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第176話 闘技会直前

前回までのライブ配信


アイリスは自身がローマにいる噂を広めるためゼルディウス道場を訪問。アイリスはゼルディウスの長男マルティウスに魔術の才能があることを見抜き指導する。更にナルキサスと実践形式で左フックの練習を行い、間合いやタイミングを掴むのだった。

 ネブロ師範と会う日。

 昼食を終え、侍女の部屋へ来ていた。

 待ち合わせの午後1時に近づいてきている。


 その前に視聴者たちと話す時間を取った。


「ここを出たら、ウルフガーさんが一緒にいるので何も反応できなくなると思います。何かあれば今の内にお願いします」


 防音の魔術は使っていない。

 今だとエミリウス様やヴィヴィアナさんに気づかれる恐れがある。


 ≫ウルフガーの面接か≫

 ≫2人が会うのは裏社会から抜けるためだっけ≫

 ≫ウルフガーが気に入られない場合どうする?≫


「1度だけネブロ師範に食い下がってみます。無理そうなら、私独自でウルフガーさんが裏社会から抜けられるように動くつもりです。まずは情報集めからになりますね」


 ≫妥当なところか≫

 ≫潰すのはまずいの?≫


「短絡的に潰すとあまり良い結果にならないと考えています。今思うと、暗殺集団『蜂』のときは親衛隊がいましたし、運が良かったですね」


 ≫考え方が成長してるな≫

 ≫裏社会といっても生態系みたいなものか≫

 ≫Gも絶滅させるとなんか影響はありそう≫

 ≫害鳥を殺しまくったら飢饉になった話がある≫


「『蜂』がなくなった影響は今後出てくるかもしれませんね。皇帝と呼ばれていたソムヌスさんは裏社会で恐れられていたみたいですし」


 ≫緩やかな変化ならよかったんだろうけどな≫

 ≫『蜂』はいきなり潰れたからな≫

 ≫誰がなくしたのだ?≫


「後悔はしてませんけどね。結局、出来ることには限界があるので都度やりたいようにするだけです」


 ≫今はウルフガーか≫

 ≫皇妃が関わってそうなのがやっかいだな≫


「私の勘にすぎませんが、皇妃はウルフガーさんの名前も知らなければ興味もないと思ってます。アイリスとしての私さえ表に出なければ、皇妃は関わってこないのではないかと」


 ≫なるほど≫

 ≫没落貴族のいち執事とかどうでもいいか≫


「暗殺者の手配は済んでいるはずです。次の仕事でウルフガーさんを外すことが出来れば、ひとまずはOKなのではないかと思っています」


 ≫暗殺者は元怪物ハンターだったか≫

 ≫弓とかで暗殺するのか?≫


「魔術を併用してきそうな気がします。あとは複数人かもしれません」


 ≫複数人か≫

 ≫単独な気がする≫


「そうですね。あまり、決めつけないように広く対応していきます。クルストゥス先生が知ってるといいんですけど」


 ≫誰だ?≫

 ≫クルストゥス?≫

 ≫久しぶりに聞いた≫


「剣闘士養成所でお世話になった魔術に詳しい方です。好奇心が強くて、多少裏社会のこともご存じのようです」


 視聴者と話していると、ウルフガーさんの準備が終わったことが分かった。

 私は玄関に出て、ウルフガーさんと一緒に待ち合わせの場所へと向かう。


 坂を下り、円形闘技場コロッセウムへまず向かった。

 そこから西へ行くと待ち合わせの場所、「ティトゥスの凱旋門」だ。


 途中、ウルフガーさんに確認の意味も込めてネブロ師範について簡単に説明する。

 特に自由な人なので何をしてくるか分からないことを繰り返した。


 私も彼も厚手のチュニックの服装だ。

 私はともかく、ウルフガーさんはネブロ師範と試合をすることになると思う。


 ネブロ師範が幼いウルフガーさんと道場で会っていたことは既に話してある。

 彼もそのことはちゃんと覚えていて、声を掛けたりパンをくれたことに感謝しているようだった。


 到着すると、パンドゥーラを鳴らしているネブロ師範が居た。

 青いマントを着ている。


 曲は弾いてないけど、目立っている。

 街の喧噪でパンドゥーラの音は聞こえてないけど、独特の存在感があった。


「あの方です」


 ウルフガーさんに話すと、彼は真っ直ぐに向かっていった。

 私は彼の後ろをついていく。


「ネブロ師範。こんにちは」


 目が合い、私から挨拶した。


「来たか」


 ニヤッと嬉しそうな顔を見せる。


「話しながら行こうぜ?」


「はい。ウルフガーさん行きましょう」


「君がウルフガーか。面影がある。立派になったな」


 人懐っこい笑顔だ。


 ウルフガーさんは一瞬驚き、そして姿勢を正し、深く頭を下げた。


「お久しぶりです」


「あぁ、本当に久しぶりだ。こういう再会もいいもんだな。さ、こっちだ」


 マントを(ひるがえ)し、ネブロ師範は円形闘技場(コロッセウム)に向けて歩きはじめた。

 私たちは彼についていく。


「先に言っておくが、今から行くところはレオニスが所属する剣闘士養成所だ。運が良ければ奴に会えるぜ」


 驚きそうになったけど、寸前で声を抑えた。

 私以上にウルフガーさんが驚いていてくれて助かった。


「試合するのに適当な場所がなくてな。ほら、念のために着けておけ」


 言いながら大きな長方形の布地を私に手渡してくる。


「ありがとうございます。これ、どうやって着けるんですか? こういうのには(うと)くて……」


「すまんな、俺も知らん。周り見てそれっぽく着けてみろ」


 真新しい気がする。

 わざわざ買ってくれたのかもしれない。

 私は見よう見まねで頭から顔が隠れるようにその布を着けた。


「お! 何しても似合うな。じゃ、急ぐぜ」


 颯爽と歩き始め、マントが広がる。

 白髪なことを除くと歳を感じさせないな。


「レオニスさんって地下闘技出身の方ですよね?」


 斜め後ろからウルフガーさんに話しかける。


「ああ、そうだ」


「レオニスさんはウルフガーさんのことをご存じなんですか?」


「恐らく彼は私のことなど知らないだろう」


「なんだ。顔見知りか?」


 ネブロ師範が振り向いて話に入ってくる。


「はい。同じ日に別々の試合をしたこともあります。――圧倒的でした」


「表の闘技会で奴の戦いをみたことはあるのかい?」


「ございません」


「じゃあ、奴の今度の対戦だけでも見てみるといいぜ? 明後日だろ」


 私の正体がバレるかもしれないので、あんまり来て欲しくないんですけど?


「仕事がありますので」


「仕事は大事だわな」


 顔だけ後ろを向きながら、人を避けていく。

 やっぱりネブロ師範って常に空間把握を使ってるんだな。


 レオニスさんが所属しているという養成所にはすぐに到着した。

 私のいた養成所よりは少し小さいか。


「フィリッパだったか。名目としては俺の付き添いって感じでよろしくな」


「承知いたしました」


 彼の荷物を渡される。

 私は弱そうに見えるらしいので、黙っていれば気づかれないだろうと思いたい。


 受付に入り、彼は中の職員と親しそうに話していた。

 顔が広いな。


「済んだぜ。ほれ」


 ネブロ師範はウルフガーさんに木剣と楯や、その他の防具を渡した。


「着けてみろ。サイズは合うか?」


 ネブロ師範本人は木剣だけを持っている。

 防具なしなのか。


「あの角の方を使ってください」


 職員が指を差す。


「助かるぜ」


 本当にいきなりだな。

 ウルフガーさんに事前に試合をするかもと伝えておいてよかった。


 養成所の中に入る。

 この手の訓練場はどこも同じような感じなんだな。

 中庭になっているところが練習場だ。

 広くはないので、見渡すと全体が確認できる。


「いたな。運がいい」


 アリーナ状なところで試合のような練習をしてるのが、レオニスさんだ。

 階段状の席に剣闘士たちが集まっている。


 ネブロ師範や私は横目で確認するだけに止めた。

 ウルフガーさんはレオニスさんの姿を凝視している。


 レオニスさんは目立っていた。


 バランスのとれた大きな身体。

 服の上からでも分かる彫刻のような肉体美。

 淀みのない動き。

 華もあり風格もある。


 『黄金』と呼ばれるだけのことはあると改めて思う。


「始めるぜ?」


 待ち合わせ時間からここまで10分程度。

 展開が早い。


「はい」


 ウルフガーさんも動じず受けた。

 立ち合い人はいらなさそうだ。


「俺は構えないのが構えだ。試合だと思ってこい。こちらの怪我のことは一切気にするなよ?」


 ウルフガーさんは頷くと、いきなり真正面から剣を振り下ろした。


 コンッ。


 ネブロ師範は軽く剣で弾く。

 身体を鋭く回転させながら受けるのか。

 受けたと思ったらその力を利用して移動している。


「いい振りだ」


 ネブロ師範は間合いのコントロールも上手い。

 遠いか近いか。

 ウルフガーさんにとっての、ちょうど良い間合いにいない。


 それでいて剣の出所が分からないので、ウルフガーさんはやりにくそうだった。


 攻撃が彼の防具に何度も当たっている。

 ウルフガーさんは、相打ち覚悟に切り替えたり、楯で崩そうとしたり、攻撃が当たるのを無視して、攻撃を仕掛けたけど効果はなかった。


 剣を持ったネブロ師範は相当強いな。

 しかも彼の戦い方だと、体力の消耗は少なそうだ。

 剣闘士第四席だったロンギヌスさんより強そうな気がするけど実際どうなんだろうか。


「この辺りか」


 間合いを外す。

 ネブロ師範は涼しげな顔で言った。


「ありがとうございました。光栄な機会をいただきました」


 ウルフガーさんは構えを解き、深く頭を下げる。


「お前さんさえよければ今日から、いや今からでもコモド流の門下生でいいぜ」


 ウルフガーさんはその言葉を聞いて固まった。

 2人は会ってからまだ20分も経ってない。


「理由も話しておくか。まず、カミラが認めた時点で問題なかった。俺自らどんな男かこの目で確認したかっただけだ。すまんな、年寄りの我が儘に付きあわせちまって」


「いえ」


「今、いくつだ?」


「29歳となります」


「悪くない年齢だ。俺の歳までまだ20年以上ある」


 笑いながらウルフガーさんの肩に手をゆっくり置いた。


「ありがとうございます」


「気が向いたら手続きにくるといい。残念ながらタダという訳にはいかないがな」


「是非」


 思いのこもった「是非」だなと思った。

 彼にとって、夢が叶った瞬間なのかもしれない。


 彼らが話していると、レオニスさんとその取り巻きの一部が移動を始めた。

 入り口方面に向かっている。

 ネブロ師範は彼らに気づいているようだ。


 その間も、ネブロ師範とウルフガーさんは話している。

 カミラさんが本部道場に来る曜日のことなどを話していた。


 レオニスさんの意識はこちらへ向いている。

 嫌な予感しかしない。


 私は視線を向けないようにして話を聞いていた。


 レオニスさんたちがこちらへ向かって方向を変えた。

 散歩でもしているような速度だ。

 やっぱりこっちにきたか。


「初めましてのお客様かな」


 そのレオニスさんが声を掛けてきた。

 彼の身体はネブロ師範に向いている。


「すまないがここを使わせて貰ってるぜ」


 ネブロ師範が言った。

 ウルフガーさんはネブロ師範の斜め後ろに位置を変える。


「貴方の動きがよかったので来てみたが、ご老体だったようだ」


「ご覧の通りだ。用事はそれだけかい?」


 ネブロ師範は涼しげだ。

 どこにも力が入っていない。

 背後のウルフガーさんは緊張している。


「挨拶もなしに勝手に使われては迷惑でね」


「なんだ。俺の動きがよかったので来てみたというのは嘘か。面倒くせぇな」


 頭をかく。

 レオニスさんの取り巻きに殺気が混じり、不穏な空気が流れ始めた。


 どこかで見た緊張感だと思ったら、ルキヴィス先生がサオシュヤントさんたちに喧嘩売ったときと似てるのか。


「コモド流の総師範がこの素行(そこう)では流派の程度がしれるな」


 ウルフガーさんの顔が変わった。

 同時にネブロ師範が腕を伸ばして制する。


「ご老体と気づいたってのも嘘か。まどろっこしいことしてないでさっさと本題を言って欲しいぜ」


「失礼な人間には相応の報いを受けさせないと示しがつかないのでな」


 木剣を軽く動かした。


「なんだ。それが目的か。もちろん、断る」


「逃げるのか」


「逃げる」


「恥ずかしくないのか?」


「もちろん恥ずかしいぜ」


 全部認めるネブロ師範にレオニスさんは二の句が継げない。


「そもそもこんなところで老人の話し相手をしている暇があるのか?」


「問題ない」


「あの『女神』アイリスと対戦も近いのだろう。勝てるのか?」


「勝つさ」


「まあ、上手くいけば勝てるのだろうな」


 総師範の意図を計りかねてか、レオニスさんは怪訝(けげん)な表情を浮かべた。


「アイリスとその友人を探しているのだろう? 見つかるといいな」


「なに?」


「おっと、顔に出すなよ。周りの取り巻きにバレるぜ?」


 今、瞬間的にレオニスさんが怒った。

 今の会話の流れだと、身に覚えがなければ、怒るにしても考える時間が少し必要なはず。

 黒に近いグレーか。


 それにしても、ネブロ師範は口喧嘩が上手いな。

 意見をぶつけてこないので、レオニスさんはやりにくそうだ。

 計算してなのか、適当に話しているのかは分からないけど。


「――無駄話はいい。やるのかやらないのか?」


「どういうこと?」


 ネブロ師範は可愛らしく顔を傾けながら聞き直す。


「耳まで遠いのか」


「いや、そうではなくてな。ちゃんと断ったことを蒸し返されて戸惑ってしまった。そっちの剣闘士の君。さっき、俺が断ったの聞いてるよな?」


 突然振られて挙動不審になるレオニスさんの取り巻きの1人。


「俺が断ったと思うなら、頷くだけで良いぞ」


 言われた彼は思わず頷く。

 頷いてからしまったと顔を強張らせた。


「ほらな。以上だ。忙しい身だろうし、老人にかまう必要はないんだぜ?」


「なるほど。そういえば、ロンギヌス殿も腰抜けだったな。挙げ句に今では犯罪者とか」


「全く困った奴だ」


「コモド流は腰抜けしかいないとみえる。もちろん、ネブロ殿。貴方を筆頭にね」


「貴様」


 声を出したのはウルフガーさんだった。


「おや。コモド流はしつけも出来ていないとみえるな」


「私はコモド流にまだ席を置いていない」


「では、入るのは止めておくのだな。そんな腰抜け流派の元にいても弱くなるだけだ」


「取り消せ」


「事実、腰抜けだろう。何を取り消せと?」


 レオニスさんに余裕が出てきた。

 ネブロ師範はウルフガーさんを見ている。

 

「腰抜けというのは事実ではない」


「では、君が証明してくれるかな。ああ、君はコモド流ではなかったのだったか」


「コモド流だ。こんな私でもいつでも席をおいてよいと言ってくださった。それならば今、席を置く」


「ほう。では腰抜けでないことを見せてくれるのか」


「ああ。見せる」


「まぁ、若いし仕方ないか。では、一本だけで互いに重い怪我をさせないという条件で試合を認めよう。立ち合いは俺が受け持とう」


 ネブロ師範がいつの間にか仲介役みたいなことになってる。

 さっきまで絡まれてる側だったのに見てて飽きないな。


 ネブロ師範は周りに指示までして、あっという間に試合の準備を整えてしまった。


「双方離れろ」


 レオニスさんとウルフガーさんは互いに離れた。

 ウルフガーさんは受付で借りた木剣と楯を持ったまま移動する。

 レオニスさんは離れる前に楯を取り巻きから受け取っている。


 完全にネブロ師範のペースだな。

 レオニスさんの取り巻きはいきなりの展開に戸惑っている。


「お互い重い怪我はさせないようにな。では、構えろよ――」


 ウルフガーさんは楯を中心に剣先を突き出すコモド流の構え。

 レオニスさんは半身で木剣も楯も軽く持ち上げているだけで構えてはいない。


「始め!」


 いきなりウルフガーさんは楯を構えながら木剣を振るった。

 綺麗な放物線だ。


 剣はレオニスさんが持ち上げた楯で軽く弾かれた。

 でも、ウルフガーさんの体勢は崩れない。

 練習の成果が生きてる。


 そのままウルフガーさんは楯でぶつかる。


 でも、レオニスさんは微動だにしなかった。

 受け止めたのに身体に力は入っていない。

 ウルフガーさんは横に移動しながら足に向けて剣を振るう。

 無造作に振った剣先をぶつけられ防がれた。


 レオニスさんは開始から全く動いていない。


 ウルフガーさんは足への攻撃の勢いを利用しながら、斜めからの斬撃。

 その斬撃が剣で受けられた――と思ったらウルフガーさんの剣が真横に飛んでいった。


 直後、レオニスさんの木剣の切っ先がウルフガーさんの胸元に突き刺されることが分かった。

 防具の上からでもあれはまずい。


 ウルフガーさんの胸元は隙だらけだ。

 魔術が見えた。

 ネブロ師範?

 だが風は起きない。

 魔術無効(アンチマジック)を使っているのか。


 私はウルフガーさんの楯の裏に暴風の魔術を使って、レオニスさんの剣に向けて吹き飛ばした。


 見えない場所には魔術無効(アンチマジック)が届かないことが多い。

 つまり、そこには魔術が使えることもある。

 ただ、使えない場合もあるので半分は賭けだった。


 でも、私は賭けに勝ち、楯が吹き飛ぶ。


 楯はウルフガーさんごと吹き飛び剣にぶつかった。

 それでもレオニスさんは微動だにしなかった。


「はい止め。勝負ありだな」


 ネブロ師範が無理矢理2人の間に身体を入れ、試合を止めた。


「すまんな。怪我しそうな攻撃だったので魔術を使わせてもらったぜ?」


「立ち合い人なのだから当然の権利だ」


 レオニスさんが微笑みながら答えた。


「そう言ってくれると助かるな」


 ネブロ師範が気を利かせて、私の使った魔術を自分の使ったものにしてくれたようだった。


 2人とも特に何も起きてないように接しているのがすごい。


 戦っていたウルフガーさんは何か気づいているのだろう胸に手を当てて集中し、レオニスさんを見ていた。


「レオニス殿の勝利だ」


 ネブロ師範言うと、レオニスさんは剣を高く掲げた。

 取り巻きからウォーという歓声があがる。

 良い笑顔もしている。


 その後、ウルフガーさんに握手を求めた。

 華があるし、試合が終われば紳士的でもある。

 一方のウルフガーさんは握手には応じたものの、集中してレオニスさんを見ていた。


「その目」


 レオニスさんがウルフガーさんの視線を受け止める。

 受け止めている間はあまり表情は動かなかったけど、ふと何かに気づいたように怖く微笑む。


「そうか。ではな」


 彼はそれだけ言って「いくぞ」と取り巻きを引き連れ去っていった。


「とんだゲストだったな。怪我はないか?」


「はい。お陰さまで怪我はございません」


「それはよかった。さて、用も済んだし俺たちも出るか」


 私たちは受付を出て、養成所をあとにした。

 受付で、ネブロ師範が「約束通り俺は試合しなかったぞ?」と言っていたので事前に約束があったのだろう。


 外に出てもネブロ師範は私たちが帰る方向に歩いていく。


「あれ、ネブロ師範の帰りはこちらではないのでは?」


「話がしたくてな。そういえば荷物をフィリッパ嬢に預けっぱなしだったな。助かったぜ」


 彼は笑いながら、私から荷物を受け取る。

 そこでウルフガーさんが立ち止まった。


「どうした?」


「差し出がましいことをして申し訳ございません」


 彼は深くお辞儀をする。


「俺はな。嬉しかったんだよ」


 ネブロ師範が彼の肩を叩いた。


「コモド流のために怒ってくれたんだろ。立派な門下生だぜ」


 ウルフガーさんが顔を上げる。

 それに合わせてネブロ師範はニカッと笑った。

 ウルフガーさんは再び頭を下げる。


「それに、お前さんに熱い部分があることも分かった。あのレオニス相手によく立ち向かったな」


「全く相手になりませんでした」


「良い経験にはなっただろう。あれを想像しながら練習に生かしていけばプラスになる。思うに奴はかなり強いな。ロンギヌスとの対戦は手を抜いてた気がするぜ」


「第三席の座を巡るときに手を抜くということがあるのですか?」


 思わず聞いてしまう。


「闘技会を盛り上げるためと対戦相手に困らないためじゃないか? 対戦相手がいれば金は入るしな。結局はロンギヌスが舐められてたのだろう」


「お答えいただきありがとうございます」


 私もレオニスさんの実力を上方修正した。

 彼はまだ実力の底を全く見せてない。

 ああいう試合で魔術無効(アンチマジック)をずっと発動していたことを見ても、慎重なタイプということだけは分かる。


 油断はできないな。

 思わず口角が上がりそうになる。


 幸運なのはレオニスさんの剣の奪い方を見ることができたことだな。

 剣で受けて支点にし、楯を力点にすることで、飛ばす。


 ひょっとしたら、あれを本気で向かってくる相手に試してみたかったのかも。

 流れるような動きだったし練習自体は相当しているはずだ。

 ただ、実戦で使うのはまた違う。


 あとはなぜ外部の人間にあの技を見せてしまったのかが気になるな。

 慎重なタイプなはずなのに。

 私の考えすぎだろうか。


 私は対戦では決めつけずに対応しようと考えを固めた。


「思い出したことがあります」


 ウルフガーさんがネブロ師範に話しかける。


「なんだ、言ってみろ」


「お聞きしているとは思いますが、私は地下闘技をしていました。彼もそうです。彼は地下闘技で対戦相手に困っていたと聞いています」


「面白い。表ではその経験を踏まえて手を抜いていると?」


「恐らくは、ですが」


「奴の戦いは見たのか?」


「はい。私が地下闘技を止めるきっかけとなるほどに大きな差を感じました」


「なぜ地下闘技を止めようと思った?」


「――圧倒的な彼を見て怖くなりました。今考えてみると現実を知ったのでしょう。私自身の限界を」


「ちゃんと危険から脱しただけでも立派なもんだ。俺なら死んでるな」


 笑いながら言う。


「臆病なだけです」


「それで今生きてるならめっけものだろう」


「はい」


「その上で今回立ち向かえたんだ。過去のしがらみも少しはマシになったんじゃないか?」


「まだ実感がありません」


「地下闘技までいったというのに、その率直さは大きな武器だな。それに1つ、お前さんは誤解している」


「誤解ですか?」


「お前さんの限界はまだ来ていない」


 ウルフガーさんが戸惑っている。

 でも、私はネブロ師範の言う通りだと思う。

 周りの人たちに恵まれた私だからよく知っている。


「俺は元々強かったが、コモド流を学んでからは何倍も強くなった。見ていたなんてのは学んだ内に入らない。お前さんだって学ぶことでレオニスに届くかもしれないぞ」


 私なんて1人だったらもう死んでるからな。

 誰にも教わらなかったときと、いろいろと教わってきた今の強さの比較なんて何百倍も違う。


 ネブロ師範の言葉でかなり衝撃を受けているみたいだった。

 言葉にすら出来ないようだ。


「いいな、その反応。いっそのこと俺の直弟子にならないか? 冗談じゃねえぜ?」


「いえ、もったいないお話ですが、カミラ様の元で学ぶことをお許しください」


「そこは即答なのかよ。本当に面白いな、お前さんは」


「恐縮です」


 ウルフガーさんはすっかりネブロ師範に気に入られたようだった。

 そのウルフガーさんも表情が柔らかい。


「まぁ、裏社会の方は縁切らせる方向で話してみるぜ。筋通さないといけないときは顔貸して貰うかもしれないがいいか?」


「勿体ない話です。この借りはどう返すのがよろしいでしょうか?」


「まずは剣の実力上げてくれや。それから考える」


「承知いたしました」


 その後、道場のこととか話をしていると丘の前にたどり着いた。


「フィリッパ嬢。付き合わせて悪かったな」


「いえ、興味深く拝見いたしました」


「そりゃあよかった。行ったかいがあったってもんだ」


「この布はお返しします。ありがとうございました」


「そいつはとっておいてくれ。俺が持っていても仕方ない」


「分かりました。ありがとうございます」


「あぁ、じゃあな」


「はい。お気をつけて」


「貴重な日となりました。感謝いたします」


「俺らはもう同門だろ。長い付き合いになりそうだな」


「努力いたします」


 こうして、私たちはネブロ師範と別れ、ウァレリウス邸へ戻るのだった。

 時間はちょうど1時間程度だろうか。

 濃密な時間だったな。


 それなのに慌ただしく感じなかったのは、ネブロ師範の力なのかもしれない。

 こうして、物事が良い方向に向かい、私も対戦前にレオニスさんを見ることができた。


 闘技会前にやるべきことは済ませた気がする。

 あとは、本番まで技を磨くだけだ。


 そうして、私は闘技会当日を迎えるのだった。

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