2m×2mくらいだろうか。
巨人はそれをボクの方に放り投げた。
待っ――。
避けるなんて思いつく前にその平たい固まりが降ってきた。
逃げ場がない。
盾を上に向けたところでボクはその固まりの衝撃に押しつぶされた。
次話は、明日の午前10時頃に投稿する予定です。
 




