第20話 攻撃
昨日は初めての試合で勝ったあと、ひたすら『完璧な回避』の練習をした。
『完璧な回避』は、『完璧な防御』の先にある技術らしい。
これは相手の前腕の筋肉のピークを捕捉してから、楯で剣の側面を触るというものだ。
完全に攻撃を見切っていないと出来ない。
ルキヴィス先生は、手とか前髪で剣の側面を触れることが出来るらしい。
どうりで素手で剣に立ち向かっていけるはずだ、と思った。
本人は「手首の切断面でも触れるぞ。トラウマも克服できて一石二鳥だ」とブラックな冗談を言って笑っていた。
いろいろな意味で怖い。
ちなみに『完璧な』という名前はボクに教えるときに適当に付けたとのことだった。
え? 適当だったんだ!?
その後、マリカとの練習で数回『完璧な回避』が成功する。
ルキヴィス先生に言わせると、『完璧な防御』が出来たあとなら、この回避も出来て当然らしい。
ただ、最初のコツを掴むのが難しいので1度出来るまでが大変だと話していた。
この回避が成功すると、攻撃した側は当たったと確信した攻撃の反作用がないので困惑する。
マリカも躓いたみたいになっていた。
「思ってたより早く防御の目処はついたな。あとは攻撃か」
昨日そう言われて今日に至る。
「そういえば、昨日の試合で相手の踵に足先を置いて邪魔してたな? あれはどうしたんだ?」
先生が木の根元に腰掛ける。
「カエソーさんの真似です。やられて嫌だったので」
「なるほどな。たいしたもんだ」
「それでこれからどうするの? やっぱりアイリスの攻撃練習?」
マリカが先生に聞く。
「そうだな。まず、2日目に教えた『突き』を見せてもらうか」
先生の言っている『突き』というのは、素人でも威力を出せる突きだ。
方法は難しくなくて、構えのまま両足で前にジャンプして両足が地面に着いたと同時に、剣で突く。
突き終わるときに剣先は少し下に向いてるのを意識する。
このとき、腕の力で突こうとしない。
他にも両足の幅は変えないとか、重心は真っ直ぐとかあるけど、今のボクが言われてる注意点はその程度だ。
「いきます」
ボクは短く20cmくらいジャンプして剣で突きを撃つ。
一足分くらいの短い距離だ。
「素直でいい感じだな。マリカ、悪いがもう少しだけ練習に付き合ってくれ」
「もちろん」
「じゃあ、楯持ってアイリスの突きを受けてもらえるか?」
「うん」
マリカが楯をボクに向けて構える。
「まずは目を閉じて空間把握使ってやってみろ。で、目の前の楯は繊維紙で出来てるとイメージしろ」
パピルスって紙でいいのかな?
ボクは言われた通り、両足で飛んで地面への着地とパピルスに剣先が突き刺さるのをイメージして突いた。
「っ!」
マリカの声が漏れた。
「ふぅ。思ったより威力あるね。これ」
「体当たりの威力を剣先に込めた突きだからな。アイリスの体重が150リーブラとしても、並の剣士じゃ片腕でその威力は出せない」
リーブラ?
重さの単位だろうか?
こういうときは、ついついコメントさんがいればと思ってしまう。
「確かにこれなら巨人にも通用するかも」
「経験者のお墨付きが貰えて一安心だ」
先生がボクを見た。
「あとは、この突きを時間ギリギリまで磨いて、実戦でも使えるようにしないとな」
「実戦って試合? 巨人相手とはまた違うんじゃ?」
マリカが首をかしげる。
「その辺はどうしようか迷ったが、俺が全力で攻撃するからそれと戦ってもらうことにした」
ルキヴィス先生が立ち上がる。
「はい!?」
「大丈夫。全力っていっても威力だけだ。気を抜くと怪我どころじゃ済まないと思うがな」
いやいやいや。
でも、巨人と戦うことを考えたら経験しておいた方がいいのか。
「分かりました」
「いい子だ。んじゃちょっと待ってろ。剣持ってくるから」
「剣ならそこに――」
「そんな細いのだと俺の全力に耐えきれない」
「え?」
何か恐ろしい発言を聞いたような気がする。
そして、戻ってきた先生が持っていた木剣は、普通の剣とまるで違った。
長さは練習用の木剣の1.5倍くらいで、太さは倍以上。
「それ振れるの?」
マリカが興味深そうにその木剣を見る。
「振ってみるか?」
先生はマリカにその木剣を渡した。
「重っ! でも持つだけなら出来るか」
そう言いながら、ゆっくり木剣を振る。
「うん無理。これ、両手でもたぶん振れない」
剣闘士といっても、マリカの腕は細い。
剣を振るときも、身体を上手く使ってるという感じだ。
この太い木剣は、フゴさんくらいの力がないと振れないんじゃないだろうか?
「こんなもの振れても強さとは関係ない」
先生はマリカからその太い木剣を返してもらうと軽く振ってみせる。
え? 片手で普通に振れてるんですけど?
「ちょっと待ってろ。今、準備する」
先生は、手首から先のない左手に楯をくくりつける。
その上で、右手にその太い木剣を持った。
「ルキヴィスが剣と楯持つの見たの初めてな気がする」
マリカが興味深そうに見ていた。
「準備に時間が掛かるからな。さあ行くか。もう1度言っておくが、気を抜くと死ぬかもしれないからしっかりな」
先生とボクが向かい合う。
「はじめるぞ。避けたあとは突きで攻撃してきてみろ」
言うと同時にその太い木剣を頭の上に大きく振りかぶる。
ボクは先生の神経に注目した。
でも、先生の神経に電子が流れるどころか、ふくらはぎ、太もも、腰、背筋、肩、肘、腕に同時に電子が現れる。
頭から首を経由して流れるではなく、突然現れたことに驚く。
更に電子の見えてる時間が長い。
加速しはじめた剣が軌道に乗り始める。
前腕の軸を捕捉し、前に出る。
バゴッ!
「くっ」
強烈な音と共に、腕がジーンと痺れて力が入らなくなる。
なんだこれ。
続けて振りかぶると同時にまた先生の全身に突然現れた電子が見える。
今度は横から来る。
合わせて当たる瞬間に力を込めて剣の方向に一歩踏み出す。
バゴッ!
「くぁ」
不味い。
楯を持っている手が痺れている。
感覚がなく、次はもうまともに受けられそうにない。
先生がまた横に振りかぶる。
とにかく後ろに下がる。
先生はそれに合わせてツーと前に出てきた。
避けられない。
とにかく、腕をかばうように楯に身体をくっつけて構える。
身体の側面を襲う衝撃と共に、一瞬だけ身体が浮いたように感じた。
大きく足を踏みだしてバランスを取る。
そこに楯への追撃を受けて、ボクは吹っ飛び転がった。
今のってボクが習ってる突き?
「巨人の打撃はこれより倍以上は強いからな。まず楯では受けられないと考えておいた方がいい」
先生は剣を肩に担ぐようにしてそう言った。
突きを撃つどころじゃなかった。
防御だけなら少しは上達してたと思ってたのに。
「気を落とすな。ここに来たときの自分を考えてみろ、楯があってもこの打撃が受けられたか?」
そう言われると落ち込んでいたのがバカみたいに思えてくる。
我ながら単純だ。
「受けてまずい攻撃は回避すればいい。そして重い武器が空振りすると隙になる。そこを狙っていけ」
「分かりました。あの、1ついいですか? 答えられる範囲でいいんですけど」
「なんだ?」
「先生の今の攻撃って電気の魔術を使ってましたよね? どうして魔術を使ったのかな、と」
「魔術だけに頼った方が効率的に強い力が出せるからだな。慣れないと筋肉ぶち切れてしばらく使えなくなるが」
「あ、ありがとうございます。納得しました」
電気――電子をコントロールできればそんなことも出来るのか。
思ったよりも応用範囲が広いのかも知れない。
そのあとも、休憩やマリカとの練習を挟みながら、太い木剣を持った先生と訓練した。
ただの回避は出来たけど、『完璧な回避』は怖くて出来なかった。
それでも、回避さえすれば突きまではいける。
このことがボクの確実な自信となっていた。
それからの3日間は回避と突きだけに集中した。
でも、巨人と戦う前日になっても、先生が全力で振る太い木剣を『完璧な回避』することは出来なかった。
訓練生との試合では何度か出来た。
あと、フゴさんとの練習でも出来た。
ゲオルギウスさん相手でも1度だけ出来ている。
剣のスピードとしては、あの太い木剣よりも普通の試合の中で振られる方が速い。
だから単純な難しさだけだと、試合の方が難しいはずだ。
となると、あの怪我だけじゃ済みそうにない威力をボクが怖がっているのだと思う。
勇気が欲しい。
ライブ配信の方も途絶えて以来、まったく何の反応もない。
それでもこっちの映像は配信されていてコメントだけが見えない可能性も考え、トイレやお風呂は目を閉じていた。
ライブ配信のことはマリカに話してしまった。
彼女はボクがずっと不安そうな顔をしていたからか、何度も心配してくれた。
そのマリカに、嘘をついたり黙っていたりするようも、正直に話した方がいいと思ったからだ。
どう考えても信じられそうにない話だったはずなのに、マリカは信じてくれた。
嬉しくて泣きそうになって、それを我慢するのが大変だった。
お蔭で、巨人をどう倒すかだけを考えることに集中できたと思う。
たまに不安になりそうになると突きの練習をしたりした。
そして、ボクは巨人と戦う日の朝を迎える。
次話は、明日の午前10時頃に投稿する予定です。
お蔭さまで20話&10万文字に達することが出来ました。
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ありがとうございます!




