第177話 取引と戦い
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アイリスはウルフガーの入門面接に同行し、ネブロに導かれてレオニス所属の養成所へ向かう。即興の手合わせでネブロが力量と流儀を見極め、ウルフガーを門下に迎える。そこへ姿を現したレオニスが、圧倒的な風格と実力を示すのだった。
闘技会当日の朝。
私は皇宮へとやってきていた。
今日から明日にかけて、ペルシア王国の第一王子カイハーン――サオシュヤントさんがローマの来賓として訪れる。
その間、私とマリカは皇帝の護衛を行う。
今日、私たちは闘技会にも出るけど。
既に皇帝の邸宅の前にいる。
≫懐かしいな≫
≫実家のような安心感≫
皇宮の敷地へはアイリスとして入った。
親衛隊の宿舎に顔を出し、武具を装着した上でここへやってきた。
途中、皇宮内に住んでいるクルストゥス先生の住居にも寄っている。
私はパピルスにアイリスと書いた。
懐かしい。
邸宅に入る前に名前を書くのは、私の案が採用された形だ。
≫ミネルウァ様はまだいるの?≫
私は左目に指で作った丸を見せた。
神々はまだこの邸宅にいる。
時間の感覚が私たちと違うのだろうか?
ユーノ様は人間に変身してたので分からないけど、ミネルウァ様、イリス様、メガエラはその存在が魔術の光で分かった。
邸宅に入ると、お手伝いの人たちが一生懸命に働いている。
メテウスさんの邸宅で働いている人たちと交換しているんだったな。
ふと、討伐軍でメテウスさんと一緒だったことを思い出す。
厳しいけど筋が通っていて何かと気にかけくれる方だ。
数カ月前なのに、ずいぶんと昔に感じるな。
皇帝の部屋までやってきた。
「アイリスです」
「入れ」
皇帝の声だ。
以前より元気そうで安心する。
「失礼いたします」
入ると、椅子に座り書類に向かっている皇帝がいた。
ベッドは整っていて寝ていた様子はない。
「久しいな」
「お久しぶりでございます。もう、横になられていなくてもよろしいのですね」
「身体はかなり良くなった。少しずつ取り戻していかねばな」
「ご回復なによりです」
部屋にはビブルス長官、タナトゥスさん、そしてマリカがいる。
マリカは目が合うと嬉しそうにしていた。
髪も綺麗だし、お化粧しているからか、洗練された印象になっているように見えた。
「少し雰囲気が変わったか」
私が聞かれる。
「侍女をしておりますので、そのためでしょうか」
「物腰が洗練されたかのように感じるな。少々、寂しくはある」
「光栄にございます。寂しさはタナトゥスさんで補ってください」
「俺かよ!」
部屋に笑いが起きた。
マリカも笑っているので、以前ほど緊張を保った様子じゃないのかもしれない。
「ところで皇帝、1つお願いがございます」
「なんだ。言ってみよ」
「クルストゥス先生を呼んで欲しいのです。護衛を行う上で、彼のアドバイスが必要です」
「――承知した。誰かクルストゥスの居場所を知っているものはいるか」
「私が向かいます」
ビブルス長官だ。
親衛隊のトップなのに相変わらずフットワークが軽い。
その間、私とマリカは着替えに向かった。
皇帝も正装に着替えるらしい。
皇帝の護衛はタナトゥスさん1人だ。
もうそこまで信頼されているんだと、その様子にかなり驚いた。
マリカに言わせると、元『蜂』の人たちの調整を皇帝の権限で行っているかららしい。
手続きだけなので、もうすぐ終わるらしいけど。
「それで今日は大丈夫なの?」
着替えを手伝ってくれる人たちの中、マリカが私に言ってきた。
「出来ることはやってきたつもり。マリカこそ、今日出場するんでしょ」
「うん。手は抜かない」
「いい顔だね」
自信というか確信のようなものを感じる。
「そうかな? 早く自分を試したくてウズウズしてる」
「私にも経験あるなあ」
「アイリスもあったんだ。どの対戦?」
「ドラゴン・エチオピカスと戦ったときかな。魔術を初めて実戦で使ったから」
「なるほどねー。魔術ってそういうところあるよね」
「そうそう。対戦はともかく、皇帝の護衛はどう?」
「こんなこと言うとなんだけど、みんな良い人だし慣れてきたよ」
「それはよかった」
マリカとは考えずに話せるので楽だ。
聞きたいこともいっぱい聞けた。
ラデュケも元気らしい。
オプス神殿のソフィアのことを話したら、驚くと同時にちょっと嫉妬してたみたいだけど。
あと、マリカに対して怪しい人物からの接触はなかったみたいだ。
楽しい着替えの時間が終わる。
私もマリカも動きやすいトーガのような格好だ。
私の方は前回の闘技会で着ていたような服装だった。
前回よりは少し豪華な気がする。
私たちは部屋へ戻った。
皇帝の着替えも終わっている。
クルストゥス先生もいた。
「アイリスさん、先ほどぶりです。例の件について、私はまだ十分に把握しておりません。説明をお願いできますか?」
「承知いたしました。防音の魔術を使いますね。皆さん中央に寄ってください」
私は防音の魔術を使った。
それから、皆に皇帝の暗殺が計画されている可能性があることと、その実行犯が元怪物ハンターであることを伝える。
まだ、首謀者が誰か不明なことも伝えた。
元怪物ハンターの男性については、クルストゥス先生が私の話を引き継いでくれた。
元怪物ハンターについては確実ではないけど心当たりがあるとのことだった。
怪物ハンターは給与もよく、そもそも離脱する者が少ないのだそう。
顔見知りだけど、存在感のない人物らしい。
腕は立つとのことだ。
小さな投げ矢を使い、獲物に応じたトリカブトの毒を調合する名人とのことだった。
「投げ矢対策としては皇帝の周りに強風を起こしておけばある程度は防げますね」
「君は午後、闘技会に出場するのだろう?」
ビブルス長官が突っ込みを入れてくる。
「そ、そうでした。では、午後の強風はマリカに頼みましょう。どう?」
「承知いたしました。強風を常に起こすだけであれば問題ございません」
頼もしい。
マリカは簡単に言ってるけど、風の常時発動は難しいと思う。
さらに言うと、彼女は闘技会で怪我をしない自信があるということだ。
「投げ矢というのはあくまで可能性です。他の攻撃はどうしますか?」
クルストゥス先生が聞いてくる。
「遠くからの攻撃は強風で問題ないと思われます。近くの敵であっても魔術無効が使われてなければなんとかなると思います。先生、元怪物ハンターの男性の剣の腕はご存じですか?」
「いえ、剣については分かりかねますね」
「そうですか。答えてくださりありがとうございます」
「剣で来たら俺が盾になるからよ」
タナトゥスさんだ。
「10秒でいいので止めて貰えればなんとかします」
「――秒ってなんだ?」
あ、ローマに秒という単位はなかったんだった。
忘れてた。
「10数える意味だと思ってください。『秒』は私の国の言葉です。つい使ってしまいました」
その後、サオシュヤントさん――カイハーン王子の護衛のことを話す。
印象はプライドの高そうな集団と話しておいた。
情報共有も終わり、私たちはいよいよカイハーン王子を出迎えることとなる。
彼らを出迎える場所は邸宅に隣接している建物らしい。
入っていくとと高い天井の広い空間に出た。
ゲームの王座のあるマップの10倍は広い。
大理石や彫像が並べられ、まさに大帝国の謁見を行う場にふさわしいと思った。
視聴者の数人が熱く語っていたけど、アウラ・レジアという既に壊れてしまった施設らしい。
約2000年前の施設だそうだ。
歴史に圧倒されてしまう。
「私は儀礼官として並びますね。魔術無効を発動しておきます」
クルストゥス先生が勝手知ったるように移動していった。
「俺も並ぶように言われているからよ」
タナトゥスさん、ビブルス長官も移動する。
皇帝がトーガ姿で帝座に座り、私とマリカが皇帝の左右に立つ。
皇妃などや皇子たちは参列しないみたいだった。
もう1人、帝座の近くにトーガを着た男性が立っている。
彼はなんだろう?
とにかく、ペルシャの外交団は武器を持ち込めないようなので、変なことにはならないだろう。
しばらく待っていると扉が開いた。
カイハーン王子を先頭に入ってくる。
護衛だけでなく、貴族のような人物も3人いる。
彼らは堂々と入ってくると、皇帝から一定距離を空けて立ち止まった。
カイハーン王子が先頭に立ち、知らない言葉で挨拶のようなことを話した。
カイハーンと聞こえたので、名前も名乗ったのだろう。
「お初にお目にかかり光栄です。シャーハンシャー王家の第一王子、カイハーン・シャープール・アンダシール・ミトラ・シャーハンシャーと申します」
王子の隣にいた男性が翻訳する。
名前がかなり長い。
シャーが多いな。
それから互いの通訳を通し挨拶を済ませた。
間に立った男性はローマ側が用意した通訳の人だったらしい。
互いのメッセージなども読み上げる。
ここでのやりとりはかなり形式的だ。
カイハーン王子には退屈だろう。
私は微笑みを浮かべながらカイハーン王子の護衛たちやその他の人物たちを探っていた。
特に怪しい人物はいない。
形式的な出迎えが終わり、皇帝が立ち上がった。
健康に不安があるようには見えない。
皇帝が王子の元へと歩み寄る。
私とマリカもついていった。
近づいていくと、カイハーン王子と目が合う。
私は微笑んだまま表情を変えずにいたけど、彼の方は「おいおい」と声が聞こえてきそうなワクワク感が伝わってくる表情をしていた。
私だということに気づかれたか。
こういう席で素の表情が出るのは面白いな。
それが彼の魅力なのだろう。
「この後、ローマが誇る円形闘技場での闘技会が行われる。殿下もご覧になるかね」
この皇帝の言葉はローマ側の通訳を通し伝えられる。
それに対して、カイハーン王子の言葉が通訳されて楽しみにしていたと伝えられる。
カイハーン王子は言葉が分かるのに、国の面子を保ち合うのは面倒だなと思った。
場は解散となり、皇帝が特別な扉から最初に退出する。
私たちも彼についていった。
扉を閉め、控え室のような場所で休む。
マリカが椅子を用意した。
さらに、飲み物を取ってくるようだ。
「カイハーン王子はアイリスを好奇以外の表情で見ていたな。知り合いかね」
マリカがいなくなると皇帝が話しかけてきた。
「左様でございます。お伝えするのを忘れておりましたが、彼とはウァレリウス家の侍女として3度会っています。1度目と2度目は偶然です。3度目はウァレリウス邸にお招きしました。サオシュヤントという偽名を使っていらっしゃいました」
「短期間に3度か」
「今回は皇帝のお側に控えていたので驚かれていたようですね」
「彼の性質などは分かるかね」
「私の個人的な印象でよければ」
「是非、話してくれたまえ」
「承知しました。彼はご覧の通り、カリスマ性があります。偽名で活動しているときもあの自信にありふれた様子でした。偽名でローマ市を歩き回ったりしているようですし好奇心は旺盛なようですね。あと、本人の予想を超えられるようなことが好きなようです」
「なるほど。彼が君に興味を抱く理由も分かる気がする」
皇帝が苦笑いを見せる。
「そういえば、彼は演説会でミカエル皇子と偶然同席されていました」
「ほう。ミカエルにも王子の評を聞いてみたくもあるな」
「ミカエル皇子の見る目を評価されているのですか?」
ミカエルはうつけを演じてるはずなので、皇帝から評価されているのは意外だと思った。
確かにミカエルは人を見る目を持っていると思う。
「意外か? ここだけの話、奴は私にエレオティティアについて何度も遠回しに警告してきていたのでな」
「左様でございましたか」
あのうつけモードでも、皇妃については警告せざると得なかったのか。
どういう意図かまでは分からないけど。
次に闘技会について聞かれたので、「やるべきことはやったので油断しないで戦う」とだけ伝えた。
そうして、いよいよ闘技会の会場である円形闘技場へと向かうのだった。
闘技場の席は半分くらい埋まっていただろうか。
私とマリカは皇帝の護衛として傍に仕えている。
私は上空に小さく暴風の魔術を起こした。
音が大きくならないように気をつけている。
皇帝の席は中央にある。
その隣がカイハーン王子だ。
皇妃の姿もあるけど、イリスさんやメガエラが付き添っているので中身はユーノ様だろう。
皇妃の隣には膨大な魔力の光を放っているミネルウァ様がいる。
そのミネルウァ様と目が合ったので会釈をすると、軽く顎を上げられた。
反応があるだけでも嬉しいな。
ミカエルもいて、その後ろにはルキヴィス先生やレンさんがいる。
私に気づいているが声は掛けてこない。
第一皇子のアーネス皇子もいるが私がいることには気づいてないようだった。
今日出場する人間が皇帝の傍に仕えてるとは思わないか。
カイハーン王子はこの並々ならぬ状況で、平然と座っていてすごい。
「殿下。彼女と面識があるのだろう。話してみてはどうかね。普段通りに話してくれて構わない」
皇帝がカイハーン王子に対してとんでもないこと言い出したぞ。
王子は心底嬉しそうに笑った。
皇帝も微笑んでいる。
「陛下とも貴国とも、良い付き合いが出来そうだ」
通訳なしで王子が言った。
王子の周りの貴族や護衛は驚いている。
公式の場で自国以外の言葉を話すのは、やっぱり面子上よくないのだろうな。
「さて、フィリッパ。楽しませてくれるな。聞きたいことがたくさんあるぞ」
「アイリスと申します。私のお答えできる範囲であれば、真摯にお答えいたします」
「アイリス。良い名だ。それが本当の名か」
「左様でございます。カイハーン殿下」
「くっくっく。あっはっは。どこまで知っていた?」
「お会いしたのは全て偶然です。殿下と存じ上げたのは演説会でお会いしたときです」
「あの時か」
「はい。殿下がパラスターナの姫とお話になられた際です」
セーラのことだ。
王子は勘が鋭そうだし話せそうなことは素直に話してしまう方向で接する。
「なぜあの貴族の元にいる?」
「事情があり働かせていただいております。ウァレリウス家では大変よくしていただいております」
「それは見れば分かる。では、なぜここにいる」
「臨時で頼まれたので仕方なく」
「ぶっ」
皇帝が吹き出した。
「そこまで包み隠さず、本当のことを言わなくてもよかろう」
「誠に申し訳ございません」
「面白いな。むしろ、陛下と話しているときの方があの巫女と話していたときに近いように思える」
「リドニアス陛下。巫女とはオプス神殿のソフィア様のことでございます。私の友人です」
「私はそなたの友人に近いという訳か? 素直に答えてみよ」
「失礼を承知で言わせていただくと、おっしゃられる通りにございます」
「答えろと言っておいてどうかと思うが、友人というのは立場的に複雑な心境ではあるな。もちろん、嬉しくもあるが」
「はっはっは。陛下は良い友人をお持ちのようだ」
≫楽しそう≫
≫オフィシャルに皇帝の友人になったか≫
言い過ぎた気もするが場の雰囲気は和やかだ。
今のところ、周りに怪しい人物もいない。
そんな中、開会式が始まり、皇帝が宣言した。
私もついていき、警戒しながら上空に風を起こしている。
その後、午前中の対戦が始まった。
私がカイハーン王子に解説することになった。
1戦目が終わったところでマリカが席を外す。
彼女の対戦は4戦目だったか。
そうして、2戦終わり、マリカが登場した。
「女も戦うのだな」
マリカを見てカイハーン王子が話す。
「このローマに2人いる女剣闘士の内の1人でございます」
「強いのか?」
「対戦をお楽しみになり確認していただければ、と」
対戦が始まる。
マリカの動きが以前より早くなっている。
魔術は使っていない。
前のように動きを切り返したりせずに、回りながら間合いだけを変化させていた。
相手がじれたところに剣を当て、真横から兜を横殴りにして倒す。
そこへ剣を向けた。
「勝負あり! マリカ闘士の勝利とする!」
大歓声が起きた。
強いな。
隙のない強さだ。
「驚いた。強いな」
「下位クラスでは彼女の相手になるような剣闘士はいないのかもしれません」
すぐに汗もかかず、髪も乱れずに、貴賓席へ帰ってくる。
まさか、彼女が出場者とは思うまい。
――と思ったけど、カイハーン王子がマリカを見ていた。
特になにも触れないけど、やっぱり勘は鋭いのかも。
少し気になるのは、マリカが懇願するような目で私を見てきたところだ。
何かあるのだろうか。
それから2戦後、午前の最後の対戦はゲオルギウスさんだった。
調子が悪いのか、ギリギリの勝利だ。
ただ、こういう対戦の方が盛り上がる。
最後は調子を取り戻したのか、強さを見せつけて勝っていた。
そして、本当の午前の最後は、キマイラリベリとモルフェウスさんの戦いだった。
地下に魔術の光があるとは思っていたけど、モルフェウスさんのものだったとは……。
足の怪我は大丈夫なのかな?
戦いではやっぱり足が悪いからかほとんど動かなかった。
開始からしばらくはそのまま防戦している。
でも、攻撃に転じた瞬間、キマイラリベリの前足を落とし、首に剣を突き立てた。
一瞬でキマイラリベリは絶命した。
返り血が吹き出し、彼にかかる。
強い。
相変わらず剣に気配がないな。
もう1度戦ったとして、あの剣に対応できるだろうか。
とにかく、最初から勝つことはできたはずなので、盛り上げるように言われていたのかもしれない。
観客は完全に沈黙してるけど。
「何者だ? 強すぎないか?」
「囚人のようですね。最近、ローマの暗殺集団が壊滅いたしました。その1人かと」
「詳しいな」
「光栄にございます」
午前の部が終わり、皇帝やマリカと共に休憩室に戻る。
カイハーン王子などは別室だ。
「発言をお許しください」
マリカが即、言ってきた。
「許す」
「マリカ、どうしたの?」
「ゲオルギウスの家族がさらわれたみたい」
焦っているのか皇帝への配慮があまりない。
「どういうこと? 家族?」
「アイリスも知らないか。ゲオルギウスには奥さんとお子さんがいたみたい」
「え、そうなの? 意外というかいや意外でもないのか。ご家族は無事なの?」
「分からない。カエソーたちが探してるって」
「――私のせいかも」
思い当たることは1つ。
この件の裏にレオニスさんがいることだ。
私やマリカが見つからないので、仲間の家族を狙ったという線はあり得る。
「何か知ってるの?」
「まだ憶測だけど、私の次の相手が私やマリカを探しててね。見つからないからゲオルギウスさんの家族を狙った可能性がある」
「狙ってどうするの?」
「勝つための交渉材料にするつもりじゃないかな」
「そんな!」
「時間もそんなにないし、強引にいくしかないかも」
「強引……?」
「マリカのお兄さんが組織の拠点は知ってるはずだから、可能な限り早く助け出す」
「襲撃するってこと?」
「うん」
「――アイリスが決めたのなら私は反対しない。助けはいる?」
「今は私とナルキサスさんだけでいく。マリカにはあとで助けを借りるかもしれない」
「分かった。そのときは任せて」
「うん。頼りにしてる」
「私の助けはいるか?」
「皇帝が助けに入るとややこしくなります」
「友人のピンチだというのに」
その設定まだ生きてるのか。
「そう言っていただけるのはとても嬉しいですが、今はご自身の身を案じてください。あと、私が護衛を離れることをお許しください」
「もちろんだ」
「私の対戦までには帰ってきます」
かなり考えにくいけど、私を皇帝から引き離す罠の可能性もあるか。
万が一ということがあり得る。
警戒度はあげておいた方がいいな。
「あと、ルキヴィス先生にも一声掛けておくね」
「分かった」
少なくともマリカは守ってくれそうな気がする。
ミカエルにも言っておいた方がいいな。
「皇帝。誠に申し訳ありません」
「対戦前の準備時間だと思えば元の計画通りだ。心配するでない」
「感謝いたします」
私は一礼して素早く出て行った。
まずは貴賓席にいたミカエルとルキヴィス先生に小声で事情や内容を話す。
「皇帝」や「暗殺」という言葉を使わなくても察してくれるので助かる。
さてと、ここからは時間の勝負だ。
昼の休憩を挟むので私の出番まで3時間はある。
メインの対戦で良かったというべきか。
すぐに円形闘技場を出て、人通りの少ない場所から飛び立ち、上空からゼルディウスさんの魔術の光を探す。
それが一番早い。
道場に向かっていく。
その道場内にゼルディウスさんの魔術の光があった。
すぐに降り立ち、受付を通してナルキサスさんを呼んで貰う。
「これは意外なタイミングですね」
「こんにちは」
「急ぎのご用ですか?」
「その通りです」
「マリカと何か関係が?」
「いえ、マリカは無事です。闘技会でも圧勝していました。今も護衛についています。ただ――」
私は養成所の仲間であり、ゲオルギウスという人物の家族がさらわれたことを話した。
「分かりました。レオニスさんの後ろ盾をご紹介すればいいのですね」
「はい。交渉している時間はないので、即奪い返す形になります」
「了解しました。同情してしまいますね」
「向こうから手を出してこない限りは奪い返す以外なにもしませんよ?」
「向こうも面子がありますからね」
「それならば仕方ないです」
私の覚悟は決まっていた。
向こうは先に一線を超えてきている。
その上で更にというなら戦うしかない。
「貴女が新しい恐怖の象徴になってしまいそうですね」
「恐怖の象徴になった方がいいんでしょうか?」
「あまりオススメはしません。好きじゃないとできませんから」
「ですよね」
「はい。ですので、裏社会にとって暗黙の触れてはいけない存在になるのがいいと思いますよ」
「アイリスの名と力を静かに見せつけろってことですか。覚えておきます」
「そのときはご協力できると思います。さて、私も裏を取りたいので少々時間をいただけますか? 半時間ほどです」
≫分という単位がないから半時間か≫
≫時間も太陽が出てる時間を12分割だからな≫
≫日時計中心だとそうなるのか?≫
「分かりました。待ち合わせの場所はどうしましょう」
「ここ、道場前はいかがですか? 僕も道場長をなだめる必要がありますし」
「了解しました。では半時間後に。私は養成所で話を聞いてきます」
私たちは別れた。
時間もないので、一気に養成所へと飛ぶ。
養成所へは一応、受付から入る。
今日対戦があるんじゃないのかと話しかけられたが、急ぎの用とだけ伝えた。
入ると、闘技会を見に行っているためほとんど人はいなかった。
でも、フゴさんを見つけた。
「フゴさん!」
「ど、どうして?」
「ゲオルギウスさんの家族がさらわれたと聞いてやってきました。どういう状況ですか?」
「み、みんなで探してる」
「バラバラに探してる感じですか?」
「そう」
「どうしてさらわれたと知ったのか分かります?」
「アニキが行ったとき手紙があった」
カエソーさんがゲオルギウスさんの家に行ったときと考える。
「手紙にはなんて書いてあったんですか」
「アイリスに伝えろと書いてあったって言ってた」
「――そうですか。家族の居場所が分かったという連絡はないんですよね?」
「ない」
「分かりました。誰かが戻ったら私も探し始めたと伝えてください。私の方には伝手があります」
「わ、分かった」
「それでは」
半時間とは言ってたけど、ナルキサスさんはもっと早く戻っている可能性もある。
「アイリス!」
「はい」
「た、頼む」
私はフゴさんに笑顔を向けた。
すぐに受付から出てゼルディウスさんの道場へ戻る。
道場前にはゼルディウスさんがいた。
「ゼルディウスさんこんにちは。ど、どうしたんですか?」
「面白いことをしているのだろう?」
「お、面白いこと?」
「今、君がいてナルキサスが慌てている。楽しそうな匂いがするじゃないか」
ま、またやっかいな人が……。
そう思っていると、ナルキサスさんが戻ってくる。
「おや、どうしたんですか道場長」
「待っていた」
「ついてくるおつもりですか?」
「もちろんだよ」
「仕方ありませんね」
「だ、大丈夫なんですか? 目立つというか大事になるんじゃ」
「言っても聞いてくれませんよ。諦めてください」
「――はい」
飲み込む。
どうなるか分からないけど、ここまで来たら最速での解決のみを考えることにした。
コメントもまさかのゼルディウスさん参戦に持ち上がっている。
「ところで場所ですが、3つ程度に絞れそうです」
「3つですか」
「可能性が高いのは、地下闘技場のある場所ですね。外壁の外ですが」
「いきましょう。場所は分かりますか?」
「はい」
「では、飛んでいきます。方向はナルキサスさんが指し示してください」
「分かりました」
「では、風の魔術で飛びます。鳥みたいな感じです。みなさん大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
「何が起こるのかね?」
「道場長も空を飛ぶんですよ」
「やはり面白そうじゃないか」
「こう前傾姿勢をとって手を広げてください。あとは私を信じてもらうしかありません」
「大丈夫ですよ」
「では、いきます」
私は2人をゆっくりと空に飛ばした。
ゼルディウスさんは楽しんでいるようだ。
ナルキサスさんはいつものように細い目で薄笑いを浮かべたまま腕で方向を指し示した。
私は少しずつ加速させて、ローマ外壁の外まで一気に飛ばす。
まだ、建物が多い場所に大きな建物があった。
ナルキサスさんがそこへ腕を向ける。
馬車置き場が広い。
私たちは離れた場所へ着地する。
豪華な建物がある。
「お疲れさまです。ここですか?」
「はい。地下闘技場のある場所です」
私はすぐに空間把握を使った。
確かに地下に広い空間がある。
中に何人かいるな。
入り口にも武装した者が2人いる。
「私だけで探らせてください」
「どうするのですか?」
「姿が見つかりにくい魔術が使えます。それで近づいてさらわれた2人がいるかどうか確認します」
私は影化の魔術を使って、自らを影にし、建物の背後から近づいた。
目は開けて警戒しながら、意識は地下に移す。
地下は隅から隅まで探した。
地上部も探したけど、ゲオルギウスさんの家族がいるようには思えなかった。
すぐに戻る。
「空間把握でいないと判断しました」
「では、別の場所ですね。最後の1箇所には恐らくいないでしょう。次でいなければ別の方向で考えた方がいいかもしれませんね」
「なんだ。帰るのかね?」
「いえ、別の場所へ向かいます」
今度は壁の内側の郊外だ。
降りてから雰囲気のよくない通りに入っていく。
ゼルディウスさんがいるので、周りは避けてる。
「ここですね」
外見は周りと同じような集合住宅だ。
しかし、1階から住居になっているようだった。
普通の集合住宅の1階は何かの店になっている。
「探ってきます」
私は再び影化の魔術を使って、探りに入った。
人が多くて、ちゃんと確認できない。
夜なら忍び込んでもよかったんだけど……。
と思ったけどガラスの窓があるな。
かなり厳重だ。
しかも外にカーテン、内側にガラス窓、という違和感のある作りだ。
ナルキサスさんの元に戻り、話を伝える。
「困りましたね」
「入って確認すればいいだろう?」
話を聞いていたのか、聞いていないのか。
ゼルディウスさんがいきなり集合住宅へ入っていった。
ドアが開かなかったらしく、力で無理矢理開けて入っていく。
思わず、ナルキサスさんと目があった。
「せっかくですので便乗しましょう」
笑顔で言う。
「い、いいんですかね」
1階は騒然となっていた。
ゼルディウスさんが「邪魔するよ」と入っていく。
中の人たちは一般の人たちには思えなかったがあっけにとられていた。
その内の1人がゼルディウスさんの前に立ち、すぐに5人くらいが取り囲み始めた。
「なんだてめぇ」
「人を探してるらしいのだが、知らないかね」
「ふざけてんのか」
ゼルディウスさんは散歩でもするように彼に近づいて男性の頭を掴んだ。
「いいい、いでぇ」
「ところで君は誰を捜しているのだね?」
ゼルディウスさんは私たちに振り向いて聞いてきた。
頭を捕まれた男性は暴れている。
「ゲオルギウスという人物の妻と子らしいですよ」
一応、声を低めに変えて答える。
「だそうだ。知らないかね?」
周りが殺気立つが手を出さない。
明らかに格が違うからな。
1人が刃物を抜くと同時にゼルディウスさんは、掴んでいた男を投げ飛ばし、同時に前蹴りを放った。
刃物を抜いた男は壁に激突し、そのままうめき声をあげる。
別の1人がかかっていくが、拳を顔に受けてそのまま失神した。
命に別状がなければいいけど。
女性もいたようで、悲鳴があがる。
もうむちゃくちゃだな。
そんな中で、私はカーテンを風で巻き上げ、日の光を中に入れた。
素早く探すがこの1階にはいないようだった。
「1階にはいないようです」
低めの声でナルキサスさんに伝える。
彼はすぐにうめき声を出している男性に近づき、無言で壁に頭をぶつけた。
ゴンっと痛そうな音がする。
「ここのどこかに最近さらわれきた親子はいませんか?」
「な、なにを」
無言で壁に頭をぶつけて、ずりっとコンクリートの壁で顔をこすった。
そんなことが更に2回繰り返されると、男性は親子が2階にいると白状した。
手慣れてる。
痛みを繰り返して損得を考えられない状態にしておき、その痛みから逃れるために口を割らざるをえない。
「内緒にしておいてくださいね」
「もちろんです」
マリカに内緒にしておけということだろう。
その後、2階で身動きがとれない状況にされている女性と小さな娘を見つけた。
ゲオルギウスさんの家族かもしれない。
「私はゲオルギウスさんの知り合いです。ご家族でよろしいですか?」
私が問いかけると、無言で彼女は何度も頷いた。
娘さんは女性にしがみついている。
「彼女たちは僕たちで保護しておきます」
ナルキサスさんがそう言ってくれたので、私は養成所に向かうことにした。
「もう終わりかね?」
物足りなさそうなゼルディウスさんが口をとがらせる。
「今後、面白いことになるので期待していてください」
ナルキサスさんが笑った。
ゼルディウスさんが完全に裏社会と敵対することになってしまったからな……。
どちらにしても借りができた。
私は影化の魔術を使ったまま十分に離れてから、空を飛んで養成所に戻った。
受付を通り、フゴさんにゲオルギウスさんの奥さんと娘さんが無事なことを伝える。
あと、彼女たちがゼルディウス道場にいることも伝えた。
皆が戻ってきたら伝えるように話す。
あと、仲間以外には話さないように伝えた。
「それではよろしくお願いします」
「あ、ありがとう。ほんとに、ほんとに」
「いいんですよ。同じ仲間なんですから」
フゴさんは泣いていた。
強くなったとは言ってもあまり変わってないんだなと思った。
円形闘技場に戻る。
私の出番はまだのようだ。
慌てて身だしなみを整えてから、再び皇帝の傍についた。
「もういいのか?」
「お心遣い感謝いたします。無事見つけだし、保護して貰っています」
マリカが見てきたので、力強くうなづいておいた。
彼女も安心したようだ。
「何かあったのか?」
カイハーン王子が聞いてくる。
「はい。少々トラブルがございましたので片づけてまいりました。ご心配、感謝いたします」
対戦が始まる。
知らない人たちの戦いだったけど、風の魔術を織り交ぜながら戦っている。
パロスの中位くらいかな?
私の対戦は次の次くらいか。
思考を切り替え、息を整え、周囲に気を配る。
暗殺の気配はない。
暗殺者が動き出すとしたら、やっぱり閉会式か。
メインの1つ前の戦いは、セルムさんだった。
久々に見た気がする。
戦っているのは第12位らしい。
ずっと怒っているような剣闘士で、何か剣を振るうためびに声をあげていた。
セルムさんはつまらなさそうに、でもそれなりに苦戦した上で勝利していた。
さて、私の出番か。
休憩の後に、いよいよメインイベントの第三席『黄金』レオニスさんと私の戦いが宣言される。
「それでは、『女神』アイリス! 入場!」
高らかに私の名前が呼ばれた。
「それではいってまいります」
「そなたのことだから心配はいらぬと思うが、武運を願っている」
「感謝いたします」
「ちょっと待て。どういうことだ?」
半ば興奮しながら、カイハーン王子が聞いてくる。
「最後の対戦は私。剣闘士のアイリスが出場者なのです」
「おいおいおいおいおい。なんだそれは。後で詳しく聞かせろよ? 勝てるんだろうな?」
「負けるつもりはありません。しかし、勝負は時の運ですので」
私は準備されていた鎧と小手を取り、身につけた。
マリカが手伝ってくれた。
言葉はなく、見つめ合って頷きあう。
そうして、アリーナに降り立つ。
一瞬、暴風の魔術を使って地面に静かに降りた。
観客たちはざわつく。
私はゆっくりと中央に歩いていった。
歩みに従い、少しずつ大歓声に変わっていく。
このような状況にも慣れたのか、あまり感情は動かなかった。
でも、それも次の声を聞くまでだった。
「続いて、ローマ剣闘士第三席『黄金』レオニス!」
エレベーターが少しずつ上がってくる。
彼の顔が見えた。
私は目を閉じる。
大歓声。
彼はエレベーターから出てくると歩を進め、中央で両手をあげた。
揺れるような大歓声が巻き起こる。
特に女性の声が貴族の席から聞こえてくる。
彼が腕をおろすと歓声は少し静かになる。
「互いに武器と盾を」
私たちは歩み寄り、武器と盾を選んだ。
彼は普通の剣と盾。
私は軽い剣と小さな盾だ。
「君の練習仲間、ゲオルギウスだったか。彼の家族が行方不明だそうだな」
「――はい」
何もかも飲み込み、なんとか返事をする。
「私が助けてやってもいい。その変わり分かるな?」
係の人はひきつった顔で無視を決め込んでいる。
買収されたのか弱みを握られたのか、それとも人質を取られたのか。
「――貴方に得意な技はありますか?」
「なに?」
「故意に負けると疑われます。それはレオニスさんも望むところではないでしょう。貴方の得意な技を1度だけ受けるというのはいかがですか? あと私は攻撃の魔術を使いません」
私は彼が魔術無効を周辺で使っていることを確認してから、上空から私たちへ向けて暴風の魔術を使った。
範囲の外でも暴風の魔術なら風が届く。
ゴッ! という音ともに強い風が服をはためかせる。
レオニスは一瞬だけ驚きの表情を見せた。
「分かった。魔術だけではなく、攻撃も当てるな」
「剣で、ということですよね?」
「ああ」
「繰り返します。得意な技を1度受けます。魔術で直接攻撃はしません。剣も直接貴方には当てません」
「盾での攻撃も当てないで貰おうか」
「――分かりました」
わざと少し間を開けてから答えた。
彼は有利な状況の交渉に慣れてるな。
1歩ずつ有利さを詰めてくる。
でも、私も頭がよく回っている。
私は自分が思っているより怒っているみたいだ。
レオニスはもう完全に敵だ。
私たちは間合いを開けた。
互いに構える。
大歓声。
「始め!」
こうして、闘技会のメインイベント、第三席『黄金』レオニスとの戦いが始まるのだった。




